要するに、一族郎党皆が親馬鹿
純血たる方を招く故に、魔王として正規の会談の場を開こうとしたのだが、あちら側、ピュアブラッド側からそれは遠慮された。
新たな同胞は市井の出と聞く。
ならばあまり仰々しくしない方が良いだろう。
そう考えたからだそうだ。
その為今回は魔王とピュアブラッドが集まるとは思えない程簡単な場、テーブルに座って飲み物と軽食を片手にしながら軽い談笑をするお茶会スタイルとなった。
そして朝、九時過ぎ位にその男は姿を見せた。
十一時予定の会談に、およそ二時間程早く。
待ちきれず早々来る事なんて簡単に予測出来る事だった為、アウラはいつでも招く準備は整えられていた。
この場のテーブルに着いているのは会場である魔王城の主アウラに主賓のローザ。
発見した張本人であるクロスに従者のエリー。
その四人の元に現れた男は、控えめな表現ですら美形となる様な煌びやかな男だった。
柔らかいサラサラの金髪に淡いながらも端正な顔立ちをした、貴族服の礼装を着た男。
その女性が羨む様な線の細さは病的なまでに白い肌とおそろしくかみ合っている。
そんな外見の為儚げな印象を持っているのだが……それ以上に強い存在感が醸し出されている。
存在そのものが規格外。
たった一目でクロスがそう察する位には、その男から放たれる圧をクロスは感じていた。
「時間まで待たせてもらうつもりでしたが……どうやら此度の魔王様は我々がこらえ性のない恥ずかしい性質であるとご存知だった様ですね。時間を守れず早々来た事に対しての謝罪を。それと、既に準備済みですぐお茶会を開いて下さった事への感謝を」
そう言葉にし、その男は派手な位仰々しく、それでいて気障ったらしく頭を下げる。
恐ろしい程に気障ったらしい所作なのに、それは恐ろしい程に似合っていた。
「いえ。ピュアブラッドの方々はご身内を愛していると存じております。どうか恥ずべきと言わず、誇って下さい」
そんなアウラの言葉に、その男は微笑んだ。
「ありがとうございます。では席に座る前に自己紹介。私の名前はヴァレリア・ガーデン。吸血鬼の始祖たる一体。今は赤薔薇のヴァールと自称しています。私が貴女の名前と同じ物を愛しているいう事ですので、今日は僭越ながら同胞の中で最初に貴女に会えるという名誉を頂きました」
そう言葉にし、ヴァールはその自称らしい真っ赤な薔薇をローザに手渡した。
棘のない、真っ赤で力強い薔薇。
それをローザは驚いた顔で受け取った。
「あ、ありがとう」
ちょっとした戸惑いを見せるローザに、ヴァールは笑顔で答えた。
「ヴァレリア様……赤薔薇……。まさか……『鮮血庭園』!?」
珍しく、アウラが叫ぶ様に声を荒げた。
「……その名前はあまり好きではないですが、そう呼ばれていた事もあります」
そうヴァールが返すとアウラは少し慌て気味に頭を下げた。
「も、申し訳ございません。二度と口にはしません!」
「いや、そこまで気にしなくても良いですよ」
そう言ってヴァールはニコニコと微笑んだ後、首を傾げているクロスの方に顔を向けた。
「クロス様、魔王様の態度が気になりますか?」
「んー。まあ気になる……気になりますけれど……別にまあ……お構いなく」
「無理に敬語を使わなくても構いませんよ。私なんてただ長生きしているだけですので」
そう言われ、クロスはちらっとアウラの方を見る。
アウラが頷いたのを確認し、クロスは口を開いた。
「わかった。そうさせてもらう。俺の方も様付けはいらない……というよりも様付けされる様なもんじゃないから出来たらやめてほしい」
「わかりましたクロスさん。ではわたしの事もどうか気軽にヴァールとお呼び下さい」
「わかった、ヴァール。よろしく」
