異文化カルチャーショック
男は土の上に何もしかず、足を折り曲げる様地面に座り込んでいた。
いや、それは座り込むと呼ぶには適切ではない。
正しくは正座をしていると呼ぶべきだ。
この巨大な門の前で恥ずかし気もなく正座をしている男の名前は雲耀。
蓬莱を護る四方角の門の一つ、青竜門の正式門番長。
そして、正式な身分をもっているにもかかわらず魔王の名代に不祥事を働いた愚かものである。
その雲耀は今現在、地べたに正座をさせられ『私は偉いお方に喧嘩を売った大馬鹿者です』という看板を首からぶら下げさせられていた。
そしてその横ではクロスも『私は仕事を忘れて喧嘩を買った馬鹿です』と看板を掛けさせられている。
二人とも完璧に罪人扱いだった。
ちなみに、何故か堂々としている雲耀と異なりクロスは小さくなって俯いている。
恥ずかしいとか罪悪感とかではない。
クロスはただ単純に、正座で足が痺れて涙目になっていた。
「あの……うちの馬鹿はどうでも良いので名代様はその辺で……」
そう女性の門番が言葉にする。
それにエリーはにこりと微笑んだ。
「いえいえ。連帯責任ですから」
そう言葉にしてから、晴れやかな笑顔を浮かべるエリー。
その様子は、まごう事なきドSのそれだった。
「ですが……流石に名代の方にこの様な処遇を行ったというのは私共の風評に……」
そう、下手下手に出る門番の言葉にエリーは小さく溜息を吐き、見下す様な視線のままクロスに言い放った。
「もう良いですよ。ですが、クロスさん。今度は、名代という立場を背負っている事を忘れないで下さいね」
「はい……喧嘩をしてごめんなさい……」
めそめそ泣きながら、小鹿の様な足で、エリーにしがみ付きながらクロスはゆっくりと立ち上がる。
たった三十分程度であったが、それでもクロスは一人で立つ事すら出来ない程に足が痺れていた。
「んじゃ、俺もそろそろ――」
そう言葉にして立ち上がろうとする雲耀の肩を女性の門番は抑え、そのまま正座を続行させた。
「雲耀門番長は続行です。というよりも、正規の門番長という由緒ある身分を持っている貴方が、魔王名代様に喧嘩を売るってのはどれほどの不祥事かわかってます? せめて謝罪の意図は示し続けて下さい」
淡々と、芯から冷え切った目のままの言葉に雲耀はちぇーと呟き、正座を続行した。
「では改めまして、名代様。従者様。四聖門の一、青竜門の副門番長、緑音久芒の者、ハクと申します。あまり苗字を呼ぶ文化がないとお聞きしました。ですので、どうか気軽にハクとお呼び下さい」
そう言葉にし、ハクはぺこりと頭を下げた。
「わかりましたハクさん。よろしくお願いします」
そう言葉にし頭を下げるエリーの横で、クロスも震えながらぺこりと頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします。名代のクロス様とその従者であるエリー様。そして改めまして。蓬莱の里へお越し下さりありがとうございます。我ら青竜門の門番一同心より歓迎をさせていただきます。開門!」
そのその門番が叫ぶと、他の門番も叫び、慌ただしく走り回る。
そのすぐ後に、巨大な門が軋む様な音を奏でながらゆっくりと開かれる。
そして、開かれた先には百を超える門番が道を開ける様整列をし待ち構えていた。
「どうぞそのままお進み下さい。すぐ案内の者を付けますので」
ハクの言葉に従い、クロスとエリーはまっすぐ門番達によって作られた道を進んでいく。
ただ、よほど蓬莱の里が珍しいのかきょろきょろと好奇心の目を向けながら。
それを見て、ハクは名代様に楽しんで貰えそうだと思い内心で安堵の声を吐いた。
「……なあ。あいつら行ったしもう良いか?」
クロスとエリーがいなくなってからの雲耀の言葉にハクは大きく、盛大に溜息を吐いた。
「雲耀さん。現状がわかってます?」
「あん? 現状って何だ?」
「門番長の立場でありながら名代に喧嘩を売ったんですよ?」
「ああ。んで?」
「……現状だと、良くて罷免、最悪切腹ですけど」
「え? ……まじで?」
「残念な事に……」
と言っても、あの方々ならそんな事にしないでくれるだろうというのはわかっている。
それでも、その可能性が十分にあった為、ハクは雲耀に反省させるという意味も込め脅すようそう言葉にした。
「…………副門番長様。どうかお知恵をお貸し下され。俺の場合罷免でもクソジジイに間違いなく殺されちまうわ」
へへーと頭を下げ、地べたにつっぷす雲耀。
