天使の正しさ、天使の愚かさ(後編)
ミリアの操る人形などテアテラの前ではハリボテの案山子以下でしかなかった。
身体能力は一般的な人間より少しマシ位で、戦闘技能は一切付与されておらず、ついでに武器らしい物もサイリウムやポスター程度。
上級機甲天使の上澄み以上のスペックを持ち完全武装しているテアテラの操作する天使と比べたら案山子以下である事は当然であり、一方的な結果となるのはもはや自明の理でしかない。
だから……この結果はわかりきった事でしかなかった。
無数の人形は打ちのめされ、バラバラになり、壊されそこら辺りに倒れているなんてこの状況は。
テアテラの天使四機は一歩たりとも動いていないというのに、千を超える人形がスクラップとなっていた。
そう、これは最初から定まった結果でしかない。
テアテラにとってだけではなく、ミリアにとっても……。
だから、ミリアは怒りにも近い落胆を覚えていた。
絶対にこうなるとわかっている事でしかないのだから、こっちが何か企んでいる事位少し考えたらわかるはずだろうに。
それだけのスペックを持ちながら、総ての天使を含め最も優れた頭脳を有しながら……しかも普段から『考えろ考えろ』叫ぶ癖に、何故後先をそこまで考えずにいられるのか。
いやもうそれ以前の話だ。
何故自分の能力を知っていながら、そんな行動が取れるというのか……。
ヴァーミリアン=ラケシス・ファクトリオ。
それがかつて語った名。
そしてミリアの能力を示す字である。
『機械製造王』
それがミリアの本当の力。
人形操作ではなく、機械を作り出す事こそが彼女の本質だった。
その力は元七機に入る程に規格外であり、その気になれば彼女は、この設備もない元魔王国城下町内で既存よりも遥かに性能の高い中級機甲天使さえも製造出来る。
とは言え、今この場で能力を全開にする事は叶わない。
クロス達が人形を壊しこちらに向って来ている事がわかっているからだ。
クロスという最強の敵に、これ以上手札を無駄に晒せない。
だからミリアは予め定めていた、最低限明かして良い方の手札を切る事にした。
「……『アップグレード』」
その言葉と共に、ミリアはテアテラ達に突撃する。
突っ込む道中に倒れた人形にミリアは手を突っ込み――人形を素体として棒を作って、引っ張り出し殴る様振り回した。
単なる棒……いや、発光している様に見える程輝く銀の棒を見てテアテラは慌てて盾機を操作し全力で殴りつける様防ぐ。
少しでも、その衝撃を消す為に。
棒が盾に触れる、その直前だった。
棒の先端が膨れ上がって変形し、巨大な鉄槌に変わっていた。
巨大な金属槌が盾に触れた瞬間、周囲に振動波が生じる程の大きな衝撃は発生する。
純粋な威力だけでなく、明らかに槌が爆発したかの様な音と衝撃が辺り一帯に走った。
想定外の威力に耐えきれず、盾機は後方に吹き飛ばされた。
殴りつけた直後には、槌は単なる銀の棒に戻っていた。
「……『アップグレード』」
呟きながら、足元に倒れている人形に棒を突きさす。
棒はより強く発光し、人形をまるまる取り込んで槍に形状を変えた。
ようやく……いや、今更テアテラはミリアの企みに気が付いた。
襲い掛かって来ていた人形は素材であり、罠。
今その材料はテアテラの周囲を取り囲む様な形となっていた。
「……何故、何故それだけの力がありながら……」
テアテラは震える事を抑えられずにいた。
ずっと、ずっと庇い続け来た。
ミリアがどれだけ孤立しようと、敵を作ろうと、テアテラはずっと、ずっと……。
もしも、ミリアがその力を誇示してくれたら、派閥だって作れた。
ヴァーミリアン・フォースとして、天使達を導く指標と、目指すべき憧れとなれていた。
それだけの力があると、テアテラは知っている。
なのに、ミリアはその力を使わなかった。
派閥争いを下らないと放置し、自分が処刑相当の永久凍結刑となっても何の表情も変えなかった。
それはまるで、孤立したがっていたかの様でさえあった。
