小さな、だけど大切だった気持ち
複雑に絡んでいそうに見える事情なんてのは大体、黒幕視点で見てみれば案外単純な物でしかないなんて事は多々ある。
今回もそう。
いかにも壮大な計画に巻き込まれた様な、そんな不安にテアテラは襲われているが、別段そうでもない。
なにせ、最初から総てが手遅れであったのだから。
テアテラが仕事で忙殺されていないという事は即ち、アリスにとってテアテラが不必要な存在になったという事を示していた。
積み上がったトランプタワー。
完成間近のドミノ。
例える物は何でも良い。
ただ、多くの人が苦労して、皆が仲良く頑張って、そうして積み上げて来た努力であるとわかれば、例えば何でも。
これは天使だけの話ではなく、人間も含まれる。
天使と人が合わせてくみあげてきた、戦争という名の時代そのもの……即ち今という歴史。
人機大戦なんて名前のその真っ当な戦争である歴史を、高いところから悍ましく、悪意を込め二つの眼が見つめる。
『ねぇ、そろそろ良いんじゃないでしょうか?』
『いいえ、もう少し待ちなさい。こういうのを面白くするのは、タイミングが重要なの。』
『余計なのもいるけど、計画に変更はないですよね?』
『ええもちろん。むしろ好都合な位よ』
くすくすくすくす笑いながら、彼女達はそれを見る。
無駄な殺し合いをする天使達を。
お友達同士愛し合って仲良く殺し合うその無様さを嘲笑う様に、二つの目は愉しそうに。
だが……。
『あら、これはいけないわ。相談されたらちょっとだけ不味いかもしれないわね』
『そうですね。だったらつまり……』
『ええ、そうね。ここまでね』
『良いのね? もう、我慢しなくて。マイマスター・アリス』
『ええもちろん。待てはしなくても良いわ。全部ぜーんぶ……壊しなさい、可愛いクィエルちゃん』
そうして、二つの眼の持ち主は、邪悪な二つの存在は――静かに、これまで永い永い時間をかけて積み上がった何かを、まるで積木の玩具かの様に、容易く崩した。
もしも後世から今の歴史を振り返った時、戦争が終わった日を何時とするか決めるならば、きっと今日となるだろう。
ただし同時に、戦争の方が遥かにマシであったという注釈も付け足されるが――。
「――やはり、やはり貴様らか! 邪悪な人間が!?」
テアテラは殺意を込め怒声を叩きつける。
それを彼女は知っていた。
天使を喰らい、殺し、動く屍とする術を。
人間の生み出した、最も悍ましき兵器を。
アリスに聞いたそれが、その地獄が、今この場に生み出されていた。
テアテラの四機の内一機を感染元し、周囲の人形が驚く速度でリビングデットに成り代わっていた。
「……待て。確かテアテラだったな。なんでこれが俺達の仕業になるんだ?」
クロスは違和感からそう尋ねる。
確信を持って人間の所為だと思っているのが、酷く奇妙だった。
「今更誤魔化せると思っているの!? 私達天使を殺す為にこんな悍ましき呪術に頼るなんて……だから人間は愚かなのよ!」
「俺達じゃない! 少なくともバッカニアじゃない」
「ふざけないで頂戴! そんな言葉で――」
「テアテラ」
ミリアの呟きに、テアテラはびくっと体を震わせ押し黙った。
「冷静になってテアテラ。クロス達じゃない」
「はぁ!? 貴女こそ冷静になってよ! 幾ら人間びいきだからって――」
「違う。良く考えて」
「――だから、私は最初から冷静」
「冷静になって、良く考えて。貴女なら判断出来るはずよ。人間に、クロスに、私と貴女から問答無用でコントロールを奪取し重度の改変を行う様な事が、本当に出来ると思う?」
それは、根本の話である。
やるかどうかではなく、それ以前の『出来ない』事、不可能そのものであった。
テアテラは世界に比類しない演算能力を持つ。
ミリアの人形は全てミリアが作った物であり、当然の様に特別なコントロール対策も刻んでいる。
機人対策も兼ねた機械的なプロテクトは強固な物であり、呪いや魔導的概念さえも寄せ付けない。
そんな二機から手駒を、抵抗もさせず奪い取り一瞬で死を振りまく化物に改造する。
出来るかと考えたら、明確に答えられる。
