青竜門
蓬莱までの移動期間の事を振り返り、クロスは呟いた。
「長かったなぁ……」
その言葉にエリーも同意をし頷いた。
ジト目でクロスを見つめながら。
「ええ。クロスさんがあっちこっちにふらふらと寄り道をしましたからねぇ」
「……本当、色々な場所にいったよな」
「ええ。本当に。直通でしたら都市三つ程経由すれば行けたんですけどねぇ。何故か二桁程の都市に泊まりましたねぇ」
「困ってる誰かの依頼を受けたりってのは……俺としてはちょっと懐かしかったなぁ」
「ええそうですね。ただ、依頼主が少々外見の良い女性ばかりだったのはどうかと思いますけどねぇ」
「……困ってる誰かを助けるのは、元とは言え勇者の仲間としての義務だから」
「その困ってる誰かの男女比は一体どうなっていたのでしょうかねぇ?」
「……六四位?」
「八割は女性でした」
「……はは」
誤魔化し笑いと共にクロスはそっと目を逸らした。
じとー……。
そんな擬音が聞こえそうな程鋭い目を向けた後、エリーは小さく溜息を吐いた。
「まあ良いですけどね。本当に困ってる誰かをただ助けただけですし。でも、何か私に言う事ありません?」
「……迷惑を沢山かけてごめんなさい。それと、それでも俺のやりたい事を手伝ってくれてありがとうございます」
「はい。どういたしまして。ま当然の事ですけどね。私は貴方の騎士ですから」
そう言葉にし、エリーは微笑んだ。
あっちにふらふら、こっちにふらふら、ちょっとでも興味が惹かれればそこに寄り道は当たり前。
そんな道中なのだからクロスは積極的に街中での小さなトラブルに向かっていき、またそんな小さなトラブルに何度も巻き込まれた。
そんなクロスの旅は、エリーにとって割と困ったものであった。
ただし、それが嫌と思った事は一度もない。
こうして追及をするのだって、それはただ褒めて認めて欲しいだけ。
むしろ主が多少困った存在である方が世話の焼き甲斐があるとエリーは考えていた。
というか、衣食住という意味においてクロスはどれもエリー以上にそつなくこなす為にこういう時位しか従者らしくないのでエリーとしてはもっと困ったちゃんになって欲しいと思う位だった。
「にしても……あれは凄かったな」
そうクロスが言葉にすると、エリーは頷く。
色々な事があった今回の旅であっても……それでも、『あれ』と称する程にすさまじく、それでいて印象に残った事など一つしかなかった。
「ええ。……あれは本当に……何と言えば良いのか……」
エリーが困惑するしか出来ない事件だった。
別に何かが起きた訳ではない。
ただ、森の中にある隠れ里を発見し、そこでクロスとエリーが来賓扱いとして丁重に出迎えられただけの事。
非正規の村ではあるが、あまり外部の誰かを受け入れたがらない住民の性質に加えて何不自由なく生活出来ている為それ自体は何も問題ない。
というかその村は上手く運営出来ており困り事などのちょっとした問題すら何もなかった。
ただ、住民のインパクトがとんでもないだけだった。
クロスが二度と忘れる事が出来そうにない程に。
住民全員、狸の魔物。
それも人の要素が一切なく、また二足歩行もしない正真正銘の獣スタイルで、多少大きいもののどこからどう見ても狸にしか見えない魔物。
村民全員が小さな愛らしい姿で、とことこと四足で歩く。
そんな隠れ里だった。
ただ一点……獣ではなく魔物らしい部分が残っている。
その所為でこの村の印象はクロスとエリーにとって生涯忘れられない程だった。
それは声。
しゃべらないはずの狸が言葉を発しているのだからそれは紛れもなく魔物である。
しかも、普通に言葉を紡ぐだけではない。
彼ら村民の声は、何故か皆痺れる様な渋い声だった。
女性はハスキーで、男性はダンディで、老若男女問わずその全員が、重低音響くセクシーな声色をしていた。
外見は狸。
声はイケボ。
そんなミスマッチを通し越してアンバランスな彼ら。
ごく普通に招かれ、ごく普通に歓迎されただけなのに、今回の旅で最初の非正規の村よりも、盗賊に襲われた事よりも、印象が深くなってしまっていた。
「……ま、そんな旅も……ようやく終わったなぁ」
そう言葉にし、クロスはゴール地点である大きな門を遠目に見た。
丸太が使われている巨大な門と塀。
