<とっておき>
『俺が行く。俺に行かせてくれ』
敵拠点突入部隊の話を聞いたクロスは迷わずそう答えた。
もちろん、アウラもメリーもクロスを外すつもりは最初からない。
アリスに届きうる牙は、この世界ではクロスだけであるからだ。
そう皆は思っているが、クロスの考えは少々違う。
別に自分が最強であると思った事はないし、アリスに対しても自分でなくとも何とかなると考えている。
そもそもの話だが、皆が言う程アリスは無敵の存在ではない。
確かに恐ろしく凶悪で、そして命を多く奪う存在だ。
だが、アリスは誰よりも死に近く、そしてその場所から離れられない。
アリスの最も厄介な手札は、その強烈な逃げ足。
だけど、繰り返し、徹底的に逃げ道を潰していけば、誰でも最後はアリスを殺しうる。
アリスが逃げ続ける事は出来ない。
アリスには明確な欠点が存在するからだ。
敵を作り過ぎてしまうという明確過ぎる欠点が。
である以上、必ずいつかどこかで終わりが来る。
まるで、そうなる様運命が定めているかの様に、最期の時が。
だから、クロスは自分でなくともアリスは殺せる事を知っている。
それでもクロスがアリスを殺したいと思っている。
それはどちらかしか生存出来ないからだけではない。
つまるところ、自分だけだからだ。
アリスを憎しみ以外で殺せるのが。
だから、クロスはアリスに拘っている
気に入っているから……いや、その感情はもはや『愛』とさえ言っても良い。
それ故に、己の手でアリスを終わらせてあげたい。
それがきっとこの世界で唯一の、彼女に出来る手向けであるから……。
突入部隊にクロスが出るとなると、残りのパーティーも自然と決まって来る。
その片翼であるステラ、ミーティア。
眷属であり索敵兼司令塔のメリー。
魔法での万能支援を行えるメディール。
そして、誰よりも強靭な肉体を持ち、また神聖魔法の使い手であるソフィア。
つまり――かつての黄金の日々の再録である。
そして、これは彼らにとっては久しぶりの、そして最後の冒険となるだろう。
『本当は私もついて行きたいんですけどね』
そう呟いたのはエリーだった。
騎士である事を誇りと持つ彼女がこの命を賭けた戦いの旅について行きたくない訳がない。
魔物となってずっと一緒であった友達として傍に居たくない訳がない。
ついでにいえば仲間サポートが最高な状態のクロスの冒険飯食べ放題なんてエリーとして興味を惹かれない訳がなかった。
でも、行けない。
エリーには、バッカニアでやらなければいけない事があった。
『悪いな。エリー』
『構いませんよ。これは私にしか出来ない事ですから。それよりも……』
『わかってるよ』
クロスは小さく咳払いをし、そして改めてエリーに命令を下す。
命令するのは嫌いだが、それでも、これは言わなければならない。
騎士として受け入れた責任として、そして、己のやるべき事を押し付けているその詫びと恩義を示す為に。
『俺の愛するシアを頼んだ』
『イエス。マイロード。お早いお帰りをお待ちしております』
仰々しく、命を賭けているとばかりに、エリーは頭を下げる。
友達として、同種として、そして我が主の嫁として。
エリーはシアの代わりとなり、そしてシアを命を賭け護る為、バッカニアに残る事を決意した。
命じられたからだけではなく騎士である誇りと、そして己の意思で。
現在、バッカニアの周りにはこれでもかと天使が蔓延っている。
移動要塞ではあってもその鈍足には天使にとって静止している状態とは大差ないだろう。
もしこの状況でバッカニアという隔離施設から誰か出てくれば、ぶわーっと一斉に寄って来るだろう。
それの対処が出来ないとは言わない。
かつての勇者パーティーである彼らは、共に戦えば何でも出来るという自負、そして誇りがあった。
だけど時間を無駄にかける事になるのは悲しい程に事実であった。
それほどまでに、今バッカニアの外は最悪な状態である。
予め外の数を減らしてから行くという選択肢もあると言えばある。
だが、その選択をクロスは正しいとは思えなかった。
