意思なき魔物について
「……なんつーか、久しぶりって感じだなぁ」
蓬莱への移動中、大量の小鬼らしき種族に取り囲まれたクロスはそう言葉にした。
ローザの事をアウラとヴァールに任せ、クロスは再起動者による非正規の村に向かいローザの事を話すついでに支援物資を送り、今度の事について相談をした。
ローザのお陰でこの村は正規の村として認められ、これから逃げなくても良くなる。
そう伝えたのだが、村の住民は全員が半信半疑……いや、九割方疑いの心を持っていた。
どうせそんな事夢物語だという諦めの心と共に。
それだけ長い時間、代替わりを重ねる程にこの村は虐げられていた。
とは言え、助けると魔王が言ったからには、どうあがいても結果は覆らない。
魔王の言葉とはそんな軽いものではないし、アウラならば信用出来る。
厳しい所があるかもしれないが、クロスにとってアウラとは命の恩人であり優しき隣人であり、尊敬すべき主だった。
だからこそ、これでクロスの目的は概ね達成したと言っても良い。
ローザに家族が出来て、村が救われて。
とりあえずクロスが望みそうな事は全て、エリーが図面を引いて何とかした。
おまけでちょっとした事だが、クロスにも良い事があった。
村の住民達は意外とローザの事を心配していた事である。
本当に大丈夫なのか。
彼女は酷い目に遭ってないのか。
村から出ていって幸せになれているだろうか。
そんな村の知恵袋に対して心配する住民達。
なんだ、別に嫌われてないどころか慕われていたじゃないか。
そう思えた事が、クロスには何よりの報酬だった。
だからクロスは安心して、冒険の旅に戻る事が出来た。
そして村の事が片付き、本来の目的地である蓬莱にクロス達は向かった。
遅れを取り戻す為幾つかの町へは、商会キャラバンの護衛役を務めたりケンタウロス輸送隊に依頼したりという色々な地上の交通手段を使って。
そうして移動を始めて一週間――クロスとエリーは現在、何故か街道でゴブリン達に取り囲まれていた。
「げぎゃぎゃぎゃぎゃっ」
そんな木をこすり合わせた様な不快な鳴き声がする緑色の小さな鬼。
この状況はクロスにとって、本当に懐かしい事だった。
「久しぶり、ですか?」
クロスの印象にエリーはそう尋ねた。
「ああ。人間だった頃は良く襲われたからなぁ。こっちに来てからは……うん、初めてだわ」
そう、意思なき魔物と言われる存在に襲われたのはクロスが魔物となってからは初めての経験だった。
意思なき魔物。
人間であった頃区別はつかなかったが、魔物は二種類に分かれる。
普通に物事を考える力を持ち、コミュニケーションが取れる魔物と、今回の様に会話すら成り立たない、言葉通り意思のない魔物。
この二種類である。
人間だった頃は同一の存在、または種族毎の差と思っていたがそういう事ではない。
単純に、意思なき魔物という存在と同じ存在が人間の世界では該当するものがない為、人間には理解出来ず知る事もなかった。
そもそも、魔物という呼び方ですら意思なき魔物には合わない。
彼らはどちらかと言えば、機械に近いからだ。
獣以上に本能に忠実で、そして警戒心が薄い。
獣から理性と警戒心を取っ払った存在。
それが意思なき魔物である。
そうクロスは幼稚園で習った。
「まあ、意思なき魔物は数が減ってますからねぇ」
「そうなのか。ところでさ、こいつらってどうすれば良いんだ?」
「どうすればとは?」
「いや……まあ襲って来そうなんだし正当防衛だけど……殺して良いものかと……」
そう、クロスは困った顔で呟いた。
狭いコミュニティとは言え、クロスは魔物の世界で暮らして生きている。
だからこそ、多種多様な種族と親しくしている。
当然、ゴブリンもその一種族だ。
