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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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例え駄目でも、足掻ずにはいられない者


 クロスは頭が悪い。

 元々勉学なんて無縁の村人であったクロスが義務教育を基本と掲げる魔物と比べ、学が勝っているなんてあり得る訳がない。

 だが、それでも問題はなかった。

 足りない学はエリーが、クロスの騎士であり従者である彼女が賄うからだ。

 玉藍の伝える蓬莱の現状をエリーがかみ砕き、資料を見せながらゆっくり丁寧に伝えた為、クロスが無学である事の問題はなくなった。


 まず、誰かの陰謀とかそういう類のものではなく、黒幕も存在していない事。

 続いて、取れる手段は全て取っているという事。

 現状で余った予算に加えて硬玉屋の利益と玉藍が得られる予算。

 その全てを現状打破用の特別予算として計上しぶち込んでいる。

 その上で、黒字は年々下がり続けていた。


 そして最後。

 玉藍自体、とうに諦めている事。

 クロスに臨むのは助けではない。

 介錯である。


 この蓬莱の都市を直接魔王国に支配させる事を、もうそれしか蓬莱の里の民を救う方法がないと結論付けた玉藍の、最後の里長としての願い。


 ここまで聞けば、クロスも流石に理解出来る。

 これはどうしようもできない問題であるという事が。


「……エリー。本当に、エリーは何も思いつかないんだな?」

 その言葉にエリーは頷く。

 知恵にもコネにもそれなりに自信はある。

 だが、そのエリーであっても滅ぶ運命を持つこの地を救う方法など、思いつくわけがない。


 というか、長年ここに長として生きてきた玉藍が、自らが思いつく既存の方法全てを試した後である。

 それでどうにか出来る存在など早々いる訳がなかった。


 いや、いない事はない。

 その能力を存物に使えば、この地をあっさりと救う事が出来る能力の持ち主をクロスは知っている。

 今代魔王、アウラフィール。

 彼女ならば、政特化という性質を持つ彼女ならばきっと蓬莱の里を救う事が出来るだろう。


 だが、残念な事に、彼女に頼る事は出来ない。

 むしろ今回彼女は、蓬莱の里を終わらせる死神の刃でしかなかった。


「アウラには頼れない。エリーもお手上げ。翡……玉蘭ももう打つ手なし。という事で良いんだな?」

 その言葉に、エリーと玉藍は頷く。

 そう、クロスが何度繰り返そうと、何度考え直そうと、答えは変わらない。

 蓬莱の里がもうすぐ終わる。

 それは……運命でしかなか――。


「だったら次は俺が考える番だな。エリー。馬鹿な俺の相手は大変だろうが助言頼む」

 クロスは、そう意味のわからない事を言い切った。

「クロスさんならそう言うだろうと思っていました。ええ、どうぞ存分に、我が知恵を、手をお使い下さい」

 そう言って、仰々しく、騎士らしくお辞儀をするエリー。


 そう、エリーにはわかっていた。

 運命なんて言葉で、クロスが諦める訳がないと。

 例え何度現実に打ちのめされ、何度心が折れ、どれだけ挫折しようとも……諦める様な殊勝な選択はしないと、エリーにはわかっていた。

 だからこそ、エリーは今ここに……クロスの傍に立っていた。


「あの……一体何を言って……」

 玉藍は戸惑っていた。

 クロスとエリーが何を言っているのか、何で笑っているのか、わからなかったからだ。

「ごめん。助けるとか言っておいて何も思いつかない。だからさ、少し考えてみるよ。この里を見ながら、この里を巡りながら、何とか出来る方法がないか、足掻いて見るよ。……まあ、主に考えるのはエリーだけどな。俺にゃ良くわからん。残念ながら足掻く事しか出来ん」

