姦しく賑やかな救済の旅路
「とりあえず……私達の旅は決して平穏な物にならないわ。あまりにも敵が多すぎる。だから話せる限りお互いの出来る事を話しておきましょう」
ミリアの言葉にアリアは手を上げ答えた。
「はーい!」
「私は隠す事がもうないから全部晒すけど、隠したい手札があったらちゃんと隠して頂戴。貴女はそういうのありそうだから」
「特にないので大丈夫です。バレて困る様な物もなければミリアに隠したい手札もありません!」
「そう。じゃ、私から話すわね。メインは――」
地面に手を当て、ミリアは鉄パイプを生成してみせた。
「これね。物質生成。素材さえあれば大体の物が作れるけど、得意なのは金属系列よ」
「ああ、さっきハリセン作ってたのは……」
「そう、これよ。諸事情で弱体化しているから正しいスペックは私も把握してないけど、数時間あれば戦闘用の人形も作れるわね。後は……意外と説明が難しいわね。私オールマイティなタイプだから特に際立った強さとかないし……」
説明に困り、ミリアは顎に手を置き考え出す。
圧倒的な指揮能力、前線を単独で維持出来る戦闘力、応用が幾らでも利く能力の汎用性。
説明すべき事は多々あるが、逆に多すぎて困ってしまう。
だけど今説明に困っているのはそういう理由じゃなくて――。
「ミリアって口下手なんですね!」
ぺかーと笑いながらアリアは思った事を口にする。
口下手なんて小さな理由ではない。
要するに……ミリアはぼっち気質だった。
「……あんたはどうなのよ?」
「私ですか? とりあえず……私の力は浪漫ですね!」
ドヤ顔でアリアはそう言い切る。
見て、ミリアは悟った。
この二人の旅は、決して簡単な物にならない。
ただ意思疎通を取るだけで、これだけ苦労しているのだから――。
ミリアの能力は軍団製造に指揮で、単独の戦闘力もアリアよりも遥かに高い。
アリアの能力は不安定な魔力炉に依存するが、気持ちさえ高まれば上級天使さえ圧倒出来る。
また戦闘技術は機人がアリアの為だけに造った者である為非常に高い完成度を持ちながらコピー不能という代物。
腕に含まれるスロットを換装する事で数多の属性を使い分ける事が可能である。
それなりに長い時間がかかったが、ようやくある程度互いの能力を理解する事が叶った。
だがそれ以上に理解出来たのは、互いのコミュニケーション能力の欠如にあったが。
ミリアは口下手で、特に自分の事を説明する事が苦手。
良くも悪くも天使らしい天使というのがミリアの気質だった。
一方アリアは会話の能力自体は低くないものの、感情が高ぶると擬音が増えたり気持ち優先で話したりと意味がわからなくなってくる。
良くも悪くも機械染みていない、人間くさいのがアリアの気質だった。
そういう性質であると互いに分かり合えた事が、欠点を互いに受け入れられた事が此度の会話での一番の恩恵だろう。
そしてようやく、最後の説明に。
「それで、アレは話せるの? あのドラゴンモードは」
「もちろん話せます! あれは……『憧憬渇望』は胸が高鳴るスーパー浪漫パワーで私の理想の姿を真似る事で、つまり私の恰好良いと思えるママ達の力を借りる事で……」
話したいオーラ全開で話すアリアを微笑ましく見ながら話を聞いていると……その中に、無視出来ない言葉が聞こえ、ミリアはぴたっと足を止めた。
「……ちょっと待って。今、達って言った?」
「はい?」
「いまさ、『ママ達』って」
「え? はい」
「いや……つまりさ、あの形態に匹敵するのをあんた、家族分だけ持ってるって事!?」
「いえいえ。そう簡単じゃないですよー。将来的にきっとそうなりますけど。皆違って皆素敵ですから。私の家族は!」
照れて笑うアリアを前に、ミリアは最悪の想定に気付く。
「もしかして、生みの母親の力も……」
アリアは微笑みながら、それを否定する。
