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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
二度目の元勇者、三度目の元魔王

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愛を知る


 正直に言えば、バッカニアはミリアを持て余していた。


 ソフィアを病院に連れていっても、ミリアはただそこに立ち続け泣き叫ぶだけで、交渉どころか会話さえ出来ない。

 守備衛兵達の本音は『出て行って欲しい』である。

 幾らソフィアの願いであっても、天使は天使。

 バッカニア内部にいる今でさえ衛兵にとっては恐怖で、軍全体にとっては脅威である。

 ただでさえ、人に擬態した機械が入り込んだという情報が上から飛んで来ているのだから。

 だけど、泣いている女性を追い出せる程、彼らの心は冷酷ではなかった。

 避難民としてバッカニアに受け入れられた自分達が、泣く事しか出来ない女の子を排除するのは、絶対に違う。

 だからこそ、持て余していたという表現が適切な状況であった。


 そんな守備隊の葛藤を無視し、少年と少女がミリアに声をかける。


「聖女様のご意向により、貴女を大聖堂の方で保護したいと思います。どうぞこちらに」

 少女はそう言って、ミリアに手を差し伸ばす。

 民は震え、軍は怯え。

 であるなら、我らが受け入れるのが道理である。

 我らクロノス教徒は、聖女の願いを聞く事も教義であるのだから。

 だから大聖堂にいる皆は既にミリアの来賓として受け入れる為総ての準備を終えていた。


「……なん……で……」

「誰かを助けたいという気持ちに、理由って必要ですか?」

 それが、トドメだった。


 人を陥れ苦しめ、同族さえも汚そうとする天使。

 敵にさえも手を伸ばし、約束を守り、怯えながらでも慈しもうとする人間。


 そもそも、元々ミリアは限界だった。

 親友を殺された時点で感情は悲鳴をあげていたのに、救うべく人に愛まで見せられた。

 彼女の心が保てる範囲は、とうに越えてしまっていた。


 どうにもならないマイナス感情で、歯を噛みしめ目を閉じる。

 そこには、何時もの様にテアテラが居た。

 瞼の裏にずっと消えず、責めて来る偽りの彼女が。

 だけど……何時もと違って彼女は、笑ってた。


『正直に、生きて』


 そう、言われた気がした。


 罪悪感が噴き出した。

 絶望がこみあげて来た。

 嫌悪が、体中駆け巡った。


 もう、己の心を誤魔化す事が出来ない。

 天使である事。

 それそのものに、ミリアは嫌悪を覚えてしまっていた。


「もう、良い。私は今ここで死んでも」

 つい、言葉が口から洩れていた。

「ま、待て! あんた早まるな! あんたはまだ生きている。そうだろ!?」

 剣呑ならない気配を察したのか、少女の隣にいた少年は叫ぶ。

 だけど、ミリアは止まらない。

 

 背負い過ぎた恩で潰れそうな彼女には、もうどんな言葉も届かない。


「私はもう……天使でいられない。私の理想はどこにもない。だからせめて……」

 彼女にとって、完璧である事はとても重要な事だった。

 完璧だからこそ偶像(アイドル)であり、人を導ける。

 だけどもう、その夢は潰えた。

 完璧(天使)でなくなったから、アイドルという夢は今この瞬間、幻想に堕ちた。


 皆の見る前で、ミリアは静かに背中に手を回す。


 そして――そのその翼を抉り取った。

 べりべりと聞いている耳さえ痛くなる様な嫌な音と共に、切断面に機械が露見する翼をミリアは放り捨てる。

 周囲が茫然としているその中で、ミリアはバッカニアの外に向かった。


「お、おいお前! どこに行くつもりだ!」

 兵士が怯えながら、叫ぶ。

 ミリアは『微笑んだ』。


「私情で申し訳ないけど、少し……復讐を。恩人に対しバカスカ撃ちやがった恥知らずをぶっ殺さないと死んでも死に切れないから。その後は……任せるわ。私の事は好きに決めて」