機械操作に長けていない今の時代の人間に出来る訳がない。
それこそ魔導機文明時代総てを見ても、一人いるかどうかの偉業である。
そしてもし仮に、百万歩譲って人間如きにそんな偉業が例え出来たとしよう。
バッカニアという設備が揃った拠点から離れたこの場で、常時ミリアの監視下であった機械に疎いクロスと己自身さえも把握出来ていないアリアに実行する事は絶対に出来ない。
疑う事さえ馬鹿馬鹿しい事であった。
「じゃあ、一体誰が……」
「それはわからない。だけど、今は冷静になるべき」
二機が冷静になってから、クロスは呟いた。
「アリスの仕業だ」
クロスは断言した。
「……は? 何を言っているのですか? コマンダーアリスは我らの仲間です。そんな事する訳がないでしょう」
テアテラはきょとんとした顔……というか『お前何言ってるんだ?』みたいな顔をクロスに向ける。
たったそれだけの事なのに、ミリアの表情は一気に不安な物に変わる。
ミリアは、テアテラが人を見る目がない事を誰よりも知っていた。
「どうしても何も、他にいないだろ。能力あって、天使と人両方が被害にあって喜ぶ様な奴」
「だから、アリスは私達の同胞です! そうですよねヴァーミリアン!? ……何ですその表情」
テアテラが熱意を込めれば込める程、ミリアは不安な気持ちは高まっていた。
「……テアテラ。たぶん、プロデューサーの……クロスの言う事は正しい。どうやってという気持ちは消えないけど、その可能性が確かに、他の人間よりも高い」
「どうしてですか!?」
「私の人形が奪われたのは、感染されたから。発生源は、最初の異常は、貴女の操っていた中級天使だった。だから本来怪しいのは貴女。でも貴女じゃないと私は知っている。だったら……」
テアテラでないのなら、テアテラが誰よりも信じるアリスが怪しい。
ミリアのその考えを否定出来る者は、誰もいなかった。
この世界で唯一、クロスだけはアリスを敵と考えない。
共存する事が叶わず、互いに殺し合う事しか出来ない関係ではあっても、クロスは彼女を憎んでいない。
いや、感情で言うならば『好き』だとさえ言っても良いだろう。
アリス程真剣に生きている者をクロスは見た事がない。
この世界で最も純粋に、そして最も力強く生に執着しているのはアリスであるとさえ断言出来る。
二度も生を自らの意思で捨て、生きる事を諦めた回数は二桁以上となるクロスが己を恥じる位には、彼女は輝いている。
そんな彼女だから、病で醜悪な上成長していない容姿の彼女をクロスは『美しい』と感じていた。
見た目だけではなく、魂の話。
彼女は純粋なのだ。
生きる事に対して、誰よりも……。
そんなアリスを知るクロスだからこそ、断言出来た。
『アリスが天使の為に生きる訳ない』
天使の手下になるのは当然、天使を従える事もない。
何故?
そんな事は簡単である。
自分の命を繋ぐ事さえ何時も限界であるアリスに、誰かを抱えるなんてそんな余裕ある訳がないからだ。
だからクロスには、アリスにとって天使とは使い捨ての手足以下であるという事が最初からわかっていた。
急激に、脳が働きだす。
他の誰かではなくこれがアリスの策略で、しかもかなり大がかりな物であるからこそ、その共感性とリスペクトの精神から、まるて相手の手の内が見えているかの様にクロスは閃き続けていた。
テアテラの操作する天使から現れたかつての生ける屍。
あらゆる生命、天使を殺し同時に死を振りまくリビングデッドに代える悍ましき力。
その力によって、周囲の人形がどんどん化物となりこちらを追い詰めていた。
だが――弱い。
この程度でどうにか出来る程今ここにいるのは弱くない。
最上位天使二機にクロスとアリアを物量で何とかしようとするならば、この百倍……いや、千倍は持ってこないといけないだろう。
つまり……この悍ましき生ける屍は本命ではなく、単なる見せ札。
かつてバッカニアを崩壊させようとした強大な力だからこそ、ジョーカーを隠す最強のハッタリとしてアリスは使ったのだ。
アリスのこれはまごう事なき計画的犯行で、大きな目的を持った行動である。