 そう言って、クロスは微笑んだ。


「……あんさん、ほんまずるいなぁ……」

 つい、翡翠(素の自分)のまま、玉藍はそう呟いていた。

「それはかっこいいって事で良いのかな?」

「堪忍しとくれやす。けったいなお方言うとるんや」

 そう言ってくすくす笑う翡翠。

 それにクロスは微笑んだ。


「変って、言われてるんですよクロスさん」

「いつもの事だろエリー」

「ですね」

 そう言って、エリーも微笑んだ。

「それじゃ、ちょっとこの辺り見て来るよ。行ってきます」

 クロスはクロスを面白がる様子の翡翠に、そう声をかける。

 それに翡翠は頷き、そっと上目遣いで見つめた。

「おはようお帰り。美味しいもん、たくさん用意しとくから」

「そりゃ楽しみだ。お昼には戻るよ」

 それだけ言って手を振り、クロスはエリーを連れ部屋を退出していった。


「ほんま……いけずなお方やわぁ」

 そう言葉にする自分の顔がやけに楽しそうな事に、翡翠は自分の事ながら気づいていなかった。




 クロス達が飛び立つ様に出てから一時間後、玉藍のいる部屋にノックが鳴った。

「どうぞ」

 冷静に、何時もの様にそう答える玉藍。

 そこに入って来たのは青竜門の門番長を務める己龍雲耀と副門番長の緑音久芒ハクだった。


「失礼しまーす」

 そんな気楽な口調で入っていく雲耀と。

「失礼します」

 丁寧に、静かに入るハク。

 まるで対照的な態度の両者。

 それがもういつもの事でしかなかった。


「緑音の。報告をお願い」

 玉藍の言葉にハクは頷き、手元の資料を読みながら丁寧に報告を始めた。

 クロスを案内した時の事を丁寧に、事細かく……それこそ、雲耀がやらかした事も含めて。


「とまあそんな訳で……一応クロス自身の許しも出たし楽しい思いもさせたから許してくれ」

 雲耀のどこまでも自由な態度にハクは怪訝な目のまま、雲耀の頭を無理やり玉藍に下げさせた。

「いえ構いませんよ緑音の。私は門番長に対してなんの沙汰も下すつもりはありませんから」

「ですが、これでは下々の者に示しが……」

「そんなに心配しないでも大丈夫ですよハク。見捨てたとかではなく、本当に、何もしませんから」

 そう言って玉藍はハクを安心させる為、にっこりと微笑んだ。


「ですが……それはどうして……」

 そう、ハクは自分の疑問をつい呟いてしまう。

 魔王名代に喧嘩を売るという事は、場合によっては反逆の意図と読まれても仕方ない。

 里の事を第一としてきた玉藍ならば、死罪であってもおかしくはなかった。

 それが刑罰どころか無罪というのは、ハクから考えてもおかしい事だった。


「いえ。より正しく言いましょう。私は名代が来た時、こうなる事も想定の内です」

 そう言って、玉藍はにっこりと笑う。

 どこまでも遠くを見通す様な、まるで全てを悟っている様な、そんな翡翠色の目で。

 それが、ハクは怖かった。


「それで緑音と己龍の……いえ、雲耀。貴方がたの所感を聞かせてもらえますか。彼、クロス・ネクロニアという男の所感を」

 提出された資料と実際の情報ではなく、両者が思うクロスへの感想。それが玉藍は知りたかった。


「はい。正直に言いますと、拍子抜けしました。魔王様の代理を務める国の顔とはとても……。いえ、クロス様が悪い訳ではありません。むしろまっすぐで好感が持てるタイプで、素直に尊敬出来ます。優しくて、正直で、それでいて相手の事を良く見ていて。ただ……」

「普通過ぎると?」

 玉藍の問いにハクは頷いた。

 素晴らしい相手だとは思えても、とても魔王名代とは、凄惨たる政治情勢に打ち勝ち上り詰めたような者には、ハクにはとても見えなかった。


「ええ。その感想は間違いやないやろなぁ……」

 そう言って、玉藍は少し嬉しそうにはにかんだ。

「ん? 玉藍様?」

「こほん。何でもありません。では雲耀。貴方はどうでした?」

「あん? ……それは、どっちの感想だ?」

「それは考えなくてもわかる事でしょう?」

「食えねぇなぁ。女ってのは本当……怖い怖い……」

 そう言って雲耀は両手を横に広げお道化た。


「ちょっと! 雲耀さん里長様の御前ですよ? それに、一体何の話をしているんですか?」

「ん? 要するにだハク。俺が勝負を挑んで、相手の力量とか戦いに隠れた性根とか、そういうのをを引き出すってのが最初からわかってたんだよ里長様は。んで、高度な情報戦って奴?」

「そんな……。雲耀さんの行動を計算した上なんて……いえ、そもそもいつ来るかもわからないしどこから来るかもわからないのに……」

「四聖門のどこから入っても同じ状況になる様にしてたんだろう。違うか?」

 その言葉に、玉藍は微笑み、そして否定した。

「いいえ。そんな事私にはとても。ただ……青竜門を通る様道を整えただけですよ」

 そう言ってにっこりと微笑む玉藍。 

 それにハクは怯え、雲耀は再度両手を広げ苦笑いを浮かべた。


「んで、戦った感想だろ? 一番思ったのは、ちぐはぐだったって感想かな」

「ちぐはぐとは?」

「そうだな……。明らかに戦い慣れてる様子だった。それもちょっとした喧嘩とかそういう次元じゃなくて、闘いに常に身を置いている様な……修羅と並ぶ程、それほどの経験を戦いから感じたな」