正直に言えば、クロスは既に出遅れているとさえ感じていた。
アリスがこちらの動きに気付かないはずがない。
だからこそ、既に時間の勝負となっている。
どうにか出来ないか。
そう相談した時、アウラは道案内をつけると口にした。
バッカニア周囲から即座に、そして安全に離脱出来る有能な道案内を。
そしてそれは……。
「では、行きましょうか」
そう言って道案内役、アウラは杖を片手ににっこりと微笑んだ。
クロスはメリーの顔色を伺う。
メリーは『私聞いてない』とばかりに首を横にぶんぶんと振った。
道案内と言っても、それは敵殲滅と殿と同時に行う様な物。
つまり、限りなく危険な立ち位置という事である。
正直言えば、メルクリウスかレティシアが来るとクロスは思っていた。
「あれ? 私の実力に不満な感じです?」
不安そうにアウラは尋ねて来た。
「実力じゃなくて、身分に不安を抱えております」
クロスの回答にアウラはケラケラと笑った。
「あはははは。それクロスさんが言います?」
「いや、俺はともかくアウラはガチ重要な立場じゃ……」
「だからそれを……まあ良いです。安心してください。ちゃんと考えた上での判断ですから。それに……」
「それに?」
「私だからこそ出来る事ってそれなりにあるんですよ」
「……まあ、それは知ってるしアウラの事は信じてるよ。ずっとね」
「はい。信じていて下さい。私出来ない事は言わないので」
そう言って、アウラは微笑む。
アウラはこういう時、絶対に弱みは見せない。
為政者として、政治家として、王として、そうやって生きて来た。
そうとしか、もうアウラは生きられない。
だけど、アウラが相当無理をしている事もクロスは知っている。
隈や顔色の悪さを化粧で隠しても、雰囲気と表情でそれがわかる位にはアウラと共に歩んで来た。
とは言え、わざわざそれを指摘するのも野暮だろう。
だからクロスは少し考えて……アウラの頭を撫でた。
お礼の代わりに、労いの代わりに。
そしてそれにアウラが違和感や恥ずかしさを覚えない程度には、それはいつもの事であった。
「ああそうそう。出るまでは私が何とかしますので、その代わり二つだけ約束して貰えませんか?」
「何? 戻ったら政略結婚してくれとかそういう話?」
「いえ、そういうのは私嫌なので大丈夫です。そういった帰って来た後の事ではなくて、安全に出る為にですね」
「おけおけ。それでどんなお約束?」
「一つは、外に出た後私が合図するまで私の傍で待機してください」
「まあ当然だな。それでもう一つは?」
「はい。私が合図を出したら、例えどんな状況でも立ち止まらず突き抜けて下さい」
「……ああ。わかった約束しよう」
クロスはそう言葉にし、強く頷いた。
クロスはアウラが決死の覚悟を持っていると考えた。
自分を見捨ててでも、役目を果たしてくれという言葉だと受け取った。
だけど、これはそういった真剣になる様な話ではない。
そうではなく、天使の軍勢に風穴を開けるその手段が、あまりにもクロス好み過ぎて、クロスがその場に留まる事をアウラは心配していた。
そしてそういう意味で言えば、アウラはクロスを信じている。
クロスは必ず足を止め、まるでトランペットを眺める子供の様にその光景を見つめるだろうと。
「……メディ。クロスが足を止めたらお願い」
「え? ちょっとまってアウラ。どうしてメディに頼み直したの?」
クロスはおろおろとした態度で尋ねる。
アウラはにっこりと、微笑んだ。
「そりゃあ、クロスさんだからです。そしてステラやメリーはなんだかんだ言ってクロスさんに甘いので、こういう時ちゃんと出来るメディに頼むのは当然でしょう」
「……信用ないなぁ」
そう言って、クロスは苦笑する。
むしろ誰よりも信用しているからこそ、そうだとアウラは確信しているのだが。
「そんでアウラさんやい。準備はどの位かかるかね?」
メリーの質問に、アウラは短く答えた。
「もう終わってますよ。すぐに出ますか?」
アウラはクロスの顔色を伺う。
クロスは迷う事なく頷いた。
