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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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悟ってしまった男


「お父様は農家として活動し先代魔王どころか先々代魔王の頃よりずっと魔王軍を支えてきまして、それ故に豊穣者という呼び名で皆に慕われておりますわ」

 アウラの自慢話に張本人であるグリュールは柔和な笑みを浮かべた。

「ふっ。娘に褒められるというのは幾つになっても嬉しいものだ。時にラフィール。……それを最初に言ってくれたらクロス殿も誤解しなかったと思うのだが?」

 その言葉にアウラは悪びれもせず顔を反らして誤魔化した。


「全く……。時にクロス殿。今までの話で気になる部分もあるのではないかね?」

「いえ、そんな事は……」

 本音を言えば気になる部分は幾つもある。

 だが、それが失礼に当たり傷つける可能性がある以上クロスは容易にそれを尋ねる事は出来なかった。

「クロス殿は当然人間の常識しか知らぬ。だから我々の事がわからない方が当たり前なのだ。その解消をする手伝いをこの老骨にもさせてもらえないかね?」

 グリュールの提案にクロスは拒否する事が出来ない。

 柔らかく、それでいて相手を気遣った上での発言だからこそ、それを断るのは相手の好意を無下にする事になる。

 つまり失礼に値するのだ。


 それをこの場でクロスが行う訳にはいかず、クロスはグリュールの提案を受け入れるしかなかった。

「わかりました。……随分貴族的な言い回しがお上手ですね」

「農家とは言ったが魔王軍直属の農家であったからな。その程度のたしなみは持っておるさ。ささ、喉が渇いていると言葉も出ぬであろう。この私が作った葡萄から作ったワイ――」

「お父様!」

 娘の叫びに大魔導士にしか見えない風貌の老人はびくんと肩を竦ませた。

「ラ、ラフィール。何か……」

「何かじゃありません。まだ生まれてすぐのクロスさんにお酒を勧めないで下さい!」

「……私の作った葡萄の味を楽しんでもらいたかったのが……」

 そう言葉にしてグリュールはしゅんとした表情を浮かべた。


「……アウラ。ちょっと尋ねて良いか?」

「はい? どうしました?」

「俺、あと十六年酒飲んだら駄目なのか?」

 既に酒の美味さも苦しさも知っている。

 それなのに十年以上も我慢するのは生殺しとしか言えず……それ以前に我慢出来る自信がなかった。


「おや。人間の飲酒は十七歳からって決まってるんですか?」

「……魔物は違うのか?」

 その言葉にアウラはこくんと頷いた。

「はい。違いますね」

「じゃあ飲んで良いっていう判断はどうやるんだ? まさか規制なしか?」

 嬉しそうに尋ねるクロスにアウラは首を横に振った。

「いえ。テストをします。アルコ……体にお酒を取り入れて良いっていうテストが行われます。それに合格すれば生まれてすぐであっても飲んで構いません。逆に合格しなければ何歳になっても飲んではいけません。我々の中にはお酒が明確な弱点の種族もいますから」

「なるほどな。多種族だからこそ違うのか。ところでそのテストってどうやったら……」

 その言葉にグリュールは嬉しそうに身を乗り出した。

「クロス殿。いける口か?」

「お酒を我々人間は命の水と言います。ないと死んでしまいますからね」

「……人間も中々に良い言葉を使うではないか」

 グリュールは納得した様に頷いた。

「お父様はほどほどにしてくださいね。でないとまたお医者さんに取り上げられますよ」

「……それは嫌だな。ほどほどに飲もう」

 そんな説得力のない言葉にアウラは小さく溜息を吐いた。


「ではクロス殿。食事の準備が終わるのもそろそろであろうからお互いに一度ずつ尋ねるというのはどうだろうか? クロス殿が我々の事を知らぬ様、我々もクロス殿の事を知らぬからな」

