意外と相性の良い組み合わせ?
バッカニアは追い詰められていた。
それはこれまでの様な精神的負担による物や奇襲の様な短期的な物ではない。
その様な逆転が容易い物ではなくただ純粋に、真っ向からの戦争によって長期的かつ持続的な手段によって、危機的状況に陥っていた。
バッカニアという移動する国に対し天使は常に戦線を維持し取り囲み続ける。
そうして数に物を言わせて戦線を押し上げてこちらの陣地を狭めて来る。
当然こちらも撃退するのだが……相手はあっさりと戦線を後退させ、場合によっては逃げだした。
これまでの様な天使使い捨ての戦いをせず、それどころかちょっと不利なだけでもすんなりと敗北を受け入れ全力で逃走していく。
これまでプライド高い天使が絶対しない様な行動である。
それがこちらの最もして欲しくない事だとわかっているからだろう。
なにせこちらには外で戦える戦力そのものが少ない。
まともな軍事的行動を行える部隊は精々二つ三つ程度だけで、それ以外は全て単独で戦闘出来る英傑達で強引に何とかしてる始末である。
更に悲しい事を言うなら、単独で強引に突破出来る者達の方が軍より強いなんて有様であった。
幾ら個で優れようとも、戦争に勝つ事は出来ない。
それが戦争であるからだ。
だから相手からしてみれば無理な戦う必要など一切なくて、強い敵が来たら適当に邪魔しながら命を対峙に逃げ、相手がどこかに行ってから空き地の戦線を押し上げるだけで良かった。
バッカニア勢力は、全ての戦線を維持する事が出来ないのだから。
そういう事をされながら、自爆特攻や強襲、伏兵といった行動を取って来るからこちらがどれだけ頑張っても状況が一向に改善しない。
まるでこちらの行動を全て読んでいるかの様な作戦遂行はヘドロの様にねっちょりと、だけど海底に引きずり込もうとする藻の様に、確実に絡み続けて来る。
悪化とまでは行かないが、好ましくない状況が続いているのは間違いなかった。
また、ミリアには敢えて言わなかったがもう一つ、こちらが追い込まれる理由が存在していた。
敵は天使だけではない。
まだ、残っていたのだ。
旧魔王国と敵対していた勢力が。
魔物を憎む人が、魔王国を恨む魔物が、そしてただ欲望の為だけに裏切った者達が。
そしてどういう理屈でどうしてかわからないが、その勢力と協力な武装を持ち、天使と手を組み動いていた。
例え敵対していなくとも、未だ天使として活動しているミリアには、それを伝える事が出来なかった。
彼女は静かに、自分の不甲斐なさを受け入れ続ける。
今、実力がない事はそれだけで罪であると知っているからだ。
彼女の名前はレイア。
レイア・リヴァイヴ。
クロスの妹であり位相同体。
己を妹と定義したがその性質は『別世界のクロス』であり『クロスが女であったなら』となる。
とは言え、同じ存在であろうとも生まれも生き様も母親も異なるし、何より愛した者が違う。
だから今彼らは完全に別の道を歩んでいる。
未来を見通す魔眼を持ち、好きな形状に変えられる腕輪を魔法銃に変え戦う稀有な近接ガンナースタイル。
そんな極めて強力な個性を持つ彼女の実力は、どれだけ贔屓目に見ても三流というのが精々であった。
平時であれば、彼女の実力は一流と呼んで良いだろう。
通っている学園でも『問題児』として有名ながら一目置かれる程度には、彼女の戦闘力は抜きんでていた。
だが……今この現状においてはそんな温い評価は許されない。
それだけ今の戦場が厳しい物であるからだ。
現在のバッカニアの情勢にて一流と呼べる者は、本当に極僅かだけである。
まず、最大戦力のクロス。
それに続きステラ、メリー、メディール、ソフィアというクロスパーティー。
それにメルクリウス、フィナという二大ドラゴンにレティシアまでが、一流と文句なしに言える戦力だろう。
恐ろしい事に、本当に恐ろしい事に、元魔王国盟主、魔王アウラフィールでさえ今は準一流ではなく文句なしの二流である。
二流にはアウラやタイガー、パルスピカやフィナを除く四姫等々が含まれる。
元一流、元頂点クラスの戦力がここに入り、そしてこれより下がり三流となると戦力外であり、追加、予備戦力扱いに変わる。
つまるところ……本来ならば、レイアは戦士としてはこの場所にいるべき資格がない。
実力が足りなさ過ぎた。
とは言えそれは決して恥じる事ではない。
世界規模で見れば十分に優秀であり、内政は多少はこなせる様になった。
外征出来ずともバッカニア内の防衛においては相当以上に役に立っている。
また三流と言っても昔なら四天王と呼ばれる程度の実力はある。
能力の特性上格上に対し強い事から切札であると言っても良い。
年齢で考えたら異常な位の能力である。
それでも、レイアは己を恥じている。
恥じて悔やんで、どうすれば強くなれるかを必死に考え続ける。