緑色に塗られた事を除けば粗雑で不格好としか言いようがなく、王都と比べるとその見栄えはあまりにも悪い。
まるで千年位は歴史の厚みが違うと感じる位だ。
ただ、だからと言ってこの門が劣っているという訳ではなく……むしろある意味においてこの門は王都以上に優れ理想的な作りとなっているとさえ言える位だった。
非近代的で、デザイン性が乏しく、外観を損なう程不格好な門。
それはつまり修復に重点を置いているという事であり、またそれだけこの門は幾度となく外敵からの攻撃を受け耐えてこの場所を守っているという事でもある。
そう考えると、この巨大な門もどこか武骨で、力強い様にクロスは感じられた。
「にしても、こんなに竹があるなんて珍しいな」
そうクロスが門の向こう側を見ながら言葉にすると、エリーは少しだけ驚いた顔をした。
「クロスさん竹を知ってるんです?」
「ああ。人間の世界でもそれなりにあったからな。とは言え、あれだけ見ごたえがある様なものではなかったが。
そう言葉にし、再度門の向こう側にある山を見る。
その山は竹による鮮やかで綺麗な緑色をしていた。
それ以外にも、門の向こうにはちらほらと赤い屋根や独特な雰囲気の建造物が見える。
どうやら観光という意味でも楽しめそうらしい。
クロスとエリーは独特の文化を見てそう感じた。
「蓬莱は元々『トウコク』という名前の国だったそうですが、魔王国の一員となる際蓬莱という名前に変わったそうです。まあ国じゃなくなって里になっても文化も人も何も変わってませんけど」
「ほほー。つまり外国みたいなもんか」
「一応国内ですけど文化的差異からそう考えても間違いはないと思います」
「それは楽しみだ。ま、とりあえず中入ろうぜ」
そう言いながら門に指を向けるクロスを見て、エリーは微笑みながら頷きアウラより渡された依頼書を取り出した。
「これを見せたらフリーパスで入れるはずなので門番の方に――」
そんなエリーの言葉を遮る様にどこからともなく見知らぬ男が現れ、クロスとエリーの前に立ち対峙する。
見たこともない軽鎧を来た門番とは異なり、ただボロボロの布を一枚身に纏っただけの姿の男。
大きな二つの角が生やした、見るからにわかる鬼の特徴を持つ男。
その男は、剣呑で緊張感のある空気を醸し出しながらクロスを見つめた。
「匂う……匂うぞ……。貴様からは戦働きにて生を重ねた者特有の……もののふの匂いがするぞ……」
そう、男はゆらりと動きながら言葉にし……腰に携える剣の持ち手を握りクロスに切っ先を向けた。
「……ちょ、ちょっと待って下さい。私達は別に怪しい者では」
「怪しかろうと怪しくなかろうと……そんな物俺には何の関係もないわ! ここに強者が来た。俺が来た。巡り合った。であるならば、する事などもはや一つ。この場にて語る言葉など児戯にも劣る」
男はそう言葉にし、独特の形状をした片刃の曲剣を構えた。
「……どうしましょうクロスさん」
エリーは元軍属であり、騎士であり、そして高いスペックを持っている。
それは戦闘能力という意味だけでない。
優れた素質、最高峰の種族特性、理想的な学習生活に加えてのスポンジで水を吸い上げるかのようにあらゆる事を覚えていくその姿。
今はアウラに勝てないと折れてしまったが、将来的には魔王となる事が可能な程の能力を持っている。
それはつまり、エリーは優等生であるという事だ。
だからこそ、その所為かエリーは意外と根が真面目であり、今回の様な良くわからない展開が苦手で対処するどころか流れに付いて行けていなかった。
頭が混乱し、対処を主に丸投げするエリー。
それがどれだけ愚かで駄目な選択であったのかに気づくのに、そう理由はいらなかった。
唐突に襲い掛かってくる蛮族。
それはエリーにとっては、理不尽以外の何者でもない。
だが、クロスから見れば異なっている。
クロスの目線では、目の前の鬼はただ喧嘩を売って来ただけの相手に過ぎない。
そして、売られた喧嘩をどうするかなんてのは、人であろうと魔物であろうと変わらないとクロスは考えていた。
「エリー。剣を貸してくれ」
クロスの言葉にエリーは首を傾げながら、そこそこの量産品である剣をクロスに預ける。
短めな代わりに重量を増し頑丈にしたブロードソード。
わざわざクロスの為にエリーが用意した今回の旅用の剣。