だとしたら、ターゲットはそこに居るかどうかわからなかったクロスとアリアではなく、ミリアかテアテラのどちらかとなるだろう。
生ける屍はほぼ間違いなく見せ札で、本命はまだ出ていない。
そこまで把握し叫ぼうとしたその瞬間――クロスはそれを見た。
テアテラが操っていた、屍と化した天使から現れた、巨大な丸い何かを。
平板やブロック形状といった金属板の混合で球体状のそれは、『ぱかっ』と半球の様に割れる。
その中には、鋭い牙が無作為かつ無造作で無数に生えていた。
自然界ではあり得ない形状だが、その巨大な無数牙と醜悪な咢を見て、クロスはそれが何等かの頭部を倣った物だと気付いた。
鉛色と鋼色の混合で、まるでブロックをくみ上げて作った様な十メートル規模の頭部。
どこか獣の様でもあり、どこかの廃工場の様でもある。
垂れ滴る毒液は涎の様で、口内から発生する酸性の煙は悪臭を伴って。
一言だけ言えるのは、それは人でも天使でも、この世生きる者総てがそれを醜悪と感じるという事だけ。
自分の分身だった天使から生えているその醜悪なる咢を見て、テアテラは自分がどこで間違えたのかを考えていた。
ここに来た事は間違いなく自分の意思である。
アリスが怪しいというのは理解したが、未だにあまり疑う気持ちにはなれない。
確定したならともかく、人間の推測で気持ちを変える気にはなれないし、何より信じる気持ちが間違いだとは思わない。
じゃあ、どこだ。
どこから私は間違えた?
この動く死体よりも悍ましい醜悪なる咢は、私の何が原因でここに現われた?
そうして考えて……考えて……答えが出ない自問自答を繰り返して――それが現実逃避だと気付き、思考をリセットする。
直感なんて天使らしからぬ発想だが、テアテラは巨大な咢に喰われたら不味いと本能的に察していた。
このケダモノの咢は生ける屍とは色々な意味で別物である。
いや、別物というよりも気配から見れば親玉と言った方が正しい。
だからこそ、喰われたら『動く屍』程度では済まない最悪が待っていると理解出来た。
例え喰われそうな自分が本体ではなく操作しているだけだとしても、これに喰われたらきっと総てが終焉る。
逆に言えば、今ならば操作を破棄すれば逃げる事が出来るだろう。
この場に居る訳ではなく、意識を潜り込ませ操作しているだけなのだから。
とは言えそんな恥ずかしい事出来る訳がないし、ミリアを見捨てるという選択肢も彼女にはないが。
「テアテラ、早く引いて。それともダイブアウトも出来ない?」
まるで思考を呼んでいたかの様なタイミングのミリアの言葉にテアテラはかちんと来た。
「そんな事出来る訳がないでしょ」
「どちらの意味で?」
「プライドの問題よ!」
「だったら引いて。……これは私の問題」
「な、何が私の問題よ! どう見たってこの惨状は私がもたらした――」
ガゴン。
咢の閉じる音と共に、喧嘩混じりの会話は遮られる。
とは言え、ミリアもテアテラもギリギリのところで回避が間に合い咢が喰らったのは空気だけだったが。
クロスとアリアは生ける屍から雑に狙われ、ミリアとテアテラは咢に直接狙われている。
特に、ミリアの方を中心に軸合わせをしていた。
これで確定する。
敵の狙いは、ミリアであると。
「引いて、テアテラ」
「ま、まだそんな事を言うんですか貴女は!?」
「ええ。だってここは、私が受け持った場所だもの。私の担当よ」
「――え?」
「私が命じられた、私が護る場所。だから私はここで戦う義務があるわ。テアテラ、貴女の所為とかそういうのは関係ないの。これは私の責任。貴女の指令は、ここを護る事じゃない」
その言葉は天使としての責務を護る言葉で、あまりにもミリアらしくない言葉で――。
いや、そうじゃない。
ミリアは最初から天使としての責任感を持っていた。
己の使命に殉じる事など当たり前と思う程に。
ただ、テアテラがそうじゃないと思い込んでいただけだった。
今更に、テアテラはミリアの行動を振り返る。
多数の天使達と迎合しなかったのは、自分の正しさを信じ仲間に伝えようとしていたから。
派閥を作らなかったのは、派閥争いなんて天使として正しくない行動だから。