「ヴァーミリアン!」
テアテラの叫びが四つ轟く。
怒りと呼ぶには物悲しく、嘆きと呼ぶには憎しみが強く、憎悪と呼ぶには暖かすぎるその感情は、テアテラ自身にも理解出来ない。
ただ、衝動だけはその胸に宿っていた。
自分のあの日々は、友として慕い続けた日々は、一体何だったのか。
幸か不幸か、これまでの戦いでテアテラもようやく状況をある程度理解出来た。
ミリアが手札を隠そうとしている。
だから、テアテラもそれに合わせ全力ではなく手札を隠すモードに移行していた。
理由はわからないが、そんな理由で一方的に打ちのめしても正しさの証明にならないと考えて。
とは言えまだ喧嘩と呼ぶ様な優しい物ではないが。
性格は正反対なのによほど気が合うのか、奇しくも『手加減時での戦闘方法』が彼女達は同じであった。
ミリアは己の数倍の長さを誇る巨大な銀の槍を持ち、テアテラは四機の内一機以外下がって、その一機は槍と盾を同時装備していた。
そう、互いに群勢型であるが故に、手加減状態での戦闘となると己自身で戦う事になる。
それは奇妙なシンパシーとも共鳴とも言えるだろう。
投擲の様な構えの後に、ミリアは思いっ切り槍を振るう。
投げる様なモーションだが手放さず、まるで投擲する槍にそのままついて行っている様な、そんな動きだった。
テアテラは防ぐ為盾を構えながら、同時にカウンターの為槍も構える。
一撃で貫こうとするミリアと、防ぎ、貫き返そうとするテアテラ。
そんな両者の思惑を理解した上で、相手を上回ってやろうとどちらも譲らず全力を放ち――そして、互いの距離が限りなく零に近づいた。
激しい爆音の様な金属音と閃光。
天使同士のその激し過ぎる喧嘩の結末は――両者共に、無傷。
彼女達の距離は限りなく零に等しいが、零になる事はなくその直前で止まっていた。
彼女達の間に、アリアが立っていた。
「こんな悲しい戦いなんて……しちゃ駄目です!」
腕を交差させ、互いの槍を掴みながら、アリアはそう叫んだ。
激突する二大天使をアリアが受け止め、その戦いを中断する。
この状況に一番驚いているのは、止められた当事者でも、娘の蛮行を止められなかったクロスでもなく、アリア自身であった。
ミリアもテアテラも天使として相当に格が高い。
今回の攻撃も全力でなくともメルクリウスクラスの一撃だった。
それを、アリアは完璧な形で受け止められた。
これがまだ片方だったら納得出来る。
アリアの身体能力、神聖魔法、格闘術、改造された腕に加え護る事に長けた性格を足せば、強大な一撃さえ受けきれるだろう。
だが、両側からの攻撃を完璧にとなると少々以上に事情が異なる。
一歩も動かず受け流すのではなく完璧に受け止め、逃げ場を失った衝撃を全て己の身で引き受けた上で無傷というのは、幾らアリアの身体能力でも不可能を越えている。
当然の事だが、そんな神がかり的な事を為す程の技量を持っている訳でもない。
そのはずなのに、アリアは無傷でそんな偉業を成し遂げていた。
それを実現させたアリア自身が訳がわからなさ過ぎて困惑していた。
ただ……何となく、これが答えな様な気がした。
飛び出したのは何か考えがあったからではなく、むしろ何も考えてなかったから。
だからこそアリアは、己の無意識に、内なる答えにほんの僅かに触れられた様な気がした。
「さて、そういう訳で良いところ全部娘に持ってかれちまったけど、戦闘はここまでにしないかい? 積もる話もあるだろう?」
にこやかに、クロスはそう言葉にする。
それを聞き、テアテラは毎度の様瞬間湯沸かし器の如く怒りに震え……。
「テアテラ。ストップ」
ミリアが、それを止めた。
「どうして止めるのですか? いえ、そうですわね。お気に入りの人間を潰されたら困――」
「手札を見せたくないの」
言いたくもない、聞かれたくもない、ミリアの本音。
その言葉の意味を理解出来ない程テアテラは愚かではなくて……本当に少しだけだが、天使的な観点で、自分の方が過ちを犯していたと気が付いた。