 そう言い残し、ミリアは少年少女の止める声を無視し外に出て行った。

 善人の前に居るのが辛くて、逃げたとも言えるが。




 地上を歩きながら、ミリアは自分の頬をむにむにと触る。

 何時の間にだろう。

 気づけば、笑える様になっていた。

 ずっとコンプレックスだった笑顔が、びっくりする程自然と出来る様になっていた。


 ミリアは感情が欠損している。

 それは作り物の魂が故の成長不良の様な物である。


 そして、これはミリア自身気づいていなかった事だが、ミリアが欠損していた感情は、笑顔に関係する『楽』ではなかった。


 ミリアが欠損していたのは喜怒哀楽で言えば『哀』の部分。

 悲しみこそが、ミリアに足りない部分だった。


 哀を知り、愛を知る。

 そして彼女はAIとして完成した。


 だから、笑えた。

 あまりにも強い悲しみを背負って、夢と理想を諦めて、その末に。


 ちょっと歩くだけで、ミリアはうろうろとしている天使群を発見した。

 おそらく、迷っていたのだろう。

 逃げたミリアを追いバッカニアに攻撃するか素直に撤退するかを。


 前線が構築されつつある現状、バッカニアに接近する機会は天使側にはそう多くない。

 つまり、バッカニア本国にちょっとした打撃を与えるだけでも功績として認められる。


 だが逆に言えばそれだけバッカニアが強大という事でもある。

 だから、欲に従うか諦めるかの二択で、そしてそこで素直に損切り出来ないから、中途半端な状態であったのだろう。


「……創造(クリエイト)