それをクロスは抜き、挑発めいた笑みを浮かべ鬼を見据えた。
「クロスだ。語る言葉は持たないらしいが、それでも喧嘩前に名前位は教えて欲しいね。ぶっ倒れた後聞くのは面倒だからな」
そんなクロスの挑発返し。
それを、鬼は嬉しそうに笑った。
「うむ! それでこそますらお! それでこそ男! それでこそ戦者よ! では名乗ろうぞ。我が名は雲耀! ただ剣を振るだけの愚か者なり!」
その言葉にした後雲耀は礼儀正しく頭を下げ、そして剣を構え直す。
直後、雲耀はまるでスライドする様な動きをしながら一瞬でクロスの傍に移動した。
「一手、頂いた」
その言葉と同時に、神速の刃がクロスに襲い掛かる。
想像以上に早く、反応が遅れ避けきれないと理解したクロスは一歩下がり、強引に剣を蹴り上げ挙動をずらした。
「なんと!?」
そう叫びながらも雲耀は剣を手放さない様手元に戻し、独自の歩法でクロスの剣の間合いから外に出た。
「……ちっ。こいつ、ただ早いだけじゃない。動くリズムが掴めん」
クロスの言葉に雲耀は微笑んだ。
「守り、崩し、そして切込む。初太刀に全てを賭けるが故の守りの剣。繰り返し放たれる必殺の一振り。それこそが我が流派東方青林剣の極意である!」
「……言葉の意味はわからんが……何かカッコいいな!」
流派とか、一子相伝とか、門外不出とか、そういう雰囲気を感じたクロスはそう呟いた。
「うむ! 俺も意味はわからんがまあそういう剣術と思ってくれたら良い」
そう言葉にした後、再度雲耀はクロスに襲い掛かり、それをクロスがカウンター気味に押し止める。
そんな殺し合いに近い事をしながらも、お互いの顔には楽し気な笑みが貼り付いていた。
「……あ、そっか。私達正式な来賓なんだし、そもそも門で襲われた訳だし門番に頼めば良かったんだ」
そうエリーは呟き、襲って来た馬鹿も馬鹿主も無視してくてくと門番の方に歩いて行った。
「という訳でアウラフィール・スト・シュライデン・トキシオン・ディズ・ラウル魔王陛下の名代として参りました。これはその証明である依頼書と名代証明書です」
そう言葉にしエリーは少し風変りな鎧を身に纏う女性に声をかけた。
その鎧は色合いが全体的に緑で、枠は金属だが大半の部分が草を練り合わせた物で作られているらしい。
植物を鎧にという発想はあるが、それでもその様に丁寧に草を重ねた鎧というのは非常に珍しくエリーは少し興味が湧いていた。
「は……ははっ。ようこそおいでくださいました。蓬莱の里、青竜門の門番を代表し名代様を歓迎させていただきます」
女性がガチガチになりながらそう言葉にすると、後ろに待機していた部下が同時に敬礼をしてみせた。
「はい。ただ、私は名代ではなく名代の従者なんですよ」
「それは失礼しました。では、その……名代様は…………」
女性の言葉はどんどん弱くなり、そして言い切らずに動きが止まる。
同時に、女性の顔色がどんどんと悪くなっていった。
「あの、もしや……名代様はあちらにいらっしゃるお方でしょうか?」
震えそうな声でそう言葉にし、女性はクロスと雲耀の戦いを指差す。
それにエリーは溜息を吐き、頷いた。
「という事で受けた主も主なのですが、良くわからない襲撃にあいました。急に襲い掛かってこられたので何か対処をしてもらいたのですが……」
「……申し訳ありません。その……本当に申し訳ないのですがこの場を動かす命令権が私には……」
「あら。貴方が門番で一番偉いと思ったんですけど違うんですね」
「はい。あいにく私は二番目でして……」
「あれ? 二番目なら命令権位持っているんじゃないんです?」
「はい……。持っていますね。一番偉い青竜門番長以外への命令権でしたら」
そう言葉にする女性の顔は真っ青を通り越し白くなり、そして泣きそうな顔で震えていた。
「……あの、もしやあそこにいるのが……」
「申し訳ありませんがその通り、伝統ある四聖門の一つ、青竜門を守る役割を持つ門番長の己龍雲耀でございます。はは……。本当に……申し訳――よし、腹を斬りますのでどうかそれでご容赦を」
そう言葉にし女性は正座をし、死を覚悟しきった顔で震えながら刀を取り出す。
それが本気であると理解したエリーは何度も繰り返し死のうとする女性を羽交い絞めにし、文字通り必死に説得を繰り返した。
ありがとうございました。