クロス達がバッカニアの外に出た瞬間……一斉に天使が群がって来る。
千……万……いや、そんな数ではない。
全方位空が完全に支配されていた。
異常な物量……というよりもう物量位しか彼らには存在していない。
戦術も、戦略も失った。
実力も兵装も物足りない。
人の為という建前どころか人と戦うなんて敵意さえない。
ただ本能で群がり出て来る物を倒すだけの羽虫同然である。
とは言え、それでも天使は天使。
切札を使わなければクロスでさえ突破に時間がかかる位には厄介な相手であった。
「それで、任せて良いんだよな?」
クロスの言葉にアウラは頷く。
ただ……頬を赤く染め少し恥ずかしそうだった。
「は、はい……」
「どうした? 何か問題が?」
「いえ、大した事じゃありませんしこれで臍を曲げられてもアレなんでやりますけど……ううん……」
アウラはこのクロスを送り出す為だけに、一つ特級の『ジョーカー』を用意している。
ただ、それを使う条件が少しばかりアレで、そこに躊躇していたアウラは……天啓が、降り注いだ。
別に自分が恥ずかしい思いをしなくても良いじゃないか。
餅は餅屋。
つまり……恥ずかしくない誰かさんにお願いすれば良いだけだと。
「クロスさん。少しお願いが……」
「ふぇ?」
「これを……ごにょごにょと叫びながら……ごにょごにょと……」
そう言いながら、アウラは四角い装置を手渡す。
『緊急時以外使用禁止』と書かれたガラスで覆われた赤いスイッチだけの装置。
それと聞いた言葉から、クロスは目を輝かせた。
やってしまったかもしれない。
そう思いながらも、もうアウラにはそれを託してしまった後でどうも出来なかった。
「良いんだな!? 押して良いんだな!?」
「はい。皇帝である貴方がある意味一番相応しいですし……。メディ、本当に、本当に後お願いね」
困り顔のアウラの言葉にメディは苦笑しながら頷く。
メディにも何となく、状況が見えて来た。
これから使う突破用の切札。
どうやらそれは、相当クロス好みの武器らしい。
「じゃあ……ごほん。『マリアベルプロジェクトファイナルフェーズ始動! 現れよ! 銀光を背負いし宿命の爪牙!』」
クロスは雄たけびながら、ガラスを叩き割りスイッチを入れる。
ちなみにだが、ファイナルフェーズなんて言葉どころかマリアベルプロジェクトなんて物すら存在していない。
銀光を背負ってもないし宿命もないし何なら爪も牙もない。
言葉はただ単純にマリアベルが適当につけただけ。
重要なのは、このシチュエーション。
未来を切り開く第一歩。
その一歩を、己の発明が行うという事実にマリアベルは歓喜に打ち震えながら、起動キーをラボから入力した。
バッカニアの黒壁、その一部が歪む。
アリアの限定的転移に近い現象だが、あれはここまで物理的に影響を及ばしていなかった。
黒壁の中数メートルが円形にぐにゃり。
ラテアートをかきまぜた様なマーブル模様にも見えるし幾何学的なスピログラフの様でもある。
そんな不可思議な模様が波打ち液体の様になって――『騎士』が現れた。
大きさはおよそ四メートル。
人としたらはるかに大きいが、巨人種と比べたらかなり小さい。
類似する存在として魔導アーマー、通称『ヨロイ』が存在するが、ヨロイではないと誰もが見てわかる。
ヨロイにしたら、明らかに繊細過ぎるからだ。
既存のヨロイより一回り小さく、そして細い。
騎士鎧風の外見なのに手足は人のそれ――いや、人どころか枯れ木の様な細さである。
胴体も細くあれでは子供さえ搭乗出来ない。
ヨロイとしたらスタイリッシュ過ぎるのに、生物の気配を感じない。
総てが不可思議な正体不明機。
ただ、一つだけ確かな事はある。
銀色の騎士鎧に似たアーマー姿。
だけど部分的には未来の機械っぽい洗練され過ぎたデザインで……。
つまり……。
「かっけー! 何あれ!? え? 何マジかっけーんだけど!」
王道一直線過ぎるそのデザインは、勇者大好きなクロスのツボにこれでもかと突き刺さっていた。
ありがとうございました。