 ミリアは地面に手を置きながら呟き、地中にある微弱微小な金属を集め、軟式素材を改良しパチンコを作り出す。

 本来なら銃程度作り出せるのだが、今の能力では少々時間がかかる。

 だから、原始的な武器であるスリングショットを選択した。


 小さな鉄球をひっかけ、空に向かってショット。

 音もなく弾丸は飛び、天使の翼を撃ち抜いた。


「……蜂みたいね」

 堕ちた天使以外が一斉に襲ってくるその姿を地上から見て、ミリアはそんな感想を抱いた。


 そう、別に天使は特別じゃなかった。

 幻想が解ければこの程度。

 空を飛ぶ魔物と外見は大差なく、中身も現代に生きる蛮族と大差ない。

 その程度だったのだ、自分なんて。


 ミリアは恨みを込めながら、己の右手に触れる。

「――『改良(アップグレード)』」


 本来なら、己の肉体は能力の範囲外である。

 だけど、右手だけは違った。

 この右手は自分の物ではなく、亡き親友が自分に託した想いなのだから。


 右手は形状を変え鋭く伸び、剣となる。

 ミリアは空からの天使の攻撃を掻い潜りながら地に堕ちた天使の元に走って――倒れる天使に向かい、刃をまっすぐ振り下ろした。


「――『改良』」

 貫き絶命した天使を材料に、ミリアは人形を作り出す。

 加工は最小限で、ただ自分の命令に従う様にするだけ。


 右手を元に戻した後、天使の重火器を奪い自分でも使える様に<改良>する。

 これが、今のミリアの戦い方。

 圧倒的生産量も、統一した兵隊を扱う力もない。

 昔の様に工場王と名乗れる力はない。

 だから今の戦い方を例えるなら……。


「死肉漁りかしらね」

 そう、ミリアは自嘲めいた笑みを浮かべ、銃を放つ。


「な、なんでだ! どうしてここまで一方的に……さっきまでは戦う力などない雑魚の癖にどうして……」

 纏め役の、あの嫌な笑みの天使が呟いていた。

「そうね。私もそう思うわ。さっさとこうしておけばよかった。そうすれば、お前達にソフィアを傷つけさせずに済んだ」

 天使部隊は困惑しているが、この結果は当然の事でしかない。

 ミリアもソフィアも『戦えなかった』のではなく『戦わなかった』だけなのだから。


 靴を改良し、ハイジャンプして、ミリアは叫ぶ部隊長の背後に立つ。

 そして先程自分がした様に、その天使の翼を引きちぎり抜いた。


「ぎ、ぎぁあああああああああああ!」

 痛みと苦しみから天使は落ちながら叫んでいる。

 そこまで痛くないだろうにと感覚がマヒしているミリアは疑問に思いながら、その天使を足蹴にしながら落下。

 そして踏みつけながら、顔面めがけライフル弾を何度に撃ち続けた。


 これはただの私情である。

 私情だから、殺すのではなくミリアは嬲っていた。

 徐々に弱る様に、苦しむ様に、少しずつ、少しずつ……。


 そうして踏みつけているゴミが動かなくなってから、ミリアは空を見る。

 少しだけ、復讐は満足した。

 だからここからは、ただの残党狩り(害虫処理)の時間――。


「って訳にもいかないか」

 ミリアは遠くからの増援を見て、小さく溜息を吐く。

 予想の何倍も、いや何百倍も数が多い。


 無数の黒点により空の明度を落とし並ぶその姿は地上を食い荒らすイナゴの様でさえあった。


 自分はきっと、ここで死ぬ。

 とは言えそれで良かった。

 なりたい自分がなくなって、やるべき使命も見失って。

 ついでに言えば、大切な人を傷つけたから彼に会わせる顔もなくて。


 だからここで死んでも良いやと思ったけれど……。


「本当……辛いなぁ。惨めで」

 そう言って、情けなく笑う。

 いざ死のうとするとやっぱり怖くなって、安堵を覚えた自分が情けなかった。

 バッカニアの方から、見知った気配が飛んで来るのをミリアは感じていた。




『ヴィクトアリア=トリエ・光天使(ハイセラフ)・ヴィッシュ』


 彼女はミリアのファン第一号で、そして唯一のファンである。

 だからミリアの為に、この戦場に出る事は決して間違いではない。

 ただ……少しばかり、彼女の様子は何時ものそれとは異なっていた。


 そこに、明確な怒りが宿っていた。


 何てことはない。

 彼女は、クロノスを通じそれを教えられていた。

 ミリアがどの様な目に遭わされ、そしてどの様な形でソフィアに助けられたかを、まるで空からの視点の様に、ずっと見ていた。


 アリスは『クロスを怒らせたら』勝ちとなる。

 それだけでクロスを殺せるからだ。


 だが逆に、怒らせない方が都合の良い存在も多い。

 接近する予定がないなら怒らせるメリットが皆無となり、その反対にリスクだけが増大するからだ。


 例えば、マリアベル。

 下手に怒りを買うとどうなるかはかつての惨状『LD2号事件』を見ればわかる。

 総ての犠牲を無視しアリス絶対殺すマシーンなんて造られたらたまったものじゃあない。


 例えば、アウラフィール。

 煮えたぎったマグマの様な怒りを冷静に処理する相手はちょっと気持ち悪い。

 感情を爆発させる癖に理性を優先させ、かといって時折感情に流れるその在り方は推測のブレが大きくて相手にしたくない。


 大前提で言えば、直接対決する可能性がない奴を怒らせるのはアリスにとって損と言う事である。

 その中でも特に二名、アリスはこの二名だけは怒らせない様に心がけている存在がいる。


 クロスの子供、『パルスピカ』と『ヴィクトアリア』である。

 理由は二つ。

 一つ目はクロスの子だから。

 土壇場でどんな成長をするのか分かった物じゃない。 

 そうじゃなかったら、クロスを怒らせる材料としてアリスが真っ先に殺している。


 そしてもう一つ。

 彼らは共に、現段階では怒らせる必要性がない。

 彼らは『役立たず』でしかないからだ。

 わざわざ藪を突く必要がなく、放置が安定であった。

 