それを見て、ハクは小さく溜息を吐いた。
「はぁ。面倒ですけど……門番長の汚名をこのままにするのも好ましくないですし……とりあえず、今日は私の言う事には絶対服従。良いですね?」
「もちろんですとも!」
そう気の良い返事をする雲耀。
その軽薄な言葉がどれほど信用出来ないかを痛い程に理解しているハクは、わざとらしく大きく溜息を吐いた。
赤い色ではあるが明るい色合いではなく、茶色に近いというどこかシックな様子。
そんな屋根が特徴的な建造物群。
いや、それ以前に全体的に色合いがシックなのだ。
赤っぽい茶色だったり暗い灰色だったり。
そんな色合いの三角の屋根をした住居。
屋根についた波々した良くわからない物が瓦というらしい事は、門番から聞く事が出来たが良くわからなかった。
ログハウスという訳ではないのだが木材が良く目立つ建物達。
壊れそうで燃えそうな印象だが、どこかお洒落で異文化チックで。
それはそれで見るだけで別の場所にいるという旅行特有の高揚感をクロスは覚えた。
それ以外にも王都や人間の世界とは異なっていて気になる部分は非常に多かった。
上下一体になって体に纏わりつかせる服ややたら高さのある下駄というサンダル。
極めつけはやけに車輪のでかい牛の引っ張る馬車……いや、牛車と呼ぶべきか。
そんなものが街中を走っているのだ。
それは不思議な世界としか言いようがなく、ここが文句なしに別の国なのだという事をクロスは肌で体感していた。
そのままお上りさん気分のまま門番に案内され、クロスとエリーが連れてこられたのは甘味処という喫茶店だった。
『正規の案内の者が現れるまで少々お待ち下さい。その間好きな物を注文していてください。当然、お代はこちらで持ちますので』
そんな言葉に従い店に入ると個室に案内され、店員さんがニコニコ顔で注文を待ってくれる中メニューであるお品書きを見ている……のだが……現在、クロスとエリーは困っていた。
メニューに書いてあるのはやけに太い文字のみで、値段もどんな物かも書いていない。
辛うじてわかるのは団子位で後はさっぱりである。
「……どうしましょうかクロスさん」
困り顔でそう尋ねるエリー。
「……うーん。餅はわかるけど……汁粉? スープか? どして甘味処に? いや……そもそも茶はわかるが……書かれているの見た事ない茶ばっかだぞ……」
紅茶とすら書かれていない茶にクロスは首を傾げた。
「どうしましょう。頼んで食べられなかったら……いや頼みすぎたりしたら……」
そんな小さな心配におろおろとするエリー。
どうやらエリーは旅行慣れしてないらしい。
「んじゃ、俺に任せてくれるか?」
「え? ええ。それは別に構いませんが……クロスさんはどんな物かわかるんですか?」
「二割位しかわからんが、まあ対処法はわかってる」
「良くわかりませんがお任せします。正直どうしたら良いかさっぱりで……」
「ああ。という訳で店員さん。オススメ二人分お願い出来る? この辺りに来たの初めてだから初心者向けな感じで」
その言葉に、店員は愛想良く微笑み頷いた。
「わかりました。甘い物で駄目な物とかありますか?」
「ない。エリーもないよな?」
エリーがその言葉に頷くと、店員はさらさらと手元の注文票に何かを書き込んだ。
「ええ、ええ。ではすぐにお持ちしますのでお待ちを」
そう言葉にし、店員はぺこりと頭を下げその場を離れた。
「……そうですよね。わかる方が傍にいたんですから任せれば良かったんですよね」
「そうそう。と言っても、これで失敗した事もあるから絶対とは言えないが……まあ大丈夫だろう。さて、どんな物が出るんだろうな」
「お団子系の名前が多かったので小麦を練ったお腹に貯まる物が多いんじゃないですかね」
「ああ。餅もあったしなぁ」
「その『モチ』って何ですか? 私見た事もないんですけど」
「ん? そうだな。人間の時に一度食ったんだがな……まず、すげー伸びる」
「伸びる」
「そんで、めっちゃ白い」
「白い」
「後、喉にめっちゃつまりやすくてやばい。喉に張り付いて呼吸困難になるそうだ」
「……それは拷問道具か何かですか?」
「いや、味は良いんだよ。ああ……もう一つ欠点があったな」
「それは?」
「めっちゃ太る。女性陣が泣きそうな顔になってた」
「……悪魔の用意する食べ物ですらもう少し良心的ですよ」
微塵も食欲がわかない説明にエリーはそう言葉にした。
ありがとうございました。