流石にゴモリー・オリジンの力を再現するのはアリアにも不可能であった。
「ちょっと出来ないですね。そもそもこの力は私の理想を形にしただけですので、本人の能力とは全然違いますし。だから出来ても全く違う能力になると思いますよ」
「まあ、そうよね」
「それにメルトレックスさえまだまだ未完成ですから、今の私じゃ他のママの力に手を伸ばす事は難しいです。憧れをわかりやすく形にして、尊敬に愛を重ねて、そしてその背を追う為にどうなりたいかを描く。それでようやくですから、まだまだメルクリウスママだけです」
流れる血液のブースト効果でようやくだから、他の親の力は使えない。
だけどそれは今というだけであって、未来ではきっと総ての力を使える。
それはつまり未来は怪物となるという事が確定しているという事であって、その怪物性故にアリアが人間達から排除されるなんて未来が――。
「――いえ、それはないわね。この子に限って言えば」
最悪の可能性をあっさり捨てながら、ミリアはアリアの頬をぷにぷにする。
愛されるという事がきっと、この子の最大の武器だろう。
どうしてぷにぷにされているのかわからずアリアは首を傾げた。
「何の話ですミリア?」
「クロスがいるから大丈夫って話」
「なるほど! お父様ですから」
そう言ってまた笑うアリアの頬をミリアはぷにぷにしつづける。
ちょっと癖になりそうになっていた。
『憧憬渇望』
それを例えるならアリア専用デザイアと呼ぶのが一番近い。
大好きという強い気持ちを、心から焦がれる憧れと共に昇華させ神の権能により身に宿す。
しかもデザイアと異なりその変化は一つではない。
家族の数だけ増加し、そして憧れが強くなる程に成長する。
なにせその力の源は神の権能である。
万能でない訳がない。
能力の成長だけでなく、アリアが成長しても、アリアの信仰が高まっても成長する。
何なら女神クロノスの信仰が高まっても強くなる。
努力し強くなった人達にとっては嫉妬を通り越して絶望さえ思える様な能力である。
無限の未来を司る愛。
それこそがアリアの神としての形であった。
とは言え、万能と呼ぶにはあまりにも欠点が多い。
無限の未来を司るという事はつまり、現時点では未完成と言う事でもある。
そして未来を切り開く力を持つクロスやパルスピカと異なり、アリアにその力はない。
今のアリアにとってその力は過ぎたるもので、『永遠の未完成』であるとも言えた。
だから現時点では機械甲龍メルトレックスしか使えず、そしてメルトレックスでさえも完成に程遠い。
更にもう一つ、むしろこちらの方が問題と言える大きな欠点が存在する。
テンションに影響する事でも、大技を使えば魔力不足で意識が落ちるとか、そういう事ではなくもっと根本の問題。
憧憬渇望は憧れを形にする物であるから、それは憧れをコピーする事ではなくアリアのイメージを具現化するだけである。
だから本人とは一切関係がない。
だけどその代わり、それは『憧れの背を追い求める』力である。
つまり……。
「貴女の身体能力は準五龍って所ね」
メルトレックスの評価を聞きつつ、ミリアはそう答えを出した。
そう……それは背を追う事しか出来ないから、決して追い付かない。
だからメルトレックスもメルクリウスに限りなく近づく事は出来ても追いつく事は叶わない。
無限の可能性を持つ神の権能にも関わらず、憧れの背中なんて限界値の蓋がされてしまっていた。
「当然じゃないですか。私がメルクリウスママに勝てる訳がないですし」
アリアはそれを当然だと口にしてしまう。
限界なのは、本人の気質もあった。
自分よりも家族が凄い事を当然と思ってしまっているからだ。
そしてそれを無理に変えようとしたら能力そのものが破綻する。
良くも悪くもアリアの憧れが能力の全てであった。
大分時間がかかったが、ミリアはようやくアリアのスペックを理解出来た。
