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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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雲耀の変わりもげふんげふん街並み紹介(後編)


 お客様が来てるのに店なんて開いてる場合じゃねぇ。

 そんな感じで勝手に店を休みにし、奥で主自ら淹れたての熱いお茶というこれでもかという歓迎ムード。

 普段の火寿マビトでは絶対にあり得ない様な光景なのだが、同時に時折そういう可笑しな事になる事も雲耀やハクは知っている。

 無愛想で、殴りかかる様な乱暴な言葉遣いで他者に対してやけにきついマビトだが、何故か時折急に優しくなり世話まで焼きだす。

 それは特定の誰かという訳ではなく、むしろいつどんな時であれ、雲耀以外の全員がそうなる可能性を秘めていた。


 急に優しくなったと思ったら、その次の日には元のつっけんどんな態度に戻る。

 まるで二重人格の様なそれだが、何か明確な理由があるらしい。

 そして運が良い事に、クロスとエリー両方共がちょうどその日だった様だ。


「そんで、刀について聞きたいんだったか?」

 ニコニコ顔のマビトなんて見慣れない光景に雲耀とハクは少しだけ寒気を覚えた。

「それも気になるが、この火寿工房についても教えてくれないか?」

「あん? そりゃ構わねぇがどうしてだ?」

「だってさ、ほら……こう……工房とか鍛冶職人とか、師匠とかそういうのって、何かかっこよくね?」

 キラキラと子供みたいな目のクロス。

 それを見て、マビトは微笑んだ。

「かっこいいかはわからんが、教える事は構やしねぇよ。ま、大した話はないがご静粛にってな」

 そう言葉にし、マビトはこの工房の由来について説明を始めた。




 今の魔王、アウラフィールを知る者には信じられない事だが、魔物とは本来驕る性質を持つ者が多い。

 魔王という魔物のトップを名乗るには力が絶対に必要であり、同時にどんな立場であっても最頂点への下剋上が幾らでも成り立つ社会構造。

 その上、敵対するは脆弱な人間風情。

 そう考えると、魔物が思い上がるのは仕方がないと言えた。

 事実で言えば、魔物と人間の争いは大体が人間側の勝利に終わり、人間の方が悪意に満ちているのだが、驕った者はそれを知ろうともしなかった。

 そして昔の蓬莱はそんなのだったかと言えば、本来の魔物の在り方とは逆で、昔から驕りや思い上がりというものはなく今のアウラフィール以上に謙虚に生き、力を磨き続けている。


 理由は簡単、蓬莱という名前になり魔王国に加えられるその前まで、四方八方の近隣から毎日の様に襲われていたからだ。

 野性の動物や野良の魔物から、組織的犯行や国家単位での襲撃。

 大国でない割に食料が豊富であった為、東国(トウコク)という名前であった頃の蓬莱は餌としか思われていなかった。


 そんな蓬莱に驕る様な余裕がある訳なく、文字通り必死に、屍の山を築きながら今日までこの皆が住まう場所を残し続けて来た。

 もちろん、魔王国の一員となり襲撃が半分以下に減った今でも蓬莱に驕りや油断はない。

 日夜研鑽に勤しみ、武力を磨き続けてきている。

 今でも子供含めた蓬莱の住民全員が何等かの武器か戦闘技術を覚えている。

 戦えない者は、この蓬莱にはいなかった。


 そしてその研鑽の一つが、この様な引き継がれていく事を主軸においた工房である。


 自分達の代だけでなく、少しでもより良い蓬莱の未来の為に、子々孫々の為にこの技術を伝えていきたい。

 そういう寿命の短い人間チックな考え方により、火寿工房は誕生した。


「ま、人間染みた発想だがそれでも俺らは次の代、次の次の代の為にこの工房と技術を残したいって願った。それがこの火寿工房って訳だ。ま、人間と違って俺らは寿命が長いから代替わりはなかなかに激しいけどな」

