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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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雲耀の変わりもげふんげふん街並み紹介(前編)


 それは、雲耀にとって絶望と言っても過言ではない様な……そんな光景であった。

 雲耀という男はその立ち居振る舞いで見てわかる通り、衣服にはほとんど頓着しない。

 着やすく、動きやすく、それでいて汚れても良い恰好。

 そういう服装であればどうでも良く、見栄えなどは二の次。

 ただ、昔から着物を着て生活をしていた為着物しか着ないが別に拘りと言う訳ではなく、ただの習慣である。


 そんな、衣服に対してほとんど愛のない雲耀であっても、それだけは許されないと思う様な、そんな光景。

 ハクに至っては現実を受け入れられず意識を失っていた。


 何が起きたかと言えば、それは非常に短くて、そして簡素な事件。

 三行程度あれば十分に説明が出来るだろう。


 浅黄家から外に出たタイミングで一つ目の子供が走って来た。

 手に棒付きのしょうゆ餅を持って。

 そしてそのまま、吸い寄せられるかの様にエリーに突撃した。


 何でもない日常の一ページ。

 だけど、それは知る者には正しく最悪の光景だった。


 子供は泣きそうな顔で謝り、それにエリーが微笑み頭を撫でる。

 クロスも気にしない様言葉にし、一つ目の子供はぺこぺこと恐縮したまま何度も頭を下げ去っていく。

 ただそれだけで、終わった話。

 本当に気にしてはいけない様な、怒ってはいけない様な内容。

 例えそれが、城一つ軽く消し飛ぶ様な金額であっても。


 雲耀とハクの心境はどんな戦場よりも恐ろしい気持ちとなっていた。

 見たくないけど、見ない訳にはいかない。

 必死に勇気を振り絞り、雲耀は餅がべっちょりと付けられている事を考えるだけで吐きそうになりながら、袖の部分に目を向ける。


「……ん? あれ?」

 雲耀は首を傾げ、再度その部位をじっと見つめる。

 何故か汚れが見当たらなかった。 

 それは餅がついていないというだけでなく、醤油の後すら見えない。

 違う場所に当ったのか。

 そう考えくるくるとエリーの周りを回りながら着物をくまなく探るのだが、どこにも汚れは見当たらなかった。


「あのさ……さっき、ぶつかったよな?」

 首を傾げながらの雲耀の言葉にエリーは頷く。

「はい。子供がぶつかってきましたね。サイクロプス族っぽい」

「サイクロプスじゃなくて『たたら』だけどな。ま似た様な物か。それよりさ、汚れなかったか?」

「え? あ、はい。何やら高価そうなので保護をかけてますから大丈夫ですよ?」

「……保護って? 術……ああ魔法とか使った様子は見えなかったが」

「そういう魔物ですので私」

 そう言葉にしにっこりとするエリー。

 本質が精神面に強く依存しているエリーにとって衣服を自らの体の一部と見立て魔力を循環させるなど当たり前の事でしかなかった。


 それを見て、雲耀は盛大に、とても大きく溜息を吐いた。

 気苦労から解放された安堵ともう少し早く教えてほかったという恨み言を込めて。

 そこまで考えて、雲耀は理解した。

 浅黄家の店主はその事を知っていたのだと。

 いや、知らないにしてもエリーなら汚さずに着る事が出来る事位は読めていたはずである。

 そうでなければ、あの男がこの着物をエリーに預ける訳がなかった。


「そいつはたぶん、あんたが思うよりもまあ大分値が張る。だから大切にしてくれ。クロスのと違ってそれならどんなお偉いさんの集まりに出ても問題ない正装だからな」

「え? あ、はい。そうします」

 そう言葉にし、エリーがにこやかに微笑む。

 それに雲耀は再度、溜息を吐いた。




 雲耀が落ち着きを取り戻し、ハクが意識を戻した後、四者でゆっくりと街を練り歩き始める。

 そんな中、ハクはクロスとエリーに声をかけた。

「えっと……蓬莱の里は元々国でしたので国の中では狭い方ですけどそれでも相当以上に広いです。ちなみに、別にそういう決まりがある訳ではないですが蓬莱は四つの区分に分けられていますね」

「四つって?」

 クロスの言葉にハクは指を四つ立て、折りながら説明した。

「ここ、青竜門。その他に朱雀門、白虎門、玄武門とあり、合わせて四つ。それぞれ四つの方角にある正門。その四つに合わせて街並みが少々異なります。繰り返しますが、別に里長がそういう風にしたわけではないですしこれは正規の区分けではありません」