評価するなら『色々な意味で問題が多いのに、問題が起きていないという不思議生物』。
というかそうとして評価出来ない。
神に等しい能力を持っているのに中身は赤子に等しくやっている事は親の物真似。
誰かを助けたいという気持ちは天使に似ているが、天使のそれとはまるで異なり人間らしい。
天使の理想像を兼ねてはいるが天使の尊大さはなく、どちらかと言えば神の目線に近いけどその立ち位置は人の目線での物で、目的はあくまで手助け。
救済ではなく、手を差し伸ばす事が、アリアの願い。
彼女は善意と愛を信じている。
そして恐ろしい事に、そんな綺麗事を実行するだけの力も持っている。
だから、不思議生物であった。
不思議で不可思議、理解不能。
だけど……その在り方が美しいのだけは間違いなかった。
「私みたいな故障品が手伝うには高すぎる目標だけど、まあ出来る限りは手を貸すわ」
「故障品なんて言わないで下さい! ミリアはとても素敵なんですから!」
怒ってそういうアリアにミリアは苦笑する。
「いいえ。ああ、これは言ってなかったわね。故障が激しくてね。色々不都合が起きてるの」
「……チェックをして良いです?」
「出来るの?」
「簡易的な物なら」
そう言って、アリアはミリアの背に手を当てた。
「……接続しなくて良いの?」
そういってミリアは体内収納のコードプラグをアリアに見せる。
アリアは首を横に振った。
「機械的な手段ではないので」
そう呟き、アリアは神聖魔法を発動してチェックと同時に治癒を進めた。
単なる偶然の産物とはいえ、それは紛れもなく奇跡である。
アリアの出来るその他の全ての力は誰かが代用出来る。
メルトレックスはメルクリウスの模倣だし、属性変換の腕はぶっちゃけ魔法で良い。
神聖魔法はソフィア以下だし、戦闘技術に関してもパルスピカに及ばない。
アリアの能力は幅広いが、その分どれも上位互換が存在してしまう。
だがこの力だけは、機械に治癒魔法をかけられるというのは別。
己が機械の体であり、そして信仰だけでなく直接神の力を宿すアリアだからこそ、機械を治癒する事が可能だった。
治癒を発動し、ミリアの内部で走っていた致命的なエラーが減少していく。
欠損していたパーツが補完され、破損していた部位が時間が逆さに向く様修復されていく。
それは本当に、あり得ない奇跡であった。
だがそれでも……ミリアの体を治すには至らなかった。
沈痛な面持ちと異なり、ミリアは目を丸くする。
先程まで感じていた痛みやけだるさが遥かに改善されていた。
「ありがとう。驚いたわ……って、どうしたの? そんな顔をして」
「だって……完治が……治す事が……」
「いや、十分過ぎるわよ」
「……定期的に治癒魔法かけますから!」
気休めでしかないが、それでも、アリアはそう叫ぶ。
そうする事しか出来ないからこそ、そうしたいと願って。
気持ちで十分……と口には出来なかった。
そう言えば、きっとアリアは泣いてしまうと思って。
「……助かるわ。本当に」
ミリアは不安げなアリアの、その頭を撫でた。
そうして、二機での過酷な旅路が始まったのだが……。
始まって早々、大きなトラブルに躓いていた。
当然と言えば当然なのだが、彼女達には強い欠点がある。
そう――コミュ能力である。
アリアの場合は生まれ立てに加え家族が身内あまあま勢である事の他者との交流経験不足によるもの。
対してミリアは単純に天使である事を捨てて自分の立ち位置がわからないから。
後純粋に能力不足。
だから、業務連絡を除けば互いに何を話せば良いのか良くわからなくなっていた。
『天気良いですね』
『そうね』
『足元気を付けなさい』
『ありがとうございます』
『どこに行きますか』
『好きにして良いわ』
こんな風に一言返して終わる会話を両者で繰り返して……そしてその末に、気まずい無言の時間が続いた。