「激しいって?」

「人間は衰えたりで跡継ぎへの世代交代だろ? 俺らの場合はお互い現役だからな。何なら火寿工房の六代目ですら未だに現役だ」

「んじゃ、その名前継承の条件ってのは何なんだ?」

 その言葉にマビトは笑い、自分の二の腕をパンと叩いた。

「最高の状態の先代を、実力でねじ伏せ名前を奪う。それこそが最高の恩返しだろ?」

「ほほー! なんだやっぱりかっけーじゃん」

 そう言ってクロスは笑った。


「ただ一つ、人間の鍛冶の工房ってそんな一子相伝とか伝えるとか、そういう感じじゃないぜ?」

「そうなのか? 俺らは人間はこんな感じって聞いてたけど」

「そういうのがない訳じゃないが、大体は色々な奴がいて分担して作業をする様な、そんな普通の仕事場だ。少々荒々しくて喧嘩っぱやい奴が多いけどな」

「ほーん。合理的なんだな。こっちが刀を打つ時は多くても一体追従を付ける位なんだけどな。んで、次は俺達蓬莱の民が使う、この刀についてだったな」

 そう言った後、マビトは机の上に一振りの(つるぎ)を置いた。


「脇差とか、太刀とか、打刀とか、そういう煩わしい事は今回はなしだ。まずは抜け。そして感じろ。それが俺の魂だ」

 そう、マビトはクロスに告げる。


 こういう言い方はきっと相応しくないだろう。

 だが、確かに、それには一種の神聖さの様な物をクロスは感じた。

 安易な気持ちで踏み込んではいけない様な聖域。

 その神聖さは、多くの職人が培い、受け継ぎ、磨き続けた物。

 種族の壁をも越え、千年をも越える時間つぎ足し燃やし続けた焔。


 それは、鋼の魂。

 だからこそ、それには一目見るだけで背中の芯から冷える様な緊張感をクロスは感じた。


「……良いのか?」

「良いも悪いもない。抜いて、そしてその目でみてくれ。無粋な言葉の説明なんてのはその後で十分だ」

 クロスは頷き、そっと、慎重に美しい鞘に手をかける。

 まるでガラス細工を触る様な手つきで、黒く輝く鞘から抜き放たれた。

 それは正しく、魂だった。


 普段持つ剣よりも、それは相当に細い。

 刀身は短くないはずなのに小さく、短く見える程に。

 だが、重かった。

 クロスの持つ剣と比べ半分程度の体積しかないはずなのに、倍位は重い。

 そう感じる程に、その剣は重い――。

 自分達の持っている剣が軽く感じる程にその剣は重く、鋭く、そして、美しかった。

 だからこそ、クロスは理解出来た。

 これは、自分には絶対使えないと。


「なるほど。確かに、魂だな。これは俺じゃぜってー扱えねーわ」

 そう言葉にしてから鞘に仕舞い、クロスはその剣をマビトに手渡した。

 マビトはにししと嬉しそうに笑い、その剣を受け取った。

「わかってるじゃねーか。そう、これは誰でもが使える武器じゃない。ああ、お前らの剣を馬鹿にしている訳じゃあない。むしろ誰でもそこそこ使えるそっちの方が武器として優れている。むしろ劣っているからこそ、俺達が使うのは、これで良いんだ」

