天使の正しさ、天使の愚かさ(中編)
ミリアと見知らぬ天使との間に立ち込める空気は、今にも爆発しそうと感じる程張り詰めていた。
敵対している様子はない。
だが、宿敵同士と勘違いする程剣呑ならない物であるのは間違いなかった。
怒りに震える相手と、うんざりした様子のミリア。
例えるなら、それはまるで浮気して開き直った旦那とそれを咎める妻の様な、そんな殺伐とした渇いた空気であった。
相手を刺激しない様、静かにクロスは冷静な方のミリアに尋ねた。
「えっと、ミリアさん。お知り合いです?」
「ん。一応」
「何が一応ですか!?」
悲鳴と嘆きを織り交ぜた様な女性の叫びから、クロスは何となく彼女達の関係性が理解出来た。
テアテラの叫びをつーんとした態度で無理するミリア。
その様子はちょっとだけ猫っぽかった。
「後さ、ヴァーミリアンって?」
「わ、私の本名」
ミリアはそっと顔を反らし、誤魔化す様な表情で呟いた。
「ああ、これまでの名前ってアイドルとしての名前だったって事?」
多少はアイドル文化にも触れて、クロスはそう解釈し笑顔でそう言った。
だが、違う。
ミリアはアイドルとしてでなく、純粋にいつもこの名を名乗っていたからだ。
「私、自分の名前嫌いなの」
深い理由とか、悲しい過去とか……そう言った物は一切ない。
力強すぎてアイドルっぽくない名前だから、ミリアは自分のフルネームが嫌いだった。
「何を言っているんですか貴女は、偉大なる創造主様に頂いた名前を嫌いだな――」
「煩いよテアテラ。可愛くないしアイドルっぽくないから嫌な物は嫌なの。だからプロデューサー、これからもミリアって呼んで」
「あ、ああ……そりゃ良いが……」
「プロデューサーって何ですか!? 貴女まだ人間相手にサブカルごっこして遊んでいるのですか!? いい加減大人になりなさい」
そんな一言と、その言葉を聞いたとたんに冷たい表情となるミリア。
平然と地雷を踏み抜いたその状況を見て、クロスは普段からこうなのだろうとミリアの心情を察する事が出来た。
というか、付き合い短いクロスでさえミリアがアイドル活動に命を賭けているとわかる。
それなのにその言い草は、正しいとしても流石にどうかと思った。
「こういう子なのよ。何時も何時も。テアテラ、あまりプライベートな事を言わないで欲しいんだけど」
「プライベートって何ですか! 大昔の人間文化に拘り過ぎなのです貴女は! そもそも、ミリアって何!? 貴女には立派で偉大なヴァーミリアン=ラケシス・ファ――」
「黙れ!」
その一声は、今までのミリアからは想像も出来ない、あり得ない声量だった。
その声に驚いてテアテラは言葉を止めて口をぱくぱくさせ、クロスは目を見開いた。
「……何で……何で私が……」
しばらくの時間の後、テアテラはわなわなと震えだす。
妹と見下していた相手が馬鹿をやりまくって裏切りに等しい状態になって、それを改善して『あげよう』としたら怒鳴られた。
悪い事をしていないのに、冷たくあしらわれ怒りまでぶつけられた。
それは彼女の誇りを傷つけるに、十分な事であった。
ミリアはテアテラの『そんなところ』が嫌いだった。
感情的になって、怒鳴り散らして、何の理論や理屈も関係なくヒステリックになって物事を台無しにするところが。
なにせミリアが怒鳴って黙らせていなかったら今頃……。
「ヴァーミリアン=ラケシス・ファクトリオ。その名前に一体何の不満があるのですか……」
半泣きになって、さめざめと被害者ぶって、テアテラはミリアが一番隠したかった自分の正式な名前を暴露した。
ずっと短距離特殊秘匿通信を送り続けて、情報を秘匿する様に言っていたのに、感情的になって、テアテラは通信に気付きもしなかった。
「そう言う所が、嫌いなのよ……」
泣きそうな気持ちのまま、ミリアは呟く。
何故『敵』の前で自分の能力が予測出来る情報を暴露するのか。
今日まで隠していたミリアには、その理由が全く理解出来なかった。
今まで必死に『人形操作』の能力者だと印象付けていた事が、総て台無しになった瞬間だった。
ミリアは誰よりも理解している。
クロスは学力こそ低いもののその知能はあり得ない程に高く、閃きだけなら人類の中でも相当高いと。
だからこそ、今日まで生き延びて来れた。