何か話さないと。
互いにそう思うものの、会話のレパートリーがなくてなにもなく、相手の顔色を伺い続ける。
先に話しやすい戦闘能力についてさっさと話してしまったから、両者ともに語る事がなくなっていた。
家事能力とか、役割分担とか、そういう話さなければならない事が出てこないのは旅慣れではなくコミュ能力が低いからだろう。
何かないか、何かないか。
互いに気を使うからこそ、必死に話題を擬似脳なら引き出そうとするがそれが逆効果で何も出て来なくなる。
ある意味先の戦闘よりもピリピリした空気の中――アリアの方が、一つ話題を思い出した。
少しばかり言い辛い話題だが、無言の時間よりははるかにマシだろう。
「あの、ミリア。一つ尋ねる……というよりも相談なのですが良いでしょうか?」
「え……ええもちろん! 何でも言って頂戴。死んでと言われても受け入れるわ」
「そんな事言いませんよ! あのですね……ミリアは少し無理を――」
言い出そうとするアリアを、ミリアは唐突に突き飛ばした。
少し驚いた後、その理由を時間差でアリアも理解した。
何か小さな物体が、先程アリアが居た場所を高速で通過した。
「アリア! 敵よ構えて!」
庇う様アリアの前に立ちながら、ミリアは叫ぶ。
その直後に、先程と同じ物が、今度は無数飛来してきた。
回避しながら両者共にセンサーでその物質の成分を読み込む。
それは現在足元にある物質と同じ成分。
つまり……ただの小石。
ちょっと頭のおかしな速度で射出されただけの、ただの小石だった。
アリアを護らないとと必死になるミリアと異なり、アリアは即座に状況を理解する。
ついでに、これは理解してはいけなかったという事も。
その所為で、緊張感が一瞬でなくなってしまった。
「ミリア、大丈夫です。敵じゃありません」
アリアは確かに綺麗事が大好きで頭がお花畑である。
だが同時に、人一倍悪意に敏感だった。
この攻撃に悪意はなく、試す意図であったと気付く程に。
「なんだ、もう気づかれたか」
ネタバラシをされ、少しがっかりした表情のままその正体を彼女達に見せる。
そこにいたのは、メルクリウスだった。
「……何のつもり?」
ミリアは睨みながらそう尋ねた。
「何とは、何の事だ?」
「とぼけないでよ。さっきの攻撃の意図を聞いているの」
「あの程度のじゃれ合いが何か?」
ミリアは怒りでぷるぷると体を震わせる。
悪気も悪意もない事はわかっている。
アリアが尊敬する程立派な事も理解している。
だがそれでも、怒りを抑える事が出来なかった。
「狙うなら私を狙えば良いでしょう!? 貴女を大切に思っているアリアに、どうしてそんな裏切る様な悪ふざけが出来るのよ!」
相手が五龍である事を、真なるドラゴンである事はわかっている。
それでも、ミリアの心には明確な怒りが宿っていた。
そんな怒声を真っ向から浴びるメルクリウスは……ニヤニヤと、どこか嬉しそうな笑みを浮かべるだけだった。
「期待以上だな。ああ……悪くない闘志だ。暇であれば遊んでいた位にな」
そう言いながら、ぱちぱちと拍手をするメルクリウス。
その姿が尊大で、馬鹿にされている様に感じて怒りを高めていると……。
「私達を試していたんですよね? メルクリウスママ」
アリアの方から、追加のネタバラシが入った。
「うむ。もう少し気づくのが遅くても良かったのだぞ? またはミリアを泳がせていても」
「ママ、悪趣味は駄目だよ」
「……確かにそうだ。非礼を詫びようアリア。そしてミリアにも」
そう言って、メルクリウスは頭を下げる。
誇り高い龍が頭を下げるという意味。
その意味がわからない程、ミリアは愚鈍ではない。
むしろ意味が分かり過ぎて若干テンパっていた。
「な、何故頭を。貴女方ドラゴンの頭はよほどでないと……」
