朱雀街
それは活気づいているというよりも、煩い、またはやかましいという言葉の方が適切となるだろう。
所せましと並ぶ屋台や店から飛び出す客引きの声。
それが被せる様にあちらこちらから聞こえて来ていた。
しかも、やかましいと感じるのは音だけではない。
商品を激しく振り回しながら見せつけて視覚で煩いという印象を与え、金属のベルだったり笛だったりで耳にも忙しいという印象を与え。
そんな感じでこの辺りの住宅地、商業地全域は暑苦しいとさえ感じる様な活気がこれでもかと詰め込まれていた。
「……何と言うか……その、凄いですね」
エリーは気圧されながらそう呟いた。
物静かと言う訳ではないが、あまりやかましいのは好みではない。
そう顔に書いてあった。
「凄いな。街並みは同じ感じなのに青竜門当たりとは全く違う雰囲気だ。というか……あれ止めなくて良いんだろうか」
そう言いながら、クロスは騒がしい中でも特に騒がしい辺りに目を向けた。
そこには、大きく太い筋肉をした真っ赤な鬼と、同じ様な体型で全身体毛で覆われた犬耳の男がゼロ距離、顔をこすり合わせる位の勢いで睨み合っている。
喧嘩の理由はともかく、原因だけなら遠目のクロス達にも安易に想像が付いた。
というよりも、その手に持った大きな液体入りのビンと、赤鬼であってもわかる程赤くなった顔。
それを見れば誰でも想像が付くだろう。
「……んー。ま、ほっといて良いか」
「良いんですかクロスさん?」
「ああ。というか、ほれ、あっちあっち」
そう言われ、クロスが指差す方向をエリーは見てみる。
だが、特に変わったものは何も見当たらなかった。
「相変わらずの客引きの方々、喧嘩をヤジる方が、あと歩いて去っていく子供位しか見あたりませんが」
「そう、子供。当たり前の様に、子供が怯えもせず平然と道を歩いているという事は、これがこの街の日常って事でしょ。それなら俺達がしゃしゃった方が面倒になると思うよ」
「なるほど。流石に慣れてますね」
「ま、前世含めたら結構な数の街々を見て来たからね。現地の人、じゃなくて方々との関わりは気をつけないとねー。過去経験した中にはもめごとは全て喧嘩で解決する町ってのもあった位だし」
「へー。入りたくはないけれど、聞くだけなら面白いですね。その辺りの事も今度教えて下さい」
「ああ。いつでも良いさ。こんな話位なら」
そう言ってクロスはにこりと微笑み、それにエリーも釣られ微笑み返した。
「おうおう兄ちゃん兄ちゃん。見せつけてくれるねぇ」
そんな声が背後から聞こえ、クロスとエリーはそっと振り向いた。
言い方は悪いが、言う程悪意は感じない。
いちゃもんを付けるというよりも、本当にただ茶化しただけの様な、そんな軽口。
その軽口を吐いた男は屋台の奥からニヤニヤした笑みを浮かべていた。
「おっと、目に毒だったか?」
そうクロスは皮肉そうな笑みを浮かべると男はゲラゲラと笑った。
「いや別に。綺麗なねーちゃんと親し気で羨ましいたぁ思うがこれでも三児のお父様だ。よそ様にちょっかいかけるたぁ野暮な真似する余裕はねーよ。つか、んな事したら母ちゃんに殺されちまうわ」
「はは。そういう事ならつまり、声かけた理由があるって事か。その様子からだと……用事は俺達に……」
「まあそうあせんなあせんな。本題も大切だが、そこに行くまでの会話もまた大切だ。特に、お互い知りもしない関係ならな。兄ちゃん達。余所者だろ?」
その言葉に、クロスとエリーは一瞬だけぴくっとした。
「もしかして、何か不作法がありましたか? 街の真ん中を通ったらダメとか?」
エリーがおどおどしながらそう尋ねる。
それに男は安心させるような豪快な笑みを浮かべながら首を横に振った。
「んなもんないない! ただまあ、朱雀街の人間にしちゃ大人しかったからそう思っただけだ。大変だろう他所の街からこっち来ると」
若干同情した様子で男はそう言葉にする。
どうやら、別の門側の街にいると思っている様だった。
