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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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蓬莱流接待体験記


 桃源郷。

 ここは蓬莱に住まう男達からそう呼ばれる場所だと聞いていた。

 そして、それが決して大げさではなかったとクロスは感じていた。


 べん、べんと不思議な音をする楽器。

 確かに少々面白い調子だが、それでも音色はとても心地よい。

 正座してその楽器を演奏しながら語る女性。

 それをバックコーラスとして別の女性が舞台で舞う。

 ここにいるのは彼女ら二名とエリーとクロス。

 自分以外女性しかいない、そんな場所。


 華やかで、荘厳で、麗しく……それでいて、儚げで。

 そんな場所。

 そんな歌。

 そんな時間。

 夢を見る様なまどろみを覚えながら、クロスは歌声に耳を傾ける。


 そこで語られたのは男女の(うた)だった。



 一組の夫婦がいた。

 夫は戦いに赴かなければならなかった。 

 まだ若き身で、妻もいて……。

 それでも、男は出なければならなかった。

 国を守る為に。

 何よりも大切なその妻を護る為に。


 男は戦いに赴き、そして帰ってこなかった。

 妻は嘆き悲しんだ。

 だが、妻にはそんな嘆く時間すら満足には与えられなかった。

 妻はその男との稚児(ややこ)を授かっていたからだ。


 もしも、もしもこの子がいなければ男への想いだけを胸に自ら命を絶ったであろう。

 だが、そんな事は出来なかった。

 出来る訳がなかった。

 この子を置いて逝くなんて選択は、男の忘れ形見を見捨てて楽になるなんて選択は、夫への強い想いを持つ妻に選べる訳がなかった。


 妻は見合いをし、男ではない別の男の妻となった。

 そこに愛はなかった。

 ただ愛しい愛しい我が子を守りたかっただけ。

 それだけだった。


 だが、その男はそんな事を全て含め、全て承知の上で妻を愛した。

 その男は善良で、そしてその妻を子供ごと確かに愛していた。

 妻の心の傷は時間とその男が癒し、気づけば妻はその男に愛を返す様になった。


 そんな月日が流れ、ある日夫婦の元に独りの男が姿を見せる。

 彼は国を護る為に戦い、そして死んだはずだった。

 だが、生き延びてしまった。

 長い年月をさまよい、生き延び、死に物狂いで生きて帰って来てしまった。


 彼は祖国に戻って彼ら夫婦と面会した。自らの護ったものを、その形を見たかったのだ。


 その帰国者は、夫婦を見て、満足そうに微笑んだ。

 幸せがそこにあり、笑顔が溢れる家族が出来ている。

 彼はそれ以上、何も望んでいなかった。

 そこには、彼の切望した願いが確かに存在していた。


 妻はわかっていた。

 その男がどうしてここにきて、誰の為に苦しみ生き延びたのか。

 全てわかっていて、その上で、何も語らなかった。

 彼が去っていくのを、黙って見送る事しか出来なかった。


 彼はもう一度、戦いに赴いた。

 何の憂いもなく、国を、いや大切な宝物を護る為に、二度と戻れない様な戦いの中に、身を、置いた。




 その話の主役はその妻の悲しみと憂い、苦悩にあるらしく、後半は常に物悲しくも重たい曲調だった。

 最後の最後まで、悩み、それでも、敢えて何も言わなかった。

 その黙して語らなかった妻の苦悩を、聞くだけで感じる程演奏は素晴らしかった。


 良くも悪くもありきたりな悲恋の話。

 だが、それでも、歌い手とその演奏の技術のおかげか、それには確かな説得力があった。

 終わった時に隣にいるエリーがめそめそと泣いていた程、その詩は物悲しさをたたえて見事だった。


 楽器を弾いていた女性と踊っていた女性は何も言わず、丁寧な姿で座礼をするとその場を去る。

 後を濁さない様に、物語に没入だけさせ自分を表現しない様に、女性達は静かに消えていった。

 そして入れ替わりで新しい女性と共に料理とお酒が運ばれて来た。


「今宵、この場を預かる事となった翡翠と申します。どうぞよろしゅう……おたのみもうします」

 そう言葉にし、女性はにこりと微笑んだ。

 姿形は完璧に人のそれ。

 まるで魔物には見えない、そんな容姿。

 