「良いですよ」

「で、クロス殿から質問を」

 その言葉に頷き、クロスは真っ先に気になった事を尋ねた。

 恐らく、あまり良い顔はしないだろうが……。


「アウラの母親は今どこに?」

 その言葉に、予想通り二人共沈んだ顔をしてみせた。

 わかってはいたが……それでも今後の事を考えるとここで聞くべきだろう。

 それでもクロスは自分が非常に嫌な人間であるかの様に思えた。


「お母様は……」

「私が言おう。クロス殿。我が妻は……その……」

「――すいません。やはり良いです。言い辛い事を尋ね申し訳ありませんでした」

「いや。違うのだよ。クロス殿の思っている様な事ではない。そもそも亡くなってはおらん」

「……え?」

 自分の思っていた予想を否定され、クロスは驚きグリュールの方を見た。

「……クロス殿。人間界に……とても自由で気ままに生きて、予想出来ない事をする様な方はおらなんだか?」

「えっと……漠然としすぎてちょっと……。ああでも、約束の時間になっても現れないで昼寝している様な人なら割と」

「そういうタイプなのだ我が妻は……。決して悪い者ではなく、また約束を破る様な事もない。私は当然妻を愛しているし妻も私や娘を愛している。だが……その……とにかく自由と共に生きておる様な者だった」

「は、はあ……」

 クロスは良くわからず曖昧に頷いた。


「ちなみにお母様は数日前にマジックスネークが出たという報告を聞きそれの捕縛に行きました。それ以来連絡はありません」

「……そのマジックスネークってのは?」

「珍味です。美味しいかどうかと言われれば人によりますが……大多数の人はあまりと答えるでしょう。お母様も別に好きだからという事でもなく、単純に珍しいから行っただけだと思われます」

「……変わったお母様だね」

「良く言われます」

 そう言葉にしてからアウラは苦笑いを浮かべた。


「では次は私が。クロス殿がこの先魔物として生きる上でしてみたい事は何かね?」

 ワインをクルクルと回しながらグリュールがそう尋ねるとクロスは少し考えた。

「あー。そうですね……酒の事を除くと……とりあえず強くなりたいです」

「ふむ。……娯楽に興じるのでもなく、地位や名誉ではなく、力の求道と。人であった時そういうタイプであったとは聞かなかったが……」

「そこまで真面目に考えてはいません。ただ……人間の時ってぶっちゃけ才能なかったんですよね。いや、ない事はないけど比べる対象が伝説の勇者パーティーでしょ?」

「ああ……確かにあ奴らは規格外と言えるな……」

「でしょ? それと比べたらどうしても自分が弱く見えて……。だから前の時はあんま自分が強いって思うことは出来なくて。んで幸いな事に今の自分は顔も中身も前より良くて、しかも魔法も使えそうと。そうなると鍛えてみようと思ったわけですよ。才能あるなら使ってみないともったいないなって。まあ飽きたら適当に暮らしますけど」

「少しだけクロス殿の事が理解出来た。冒険者という立場に近いんじゃな」

「あー言われたらそうですね。強くなって冒険に出て、酒と飯食って強くなって。その日の為に生きるロクデナシ。そんな感じです」

「……人間と我々では冒険者についての考え方も違う様だ」

「……それも気になりますね。魔物が冒険者というのをどう考えているのか」

「うむ。こういう異なる視点での会話というのは途切れる事がない。とは言え……残念だが世間話はここまでの様だ。この後は美食について語るとしよう」

 そうグリュールが言葉にした瞬間、大勢のメイドが料理の乗ったワゴンカートを持ち、奥から現れた。


 その料理の香りを嗅いだだけで、クロスの胃は急激に強く自己主張を始めた。

 だがそれを笑う者は誰もいない。

 生まれて一度も食事の取った事のない者が飢えを訴える事を笑う者などいるわけがなかった。


「生まれて最初の食事ですからね。ゆっくりと、そしてしっかりと楽しく味わってください。口に合わなければ遠慮せず言ってくださいね。一応人間が普段食べる食事も用意出来ますから」

