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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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魔物から見た、人間という種族


 クロスは手に持った一枚のカードを見つめた。

 手の平に入る位の大きさでやけに分厚くて、そして独特の絵が表にだけ描かれたそのカード。

 別に魔法が使えるとか特別な力がある訳でもないそれは駄菓子屋についでの様に売られていて、三枚で十ブルード、金貨たった一枚でジュースよりも安い、そんな程度のカード。

 だけど、そのカードには、沢山集めたいと思うような、そんな不思議な魅力が籠っていた。


 女性らしき絵が描かれたカード。

 そのカードをクロスは念じる様に見つめ、そして……一心不乱に地面に叩きつける。

 別に怒っているとか絵が気に入らないとかそういう訳ではなく、それがこのカードの、『メンコ』の正しい遊び方だった。


 ぺしーんと勢い良く地面に叩きつけられ、その風圧でクロスのカードは周囲のカードを三枚程まとめてめくる。

 それに多くの子供達が悔しそうな顔をした。

「あー! 女の絵のメンコなんかに負けるなよぉ……」

 若干涙目でそう子供が言葉にする。

 その横で、クロスはめくったカードを回収していった。

 叩きつけてめくったカードは、全て取る事が出来る。

 それが、このゲームの最大の魅力で、同時に最大の問題点だった。


「悪いが、まあルールなんでね」

 そう言ってクロスは子供達に取ったカードを見せる。

 その様子を見て、子供達は涙目になるも文句は言わない。

 自分達も同じ事をするからだ。

 文句や泣き言を言う代わりに、子供達は全員が同じ場所に視線を注いだ。

 そこに立っている、少女に。


 少女の名前をクロスは知らない。

 ただ、子供達から少女は『キサラ』と呼ばれていた。

 子供達が仇を討ってくれると信じている、その少女、別名『メンパチのキサラ』。

 彼女は腕を組んだまま、不敵な笑みを浮かべていた。


「なんだいだらしないね。勝負に仇もなにもない。その円の中にあるのは自分か、敵かだけ。あんたらとは別に仲間じゃないよ。……とは言え、余所者にでかい面されるのは気に食わねぇのも事実。しょうがねぇ、仇討ちじゃないけれど……まあやってやるよ」

