水銀龍
「いやー思ったよりも話し込んだなー」
自室へ帰る途中クロスはそんな独り言を呟く。
長い間一人であった弊害だろうか、あまり良くない事とわかっていても何か良い事があるとつい口から言葉が漏れる癖が染みついていた。
「食後ずーっとアウラそっちのけでグリュールさんと話し込んだ事は申し訳なかったかもしれんが……アウラもニコニコと嬉しそうにしていたから問題ないだろう。たぶん……。見た目は凄いけど意外と話しやすいんだよなぁグリュールさん。たぶん気遣われているんだろうなぁ」
見た目通りかわからないが年の功という奴なのだろう。
あの老人を前にしていつも以上についつい口が軽くなってしまった。
と言っても、話した内容は酒の事だけだが。
「さて、ただいまーっと」
返事など期待せず自宅のドアを開け上がり込むと――。
「うむ。遅かったな。存外に盛り上がった様だ。大変結構」
そう、メイド服の女性がクロスに話しかけた。
「あの……どちら様?」
「何だその間抜け面は。そしてどちら様とは貴様についた二つの眼は紛い物か。この恰好を見てわからんのか?」
「いや……わかるけど……」
メイドであろうという事はわかるからこそ、理解出来ない事がある。
目の前の尊大な様子の女性からはメイドらしさが欠片も伝わってこない事だ。
メイドというよりもメイドのコスプレに近いと感じる程である。
少なくとも、食事時に見たメイドは皆ニコニコして優しそうで、それでいて腰が低かった。
こんな尊大な笑みを浮かべ仁王立ちしているメイドがいるなんて想像出来ない位には。
「ま、私がメイドとしておかしいのは認めてやろう。だが、そんな私じゃないと困るなんて無茶ぶりをしたのも貴様だろうが」
「……へ?」
「ガスター殿に忠誠心が高過ぎず、それでいて職務に忠実で貴族に付けても問題ない位のメイドを要求したであろう。なんとまあ無茶な事を言ったものだ。特に忠誠心が高すぎないなどとメイドの過半数が否定する様な事を……。まあ、それに適合する私も私だがな」
そう言葉にしてケラケラと笑った後、女性はクロスの方をじろりと見た。
「改めて尋ねよう。私はメイドとして来たが貴様に体を委ねる……貴様如きと性交渉をするつもりはなければ媚諂うつもりもない。構わないな?」
「……いやちょっと待て」
「何だ? やはり好き放題出来る女の方が良いか。それなら少し待て。そう言った相手なら幾らでも――」
「いやそうじゃない。メイドってこの家に雇われた人達だろ。そういう性うんぬんって普通しないだろ? ……しないよな?」
不安げに尋ねるクロスの言葉に女性は鼻で笑った。
「はっ。無知だな貴様。良かったな私で。もし普通のメイドならあの手この手で今頃お世話尽くしコースとなっていたぞ」
「なんだその脅し文句」
「まあ説明してやろう。メイドというのは種族ではなく、職業だ。それはわかるな?」
「ああ。人間にもいるしな」
「それだけなら何も問題はないだろう。だが、そのメイドとなる魔物の大半が奉仕に生きがいを求める者達、ならびに奉仕する事を三大欲求よりも優先する種族であるという事だ」
「……ふむ」
「彼女達は誰かに仕え奉仕する事を至上の幸福とする。自分が見初めたご主人様であるなら、彼女達は例えどの様な扱いであっても幸せとなるだろう」
「……愛が重いな」
「愛だけではなく全てを己の意思で捧げるからな。重いに決まっている。まあわかりやすく言えば、彼女達はご奉仕し尽くせる相手を野獣の如く飢えた瞳で涎を垂らしながら待ち続けているという訳だ」
「……その説明をしてくれただけでもガスターとあんたに感謝――」
「あんた?」
ジロリ、と鋭い目を見てクロスはぶんぶんと首を横に振った。
「貴女に感謝します」
「宜しい。貴様はまだ我が主ではないからな。ま、主でも無礼であるなら……噛みちぎる」
その言葉にクロスは怯えた様子でしっかりと頷いた。
「んで、質問なんだが……俺は別に貴族じゃないぞ? そんな俺にメイド達が仕えても良い事なくないか?」
「何だ? それは要するに自分がそんな殊勝なメイドに好まれてはいないと言いたいのか?」
「いや実際そうじゃないか? 俺金も何もないぞ?」