認知バイアスがかかっていただけで、ミリアは正しい事を自分で考えて選び続けていた。
他者に影響を受け主義主張を変えて来たテアテラ何かよりよほど正しくあろうと……。
「テアテラ! 呆けないで!」
ミリアに叫ばれ、はっと我に返った。
「ご、ごめんなさい」
「謝罪は良いから早く戻って頂戴。正直邪魔」
気づけばミリアはテアテラを庇いながら生きる屍と戦っていた。
それは迷惑をかけたという事なのだが、その事実がテアテラは妙に嬉しかった。
「それは出来ない。貴女を見捨てたら私は天使じゃなくなる」
それは、天使としての決意表明。
不退転を示す言葉であった。
「そう……だったら手を貸して」
「もちろんです。ミリア、私はどうしたら良いですか?」
呼び方が変わった事に少しだけ驚いた後……ミリアは冷静に指を差した。
「私達はあっちに。プロデューサー! 貴方は娘を連れて避難して!」
そう言ってから、ミリアはテアテラを連れ全力で走りだした。
「彼らは……素直に避難してくれるでしょうか?」
テアテラの不安な言葉を聞き、ミリアは首を横に振った。
「まさか。言ったところで無駄とわかってる。危ないのにどうせ手伝いに来るわ」
「……ミリア、きっと貴女が笑えていたら、今の貴女はとても良い笑顔を浮かべていたでしょうね」
「何よ突然に、らしくない。……でも、そうかもしれない。楽しかったのよ。本当に……貴女の言う通り、それが裏切りに匹敵したとしても……楽しかったの」
そう呟くミリアに、テアテラは何の言葉も掛ける事が出来なかった。
手を繋いで逃げるこの時間が、悪いと思っている気持ちとは裏腹に、とても嬉しくて心地よかった。
どうしてかと考えたら、ミリアと一緒にいる時間がこんなに長かったのは、大昔以来だからだ。
永久凍結刑であった彼女とは休眠状態でも通信する事が叶わず、それ以前も既に仲違い状態で長時間一緒に居る事はなかった。
だから、こんなに長い事一緒にいる時間は、テアテラにとって、とても楽しい物だった。
だからこそ、テアテラは後悔を覚える。
こんな素敵な友達との時間を過ごせなかったのは、自分の所為。
ずっと怒鳴って相手の話を聞かなくて、それで……。
「どうして、泣いてるの?」
ミリアに言われて、テアテラは初めて自分が涙を流している事に気付いた。
「中級にこんな機能あったのですね」
苦笑しながら、テアテラは呟く。
どうしてだろうか。
もっと早く、こうしていたかった。
何が悪かったのだろうか。
ミリアに逢ってから、ずっとそれしか考えていない。
いや、もうこうなったのはわかっている。
ミリアが真剣だったのに、真面目に話を聞かなかった事。
今回の騒動にミリアを巻き込んだ原因も、ミリアと仲違いした原因も、元を正せばそれに集約される。
ミリアにとってアイドルとは特別な事で、しかもそれは天使としても間違っていなかったという事。
それを知ろうとしなかった事が、総ての原因だとテアテラは気付いた。
謝りたい。
だけど、謝る訳にはいかない。
今謝るのは自己満足で、自分が許されたいからするだけの自分本位な感情だからだ。
この騒動が終わって、落ち着いて――そこで初めて、自分は謝罪する権利が得られる。
「ミリア、今回の騒動、どう集約させますか?」
「難しいですね。とりあえず、役目を放棄する事になりますがここを離れます。そして貴女以外の七機の誰かに会って相談し、直接人類救済機構に直訴し対策に講じるのが一番シンプルかと」
「……やはり、アリスが疑わしいと……」
「疑わしいというよりも、間違いないと言った方が良いでしょうね。いえ、プロデューサーはそう言いましたが私はそれだけじゃないと思っています」
「どういう事ですか?」
「技術力とタイミングを考えたら――天使に裏切者がいますね」
確信を持って言っているミリアを見て、テアテラは自分の情けなさに死にたくなっていた。
「……そう、ですか。……はは、私って、見る目がありませんね。本当に」
「今更ね。だから私を友達に選んだんでしょ?」
「いいえ、それだけは正しかったと今なら思います。貴女を友達と思った事だけは、今でもこれからも、きっと後悔しません」