己にはそれだけの力があり、素質があると信じていた。
何故ならば、自分はクロスの同位体であるから。
だからこそ……それがコンプレックスであるとも言えた。
クロスが強くなればなるほど、その差が浮き彫りとなっていく。
己の弱さを、否が応でも直視させられた。
そう考えたところで、何の意味もない事はわかっている。
悔やんだどころでどうにもならない。
ある程度完成しているスタイルだからこそ、急激な成長が望めないという事はレイア自身が誰よりも理解出来ていた。
そんなある日、レイアはトレーニングルームにて体力をつける為走り込みながら強くなる方法を模索し続けていた。
「……やはり、道具に頼るべきですかね。でも……」
頼るべき選択肢は二つ。
狂気のマッドサイエンティストマリアベルか悪逆非道の外道兵器開発王ラグナか。
前者は今非常に忙しいから頼るなら後者だろう。
だが、正直頼りたくない。
彼ら人間の生み出す兵器が優れている事は認めるが……優れ過ぎて恐ろしい。
また恐ろしいだけでなく、その方向性もあまり自分に適していない。
彼ら兵器開発局の理念は『誰でも使える格上殺傷兵器』である。
その理念は既に一定の実力があり格上に強いレイアにあまり適していなかった。
「それでも、頼るべきかもしれません。このまま小さな一歩を重ねては時間が……」
そんな悩んでいる最中、レイアは視界の隅に女性の姿を捉える。
彼女の未来視の瞳は、いや女好きの魂は、美女を決して見逃さない。
レイアは即座に訓練を切り上げ、彼女の元に向かった。
このトレーニングルームは自分しかいなかったから、自分に用があるのだと考えて。
「どうかなさいましたか? ステラお姉さま」
疲れを隠し、にこやかで優雅に、お淑やかに。
女性の前で、特に可愛い子の前で恰好付ける事は、彼女にとって常識であった。
「ん、ごめん。邪魔したかな? 終わるまで待とうと思ったんだけど……」
「構いません。基礎訓練など正直今する意味薄いですし」
「……じっとしていられなかったんだね」
レイアは小さく、こくりと頷いた。
「それでステラお姉さま。何かご用事が? お手伝いする事があるなら喜んでお付き合いしますが?」
出来るなら夜のお付き合い……とか言いたいが、それは口に出さない。
どんな相手でも女性であるならばっちこいな彼女だが、人の女性に手を出す趣味はない。
それが兄の御手付きであるのなら猶更である。
まあそれはそれとして目の保養にさせてもらっているが。
ステラの容姿はレイアにとって限りなく好みに等しい物であった。
「えっとね。レイアが良かったらだけど、今度の攻撃作戦に一緒に来て欲しいかなって」
その言葉に、レイアは少しだけ驚きを覚える。
レイアの様な三流相当の戦力は単独で作戦に参加する事が許されていない。
使われる時は二流戦力や外征が許可された兵士達の、それも戦時戦力不足が想定される時の臨時要員として選ばれる。
だからレイアが良く一緒に作戦に参加するのはパルスピカやアウラと言った家族達であった。
今回の様に一流の単独のお供に、しかも直接本人からスカウトというのは前例のない事だった。
「構いませんが……何か理由が? 荷物持ちとかでしたら納得出来るのですがそれならわざわざお声をかけて頂く様な必要は……」
「色々あるけど、レイアじゃないと駄目なんだ。当然だけど、ちゃんと護るから手を貸してくれると嬉しいかな」
「もちろん喜んで。護る必要も御座いません。ステラお姉さまの為にこの命を捧げましょう」
「私よりも先に死ぬのは駄目だよ」
優しい優しい、ステラの言葉。
その言葉に嬉しさを覚えるが、同時に怒りも覚える。
なにせステラの死はそのまま、クロスの死と繋がるのだから。
「ステラお姉さま。申し訳ありませんが聞けません。お兄様がいなくなれば世界が終わります。流石に自分本位である私でも、お兄様やステラお姉さまと自分の命なら、どっちが価値あるかわかりますよ」
「……何もわかってないね。レイア」
「――ご高説願えますか?」
「悪いけど、私もクロスもこの程度の事態じゃ死なない。この事態もただ疲れるだけ。というか私達が死ぬより先にバッカニアが滅ぶと思うよ」
「そんな馬鹿な……」
「いや、普通に事実だよ。私達が危険になるのは、あれが積極的に動いた時。だからレイアは価値とか考えず生きる事だけ考えて。……貴女がいなくなったら、クロスは本当に悲しむ。それこそ、死が近づく位に」
「……約束は出来ませんが、ステラお姉さまを信じ庇って死ぬ様な選択だけはしないでおきます。幸い、お兄様に似て生き足掻くのは得意ですから」
「それも連れて行く理由だよ。レイアなら一緒に戦えるって信じてる。と言う訳で、明日出発予定だけど大丈夫?」
「問題ありません。では今日の訓練は切り上げてこのまま休ませて貰いましょう」