「ふむ……では、例えお金がなくとも、己の身を売ってでも貴様に尽くしたいと願うメイドを二桁ほど連れて来ればメイドとは何たるかを理解するか?」
その言葉に嘘が見えないクロスは怯えた様子で首を横に振った。
自分の常識では信じられないがどうやら全て本当の事らしい。
「それが賢明だ。言ってはみたが流石の私でもご主人候補を野獣の檻に突っ込む事はしたくない。何しろ貴様はメイド達から見れば絶好のターゲットだからな」
「どうしてか聞いても?」
「単純だ。虹の賢者という凄まじい知名度を持ち、高潔であると知れ渡っているのに実際は割とへっぽこで、そしてこの世界に誰一人身内もなしに生まれたからだ。そんな奴ほど保護欲をくすぐられるんだとよ」
「なるほどな。ようするに駄目な人間ほど良いと言う訳か」
「言い得て妙だ。魔王城とて贅沢の限りを尽くせるわけではない。メイドの育成、人件費もタダじゃないから貴族以上しかメイドは紹介されない。そして貴族以上というのは大体の奴がしっかりしている。だからこそ、そう言う身分の中でも特別何も持っていない貴様はメイドにとっては尽くしがいのある相手なのだろう」
「なるほどねぇ」
「理解したならさっそく次の話……の前に貴様にばかり質問されるのも何か癪だ。私も一つ問うてやろう。私が何の種族か当ててみせろ」
女性にそう言われ、クロスは非常に困った。
銀色の長い髪、冷たすぎるほどに綺麗な顔立ち、背は高く体つきはすらっとして、一見で言えば人間の王族にすら見えるほどの気品を秘めている。
恐ろしく美しい。
なのにどこか暴力性を感じる雰囲気を持ち、それと同時に高い知性も見受けられる。
確かに雰囲気こそ浮世離れしているが……外見だけで言えば非常に美人で妖艶な人間の女性にしか見えない。
気品あふれ、知的で、とにかく美しく、それでいてどこか怖い。
絶対に失礼だから言葉にしないが、王族専用の高級娼婦が雰囲気で言えば一番近かった。
本来なら擬態した魔物にはどこか違和感が残るはずである。
それが見えないという事は人間に元々近い種族か、または……。
「一応尋ねるけど……それは擬態だよな?」
「ああ、もちろんだ。本来の姿とはまるで違うぞ」
女性は困っているクロスを見てくっくと楽しそうに笑った。
「……降参だ。よほどの種族だとは思うが何かはわからない。これでも色々な魔物を見て来たから自信はあるのだが……」
「では、これでどうだ? 先に言っておくが下手な答えを見せると本当に殺すからな」
そう言葉にしてから、女性は目だけを本来の姿に戻してクロスを見つめた。
輝く銀色の双眼と縦に割れた眼光。
美しくも恐ろしいという彼女を表すに適した悍ましい瞳であり、どこか爬虫類を彷彿とさせる。
それに加えて、露骨なほどの尊大な態度。
そして彼女の言葉の端々から見えていたヒントを合わせると、流石のクロスも正体が理解出来た。
「ドラゴンか……」
「正解だ。良かったな。トカゲに類する言葉を発していたら今頃胴と首がお別れしていたぞ」
おそらく本気であろうそんな言葉にクロスは背中に冷たいものを感じた。
ドラゴン。
龍種とも言われる彼らを知らぬ人間はこの世界にいない。
小さな子供すらその恐怖を理解している。
子龍一匹いれば小さな村程度なら一分も持たず崩壊し、成熟した龍であれば完全防備の城塞都市と同等の戦力を誇る。
そんな歩く大規模破壊兵器。
それこそがドラゴンである。
「そう。メイドとしては最低限で主に忠誠心の欠片も持たない。当然貴様が巣立つ時は付いてなどいかん。そんな私だが……格だけはどのメイドよりも高い。なにせ奉仕という言葉と最も縁遠いドラゴンであるからな」
ニヤニヤしながらそう言葉にする女性は、どこかクロスにマウントを取ろうとしている様にも見えた。
「そりゃそうだ……クロードならともかく俺じゃ子供ドラゴンにすら惨殺されてしまう」
その言葉が正解だったらしく、女性はふふんと嬉しそうに鼻を鳴らした。
美しく、恐ろしい。
そんな感想が出て来る彼女だが、クロスは彼女の事が割と気に入っていた。
その堂々としたたたずまいは尊敬に値し、好感さえ覚える。
多少馬鹿にされている面もあるが、それでもクロスはそれを嫌とは思えない。