そんなクロスなら、この名前から真の能力を推測する位容易い……いや、もう既に確信を持っているはずだ。
だから今日まで、名前を隠し能力を隠し自分の性根を隠蔽していたというのに。
しばらく泣きそうな顔で硬直した後、テアテラはクロスを睨みつけた。
「お前の所為か……人間風情。お前の所為でヴァーミリアンは……」
「……えぇ……。いや、どう考えても俺関係なくて……」
「煩い! 私の妹分を誑かして、貴様の所為で、クロス!」
妹分でもないどころか先輩なのに勝手に下に見る天使らしさに嫌気を覚えながら、ミリアはクロスの前に立ちはだかった。
「ミリア?」
「プロデューサー。ちょっと引いてて」
「いや、俺の敵なら……」
「ううん。休戦協定もあるしここは私がどうにかする。それに……」
「それに?」
「そろそろ、貴方をプロデューサーと呼ぶ事も終わりになりそうだから少しはそれっぽい事をしておきたいの。後……あまり言いたくないけどあれでも一応友達なのよ」
「……そか。んじゃ、任せるわ」
「ええ、任せて頂戴」
ミリアの言葉と同時に、クロスは人形に手を繋がれる。
そして人形に引っ張られる形で、アリアと共にどこかに案内されていった。
「ええ、貴女の考えは理解出来るわヴァーミリアン。お気に入りの人間の前で戦う姿を見られたくないって下らない考えはね。本当……下らない」
「それは否定しないけど……」
見られたくないというその気持ちは否定しない。
戦いなんてアイドルらしくない。
だが、ミリアの気持ちがどうであれ、見られる以前にミリアはクロスを己の手で殺す覚悟を決めている。
だから今回の場合見られたくないのではなく、『手札を見せたくない』だけだった。
ミリアは天使勢力の中でも数少ない真っ当な軍師タイプであり、自分が事前情報で勝率が変わるタイプだと自覚していた。
ミリアは完全に呆れきった顔で、テアテラの方を見る。
テアテラがどの位の力で戦うかわからないが、どうせ空気を読めないテアテラの事だ。
仲間である自分相手にも八割位の力は出してくるだろう。
そうなると、ただでさえ自分の後継であり『七機の一』なんて格上である以上、こちらが手札を切らず戦ったら、無傷で済む可能性は限りなく低い。
四肢を切断され拉致され無限説教の時間が待っているなんて憂鬱な未来が実現する事だろう。
つまり、ある程度本気で戦わないといけなくて、それはつまり手札をある程度斬らなければいけないという事でもある。
クロスには見せたくない戦いの手札を。
更に、お互いに大怪我をするのも今後の作戦に支障が出るからアウトだ。
ミリアもそうだが、テアテラはそれ以上に代用が効かない。
純粋な演算能力というのは組織運営においてあらゆる能力よりも上の、本当の意味での最強の力である。
だから、現在のミリアの勝利条件は『互いに怪我せずクロスとアリアに手札を見せない状態のまま、テアテラを鎮静化させる事』。
呆れる程に困難な勝利条件だった。
そんなミリアの考えを聞こうともせず、テアテラはミリアに『お仕置き』をしようと戦闘態勢に入る。
どこからともかくテアテラの傍に三機の機甲天使が追加で現れる。
転移ではなくそれは、ミリアにさえ認識出来ない速度で飛来して来ていた。
これで、元からある一機も含めて合計四機。
その全てが、テアテラが直接操作する中級機甲天使であった。
テアテラの能力は極めて高度な高速演算能力。
故に他の上級機甲天使と異なり、遠隔操作でスペックの高い中級を万全の、しかも複数同時に操作する事が可能である。
肉体スペックは十全どころか演算能力により大幅にブーストされる為、一機でさえ並の上級機甲天使数機分のカタログスペックを誇る。
そんな相手が合計四機。
しかも、今回テアテラが用意したのはそれだけではない。
四機それぞれの装備を見て、ミリアはげんなりした表情となっていた。
四機は異なる装備をしており、しかもそれら総て量産していない特注品。
八割どころかほぼ十割の本気の様子が、その装備から見て取れた。
「もう、貴女の自主性を信じるなんて愚かな選択はしません。強制的に連れて帰ります!」
そう叫び、テアテラは本当は『ミリアの手助けをする為に用意した中級機甲天使四機と武装群』を、ミリアを叩きのめす為に使いだした。