「ほうほう。んで、どう違うんだ?」

「そうですね……あくまでニュアンスに近いんですけど……青竜門は自由だけどどこか古風。朱雀門はお酒好きが多く気性が少々激しい。白虎門は街並みが少々派手ですが法に厳格で、玄武門は街並みに住民ものんびりした方が多いですが新しい物や外部から入って来る物が好きです。まあ私の見聞での印象に過ぎませんがそんな感じかと」

「大体合ってるんじゃね?」

 雲耀の同意にハクは頷きクロスの方に目を向けた。


「なるほど。そりゃ楽しむ所が多そうだ。……だが、時間が足りないな。エリー。滞在予定はどの位だ?」

「およそ一週間と見通しを立てています。とは言え、見通しのネックになるのは時間ではなく予算の方。ですので路銀稼ぎも並行すれば多少の延長は可能です」

「じゃ、そういう事で」

「ええ。わかりました」

 短い言葉のクロスの意図、『限界まで遊ぶ時間を伸ばす』という言葉を理解し、エリーはそう答えぺこりと頭を下げた。


「つーかーの仲だねぇ。ま、そこに突っ込むのは野暮過ぎるから止めておいてっと。今日の夕方、今からおよそ二刻程は俺が案内してやる。それからはお偉いさんの出番だ。という訳でこの時間でお前らどこか行きたいとこないか?」