「これがよほどだからだよ。なにせとんでもなく娘の教育に悪いからな。悪い事をしたらすぐに謝る。それを出来ないならば親には成れぬ方が良い。そう思わないか?」
「――なるほど。謝罪は受け入れます。代わりに事情説明を貴女の口からお願いしても」
「ああもちろんだとも。と言っても意図は容易い。ミリアが娘を護れるか、娘が自分から戦えるか、それを見させてもらいたかっただけだ」
襲撃を受けた時、たったの二名でどう対処する、ちゃんとコンビネーションは出来ているか。
そして何より、ミリアは本当に命より大切な娘を預けるに足るか。
メルクリウスはただ、それが見たかっただけだった。
「そういう意味で言えばミリア、貴様は百点――いや、百二十点だ。アリアの為に私に吼えたその姿、素晴らしいとしか言えない。貴様になら私は娘を預けられる」
「……ありがとう。そう評価してもらって嬉しいわ。こんな私が……」
「いま百十点で評価を下げた。自分を卑下にするな。貴様の価値を認めたこの私まで侮辱する事になるのだからな」
「失礼しました。それで、用事は私のテストで?」
「ああ。それと一応手土産がある。少し待ってろ」
メルクリウスは奥に消え、ごそごそと何かを漁る。
そして戻って来た時メルクリウスのその手には――お土産と呼ぶには程遠い存在が……どう見ても生きている女性にしか見えない何かが持たれていた。
首を持たれぶらーんとぶら下がるその姿は、まるで大人しい猫の様だった。
「にゃ、にゃーん」
持たれている女性もこの状況に困っているのか、手を丸め猫の真似をしだした。
「これが土産だ」
メルクリウスはドヤ顔のまま、赤髪の女性をその場にぽいっと放り投げる
そしてあろうことか、何の説明もする事なくさっさとそこから立ち去っていった。
取り残され、ぺたんと座り込む赤髪の女性。
ぽかーんとするミリア。
知っている様な気がして首を傾げ赤髪少女の事を考えるアリア。
コミュ能力不足二名による弊害で、しばらくそのまま無言の時間が続く。
言葉が出て来たのは、沈黙が十分以上続いてからだった。
「とりあえず、自己紹介、良いかな?」
赤髪少女の言葉に、アリアミリアはこくんと頷いた。
「うぃ。私アンジェリーナ。遠い昔に灼炎風龍アンジェリーナなんて名前でぶいぶい言わせていた元五龍で、そして割と最近までアリスの子分をしていました」
アリアはぽんと手鼓を打つ。
聞いた事があると思ったけど、クロスから直接その在り方を聞いていた。
旅が好きでノリが良い可愛い女の子であると。
裏切者である事よりも、その人柄の方をクロスは良く語っていた。
いつかデートしたいなんて事も一緒に。
ついでにミリアもデータベースで多少は知っていた。
元裏切者である事位だが。
「聞いてアンジェリーナ。ちょっと言いにくいんだけど」
「……別に良いけどどうして音程付けて歌っぽくして尋ねたの?」
「元アイドルだから」
「え?」
「元アイドルだから。それで、聞いて良いかしら?」
「あ、はい。どうぞどうぞ?」
「ゆーはどうしてここに?」
「……良く、わかんにゃい」
「え?」
「いきなりメルクリウスに襲撃されて『償いたいならついて来い』って言われて連れて来られて、置き去りにされました。だから私は、何の状況も把握してません」
「えぇ……」
ミリアは困惑した。
龍という物の生態が自己中心的で雑であるとデータベースに書かれている事実だが、少しばかり想像以上だった。
「わたしわかりますよ。ママの意図」
「流石お母さん大好きっ子。助かる」
「え? ママ? お母さん? ちょっと待ってどういう事、私の方が状況に置いてかれてるんだけど……」
戸惑うアンジェを無視し、アリアは言葉を紡いだ。
「意図として言えばたぶん二つです。一つは、私達の戦力不足を補う為。そしてもう一つの方でかつ本題は、アンジェさん自身が『どこにも居場所がないから』です」