 さて……ミリアにちょっかいをかけ、今ミリアに復讐にて酷い死に方をし、精神転送にて拠点に戻った天使部隊の部隊長。

 彼女『Σ-6692』はアリスが生み出した後期型天使であり、アリスの影響により精神面の成長が著しく歪んでいる。


 その結果がこれなのだが……拠点に戻った彼女『Σ-6692』は最優先で蘇生される事が既に定まっていた。

 拷問凌辱の末クィエルに食い散らかされる刑に処される為に。


 アリスは既にこの先が見えていた。

 見えていたからこそ、こいつの失態がどれ程の物か理解出来ている。

 こいつは……この馬鹿は、ヴィクトアリアという迷う事しか出来ない役立たずに、寄りにもよって方向性を与えてしまったのだから。




 ヴィクトアリア、彼女が一体どういう悩みを抱え、またそれによりどうしてこうなったのか。

 何故、天使さえも攻撃出来ない半端者となったのか。

 アリア自身気づいていなかった事だが、答えそのものは非常にシンプルだった。


 親の影響により、アリアはこの世界の誰よりも優しい。

 人であるから人に寄り添え、機械であるから人を助けたる事を貴び、神であるから人を愛する。

 機械であるからこそ機械に偏見がなく、天使でさえも彼女にとって同胞に等しい。

 そして彼女は神の子である。

 誰かに手を差し伸べる為に生きている、クロノスの娘である。


 その結果何が起きたのかと言えば……叶う訳がない望みを、彼女は抱えてしまった。


『皆を愛したい、皆を護りたい、皆に幸せになって欲しい』

 それが、アリアの心だった。


 アリアの中に敵はおらず、天使さえも守護の範囲で、慈しみたいと思っていた。

 無限の愛をその胸に宿していた。


 だからこそアリアは誰とも戦えず、無能の役立たずであった。


 その願いを胸に秘めるには実力が足りなかった。

 その願いを叶えるには愛が足りなかった。

 それに何より、何者も愛するという事は、何者も愛さないという事。

 大切な人が居るアリアに総てを平等に愛する事など出来る訳がなかった。


 人と呼ぶには大きすぎ、機械と呼ぶには感情的で、そして神となるには利己的で。

 総てを統一どころか総ての心が悪さをして、心の軸がブレ定まっていなかった。


 そんなアリアだったのだが……今アリアは少しだけ、考え方が変わっていた。


 優しいアリア。

 慈愛のアリア。

 皆が大好きで、誰かを傷つける事が嫌いで……。

 そんなアリアは今――ただただ怒りに震えていた。


 悩んでいた。

 天使を傷つけたくない。

 戦いたくない。 

 それでも人を護りたいと。


 そんな彼女は、それを見た。

 天使であろうとする裏切者ミリア。

 天使でありながら意味もなく他者を害する天使。

 天使に味方しミリアを汚そうとする龍。


 アリアにとってミリアは色々な意味で大好きな存在で、色々な意味で憧れで……。

 だから、彼女は自らの生き様を諦めて良い人じゃなかった。

 天使である事を止める為、翼を自らもぐ何てことさせたくなかった。


 こうして……アリアに方向性が生まれた。


 神、クロノスの様な慈愛を持ちながら。

 機械、ゴモリーの様な深い祈りを持ち。

 それでいて人――クロスの様に、大切な人を優先する。


 アリアは選択した。

 己の願い『皆を愛したい』から『大切な人を愛したい』に。

 彼女は選んだ。

 自分が助けるべく人は、自分が愛した人だと。

 彼女は諦めた。

 総ての人を救う事を傲慢であると考えて――。


『総ての種族から、助けたい人だけを助ける』

 だから今……大好きなミリアを助ける為に、アリアはこの場に立っていた。



ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  『総て』は傲慢だと割り切ったか。  『救いたいものを総て救う』のはクロスがしてる事だしな、やっぱり父娘だ。  もっとも、クロスは取りこぼしてしまったモノも非常に多いから、父母達に沢山学ぶ…
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