 雲耀の言葉使いにハクはジロリと睨みつける。

 それを雲耀は見て見ぬふりをしながら、クロスの返答を待った。

「どういう場所がある? 出来るだけ楽しそうな場所が良いかな」

「ふむ。そうだな……やっぱり最初に伝えるのはやはり賭場……あいたっ!」

「大切なお客人にどこ案内してるのよ!?」

 ハクはそう叫びながら、雲耀を思いっきり叩いていた。


「っつーてもよ、男も女も、誰でも楽しめる場なんて博打と酒と飯位だろ?」

「だからって博打は駄目でしょう。ただでさえうちの博打は色々怪しいのに」

「怪しいって何がだ?」

 そうクロスに言われ、つい失言してしまった事に気づきハクは顔を顰めた。


「あー。あれだよ。蓬莱の博打ってゴロツキがやってんだ」

 雲耀が代わりに、ハクが言い辛く誤魔化そうとした事を軽々と話し出した。

「ほーん。お偉いさんは放置してんのか?」

「おう。よほどあくどくやってない限りはと言葉に付くが。理由は単純、その方がお上に金が巡るから。とは言え法の範疇外で見逃されているだけだから色々とややこしいがね」

「その……ややこしい事を……どうして名代のクロス様に話すんですかねぇ青竜門門番長様……」

 ふるふると震えながら、ハクはそう言葉にする。

 それに雲耀はにこりと微笑んだ。

「そいやクロスは魔王様代行の名代だったな。わるい、忘れてくれ」

 その言葉を聞き、雲耀は再度ハクに思いっきり頭を叩かれた。

 すぱーんと、とても心地よい音で、その叩き方があまりに堂に入っており、クロスは思わず拍手をしてしまっていた。




 流石にお偉いさんをゴロツキ集団の傍に行かせる訳にはいかない。

 ただ行く分だけならまだ良いのだが、雲耀やハクの様な運営側に位置する者がそれをするのはあまりに外聞が悪すぎる。

 かと言って食べ物屋に行くにはクロスもエリーも胃が空いていない。

 無難なところで絵画などの芸術品や独特の街並みが見える様な場所に行くのはどうかとハクが尋ねると、クロスもエリーもそれに同意した。

 新しい物に触れる事はクロスも嫌いではないし、エリーは鑑賞は好みの部類だからだ。

 だが、雲耀がダダを捏ねて拒否した。


 いつでもできる事を紹介するのは俺の名に関わる……なんて建前、本音はただ退屈だから。

 そんな理由から話し合いを振り出しに戻した雲耀が連れて来た場所は……。


「おーっす! 邪魔するぞー」

 ガラガラと戸を開け、そう言い放つ雲耀。

 それに対し現れたのは、小麦色の焼けた肌をした薄着の若い女性だった。

 白い作業着の様な服でありながらも手足の露出した服。

 そんな女性は全身から滝の様な汗を流しながらこちらに笑顔を向けた。

「いらっしゃい! って雲耀様かい。どうしました? また欠けました?」

「いや。大切な大切なお客様が来たんでな。見学させてもらえないかと思って」

 そんな雲耀の言葉に女性は顔を顰めた。

「見学って……。親方またブチ切れますよ?」

「大丈夫大丈夫。だから呼んできてくれない?」

「……はぁ。しょうがないですねぇ。怒られついでに刀置いて行って下さいね。直せそうなら私が直しちゃいますから」

 そう言葉にし、女性は奥に向かって行く。

 それと入れ替わる様に、厚めの衣服を身に纏った若い男が大きな金づちを持ったまま現れた。


 外見だけで言えば二十台前半から中盤の人間位。

 背が高く、筋肉質だけど綺麗に引き締まった体。

 しっかりとした体つきでありつつも、細身でしかも美形寄りという非常に女性に好まれそうな姿をした男には、控えめな二本の角が生えている。

 そしてその男は、殺す様な目つきで雲耀を見つめていた。


「おいてめぇ……ここがどこだかわかっているのか?」

 男の言葉に雲耀は笑顔で頷いた。

「ああ。あんたの鍛冶場だろ」

「わかってるじゃねぇか……。それで、用事は?」

「お偉いさんに見学させてくれ。王都の方から来たからさ、刀の事知らないだろうし見ごたえあるだろ?」

 そう、当たり前の様に言い放つ雲耀。

 実際の所、それは決して間違いではない。


 元勇者の仲間であるクロスと現役騎士であるエリー。

 彼らにとって武具とは命を預けるに足る存在であり、生きる為の手段であり、同時に趣味でもある。

 剣を見るという事が二人に揃っての娯楽という事を考えるなら、選択として見れば完璧と言い換えても良かった。

 ただし、それはクロスとエリーにとって都合のいい話であり、見世物となる鍛冶師にとっては別に良い話でも何でもなかった。


 男はははと乾いた笑いを見せ、金づちを置いた後……壁にかけられた刀を手に取り抜き放った。

「今日こそ殺す。絶対殺す」

 今回だけでなく、今までの怒りが爆発したような態度。

 そんな様子で男が刀を振りかぶる。

 その拍子に……男は、エリーと目が合った。

 男の顔から、一目でわかる程怒りの表情が消えていく。


 そのまま男は刀を下ろして鞘に仕舞い、そっと壁に掛け直した。

「おっ。もしやぁ……エリーに惚れたか?」

 ニヤニヤしながらそう言葉にする雲耀に男はかるーく、金づちを振るう。

 ごんっと、聞くだけで痛々しい音が響き渡った。


「阿呆言え。エリーと言うのか。そしてそっちの男は……」

 そう言葉にした後男は優しい目つきでクロスを見つめた。

「あんた、名前は?」

「クロスだ。すまん。迷惑かけた」

「構わない。その馬鹿が迷惑をかける事なんていつもの事だ。それに、クロスとエリー。あんたらになら多少の迷惑をかけられても今日なら構わん。何なら刀を打っても良いぞ」

 その言葉に雲耀は目を丸くして驚きを見せた。

「え!? あんたが自分から誰かに刀を打ってもなんて初めて聞いたぞ」

「そりゃお前が馬鹿だからだろ。それに……クロスとエリー。あんたらは今日善行を働いたみたいだからな」

 そう言われても何を言っているのかわからず、揃って首を傾げた。


「ま、大した事ではないさ。ただ、鍛冶師として受けた恩がある。だから普段なら誰かを入れるのは嫌だが……あんたらなら別だ。好きなだけ見ていって、何でも聞いてくれ。欲しいのがあったら持っていってくれても構わんぞ」

 男はそう言葉にした。

「良くわからないが……迷惑でないなら確かに色々見せて欲しい。片刃の剣で、しかも独特の形をしているから気にはなっていたんだ。それと、さっそくだが一つ聞いても良いか?」

 クロスの言葉に男は頷く。

「ああ。何だ?」

「あんたの名前を教えてくれ」

「おや。入口の看板は見てなかったのか?」

「すまん。何も考えずふらふらよそ見していた」

「そうか。なら改めて」

 こほんと一つ咳を払い、男は名乗り上げた。



火寿(かじゅ)工房八代目火寿。名前をマビトと言う。火寿でもマビトでも好きな方で呼んでくれ」

 そう言葉にしマビトは無愛想な笑みを浮かべた。





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