その言葉に、アンジェは苦笑する。
そんな事、言われなくてもわかっている。
人類が滅ぶかもしれないのに、クロスを殺す事が目的だとわかっているのに、アンジェは厄災であるアリスに味方をした。
洗脳とか脅迫ではなく、自分の意思である。
直接手を汚していなくとも、自分の所為で相当の誰かが不幸になった事を理解している。
しかもあろうことか、メルクリウスの誇りを汚し、直接クロスを殺そうともした。
それが恩義だからと言って許されていい事ではないとわかっている。
だからアンジェはこの世界に居場所なんかなくて、どこかで贖罪の為にどう死のうか考えていて――。
「だから、一緒に行きましょうアンジェさん! 居場所のないどこかの誰かの為に、私達と一緒に!」
そう言って、アリアは笑顔で手を差し伸ばした。
『貴女と一緒に居たい』
そう魂で理解出来る程、それは純粋な気持ちだった。
つい思わず、アンジェがその手を掴んでしまう位に。
「そう。アリアが決めたならそれで良いわ。よろしくね。アンジェリーナ」
「あ、うん。訳がわからないけどとりあえずよろしく……アンジェで良いよ。それはそれとして、聞いて良い?」
「どうぞ?」
「はい、どうぞ?」
「貴女達の名前ぷりーず」
「元天使のミリアよ」
「天使じゃないけど機械でできているアリアです」
「……え?」
「ん? どうかしたの?」
「ごめん。疑問が増え続けてるからしばらく質問責めにするね」
アンジェは酷く疲れた顔で、そう呟いた。
そもそもの話だが、アンジェは天使についてさえほとんど理解出来ていない。
何か突然現れた傍若無人で上から目線の存在。
それ位しか、アンジェは情報を持っていなかった。
そうして何も知らない疑問だらけのアンジェによる長い長い質問責めの後にようやく……彼女達三名の旅は始まった。
誰にも救われず、誰かに救われるべき人を助ける旅。
人も天使も関係なく、助かるべき誰かを探し続ける旅。
その中心となる三名が、ここに集結した――。
歩き出した位で、ミリアは忘れていた事を思い出しアリアに尋ねた。
「ところでアリア。メルクリウスが来る前に私に言おうとしていた事って何かしら?」
「ああ、それですけど……ちょっと言いにくい事なんですが……」
「構わないわ」
「えっとですね、無理にキャラ付けしなくても良いですよ? 楽にして下さい。これから長い時間一緒に居る訳だし」
アンジェは空気を読んで黙ったままとなった。
「……え?」
「私もですが、お父様も気づいてますよ。少し無理をして恰好付けているって。アイドルだからというのもそうですけど、もっと素のままで良いんですよ?」
「……バレてたのね」
「はい……」
「まあ……そうね。キャラ付けというか、オンモードというか、アイドルとしての立ち振る舞いなんだけど……まあそうね。もうアイドルじゃないし……」
「アイドルだからこそ、普段はオフでいるべきです! 今はお休み! オフですオフ!」
会話の内容はわからないが、空気が読めるアンジェは静かに空気に徹した。
「そうね。じゃあ、適当なタイミングで私もオフになるわ。気を使わせてごめんなさい」
そう言ってミリアは柔和な笑みを浮かべアリアの頭を撫でた。
翌朝――クソダサジャージでかつジト目の半目ミリアを見て、アリアは静かに倒れた。
そう……ミリアは仕事は出来る有能タイプだが、私生活は超ダメダメタイプだった。
テアテラがずっと『こいつは私がいないと駄目なんだ』と思っていた程度には……。
私生活ダメダメコミュ障ミリアさん。
頭お花畑生まれ立て実質赤ちゃんアリアちゃん。
そして巻き込まれ苦労人ポジとしてこれからお世話係となるアンジェさん。
彼女達の旅は今、こうして始まった。
ありがとうございました。
お勤め中倒れて救急車呼ばれたりもしましたが私は元気です。