 そう言葉を放ち、キサラと呼ばれる少女は目をらんらんと輝かせた。

 金色に輝く猫の目を。


 ちなみに少女のこれが全て演技で作り物である事をクロスは理解している。

 というか、クロスがキサラの本名を知らないのは初対面の時少女が真っ赤な髪にも負けない程顔を赤くして俯き、もじもじとして自己紹介をする事が出来なかったからだ。

 普段は誰とも話せない程恥ずかしがり屋な少女だが、どうやらメンコで遊ぶ時だけは恥ずかしがらずに話せるらしい。

 色々と変で激しい演技をする様な性格にはなっているが……。


 キサラはキランと目を輝かせ……俊敏な動きでカードを地面に叩きつける。

 カードに書かれた絵は腕が六本ある、緑色で半裸の大男。

 力強いイラストの書かれたカードは非力な少女の力で、そっと音もなく地面に到着する。

 本当に弱弱しいその一投。

 だが、そんな一投でも、クロスのカードがめくれ、吹き飛び書かれた円の外に出るには十分だった。


 負けの条件は三つ。

 カードがめくれる時、カードが円の外に出る時、投げたカードが地面にあるカードの下を完全に通過した時。

 つまり、外に出たクロスのカードは……。


「ま、こうやって狙い撃ちってのもこすっからいとは思うけれども……実力の差を見せるには良い芸当だろ?」

 そう言って、キサラはクロスの持っていた女性のカードを誇らし気にクロスに見せつけた。


 それを見て、クロスは微笑む。

 おどおどしていた少女が周囲から尊敬を受ける事も嬉しいし、その恥ずかしがり屋な少女が楽しそうにしている事も嬉しい。 

 それよりも、単純に、ゲームが面白かったから、クロスは微笑んだ。


「リベンジは、受けてくれるんだろ?」

 そう言ってクロスは子供達から奪った数枚のカードと、自分が本来持っている残り二枚のカードを見せた。

「あんたも馬鹿な男だね。ま、良いよ。かかってきな、全部奪い取ってやんよ」

 そう言ってキサラは不敵に微笑む。


 その僅か五分後、予告通りクロスの持つカードは全てその少女に取られていた。




「えっと……その……ご、ごめんなさい。何枚か、返します」

 勝負が終わった後、キサラは元のおどおどした少女に戻りクロスにそう話しかける。

 背の高い自分に話しかけるのは相当緊張しただろうに……。

 それでもそんな事を言ってくれたキサラの優しさが嬉しくて、クロスは微笑んだ。

「気にしないでくれ。負けたのは俺だし勝負を挑んだのも俺だ」

 そうクロスが言葉にしても、少女はおどおどしたままクロスに同情する様な目を向けていた。


「でもさー、兄ちゃん今日初めてメンコ買ったんだろー? それを全部取られるのって辛いじゃん。一枚位返してもらいなよー」

 隣の角を生やした少年がそう言葉にし、他の少年少女も同様に肯定するような言葉を発する。

 最初に買ったカードというのは、子供達にとって思い出のカードでもあるらしい。


 十ブルードで三枚のランダム封入。

 一日一度しか買えないそのカード。

 それを全て失ったというのは、どうやら子供達がその欲望に陰りが出来る程に同情される様な事らしい。


「いいや構わないよ。でも、約束は覚えてるね?」

 そうクロスが尋ねると、子供達は困った顔で頷いた。

「ああうん。だけど……兄ちゃんもうカードないじゃん」

「明日か明後日か、また機会があればチャレンジするさ。その時は沢山カード持ち帰るから覚悟しろよー」

 ニヤニヤとそう言葉にするクロス。 

 その様子が、メンコが嫌になった顔じゃなかったから、少年たちは嬉しそうに微笑んだ。


「わかった! 次もまた勝負だ! ……俺らじゃなくてキサラが」

 少年は自分達じゃクロスに勝てないという後ろ向き全開な発言をする。 

 それにキサラがおろおろと反論しようと困っていた。


「んじゃ、俺らは別の遊び場に行くけど兄ちゃん達はどうする?」

「ああ。俺らは俺らで別のとこ行く事になってるからここまでだな」

「そか。んじゃまたなー」

 そう言って、少年少女達は手を大きく振りながらどこかに走って行った。


「……お疲れ様です。楽しめました?」

 遠くから子供達に混じって遊ぶクロスの様子を見ていたエリーの言葉。 

 それに、クロスは頷いた。

「ああ。全力で遊んだら勝てるだろうってたかくくってたけど……いやぁ子供って侮れないなぁ。それに、遊びってのは本当に奥が深いもんだと思い知らされたよ」

「ふふ。子供に混じってもあまり違和感ありませんでしたよ」

「ま、ついこないだまで幼稚園児だったしな」

「そうでしたね。ところで、先程からクロスさんにお客様がお待ちですよ?」

 そんなエリーの言葉におや? と首を傾げ、示す方角に目を向ける。

 そこには、どこか呆れた様な苦笑を浮かべる雲耀が立っていた。


「雲耀。どうかしたか?」

「……いや、むしろそっちこそ何してたんだクロス」

「子供達に混じってカード遊びだけど」

「名代……いや、うん。まあ、良いわ。俺も時々するし」

「そうなのか。だったら後でコツとか教えてくれ。次は勝ちたいし」

 そんなクロスの言葉に喜んで良いのか呆れて良いのかわからず、雲耀は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。