「そうしてくれたら嬉しい。明日からよろしくね」
「はい。もちろんです。あ、どうしても身体の疼きが我慢出来ず寝れない様でしたら喜んでお手伝いを……」
「そういう趣味はないよ」
「そうですよね。ステラお姉さまにはお兄様がいますし、女性とそういう事になる訳がありませんね。冗談でも失礼な事を言ってしまい申し訳――」
ステラは返事もせず、静かに、そっぽを向いた。
その反応だけで、レイアの第六感がキュピーンと煌めいた。
「……え? あの……ステラお姉さま?」
「………………まあ、うん。それはどうでも良い事だから」
レイアは前のめりになった。
「明日ステラお姉さまについて行く条件として、詳しい話をお聞かせ願えるでしょうか? ええ、それはもう詳しい話を」
「………………………………そんなに……聞きたい?」
「もちろんです!」
「…………はぁ」
少し頬を赤らめながら、ステラは小さく溜息を吐き、ぽつぽつと話しだした。
「マンツーマンだと、確実に死ぬ。だから私達は連携を組むの」
「え? 何の話です? 天使との戦いです?」
「ある意味戦いに違いはないね。で、相手はたった一人だけど強大で、それでも少しでも満足して欲しいから、私達は皆協力し合い頑張るの」
「……戦いの話……ああ、そういう戦いの……」
レイアのテンションはすんっと下がった。
好みの女性の口からの猥談でも、兄の話というのはちょっと心に来る物があった。
「それで、人数比と休憩の問題で女性側に良く余りが生じるんだけど、その余りの戦力と時間を有効活用する為に……こう……」
「その余りとか休憩中の方々辺りをもう少し詳しくかつもっと具体的にお願いしますわ!」
「うん、君はクロスの妹だね。間違いないよ」
「非常に喜ばしくない評価ありがとうございますわ。それで詳しく。はよ」
「はいはい。私達が仲良くしたらクロスは喜ぶからね。だから私達は割と女性同士でもそういう経験あるの。……クロスが見ている時だけだけどね」
「なるほどなるほど。もう少し詳しい描写を是非」
「恥ずかしいから内緒。……そんな顔しても駄目」
器用に口がAの字になっているレイアに苦笑しながら、それでもステラは明確な拒否を示した。
「ちぇー。じゃあせめて、誰とが一番多いとか誰とが嬉しいとか、そういう精神的な感じの情報を下さいませ! このままだと夜も眠れませんわ!」
「…………メリーとは、仲良くしてるよ?」
「そういう意味でですか!?」
「……そういう意味でも」
レイアは静かに、ゆっくりと深呼吸をしながらその様を妄想する。
兄を排除し、ステラとメリーが仲良さげに、そして時に喧嘩ップルしながらいちゃつくその有様を、ゆりんゆりんする姿を。
表情が、非常に穏やかな物になっていた。
ついでに心なしかキラキラしていた。
「もう駄目だからね! じゃあレイア、明日よろしく」
恥ずかしがって去っていくステラの姿は、レイア的に非常に良い物だった。
「……満足しましたわ。今日は良く眠れそうです」
ステラとメリーのあれこれを妄想しながら、レイアは気持ち悪い表情で微笑む。
だけどすぐに、それが自分の兄の情事でもある事に気付き、顔を顰める。
顔を顰めて緩めてを繰り返し、妄想しながら己で拒否しを繰り返しながら、レイアはその日眠りについた。
翌日、兄の嫁にセクハラをしてそれをついでに妄想したという罪悪感を誤魔化す為、レイアは真面目モードでステラの付き人役となった。
しばらく移動し戦って……そこでようやく、どうして自分が選ばれたのか、レイアは理解した。
レイアの未来視の魔眼は数秒先を観る事が出来る。
戦闘しながらそれを行うのは二つの世界を同時に観測し続ける事で非常に高度な技能を要するが、戦わずただ危機察知を観るだけならそう難しい事ではない。
そして未来視で敵の攻撃を観測すれば……。
「左後方から銃撃」
レイアの一言に合わせ、ステラは剣を振りエネルギーライフルの攻撃を相殺した。
「あ、本体いますね。その二百メートル位先ですわ」
「ん、もう斬った。ありがとう」
そう、ステラの斬撃は現象である。
だから、場所さえ特定出来たら発生させる事は容易い事であった。
観測し、そこに攻撃を加える。
それは差ながらスナイパーとスポットの様な関係性であるだろう。
スナイパーと比べて非常に攻撃的かつ機動的でかつカウンター限定、それでいて近距離に強いが。
「うん。想像よりも悪くない。探して斬るよりよほど早いね。助かるよ、レイア」
「お役に立てて何よりですわ。ところで、この作戦ってどなたが考えたのですか? やはりステラお姉さまが?」
「え? ううん。メリーだけど?」
――えっそれはつまり二人で考えた作戦と言う事は即ち二人で一緒に居たという事でそれはもうほとんど逢瀬いや逢い引きというより愛の語り合いでこの作戦はつまり二人のむつみ合った結果で……沈まれ私!