「そう。やはり見る目がないわね。テアテラ。でも、ありがと」
呟くミリアの頬が赤い事にテアテラは気付いたけれど、そっと見なかった事にして視線を反らした。
反らした視線のその先に、音もなく咢が浮いていた。
最初から、勘違いをしていた。
感染した機械の内側から咢が出て来る訳ではない。
指定した座標の周囲に咢は出現する。
それこそ、地面からでも空からでも、虚空からでも関係なく。
そして指定座標は、テアテラ四機。
最初から四機総てに、マーキングは完了していた。
テアテラは、ミリアが己を犠牲とする様自分を押し出そうとする瞬間を見た。
最後の最後まで、テアテラを助けようとミリアはしてくれていた。
だからテアテラは、その手を掴み、逆にミリアを押し返した。
ガゴン。
咢は閉じ、鋭い牙は仲良く押し合う彼女達を削り取った。
ミリアは右腕の先端だけで済んだが、テアテラは左腕大半と左足総てと、ついでに腰までとほぼ半分。
ご丁寧にテアテラはフライトユニットまで喰われていた。
「逃げて!」
テアテラは叫んだ。
無意識ではあったが、心からの叫びでもあった。
「な、何を……」
「もう私は無駄だから、だからせめて貴女だけでも……」
「馬鹿な事は言わないで! 私には義務が……」
「ごめん。でも……もう、無理なの」
そう呟くテアテラの顔を、ミリアは見る。
泣きながら笑うその表情の中に、死が浮かんでいた。
瞳が狂い、表情は変貌し、生ける屍になりかかっていた。
生ける屍となる事を感染と言うなら、これはもう感染していると言える。
手遅れだと、すぐにわかる程に。
「ごめんねミリア。わかってあげられなくて。……うん。アイドルだっけ。今考えたら、恥ずかしがりやの貴女にしては思い切った事だったわね。……もっとちゃんと応援してあげたかったな。せっかく頑張ってるんだから」
「い、今更よそんな事! それにまだこれからも……」
「ううん。もうないよ。……ああ、そうか。こういう事か。……ただ信じる訳じゃなくて、人間を理解するって、こういう事か。本当……嫌な気持ち。良くミリアはこれに耐えられますね」
そう言って、テアテラは唯一生き残っていた兵装のハンドガンを投げミリアに渡し――残った右足で、全力でミリアを上に蹴り飛ばした。
そう、人間は彼女にとって、敵である。
敵だからこそ、テアテラは彼を信じられた。
「私のミリアがプロデューサーって言ったのよ! だったら……わかってるでしょうね!」
空に向かい、そう叫ぶ。
返事はない。
代わりに、そこにいないはずのそいつは、血の翼を纏い空でミリアをキャッチしていた。
「本当……最悪な気分。人間なんかと分かり合うなんて」
空からずっと、自分の名前を呼んでくれるミリアの声が聞こえる。
その声がどんどん遠くなって良く。
それだけは、嬉しい事だった。
再び咢が口開く。
先程の蹴りで態勢を崩し、片足と腕がない今立ち上がる事さえ難しい。
つまり、もう逃げる事は出来ない。
いや、例え逃げられたとしてももうどうしようもないだろう。
その位、自分が今死に汚染されていると理解出来た。
死者である事を恥じ、悔やみ、妬み、死者を増やそうとする。
自分が死んだ事が耐えられないから、周りに死を振りまこうとする。
その気持ちが、テアテラには今強く理解出来てしまっている。
だからこそ、自分は手遅れなのだ。
あのミリアにさえ、この手で殺し、汚し、仲間とし、この苦しみを与えたいと考えてしまっているのだから。
「ああ。わかった。私が間違えた部分……。そか。そうだったんだ……」
咢を見ながら、乾いた笑いを浮かべる。
テアテラは自分の、総ての根本の間違いに気付いた。
あったのだ。
たった一つの、大きな間違いが、過ちが。
ミリアに説教した事でも、アイドルを受け入れなかった事でもない。
もっともっと根本の部分を間違えたから、こんな結果になったんだ。
「私はミリアの事、本当は友達じゃなくて――」
そうして、咢は閉じられる。
テアテラであった存在はどこにもいなくなっていた。
まるで、最初からそこにいなかったかの様に。
ありがとうございました。