「ふむ。それで、どこがちぐはぐなんですか?」

「その割にゃ、体の動きにズレが見えた。まるで昔違う体だったんじゃないかと思う位にな」

「……なるほど。やはり、貴方を門番長にして良かったと思います。良い目の付け所だと思いますよ」

「お褒めに預かりなんとやら。んで、それを知ってどうするんだい里長様は」

「どうもしませんよ。別にどうも……。ただ、情報はあって困る物ではないでしょう?」

 ニコニコと、ご機嫌にそう答える玉藍。

 それが苦手らしく、雲耀は小さく溜息を吐いた。


「あの、雲耀さん。結局のところなんですが、クロスさんと雲耀さんってどっちが強かったんです?」

「あん? んなもん、比べるまでもないだろう」

「ですよね。蓬莱の四聖の門番長たる雲耀さんだと流石にクロスさんでも敵わな――」

「逆だド阿呆。俺じゃクロスにゃ逆立ちしたって勝てねーよ」

「――そんな、馬鹿な。雲耀さんはこの里でも天上の実力者で……」

「いや。上から百位以内位だろ」

 そう雲耀は答えた。


 実態で言えば、雲耀は上から十番以内。見方によれば五強に入る実力者である。

 ハクは少々過剰に雲耀の実力を見ているが、逆に雲耀は自分の実力を過小評価していた。


「ああ。実戦ではない手加減の雲耀さんだと敵わないという事ですね。もし本気だったら……」

「どうして俺をそこまで持ち上げるんだ?」

「いえ、だって……雲耀さんですよ? 他はともかく、実力だけは折り紙付きの。その雲耀さんがクロスさんに……」

 雲耀は後頭部をぼりぼりと掻いた。


「はぁ……。良いか? 確かに、俺はあの時喧嘩としてだったから殺し合いをしたわけじゃない。だが、そりゃあっちも同じ条件だ。しかも、下手すりゃあっちの方が手を抜いていたまである。俺が本気でやっていたとしても、絶対に勝てなかった。そう、俺が保証してやる」

「手加減って……あの時とてもそうは……」

「たぶんだが、あいつ術も使える類だ。剣と術両方で戦うか、または術で身体を強化して戦うのが本来の戦い方と見た。んで、俺の時は術を一切使っていないし体に溜めてすらいない」

 ハクは何も言わず、それを黙って聞く。

 ただ、幾ら雲耀がそう語っても、心のどこかで納得していない様な、そういうそぶりを見せていた。


「はぁ。誰に似たのか頑固なやっちゃなぁ……」

「貴方に似てますよ? 雲耀」

 玉藍の言葉に雲耀は苦笑いを浮かべた。


「緑音の。貴女が納得出来ない気持ちはわかります。それだけ、貴方の目にはあの方が、名代様が普通に見えたんですよね?」

 その言葉にハクは頷く。


 そう、クロスはどこからどう見ても普通だった。

 とても全てを捨てて剣の道に走る雲耀に勝てる器とは、ハクには思えなかった。

 その様子のハクに、全てを知る玉藍はニコニコと楽しそうに微笑んだ。


「さて、私はあの方とお話して、緑音と雲耀。貴方がたと同じような所感を覚えました。善良で、真っすぐで、代わりにどこか愚鈍で、愚かで。そういう普通さを」

 その言葉にハクは頷く。

 クロスに腹芸が出来るとはとても思えなかった。


「ですが、それは当然の事なんですよね。あの方の、クロス様の言葉は全て信じても何ら構いません。場合によっては、私の言葉と同じ様受け取っても良い程です」

「どうして、そこまで昨日会っただけのクロスさんを信じられるんですか?」

「だって、あの方賢者様ですもの」

 そう言って玉藍は嬉しそうに微笑んだ。

「いえ。玉藍様。賢者の称号を持つ中にクロスという名前は……」

「いるじゃないですか。ほら、一人……」

 その言葉を聞き、ハクはかちんと固まり、雲耀はぽんと納得したかのように手鼓を打った。


「……そんな……でも、あれは人間の……いえ、まさか……我々側の間者だった……いいえ。違う。それなら先代魔王様は潰えていない。ならば……魔王様専属の間者……まさか……いえでも……」

 明らかに理解の出来ない状況で、考えても考えても仕方がない事を考え半ばパニックになるハク。

 その様子を、玉藍は楽しそうに見つめていた。


「……なるほどねぇ。それなら確かにあれだけ強くてもちぐはぐでも納得だわ。でもさ、それだけじゃないだろ?」

「ん? 何がでしょうか雲耀」

「あんたがクロスを信じている理由。賢者だからって無条件に信じる玉かあんたが」

「それはどういう意味で……」

「いいや。あいつもやる奴だなってな。まさか初日であんたの凍った心を解かすなんて――」

「さて、何の事でっしゃろ? あてにはわから――」

「らしくないボロが出てるぞー」

 そう言いながら、雲耀は自分の口を指差した。

 翡翠はあっと口を開いてそれに気づき、ぽんぽんと頬を叩いた後こほんと咳払いをして玉藍の仮面を被り直した。


「ええ。すいません。まあ、私も限界だったという事でしょう……」

「……聞かなかった事にしとくよ」

「ええ。そうして下さい」

「……っと。すいません意識が飛んでいました。それで、里長様は雲耀さんと何の話をしていたんですか?」

 そうはっとした表情で尋ねるハクに、雲耀は苦笑いを浮かべた。


「ただのコイバナだよ」

「なるほど。ただのコイバナ……えぇ!? うそっ!? あの里長様が!?」

「ふふ……そこで雲耀ではなく、私の名前が出てる辺りで普段私がどう見られているか、えぇ、本当……良くわかりますね……」

 玉藍はごごごと強く圧迫する様なプレッシャーを放ち、ハクを涙目になるまで脅し続けた。


ありがとうございました。

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