一瞬、レイアの中にいるケダモノが惚気を観測しテンション爆上げ状態となるが、すぐ沈静化した。
戦場でというのもあるが、今日は罪悪感が勝っていた。
「そうですか。……」
「あ、今回のはちゃんとお昼での話でだから変な事考えないでね」
レイアは可愛すぎて鼻血を出しそうになるのを必死に堪えた。
「……わざわざ墓穴を掘らなくても……」
「あっ……」
「天然って、言われませんか?」
「……偶に」
「可愛いですわね本当。はぁ。お兄様の御手付きじゃなかったら……あ、右前方から攻撃確認。三機ですね」
ステラは無言で攻撃と、その先の天使を一刀の元切り伏せた。
「少し話変わるけど、最近レイアの事問題になってるの知ってる?」
「えっ? バッカニアじゃ食い散らかしてませんよ!? そんなには」
「……そんなにって何? いや、やっぱり良い聞かないでおくよ」
「そうしてくださいませ。それで、私の問題とは一体何でしょうか?」
「んー。やっぱりクロスの妹なんだって思うんだけど……うん。最近凄くモテてるよ?」
ステラは言葉を選びながら、そう口にする。
お嬢様学園に通い、清楚で礼儀正しい。
それは一目見るなら高嶺の花である。
だが会話を交えたら思った以上に話しやすく、それでいて気品はそのまま。
更に戦闘となると凛々しくて頼りになって……。
そういう理由で、軍の兵士や防衛部隊からレイアに対して惚れる男性が後を絶たなかった。
直接その声がレイアに届いていないのは、簡単な話でクロスがストップをかけているから。
それを回りは兄馬鹿だと思っているが、実際はレイアの恋愛対象が女性であると知っているからのクロスの配慮である。
それでも恋する心に歯止めは聞かず、ステラやソフィアといった比較的話しやすく接点のある彼女達に、レイアを紹介してくれという声が多く届けられた。
「という感じ」
「……まあ、いつ死ぬかわからない状況ですからね。お気持ちはわかりますし、嬉しいですが……」
「わかってるよ。まあ、本当にどうにもならならくなったらレイアは女性が好きだって話して諦めて貰うけど、良い?」
「構いませんわ。逆に、私の所に通して下さっても構いませんよ。直接お断りしますし。……そもそも私男性が絶対に無理って訳でもありませんけど」
「……え!? 嘘!?」
その言葉は、ステラにとってあまりにも予想外の言葉であった。
「え、ええ……まあ……。昔は無理だと思ってましたが、最近はそうでもないかなって。基本女性を好ましく思う事に間違いはありませんが……」
初恋が終わり、気持ちが切り替わり、そうしてレイアは自分の本当の感情を理解する。
女性が好きな事は否定しない。
だけど、それだけじゃない。
要するに……。
「好きになった相手の性別とか、些細な事ではありません?」
当たり前の様に、不思議そうな顔でレイアはそうステラに尋ねた。
周りが性別に対し気にしている事がおかしいと言わんばかりに。
そう、女性を食い散らかすレイアらしからぬ言葉を聞いてステラはきょとんとした後……自分の、告白の時の事を思い出した。
男でも女でもなく、ステラを愛しているとクロスに言われた時の事を。
「……うん。やっぱり、貴女は誰よりもクロスに似てるね。その愛の深い所」
「どうせなら実力の方が似て欲しかったですわ。そうしたら今ももっと皆様のお役に立てるのに……」
そう零す様にレイアが呟くと、ステラは微笑みレイアの頭を優しく撫でた。
「うん。優しい義妹が居てくれて嬉しいよ。ありがとう。でも、焦っちゃ駄目だよ。きっと貴女は強くなるから」
素敵な女性に頭を撫でられるのが嬉しいレイアはされるがままとなる。
このままいけばステラの事をもっと好きになってしまい、BSSリアリティショックにより脳が再び破壊される予感はしているのに、その手を払いのけられる程、レイアの心は強くなかった。
ありがとうございました。