「とりあえず、座って休める場所に行かね?」

 雲耀の言葉に、クロスとエリーは頷いた。




 雲耀が案内した団子屋の個室で、熱いお茶と共に出て来た暖かい醤油団子をかじりながら、クロスは呟いた。

「だから……子供達と約束したんだ……むぐむぐ。あましょっぱいのに手が進む。不思議な美味さがあるよな醤油って」

「食べてからお話しましょうクロスさん。……気持ちはわかりますけど」

 そう言った後、エリーは団子を軽く口に頬張る。

 エリーの方の団子は餡子の乗った真っ白い団子だった。

「……そっちも美味そうだな」

「……その醤油団子を頂けるなら分けますよ?」

 その言葉にクロスが頷くと、エリーは自分の箸でクロスの団子を一つ取り、自分の団子をクロスの皿に移した。


「……あんたら本当仲良いなー。んで、何をガキンチョ共と約束したんだ?」

「秘密の隠れ家の場所。表向きの有名な場所だけじゃなくてそういう場所にも何かあるかなーっていう建前と、単純な好奇心で」

「はっ。クロスらしいな本当。全く名代にゃ見えねーわ」

「俺も自分が偉い立場にあるって見えねーわ」

 そうクロスが返すと、雲耀はゲラゲラと笑い、クロスもつられてゲラゲラと笑う。

 それを気にもせず、エリーは黙々と団子を頬張っていた。


「なあ、ここは寂れた団子屋で客は少なくて、んで店は俺と縁がある。ついでにここは隅の個室だから誰も聞きに来ない。だからさ……その……ちょいと聞きにくい質問があるんだが、良いか?」