 背は高く麗しい外見で、その上びっくりするほど綺麗に着飾って……。

 まるで女神かの様にクロスが思う程にはレベルの高い美女ではあるが外見は人間そのもの。

 くるくると巻く様に結い上げた藍色の髪と、それに合わせた様な昏い青の着物。

 と言っても喪服の様な昏さはない。髪留めや帯など小物は煌びやかな物があわせてあって、昏い色の着物中心でも明るい印象のある姿の為、歓迎の名を使った嫌がらせという事はないはずである。


 なにより、美女がニコニコ接待をしてくれるだけでクロスは満足であり、嫌がらせなどと微塵も考えてはいなかった。


「えろうわるはんなぁ。あないな話をお聞かせして。場が暗くなりますやろ? せやけど、芸者が一番やりたい事をやる。それがここの決まり事やさかい、どうか堪忍しておくれやす」

 悪びれた様子なく笑顔でそう言葉にする翡翠。

 それにエリーはぶんぶんと必死に首を振った。

「とんでもない! とても良かったです! 本当にあった話の様で……思わず泣いてしまいました」

「あらまあ。こーんなべっぴんさんに泣く程喜んでもろて。ここまで褒めてもろたら、あの子らも喜びはりますわ」

「ええ。大変良くされましたと、魔王様にも私の方から」

 そうエリーが言うと、その言葉にニコニコしたまま、翡翠は自分の人差し指を口元に持って来た。

「しー。せっかくの宴の時間やさかい、たのしまなもったいないやん? あてらはここであんさんらを特別扱いせーへん。ただ、他の皆と同じ様に疲れたはる大切なお客様やとおもて、仕事の事を忘れて疲れを癒してもらうんだけが願いやさかい。せやよって、仕事の話はしーにしとくれやす」

 その言葉にきょとんとするエリー。

 それを見て、クロスは微笑んだ。


「良いね。つまり、ここに来る客は皆俺達と同じ位歓迎されてるって事なんだね」

「もちろん。きはったお客様の日々の疲れを癒す。それがここ、硬玉屋のモットー。老若男女の区別なく、疲れを癒してもらう為に各々芸を披露する。ただそれだけ。せやけど、皆それを誇りに思っとるんよ」

 そう言って翡翠はニコニコと微笑んだ。

「ほぅほぅ。では、別に大して疲れは溜まってないけど癒してもらおうかな。翡翠ちゃんは――」

「あてはそんなに若あらへん。ちゃん付けは堪忍な」

「んじゃ、呼び捨てで」

「もちろん構へんよ」

「んじゃ、俺の事もクロスと呼んでくれ」

「お客様堪忍しとくれやす。……もしかしてお客様、悪い虫でしたかえ?」

「いやいやまさか。でも、翡翠位綺麗な子になら悪い虫になってしまうかもねぇ」

「あんさん……悪いお方やねぇ、その気になりそ」

 そう言って、翡翠は嫌がるそぶりをみせずとんとクロスの肩を撫でる様に触った。

 どことなく妖艶で、まるで誘っている様な触れ方。

 それに期待するなという方が無理な話である。


「悪いのは嫌いかい?」

「まあ、いけずやなぁ。……嫌な気分では……あらへんかなぁ」

 そんな翡翠の返しに鼻の下を伸ばすクロス。

 それを見て、エリーは冷たい目を送る。

 嫉妬とかそういう話ではなく、ただただ純粋に、呆れ果てていた。


「安心しはったらええよ。あてはあんさんをほったらかすようなけったいなまねはせぇへんから」

 そう言葉にし、翡翠は艶のある笑みをエリーに向ける。

 それにエリーはぞくりとする様な……まるで獲物になっているかのような気持ちを覚えた。

「それは、接待という意味で、ですよ……ね?」

「ふふ……あては、どっちでもええんやけど……あんさんがそないいわはるならそういう事にしておこか」

 翡翠は手をぱんぱんと叩く。

 それと同時に、女性達はテーブルに幾つもの料理を運んで来る。

 その全てが、クロス、エリーの知る料理とはかけ離れていた。

「お口にあうとよろしんやけど。たんとおあがりやす」

「ああ、とても楽しみだ。とは言え、見た事ない物ばかりだからちょっと困ってる。説明してくれるかな?」

「それがあてのお仕事やから安心しとくれやす。気楽にしたはったらよろし」

 そう言葉にし、翡翠は二本の木の棒の様な食器を手に取った。


「ほんまは、食べ方やら順番やらと色々とややこしい作法があるんやけど……せっかく他所からきてくれはったんや。自由にいきましょ? という訳であんさんら、気になった食べ物を教えとくれやす」