「はぁ……」
小さく溜息を吐いて、ミリアは周囲の人形を動かし、テアテラを包囲した。
奇しくも……彼女達は似通った戦法を取る。
片や中級機甲天使を遠隔操作するテアテラ。
片や人形と呼ぶ程の低級の機械を同時遠隔操作するミリア。
両者共に独立思考を持たないユニットをコントロールし戦場を支配する事を軸とした戦法である。
とは言え、その中身は全く異なる。
ミリアは人形をわらわらと動かして盤面を支配し戦う純粋な指揮官タイプで戦術家であるのに対し、テアテラは己が持つ情報処理能力を強引に活用して個体性能を極限まで高め、スペックでごり押すタイプ。
例えるなら冒険者の様な少数精鋭である。
戦闘能力の高い中級機甲天使を上級の頭脳でブーストをかけ上級上位相当以上とする。
それを同時に四機、タイムラグさえなく一切のミスなく完璧な連携で操作する。
戦術なんて物はまるでわからないが、その代わりその単純なスペックの暴力は半端な戦術を個の力で圧倒する。
要するに、ミリアは優れた軍隊を操る能力を持ち、テアテラは少数精鋭を操作する能力を持っている。
能力のベクトルは同じでも、その方向性は真逆に等しい。
だからこそ、彼女達がもしも協力し合えたら相当に恐ろしい事となる。
テアテラの操るハイスペックで連携が得意な天使をミリアの人形内に混ぜ軍として機能させたなら、その瞬間に無敗の軍なんて陳腐な言葉でしか表せない存在となるだろう。
それがわかっているからこそ、テアテラは仕事をしないミリアに対しやきもきした気持ちを持っていた。
テアテラ自身である四機はそれぞれ、短銃、長筒銃、槍、盾を装備していた。
それ以外にもサブウェポンとして幾つかの武器を持っているが、各自一番目立つ、明らかに特注で用意した装備がそれらだった。
長筒の銃はおそらく通常のエネルギーライフルの出力強化版だろう。
サーチ結果的に言えばそこまで大きな変化はないはずだが、元々最も使用頻度の多い汎用武器である為、純粋なパワーアップだけでも単純な脅威であるはずだ。
短銃の方はわかりやすかったライフルの逆で、何一つ情報が読み取れない。
サーチしても何ら特殊な物は見えないし、それ以前にその武装を選択するメリットは皆無。
何か特殊な用途を持っていると推測出来るが、それが何なのかは不明のままだった。
槍は馬上槍よりもサイズがあるなんてかなり大きな物で、両側に刃もあり突き以外にも斬撃が出来る物で、おそらく、リーチを生かした広範囲を纏めて殲滅する、点ではなく面で攻撃する薙ぎ払いを得意とした物だろう。
盾に関してはとてもわかりやすく、それ故に最も厄介な装備だと言える。
高スペックのテアテラが自分自身という完全な連携で仲間を守護する。
しかも腹立つ事に、彼女の性格的にも能力的にもそういった頭をほとんど使わないシンプルな行動が最もうざったい。
強力なライフルより、範囲攻撃の得意な槍より、何をしてくるかわからないハンドガンより、こちらの攻撃を理不尽なまでに潰すその盾こそが、今ミリアにとって最も厄介な障害であった。
「はぁ」
再び溜息を吐いて、ミリアは人形達に指示を出しテアテラに近づけさせた。
「温い!」
叫び、テアテラは槍を薙ぎ払って近寄って来た人形を根こそぎ破壊した。
想像の何倍も、槍の範囲は広かった。
「ふざけているのですがヴァーミリアン! それとも腑抜けたか! あの程度の人形で私をどうにか出来ると思いましたか! だとしたら心外で――」
「煩いよ。テアテラ。どうして貴女は神経逆撫でする時だけ饒舌なの……」
ミリアはそうとだけ呟く。
あの人形は戦闘能力を付けた物ではなくただアイカツのサクラとして用意しただけの物で、戦闘力なんてほとんどない。
その代わりに相当の数がいるから、嫌がらせには丁度良かった。
この人形ではどうにもならないとミリアわかっている。
わかっていながら、延々と嫌がらせの為に、テアテラに村人AとかBとかCとかをこれでもか突撃させ続けた。
当然の事だが……『嫌がらせ』というのはテアテラの様な考えなしでかつ意味のない行動の事ではなく、戦闘行為としての嫌がらせである。
つまり、戦術的遅延行為。
それは勝利条件に導く為の行動であり個人的な感情の問題ではない。