 マビトはそう言いながら、その剣を鞘から抜く。

 その動きはまるでその剣が重たくないかのように軽やかで、自然な動きだった。


「蓬莱の方しか使えない武器。だからこそ、意味があるんですね」

 エリーの言葉にマビトは頷いた。

「正しく言やぁ。蓬莱の民専用の武器じゃなくて、長い事修練しないとまともに使えないってだけだがな。その辺りを詳しく聞きたいか?」

 クロスとエリーが同時に頷いたのを見て、マビトは剣を振るう。

 終わりから始まりまで恐ろしい程に丁寧な所作。

 剣技というよりも、演技。

 そんな動きで、マビトは誰も座っていない椅子をまっすぐ一刀両断してみせた。


「さて、どの様な形状であれ、刀という魂を語るとなれば外せないのが、斬るという事についてだ」

 それを皮切りに、マビトは刀の解説を自慢げに始めた。




 クロス達が普段使う剣は長い時間戦っても大丈夫な様頑丈さを重視して作られている。

 乱暴に扱ってもなかなか壊れず、また多少刃こぼれしたところで問題なく攻撃を続けられる。

 そして多少の刃こぼれであるなら、その場ですぐに修復出来る。

 出来る攻撃は二つ、斬ると、突く。

 と言っても、それは斬るというよりも叩き斬るという方が正しい。

 腕力を強引に乗せての力任せの斬撃。

 それに耐えられる様な剣となっているのがクロスの持つ一般的な剣の仕組みである。


 もし蓬莱の剣、刀を同じ様に使えばどんな名刀でも一発でおしゃか。

 頑丈性という意味で言うなら蓬莱の剣は安物で紛い物の剣よりも低く、叩き斬る様な力任せの斬撃なんて放つようなら即座にへし折れてしまう。

 また同時に、蓬莱の剣の大半は刺突が得意ではない。

 突く事も視野にはいれているが、そこはあくまでおまけという考え方が基本である。


 では、刀に何が出来るかと言えば、たった一つ。 

『相手を斬る』

 ただその為だけに、刀は存在していた。


 クロスの使う剣の様に叩き斬るのでなく、断ち切る。

 それは文字通りの切断である。

 その一点において、どの様な名剣であっても蓬莱の剣には勝てないだろう。

 斬る為だけに極端なまでの薄さを実現する為に何層にも織り込まれた圧縮されたその刃。

 対象に刀を当て、引くという包丁の作法の様な動きをこなしやすくする為の芸術的な曲線。

 その斬る事のみに執着した剣の有様は、愚直と呼んでも何ら問題はないだろう。

 だからこそ、その切れ味はあらゆる他の武具では到達しえない領域に達していた。


「ま折れると言ったってそうやすやすと折れるもんでもないけどな。阿呆みたいに頑丈に作ってるから。それでもまあ、下手くそが使えば一発でお陀仏。直す事すら出来ない程ぽっきりまっぷたつってのが刀の基本的特徴の一つだ」

「なるほどねぇ。興味深い話だ」

 クロスの言葉にエリーも同意し頷く。

 新しい武器、その特徴、そして成り立ち。

 そういう話は戦いを生業としてきたクロスとエリーにとって知識欲が激しく刺激される様な内容だった。


「まあ刃こぼれしやすくて刃こぼれしたら一気になまくらになるっつー弱点もあるがな。んで他にもな……」

 そう、本筋を終えたマビトは雑談混じりに刀の知識を語り続ける。

 それをクロスとエリーは大変興味深そうに聞くものだからマビトも楽しくなって更に続け、気づけば日が落ちかけていた。




「そろそろお時間の方が……」

 そう、ハクが申し訳なさそうに語るとマビトははっとした顔をし、暗くなった外を見た。

「まいったな。せっかく着替えたのに打ち損ねちまった」

 そう言葉にし、マビトは頬を掻いた。


「んー、良し! 今日はもう良いわ。せっかくだしお前ら全員飯食わしてやるから泊まって行け!」

 にこやかに、当たり前の様にそう言葉にするマビト。

 ちなみに、雲耀は長い付き合いだがそんな事言われた事はない。

「いや。悪いがこいつらこれから里長と会わないといけないんだわ」

 雲耀の言葉にマビトは少しつまらなそうな顔となった。

「ちっ! ま、しゃーないか。里長によろしく言っといてくれ。おい! お客様がお帰りだ! 見送ってやれ! 俺はちょいと遅いがこれから刀を打つ。またな、クロス、エリー」

 それだけ言って奥に引っ込むマビトと入れ替わる様に、入り口で見た小麦色の肌をした女性が現れクロス達を玄関に案内した。


「すいません。思い立ったら即行動を地で行く方ですので」

 そう言葉にし、女性は苦笑いを浮かべた。

「良いんじゃないか。鍛冶師なんて皆そんなもんだろ」

 クロスの言葉に女性はぺこりと頭を下げた。


 玄関まで見送られた後、女性は最後にクロスとエリーに対し再度頭を下げた。

「先に謝っておきます。もし次来たならきっと嫌な思いをすると思いますがどうかご容赦を」

「ん? どゆこと?」

「火寿様は基本的に付き合いというものを嫌います。今日が特別なだけで、普段は誰にでもまあ……控えめにいってきつい態度を取りますので……」

「ほーん。記憶が変わったとかそういう事ではなくて?」

「はい。一種のゲン担ぎの様なものですかね。その日、火寿様のお眼鏡にかなった状態の方のみ今回の様に愛想良くなります」

「あいよ。覚えとくわ。……冷たくなるか。それはそれで楽しみだな」

 どこが楽しいのかそんな言葉を放つクロスに女性は苦笑いを浮かべた。


「んじゃ健康的で綺麗なお嬢ちゃん。またな! 次は嬢ちゃんの事色々教えてくれ!」

 そんな別れ言葉に呆れ顔混じりの笑顔で、女性は早足で去っていく一同にそっと手を振った。



ありがとうございました。

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