それはきっと彼女が美人である事も理由なのだろう。
自分の情けない本質を知っているからこそクロスはそう思った。
「では、契約の前に再確認だ。私は貴様に体を委ねない。また主としても敬意は最低限しか払わん。代わりにこうして貴様に常識を教えてやるし、何かあった時には貴様を護ってやろう。これでどうだ?」
その言葉にクロスは頷いた。
「むしろ願ったり叶ったりだ。メイドに世話されるのは憧れるが……正直色々聞いた結果少し怖い。まっすぐ真っ当に話してくれる人に世話されるならそれは本当に助かるよ。それに加えて常識を教えてくれて護衛まで勤めてくれるのなら文句などあるわけがない」
「では契約成立だ。これよりこの私、メルクリウスは貴様のメイドとして働こう。とは言え、メイドとしてやる事は最低限であるが、貴様にはそれ位で丁度良いだろう。既に湯あみの準備は出来てあるし着替えも出してある。だが湯あみを直接手伝う気はない。という訳でさっさと入って来るが良い」
唯一の心配がメイドとしての業務だが……どうやら問題がないどころかクロスの考える数倍以上は良く出来たメイドであるらしい。
「あ、ああ。助かるよ。俺はクロス。クロス・ネクロニアだ。仮初の主としてだがしばらくお世話になる」
「うむ。私なりにだがぞんぶんにお世話してやろう。貴様がここを出ていく時までな」
そう答えた後メルクリウスは唐突にクロスの指を掴み、自分の爪でクロスの指先に小さな傷をつけた。
「いてっ。どした? 契約の儀式とかか?」
「メイドが仕えるだけで契約の儀式などあるか。精々書類だたわけ。これは貴様が酒を飲めるかのテストに使う」
そう言葉にした後透明な液体の入った瓶の中にクロスの血液を一滴垂らし、そっとビンに蓋を閉じた。
「よしわかったらすぐに教えてくれ。グリュールさんと酒を飲む約束をしているからな」
「……ハーヴェスターからの直々の誘いとは羨ましいものだ。うむ。判別が付けばすぐに知らせよう。さてさっさと湯あみに……いや少し待て」
「ん?」
クロスが首を傾げているその瞬間、メルクリウスはクロスの指を再度掴んだ。
さきほどと同じ腕、同じ指……さきほどの傷つけられた指をメルクリウスは自分の口元に運び、そして口を開き……舌を指に這いずらせた。
血を舐める様、指を舐り上げる様じっくりと這いずらせるメルクリウス。
ぺしゃりと唾液の音がクロスの耳に響き、生暖かい感触と同時に背筋がぞくっと響く。
それと同時に、言葉にし辛い奇妙な背徳感が生まれクロスを困惑させる。
わずか十数秒の事だが、その間クロスの心臓は扉を叩く様激しく脈動していた。
「これで良い。知っていると思うがドラゴンの唾液は下手な薬よりも効くからな。……どうしたご主人」
「……いや、何と言うか……その……」
そんな言い辛い様子のクロスに首を傾げた後メルクリウスはクロスの傍に寄り、すんっと鼻を動かす。
そして……勝ち誇った顔の後ニヤリと妖艶な笑みを見せた。
「私を無理やり物にしても構わないぞ? 貴様が強者であるなら私は歓迎しよう。無論、殺すつもりで抵抗するがな」
そう言葉にした後、メルクリウスは勝ち誇った顔のまま部屋の外に向かい……。
「湯あみはここを左に出て突き当り手前を右だ。まあ行けばすぐにわかるさ。ではなご主人。また明日だ」
そう言葉にしてから、メルクリウスは今度こそ部屋を出ていった。
「……はぁ。どっと疲れた」
恐怖と緊張と興奮が入り交じり、心臓は今でも激しく脈動している。
その所為か変な気疲れが起きている。
一つ、落ち着く様深呼吸した後、クロスはぴしゃりと自分の頬を叩き気持ちを改めた。
「さて、風呂だ風呂。金持ちの贅沢ではあるが……まあ気持ち良い事位は知っている。楽しみだ」
さっきまでの事を忘れる為そう独り言をつぶやき、クロスは風呂場に向かう事を決めた。
今回の事でクロスは、この体は精神だけでなく肉体もある程度成熟しているという事を理解した。
ありがとうございました。
れーてぃんぐてきにだいじょうぶだろうか……。
いや大丈夫直接的な表現もないし某とんでもな内容の漫画すらアニメ化した位だからきっと大丈夫……。