その友と同じ種族のゴブリンを殺すというのは後々気まずくなりそう。
そうクロスは考えていた。
「ふむふむ。ではついでに講義をしましょうか。題して意思なき魔物との付き合い方」
「わーわーパチパチ。エリー先生お願いしまーす」
「はいお願いされちゃいました」
そう言ってエリーは微笑んだ。
ゴブリンはグギャギャと会話らしい行動をしてはいるが、何故か襲って来る気配はなかった。
「確かに、意思なき魔物の同種族の方で殺される事を嫌がる方はいらっしゃいますね。ですが、それは極々一部でありむしろ逆の場合の方が多いです」
「逆って言うと?」
「クロスさん。もしこの場で意思なきネクロニアが現れて、私を手籠めにしようとすればどうします?」
「殺す。一片たりとも残らず殺す」
クロスはそう断言した。
「そういう事です。同族だとより腹が立ちません?」
「わかる気はする」
「そう、同種族であるからこそ、意思なき魔物の粗雑な行動を嫌う方は非常に多いです。例えばオークなんかがその典型です」
「ああ……」
クロスは納得してしまった。
人間であった頃、オークという種族の印象は非常に悪かった。
乱暴で、暴力的で、そして女性を欲望の為に攫う。
実際そういう被害もあった為、クロスはオークという存在をそう思っていた。
だが、クロスが魔物となって出会ったオークは大半がただ理性的なだけでなく非常に知的だった。
具体的に言えば常に敬語で話し本を持ち歩く様な……そんな逆の意味でクロスが付き合いにくいタイプとなっていた。
そんな彼らの印象が悪い事の原因が、意思なき魔物のオークの所為なら、オークはそうとう自種族の意思なき魔物を恨んでいるだろう。
「ちなみに法的にいえばですが、理由なく意思なき魔物を殺す事は一応罪になるのですがよほどの事をしない限り罪には問われません」
「よほどの事って?」
「千単位の虐殺とかですね。それでも器物損壊とかの方の罪ですけど」
「なるほどねぇ。んじゃ一個聞いて良いか?」
「はい。一応の講義ですからわからない部分は何でも聞いて下さい」
「ああ。……なんでさ、こいつら囲むだけ囲って襲ってこないんだ?」
そう、クロスはゴブリンたちをジロリと睨み言葉にした。
逃げ場がない様に囲って、今にも襲って来そうな雰囲気を漂わせて。
だからこそクロスもいつ来ても対処出来る様準備をしているのだが、一向に攻めて来る気配が感じられない。
邪気も感じるし下卑た笑いも聞こえる。
だけど、ただそれだけだった。
「さあ? 実力差を感じてるのか、それとも時間稼ぎなのか。私には分かりかねます」
エリーは興味なさげにそう呟いた。
「……もう一回聞くが、どうしたら良い?」
「お好きにどうぞ。ただ……街道に現れたという事はつまり、放置すれば誰かが犠牲になる可能性があるという事ですけど」
「昔なら気にもしなかったのだが……何かやりにくいなぁ」
ゴブリンの友がいるからこそ、クロスはそう考える。
そこでようやく、自分が人間でなく魔物である事を本当に受け入れられたんだなと思って小さく微笑んだ。
「そこは割り切って考えましょう。人間だって善人悪人と色々な人がいましたでしょ?」
「ああ。そう考えると確かにそうだな。難しく考え過ぎてたのかもしれん」
「ですです。んじゃ講義も終わりと言う事で……さっさと片付けて先に進みましょう」
そうエリーがめんどそうに言葉にするのを聞き、クロスは短剣を抜く。
合計三十体。
ゴブリンは十秒も持たず、綺麗に原形をとどめたまま絶命し邪魔にならない様街道横に除けられ、それを実行した二体は当たり前の様にそのまま街道をまっすぐ歩いて行った。
短くてすいません。
読んで下さりありがとうございました。