 アウラは優しく微笑みそう言葉にした。

「……あいよ。と言ってもその心配はなさそうだ。見るからに美味そうで……まるで宮廷料理の様だ」

「まるでではなく、宮廷料理ですよ。魔王様ですもの」

 そう言ってアウラはくすくすと笑って見せた。




 クロスはあらゆる意味で残酷な真実に気づいてしまった。

 食というものはその国を表すものと言っても過言ではない。

 食事の質が良いという事は国が豊かであるという証拠である。

 もしそうであるならば……魔物の国は人間の住むどの国よりも遥かに……いや、比べる事すら出来ないほどに豊かであるという事だろう。


 だがそんな人間にとって残酷な真実よりも、クロスはもっと残酷で悲しい真実を知ってしまった。

 それは……今まで自分が食べていた料理は全て餌に過ぎなかったという事である。


 手前にある「おーどぶる」という料理を食べただけで、たった一口でそれを悟ってしまった。

 あまりに複雑で味の表現が出来ず、何が材料なのかもわからない。

 その所為で感想が美味い以外でてこないという悲しい状況となっていた。


 立ち並ぶ料理全てが、クロスの見た事がない物か、見た事ある物でも洗練され過ぎて理解出来ない物と化していた。

 メインであろう物が牛肉のステーキであるというのはわかるが、三切れ程度しか乗っておらず代わりに赤や緑の野菜で彩られたステーキなどクロスは今まで考えた事もなかった。

 そんなお洒落なのは良いのだが、それだけしかないと考える自分の卑しさが悲しい。

 更に悲しいのは……そんな卑しい自分を見透かしたかの様にメイド達はお代わりの皿を持ってニコニコして待っている。

 数分後にそのメイドをクロスは呼ぶ事になるのは確定した未来だった。


「どうです? お口に合いますか?」

 微笑みながらアウラはクロスにそう尋ねる。

 お代わりを要求しているのだから聞くまでもなく、これはあくまで確認でしかなかった。

「俺の味覚が人間の頃から変わったという事ではないんだよな?」

「はい。確認こそ出来ませんが大差ないと思います」

「……俺が今まで食べていたものは……料理ではなかったんだな」

 アウラが食事前に人の料理は雑に感じて自分達に合わないと言った。

 だが、それは相当クロスに気を遣った言葉であると今ならわかる。

 この味を知った事はクロスにとってある意味悲劇であった。


「……俺、二度と人間の国に生まれたくない。生まれるとしたら記憶を消さないと耐えられない」

「……お代わり、いかがですか?」

 メイドの同情めいた言葉にクロスはこくんと頷いた。




 デザート含めて一人十皿を超える種類に三人での多めの雑談。

 そんな内容で一時間以上かけた食事の時間も終わり、メイド達が皿を片した後満足感に浸るクロスは一息吐いた。

「わかった事がある。まず……人間が魔物に勝ったわけじゃない。勇者が魔王に勝っただけという事だ。人間は未来できっと魔物達に負けるだろう。そして……美味い飯の時に酒が飲めないのは辛いという事だ」

 そう言葉にした後、クロスはグラスを傾け喉に流す。

 中身はただの水なのだが、それでも幾分か酒恋しい口を大人しくはしてくれた。


「前半は安易に同意出来ぬが……後半は全くもって同意だ。クロス殿が早く飲める様になるのを祈る。その時は少々良いワインでも開けて共に楽しもうではないか」

「それは楽しみだ。という訳でアウラ。どうしたら酒が飲めると認定してもらえるテストを受けられるんだ?」

 期待の眼差しを向ける二人を見て、アウラは溜息を吐いた。

「男の人ってのは本当……。食後ですし後で落ち着いた時にテストをしましょう。ただ……結果が出るのに一週間位かかりますからそれ位は待って下さいね」

 少しだけ顔を顰めた後クロスは頷いた。

「……おう。一週間だな。うん」

 そんなクロスの顔をアウラはジト目で見続けた。


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