自分はそんなテアテラの様な意味のない事はしない。
そう、ミリアは少し怒った頭を冷静にさせる様、言い聞かせていた。
ミリアの人形に街外れに連れて行かれてしばらくして、クロスとアリアは元居たであろう場所で何かが立て続けに破裂した様な音を聞く。
その音は、クロスとアリアにとってとてもなじみ深い音であった。
それは戦闘音。
身体能力が高く頑強な天使との戦闘は何時だって遠方まで届くこういった音が繰り返された。
クロスとアリアを連れて来た人形達はニコニコした顔のまま、まるで壁の様に道を塞いでいた。
それはクロス達を戦闘の衝撃から守る為と、テアテラの攻撃に巻き込ませない為だろうが、きっとそれだけじゃあない。
たぶん……この戦いにクロス達が関わる事その物を、危惧している。
例えどれだけ親しかろうとも、クロスとミリアは仲間ではない。
アリスに多大な好意を持っているクロスだからこそ、その心境を正しく理解出来た。
友情や愛情を持ちながらも、敵として殺し合う事。
その二つの感情は、同時に存在しうると。
クロスはちらっと、アリアの方を見る。
心配混じりの不安の表情に加え、今にもとびかかりそうになるのを堪えている様な表情。
そこに行きたいという気持ちが全身で現れていた。
クロスは、少しだけ考える。
今……クロスの中に二つの異なる感情がせめぎ合っていた。
言葉にするなら、善のクロスと悪のクロスとなるだろう。
善のクロスは内で叫んでいた。
『親らしい事をすると自分で決めたじゃないか! アリアの為に今すぐミリアの元に向かおう!』
……突然親になった事に対し、クロスは嫌だと思った事は一度もない。
むしろ家族が増える事はクロスにとってとても嬉しい事で、困惑する暇がない位喜びに浸った位だ。
だけど、自分が親として不適切であるという自覚はあって、不甲斐ないとは思っている。
パルスピカの時も、アリアの時も、真っ当な、普通の親をしてやれない。
自分が親にしてもらった事さえも子供にしてやれない。
情けなくて、自分にムカつく位だ。
だからこそ、アリアの為に、アリアの望みを叶える為に、今すぐミリアの元に向かうべきだ。
『お前は子供を愛する親なのだから、子供の願いを叶えてやれ!』
そう、善なるクロスは叫んでいた。
一方、悪なるクロスは違う。
『おいおい何温い事言っているんだ? アリアの為? そりゃまあ、親である事は大切だぜ? だけど……お前の一番はそうじゃないだろ? なぁ?』
ニヤニヤとした表情で、自分が自分に語り替えて来る。
誰にも否定出来ない、クロスの軸。
我儘で、傲慢で、自分勝手で、それでいて欲深い。
つまり……悪なるクロスはこう言いたいのだ。
『今こそミリアちゃんに良いところ見せるチャンスだろ! さあ今すぐ行こうぜそしてあわよくば口説いてデートだ! アイドルだからお忍びデートだな!』
それが、悪なるクロスの言い分。
クロスの本質は何も変わっていない。
女好きである。
そうして……せめぎ合う二つの心、善と悪のクロスは互いを睨みあった後……。
『あれ? 別に意見対立してませんね?』
『せやな。むしろ同じ意見じゃね?』
『…………いえーい』
『いえーい!』
心の中で、ハイタッチ。
そうして、クロスの意見が統一される。
どっちにしても行った方が得じゃんという発想に。
そう、クロスはミリアの仲間ではない。
だからまあ、ミリアが困るであろう行動も平気で取れた。
それはそれとして謝り倒して許して貰うつもりだが。
「アリア……一つ教えて欲しいんだが良いか?」
「……何ですか、お父様」
「アリアが行きたいって気持ちはわかる。だから、どうしてなのか教えて欲しいんだ。何の為に、心優しいアリアはあの戦いに参加したいのか?」
下手な内容だったら、置いて行く。
それは、そんなつもりでの質問だった。
邪魔になる程度なら構わない。
問題となるのは、行動の結果アリアの心に取返しの付かない傷が出来る事。
そうなる位なら、嫌われてでもここで置いて自分だけで行く。
そうクロスは決めていた。
「あの二人は、きっと友達なんですよね?」
その言葉は、少しだけ予想外だった。
アリアが参加したいのは、ファンだからミリアを助けたいのだとクロスは思っていたからだ。