ミリアとテアテラは互いの目を見て小さく頷き、そして同時に槍を手放し距離を取った。
「え? あの、これはどうしたら……」
やたらとでかい二つの槍を持ちながら、アリアはオロオロと困惑した様子で尋ねた。
「貴女が手放してくれなかったからでしょうに……」
呆れた口調でテアテラは呟く。
攻撃を止めた時、アリアは片腕だった。
なのに、ミリアもテアテラもまるでその場に固定されたかの様に一ミリも動かなかったから手放すしかなかった。
はっと我に返りったアリアはやたらと申し訳なさそうな顔で静かに二機に槍を返す。
ミリアは槍は返してもらった瞬間、その槍を光の粒子に変え消滅させた。
いかにもこれは魔力で造った槍だと印象付ける様に。
「んじゃ、落ち着いたみたいだしそっちで話し合っておくれ。俺達が聞き辛い事だったら離れてるけどどうする?」
ニコニコとした顔でクロスは尋ねる。
それを見て、テアテラは驚いた表情を見せた。
「……貴方達は一体……何をしに来たのですか?」
「無駄な争いを止めに。まあ、本当はもう一つあったんだけど娘に先越されてね」
「ごめんなさいお父様」
「いや、良いさ。こういうのは早い者勝ちだし。ただ……あまり無茶はしないでくれ。心配になるからさ。アリアが凄いってのは良くわかってるから」
そう言って、クロスはアリアの頭を撫でる。
アリアは困った様な困惑したような表情で……というより未だ先程のあり得ない事が出来ちゃった事で困惑しつつあって頭がまともに働いていなかった。
「……こういう人達なのよ、彼らは。さて……正直、私はあんまり話したくないけど話さないと貴女は納得しないでしょう。テアテラ、私達だけで話しましょう。今度の事を」
うんざりした顔のミリアと、ニコニコする親子を見比べて、テアテラは良くわからない気持ちとなっていた。
間違った事はしてない。
そのはずなのに……酷く足場がぐらつく様な、焦燥感にも似た不安がテアテラの胸に宿っていた。
――私は、一体何故ここに来たのか。
崩れそうな足場みたいな、そんな焦燥感を抱えたからか。
テアテラは自分の行動を振り返る。
間違いはないはずだ。
ミリアを助ける為に物資を持って来た。
その際裏切者の様な行動をするミリアに怒りをぶつけた事は間違いかもしれないが、天使としてこの感情は間違っていない。
そう、ここじゃあない。
ミリアみたいな困ったちゃん相手の時にこんな事は何時もの事でしかない。
不安になる要素はもっと根本にある。
どうして敵の来る可能性が低いミリアの場所に軍事支援を行おうとした?
それもまた容易く言語化出来る。
ミリアという存在の価値を誰よりもテアテラは知っている。
だからこそ、何かあってもミリアは生きられる様に、自分の元に戻って来れる様に、軍事支援物資を用意した。
おかしい場所がない?
何がおかしいのか?
何もおかしくないとしたら、この不安は一体何か?
「タイミング?」
ぽつりと、テアテラは呟く。
そう、タイミングがおかしいのだ。
どうしてこのタイミングで自分はここに来た。
それ以前に、天使勢力の中枢システムを管理する自分が何故ここにいる?
幾ら中級操作とは言えそんな余力が何故生まれているのか。
本来の自分の役割は、全天使の管理並びに保全であって、戦闘にメモリを使う余裕なんてある訳がなくて……。
やきもきした焦燥感が、確信に変わった。
これは自分の意思だけの行動ではない。
何かが、自分の行動の背後にいる。
「ヴァーミリアン、すぐに移動してください。可及的速やかに、相談したい事が出来ました」
「ん」
ミリアは小さく頷き了承する。
その表情から真面目な相談であると理解して。
そしてこの場を離れようとしたその瞬間だった。
テアテラが操作する四機の内一機が、急に操作出来なくなったのは
ありがとうございました。
明日忙しいので少し早めの更新です。