 そんな、いつも堂々としてさっぱりした雲耀らしくない歯切れの悪い言葉に首を傾げながら、クロスは頷いた。

「別に良いけど……何を聞きたいんだ?」

 仰々しい態度に緊張を覚えながらそう尋ねるクロスに、雲耀はぽつりと呟いた。

「クロス。人間だったって本当か?」

「……んー。あー、まあ、そう、だな。本当だ」

「……そうか。本当にそうだったのか……だから……だからそんなに強かったのか……」

「あー。やっぱり、まずいかな? 人間だと」

「俺は気にしないけどあまり言わない方が良いだろうなぁ」

「だよな。……聞きたい事ってのはそれか?」

「いや。これは確認でしかない。……失礼だったり言いたくない事なら正直に言ってくれ。単純に俺の疑問でしかない質問だから」

「ああ。もったいぶらずに早く言ってくれ。変な緊張を覚えて来た」

「んー。ああ、どうしてさ、俺達魔物は人間なんかに負けたんだ? 人間だったクロスならわかるだろ?」

 そう、雲耀は尋ねた。

「……その疑問は、実は俺もずっと思ってる」

 クロスはその疑問に答えられず、そう返す事しか出来なかった。


 そう、魔物となり、知れば知る程人間の常識が覆され、文明の、文化の差に気づかされる。

 生物としての力も、文明としても、知識としても差がある上に、魔物達は人間にスパイを出し、その逆はないという状況。

 はっきり言って戦いになる訳がない。

 だが、勝ち続けて来たのは、人間だった。


「……まあ、長い歴史ではわからないが、前の戦いで俺達が勝った理由だけならわかるぞ?」

「問題ないなら教えてくれ」

「ああ。つっても単純すぎてつまんない答えだ。勇者が強かった。ただそれだけだな」

「……そんなに強かったのか?」

「クロードはな、森を一撃で更地に出来る」

「どの位の森を?」

「見渡す限り全ての森を」

「……その位ならドラゴンでも簡単に――」

「剣だけでだ。魔法も、特別な力もなく、ついでに言えばその剣もただの量産品の剣。つまり、単純な剣技だけで森を更地に出来る」

「……えぇ……」

「ちなみに、見渡すばかりの森の中で剣を一振りし、別々の場所にある木を狙い通り切断するとかそういう芸当も出来るぞ」

「えぇ……」

「勇者が魔法を使わず剣しか使わなかった理由って単純でな、剣だけありゃ何でも出来たんだ。文字通りなんでも」

「空飛ぶ相手とかは?」

「敵を踏み台にする事もあるし、垂直ジャンプで数十メートル飛んだ事もある。というか、斬撃を空に飛ばす事も出来る」

「えぇ……それ人間か」

「勇者という種族がないから多分人間だな」

「……そりゃやばいわ。人間って怖いな」

「ああ。俺も勇者は本当にやばいと思う」

 そう言って、クロスと雲耀はうんうんと腕を組み、目を閉じてしたり顔で頷いた。




「……此度の勇者は歴代と比べてすらあまりにも規格外だったのでまあ別ですが、今までの人魔大戦で常に人間側が勝利してきた理由ならわかりますよ」

 そう、エリーは口元をぬぐい団子の汚れを落としながら呟いた。

「あ、そなの? それはどうして?」

「人魔大戦の事も人の事もクロスさんに話さないといけない授業の範囲ですのでついでに今お話ししますよ。ついでに雲耀様も聞いて行きますか?」

「おう。聞いて良いなら頼むわ」

 その言葉にエリーは頷き、数日ぶりに義務教育の授業を始めた。




 人と魔物は気が遠くなるほどはるか昔から争い続けている。

 魔物が魔物ではなく、別の呼び方、魔族や夜魔、魔鬼等呼び方が何度も変わったその時でさえ、人と魔は争いを続けていた。


 とは言え、両者は常に全力でぶつかり合う訳ではない。

 そんな事をしていたらどちらか、または両方の種族が滅び去っている。

 ある程度激しく争った後にはお互い疲弊する為、年単位の長い休眠期間が発生する。

 例えば、先代魔王を失ってから今まで人と魔物は小競り合い以上の争いが起きていない様な、そんな期間。


 そんな歴史の繰り返しの中、魔王が動き、勇者が立ち上がり、戦況が激しく広がった時の事を、魔物達は『人魔大戦』と呼ぶ。

 そしてその何度も繰り返されて来た人魔大戦は、常に同じ終わり方をしていた。

 魔王が滅ぼされ、人間が勝利するという同じ終わり方を。


 理由は幾つかある。

 例えばクロスの話す様に、勇者という規格外の存在。

 強く、魔法が使える人類の盾であり、不滅の守護者。

 更に、勇者は例え殺され滅びても、すぐに別の誰かが勇者として立ち上がる様になっている。


 そんな勇者という存在が人間を勝利に導き続けたかと言えば……そうとも言い切る事は出来ない。

 要因の一つではあるが勇者だけが人間の強さでなく、もし人間が勇者頼りでしかないのなら魔物の国はプロパガンダと内応だけで天下を取り、人間などとうに奴隷に出来ている。


 勇者に隠れわかりにくい人間の利点。

 魔物と比べて寿命が短く、力なく、すぐに壊れる。

 そんな弱小なる存在が持つ、魔物が持たない長所。

 それは勇者を除き、大きく分けて三つに分類される。


 一つは、単独種である事。

 魔物の様に複数の種類が集まっているのと異なり、皆が同じ肉体、能力を持っている。

 それは道具の使いまわしが出来るというだけでなく同じ肉体だからこそ相互知識の交換が容易くなり、同時に外部の自分達とは違う存在に対して強い敵愾心を持てる。

 それは、短所とも言えるが、確かに明確な長所だった。


 二つは、出産能力。

 魔物と比べ、人間の増える数は異常な程多い。

 それこそ、ドラゴンが一つの国を滅ぼしても、その数をすぐ補填出来る程に。

 数が増えにくい魔物と比べ、使い減らしても再補填がしやすい事は、長期の戦争において非常に有利な要因だった。


 そして三つ、それは生物として魔物よりも、人の方が残酷である事。

 魔物の方がはるかに文明が進んでいる。

 にもかかわらず、軍需産業は人間と魔物はほぼ互角。

 それは、人という種族が争いに強く、またそれに特化している事の裏付けでもあった。

 魔物と違い人は戦う為の牙を、爪を持たない。

 だからこそ、より優れた武器を、より多くを殺す事が出来る武器を生み出し、作り、増やせる。


 人と魔物の軍事技術は、分野違いこそあれど確かにほぼ横並びとなっている。

 だが、人の作った道具の方が、魔物の物よりもより残酷に、より破壊する事に特化している。

 それが、人という種族の力であると象徴するように。



「つまり纏めますと、人は魔物と比べ、纏まりやすく、数を増やす力が多く、そして殺傷能力が高い兵器を生み出す事に長けている。その強みにより、私達魔物は負け続けています。理解していただけました?」

 ニコニコ顔でそう言葉にするエリーとは対照的に、クロスと雲耀は顔が若干青ざめた様子で目が死んでいた。


「……俺、侮ってたわ。人間って、こえーな」

「すまん。……昔の話だが……何か……すまん」

 ずーんと重く暗くなる空気の中、エリーだけは何故かニコニコ顔のまま。

 それが若干怖くて、男連中はまた少し、暗い顔となっていた。


ありがとうございました。

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