「みたいだな」
「だから……だからです。友達同士が戦うのは、おかしいです。……あれは、喧嘩じゃありません」
激しい爆音と閃光輝く戦いの場を見ながら、アリアはそう告げる。
アリアの表情は、とても力強い物だった。
優しいだけでなく、傲慢で、だからこそ貫きたいという強い意思が瞳に宿っていた。
止める事が無粋だとクロスが思う位にその目は自分にそっくりだった。
「……なるほど。じゃ、仲良く喧嘩させる為に行かないとな」
アリアの表情が、ぱーっと明るい物に変わった。
「は、はい! お願いします」
「うぃ、お願いされました」
「それで、その……お父様はどうしてです? どうして手伝ってくれるんですか?」
「ん? そりゃ、可愛い娘のアリアの為と……」
「と?」
「……まあ、ミリアが可愛いからだな!」
開き直って、笑顔でクロスはそう告げた。
少しだけ、その意味をアリアは考える。
考えて、そしてにこーっとした顔で頷いた。
「私、ミリアさんがママになってくれたら嬉しいです! アイドルとしても親としても推せます!」
そこまで考えていなかったクロスは苦笑した。
「発想がぶっ飛びすぎ。その理屈で言えば俺の嫁は万人単位になってしまうぞ」
「それは……賑やかでとても素敵ですね!」
クロスは再び苦笑し、叱る意味も込めアリアの頭を乱暴に撫でた。
「ま、つー訳でさ、悪いけどミリア、ちょっとそっちに行かせて貰うわ」
クロスの言葉の直後、人形の動きが変化する。
ただ道を塞ぐだけでなく、クロス達を街の外に排除しようとする動きの様だった。
「ま、そうなるわな」
再び苦笑し、小さく溜息を吐く。
以前はアウラと共であっても、全力をもってしても、為す術なく追い出された。
だが……今はもうあの時と違う。
こういった指揮メインでじわじわ詰めて来るタイプに最も有効な手段をクロスは知っている。
こういった策を張り巡らせるタイプに最もして欲しくない事。
ミリアがテアテラを苦手である理由の一つであろう事。
つまり……そう、ごり押しである。
クロスは小さく深呼吸し、トレイターを抜き放った。
「アリア、俺の後ろに」
短く指示を出し、そしてクロスは剣を構え――女神に祈りを捧げる。
そして、過去一度だけ使ったその技を再びその手に宿らせた。
剣聖一刀流裏奥義。
それにはあまりにも多くの欠点を内包した、未完成の技である。
まず、剣速があまりにも遅すぎる事。
刹那とか雲燿とか、そういいった物は正反対であり、振り始めから振り終わるまでに十秒近くもの時間を要する。
それは、遠目に見ればゆっくり剣を振っているだけにしか見えないだろう。
その位ゆっくりでないと技が解けてしまう。
次に、足を動かせない事。
少しでも足の裏と大地が離れたら、その瞬間に技の効果はほとんどなくなる。
最後に、意識総てを持っていかれる為次の行動などまるで考えられなくなる事。
技が悪い訳ではなく、総てがクロス自身の未熟故。
それ故の欠点であり、未完成だからこその弱点。
きっといつかはその欠点も解消されるだろうが、それはすぐに出来る事ではない。
この未完成の技が、今のクロスの精一杯である。
それは奥義と呼ぶにはあまりにも完成度が低く、技と呼ぶにはあまりにも粗雑である。
それらの代償を持ちながら、得られる利点は僅か一つだけ。
その一撃は、ただひたすらに重い。
『地星斬』
大量の人形が剣の動いを阻害しようと集まり邪魔をする。
そんな人形の障害は完全に無駄で、一切止まる事なく人形を緩やかに押しつぶしながら、ゆっくりと静かに、剣は振り下ろされる。
そして地面に触れた瞬間、爆音と共に多数の人形が砕け飛び、街中にクレーターが生じた。
砂煙が消え、悲惨な有様となった場所に残るのは人形がたった十体程度。
だが、流石に諦めたのかクロスの前に立たず道を開けていた。
「んじゃアリア、行くぞ」
「…………」
アリアからは返事はなく、クロスの方をぼーっとした、何も考えていない様な表情で見ていた。
「アリア?」
「あ、はい! すいません」
「気を抜いちゃ駄目だよ?」
「はい! 大丈夫です」
「うし、んじゃ行くぞ」
アリアが頷いたのを見て、クロスは戦いの音がする方に向かった。
ありがとうございました。