「朱雀街ってのも今初めて聞きました」
「俺らが勝手に呼んでいるだけだからな。血の気が多くて、力余って。そんな奴らが中心になって集まった大馬鹿野郎共の街。それがこの朱雀街だ」
男はやたらと自慢げにそう高らかに宣言した。
「なるほど。楽しそうな街だな」
「楽しめる馬鹿にとっちゃ何より楽しいだろうさ。俺が楽しめてるんだからな」
「そんで、あんたの本題は売り子だろ? いい加減商品を売らなくて良いのか? それが目的だろ?」
クロスの言葉に、男はニヤリと笑った。
それは罠にかかった獲物を見る様な、そんな目だった。
「俺は商品を売りたい。だがな、俺の売ってるもんはこの街の食い物だから余所者は知りもしないだろうさ。なんたって朱雀街にしかないんだから。知らない物を欲しがるってこたあないわな。そう、ないない。ついでにいや、商売ってのはお互いが得をしなきゃ何の価値もない。ここで俺が押し売りしても何の意味もない。売った俺が喜んで、買ったお前が喜んで。そんな風にお互いが喜んで長く太い付き合いを作る。俺が何を言いたいか、わかるか?」
男の言葉に対し、クロスとエリーはふるふると首を横に振った。
「つーまーりー」
そう言いながら、男は肉の刺さった串を二本、クロス達の方に差し出した。
「食え。とりあえず食え。一本目は、俺の奢りだ」
その言葉に反応出来ず、クロスとエリーはぴたりと固まる。
その後、二人は微笑みながら、男から串を受け取った。
「んじゃ、ありがたく奢られるよ」
「おう。そんで二本目は買え」
そう言って、男はしてやったりという様な笑顔を浮かべた。
「美味かったらな」
そう言葉にし、クロスはその竹串に食い付いた。
ぶっちゃけて言えば、普通の味。
それ以外には、言い様がなかった。
別に朱雀門限定と言う訳でもないどころか蓬莱の里の味ですらない。
それはただの焼いた肉だった。
確かに、美味いは美味い。
だけど目新しさは全くない。
豚肉を、切って串打ちして塩振って焼いただけ。
食べた感じそんな調理が想像出来る、そういう味。
とは言え、朱雀街特有の楽し気な雰囲気から普通の味であっても、不思議な満足感がある。
そういう味だった。
クロスは串売りの男に声をかけた。
「なあ。どの辺りが朱雀街特有なんだ?」
「あん? それは買ってからのお楽しみって奴だ。強いて言えば、言ったもん勝ちって良い言葉だと思わないか?」
「その言葉で察したよ。ああ、確かにこの街らしいっちゃらしいな」
そう言ってクロスは苦笑いを浮かべた。
「ぐはははは。まあ朱雀街にいる俺が作ったんだ。朱雀街にしかないってのも嘘じゃないだろ?」
「はいはいご馳走様。ついでに聞きたいんだけどさ、そんなに余所者ってわかるかね俺ら? 恰好は揃えてるつもりだけど」
そもそも、着物以外の魔物も多い為自分達だけが即余所者とわかる理由はないはずだった。
「あん? そいつは簡単な事だ兄ちゃん。そう、とても簡単な事なんだ。わかるかい?」
「いんにゃ。わからん。だから聞いてるんだ」
「ふふ……。答えはな。そっちの姉ちゃんがめっちゃ綺麗だからだ」
そう言って男はエリーに指を差した。
「そう、何を隠そう俺はこの朱雀街での綺麗なねーちゃんを全員把握した――」
男が変な自慢をしているその瞬間、轟音が鳴り響き、男の自慢をかき消した。
とても言葉で表しにくい、激しくもけたたましい音。
一番近い音で言えば、雷だろうか。
何かが激しくぶつかるような、そんな音。
そして音がなったのは串売りの男のすぐ後ろで、そこにはおばちゃんと呼ぶのが似合う様な、恰幅の良い女性が立っていた。
煙を発する、フライパンを持って。
「あんた、またお客様が綺麗だからって変なちょっかいを出して! あんたが嫌われるのはどうでも良いけど、それで売り上げが下がるのはごめんだよ!」
そう、女性は頭を押さえ震えている男に喚き散らした。
「兄ちゃんもごめんねうちの馬鹿が彼女さんにちょっかいかけて。私が焼き入れとくから」
え? まだやるんですか?