 そんな翡翠の言葉にクロスは楽しそうに首を傾げテーブルの上を眺める。


 大きなテーブルにところせましと並ぶ料理達。

 基本的に一品一品が小さくて、知っている食べ物もあるにはあるが基本的に少ない。

 しかも知っている物も揚げ物とか団子とか焼いた肉とかだし、それでも味も想像つかない。

 それはクロスとエリーにとって、ちょっとした冒険の様な楽しさを味わわせていた。


「クロスさん。私から良いです?」

 エリーの言葉にクロスは頷いた。

「ん? ああもちろん。何が食べたいんだ?」

 その言葉に、エリーは薄い小麦色の良くわからない揚げ物を指差した。

 形状は丸に近いのだが、細い棒状の物で形成されている。

 おそらくメインであるのだろうが、正直良くわからなかった。


「タマネギのかき揚げやな。うちには恥ずかしながら、タマネギが嫌いな子がおってな、ちょいと一工夫がしてあるんよ」

 そう言ってにししと翡翠は笑った。

「へぇ……オニオンフライ……」

「おや。()()()と一緒にするのは食べてからにしてもらいまひょか。はい、あーん」

 そう言いながら翡翠はクロスの口元にそのかき揚げを運んだ。

 ハートマークが付きそうな程の甘ったるい、媚びた笑み。

 あまりにもいかにも過ぎるそんな口調、そんな言い方。

 クロスが、男が嫌いな訳がなかった。

 クロスはデレデレした顔で口を開き、そのかき揚げを一気にかじりつく――。


 さくっ。


 びっくりする程軽い食感で、そして脳まで響く程の大きな音。

 それにクロスは驚いた。

 タマネギ独特のしゃりっとする食感が一切なくて、一番近いのはサクサクのポテトフライだろうか。

 揚げ物にしては異常な程軽くあっさりとした味。

 だけど、意外と塩と油の味はしっかりとしていて……。

「……美味しいというよりも、驚くな。これ、本当にこれタマネギか?」

 そう、クロスは呟いた。


「ふふ。おおきに。そんな驚いてもろたら作ったもんも喜びますわ。はい、あんさんも、あーん」

 再度、甘える様な妖艶な声を出し、エリーの前に箸を運ぶ翡翠。

 エリーはそれに逆らえなかった。

 エリーはほんの少しだけ……世の男が酒場の女性に入れあげる理由が分かった様な気がした。

「あ、あーん……。すごっ。本当にタマネギじゃないみたい……どうやってこんな事を……」

「ネタ晴らしなんてしょーもない……と、言いたいとこやけど、せっかく来てくれはった訳やし、ちょうお話しましょか。言うても、ややこしい事はあらへんよ? ただ、揚げるだけ。ほんまそれだけなんよ」

「……それって普通じゃないのか?」

「せやね。普通や。ただ、タマネギの中からぜーんぶ、水が抜けるまで揚げるだけ。ところで、タマネギってどの位水が混じってるか知ってはります?」

 料理がわからないエリーはクロスの方に目を向けた。

 クロスは渋い顔となっていた。


「も一口良い?」

「幾らでもおあがりやす。ないふとふぉーくも用意しとるから、お好きな様に」

 その言葉に、クロスは無言で口を開いた。

「あらあら。大きな大きな、あまえたなやや子がおりますわ」

 くすくすと笑いながら翡翠はクロスの口にかきあげを咥えさせた。


 さっくりとした音はびっくりとして響いて、あっさりとした味も含めてまるで空気の様に軽くて……。

 そのタマネギには、確かに水分が一切含まれていなかった。


「揚げ物をしたら確かに水が出る。でも……水分全部抜くなんて……絶対焦げるよな……」

「その辺が腕の見せ所。さて、他のもおたべやす。せっかくの料理が冷めてしまうよ?」

 そう言いながら海老のてんぷらをエリーの方に持っていく翡翠。

 それに恥ずかしがりながらも逆らえないエリー。

 その様子を楽し気に見ながら、クロスは適当に小皿に料理を取り分けた。


 じっくりと一時間半。

 会話をしながらのただただ楽しいだけの食事の時間は、長い様であっという間だった。


ありがとうございました。

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