そうクロスが思わざるを得ない程の激しい攻撃だった。
「いえ、彼女でもないですしちょっかいもかけられてないですはい。大丈夫です」
クロスはつい敬語になりながら、男性の名誉を守るためそう言葉にする。
だが、残念ながら伝わってはいない様だった。
「ああ。これからちょっかいをかけるとこだったんだね。そっちのお嬢ちゃんも。こんなでかいだけの禿げよりも、そっちの兄ちゃんみたいなかっこいい男にしときなさい。そんで偉い立場で金でもあると尚良いわよ。でないと苦労するんだから」
「いえ、あの……私は……」
エリーは何を言おうと思った。
思ったのだが、言い返すのは止めておいた。
蹲る男性が一瞬だけこちらを見て、目で合図を送ってきたからだ。
『何を言っても意味ないし、火に油を注ぐ事にしかならないから。何も言わなくて良い。俺は慣れてる』
そう、その優し気な目で訴えていた。
エリーは少し悲しい気持ちになりながら男に従い、その女性の言葉に素直に頷いた。
「そうそう。そっちのちょっとかっこいい兄ちゃん! 詫びというのもあれだけど、彼女さんに良いかっこしときな。値引きしてあげるから何か買いなさい」
有無を言わさぬ言葉といえば良いのだろうか、抵抗する事もなくクロスは素直に頷き、気づけばその夫婦に笑顔で手を振り見送られる位注文してしまっていた。
袋の中にぎっしり詰め込まれた串打ちの肉。
豚だけでなく鳥や、良くわからない食感の肉もあり、また味付けも様々。
それは料理というよりはおもちゃ箱を開ける様な感覚だった。
「クロスさん。そっちはどうでした?」
ニコニコした顔、ご機嫌な様子でエリーはそう尋ねてきた。
「んー。何の肉かはわからん。あんま知らない味だなぁ。ハウンド……という訳でもなさそうだし。食べ慣れないという程癖が強い訳でもない。味付けは……チリペッパーっぽい感じ?」
「ほほー。聞いてもさっぱり味が想像出来ませんね」
「そりゃ、食ってる俺も良くわからんしな。美味くはあるぞ。癖になる感じ。食ってみるか?」
「あ、下さい」
クロスは串を手渡そうとして、エリーは肉の入った袋と串を手に持っている事に気づく。
その後少し考え、自分の持つ串をエリーの口元に運んだ。
「はい、あーん」
「あーん……。からっ。……いや言う程辛くない? でも辛い様な……うん。美味しくはありますね」
「わかるわかる。ピリ辛で後に引かない感じだよな。そっちはどうだった?」
「濃いタレが美味しいですよ。たぶん一番美味しいんじゃないですか?」
そう言ってエリーも持っていた串をクロスの口元に運ぶ。
クロスは無言で肉を咥え取り、味わう様に目を閉じた。
「……んーむぐむぐ……。ああうん。確かにうめぇわこれ。これもっと大目に入れて欲しかったな」
「ですよねですよね! 何と言うか、ジャンクフードっぽさがあっていいですよね」
「だな。こういう品のない味の食事もちゃんとあるんだな蓬莱にも」
そう言って二人は楽しそうに串を歩き食べし、そこそこの量を買ったはずなのに気づけばあっという間に空となっていた。
「あ、ゴミは下さい。どこか捨てる場所見かけたら捨てますので」
「あいあい。ありがとう。ところでさ……軽食食った後位には腹が膨れたけど、口卑しくなって何か欲しい。そんな感じじゃね」
クロスはそう呟いた。
「わかります。甘い物が食べたい気分ですね」
「とは言え、事前情報ではあんまりデザート系はないらしいからなぁ。期待は出来ないかなー」
「残念です。まあ、帰りに青竜門付近で何か食べましょうかね……って。あれ……何かトラブルじゃないですか?」
道の隅に見える野次馬と不穏な気配からエリーはそう呟いた。
確かに、この朱雀街は基本的にけたたましく、正直殴り合い程度になら何も驚かない。
ここで起きる事件は大体からっとした雰囲気があり、笑って許せる程度の事でしかないからだ。
そんな中で流れる、少々不穏な気配。
余所者であるクロスとエリーですら、これはおかしいと感じるには十分な違和感。
明らかに、普段の様子と異なる何かがそこで起きていた。
クロスとエリーは少数だがそれでもその様子をうかがっている野次馬の方に近づき、隙間から何が起きているのか探ってみる。
その問題が起きたであろう場所にいたのはいかにもな容姿をした、五体程のガラの悪い男の魔物達だった。
「喧嘩……でしょうかね。――いえ、ちらっとですが、女性が男達に囲まれているみたいですね。どうやら変に絡まれているみたいです。クロスさん。どうしま――」
そう、エリーが声をかけた時には隣にクロスはいなかった。
「らしいと言えばらしいですけど……。きっと絡まれていたの、綺麗な方だったんでしょうねぇ」
クロスの行動を読んでエリーはそう理解し、苦笑いを浮かべながらその騒動の方に独りで歩き出した。
ありがとうございました。
おまたせしてすいませんでした。
これからまた更新再開していきます。