「ええ。よろしくお願いします」
そう言ってヴァールは微笑み、握手をした。
これがどれだけの幸運なのか。
ピュアブラッドと対等に話せる事、親しく出来る事。
今回のヴァールは比較的ピュアブラッド外とも会話が出来るのだが、それでも何もない時ならこんな風にフレンドリーという訳ではない。
ローザを発見してくれたからこそ、ローザがここにいるからこそ、彼の機嫌は最高潮に高く、またクロスに友好を感じている。
それがどれほど稀有な事なのか、知らないのはクロスだけだった。
「それで……鮮血庭園についてですけど、まあクロスさんと同じです」
「俺と同じ?」
「ええ。自分に似合わない呼び名をされるのってあまり嬉しくないですよね?」
「わかる。超わかる」
虹の賢者クロスは迷わず同意した。
「そういう事です。私の家には赤い薔薇だけの巨大な庭園があるんです。それに合わせてつけられた異名なんですが……鮮血というのはちょっと……」
ヴァールは苦笑いを浮かべた。
「なるほど。そう言う事か。そりゃ嫌だよな。綺麗な赤い薔薇が好きでその呼び名は」
「ええ。そういう事です。後は……その呼び名が私が魔王であった頃の呼び名というだけですので大した事ではありません」
「そうそう。あはは……。ん?」
少しだけ間を置き、言葉の意味を噛みしめる。
そして、ちらっとアウラの方を見た。
見事なまでに、アウラは小さくなっていた。
「……おおう。そう言う事か」
クロスはアウラが畏まった態度となり、硬くなった理由を理解した。
「……今から三十二代程前の魔王様です。人魔大戦真っただ中でありながらも素晴らしい統治を行って民を笑顔にし、そして御存命のまま譲位なさった方です」
人間とは常時戦争状態だが、それが激しい時とそうでない時がある。
現在こちらは先代魔王を討たれ、あちらは戦争の被害があるから事実上の休戦状態となっている。
逆に、先代魔王が討たれる前の時の様に、勇者が乗り込んで来る程戦争が激化した時の事を魔物の間では『人魔大戦』と呼んでいる。
その時、つまり勇者が乗り込んできて暴れまわっている間であっても国としての機能を維持し、その上勇者を退け後続に譲った。
魔王の中でも相当に優れておりアウラが尊敬するに十分な存在だった。
ちなみに、大量の人間を殺しながらも自分は一切返り血を浴びず戦場を赤く染めあげた事に加え、魔王と呼ばれる事を好まなかった為ヴァールは魔王時代鮮血庭園という呼び名となっていた。
「そうか。……それでも、今は仰々しくしない方が良いんだな?」
「はい。社交界などといったそういう世界も嫌いではありませんが……恩ある貴方と新しい家族の前ではゆったりと力を抜きたいですから」
「そうかい。なら、そろそろ新しい家族に話してやってくれ。話しかけようかどうか悩んでいる様だからな」
そうクロスに言われると、ヴァールは困った笑顔を浮かべた。
「はは。お恥ずかしながら私も緊張してしまって。とは言え、年長者である私が逃げるのはあの子に悪いですものね」
「そうそう。……大切なんだろ?」
「ええ。わが命以上に」
そう言葉にした後、ヴァールは立ち上がってローザの元に移動する。
そしてその目の前で跪き座っているローザに目線を合わせた。
「初めまして。そして……ありがとう。生まれてくれて――」
震えた声のまま、ヴァールは感極まり涙を流す。
言いたい事があった。
伝えたい事も、伝える様言われた事もあった。
だけど、それ以上に出て来たのは感謝で、それ以上言葉を紡ぐ事が出来ない。
ピュアブラッドにとって同胞とは家族である為、新たな同胞の誕生とは我が子の誕生に等しい。
故に、どの様な事よりも優先すべきめでたい事だった。
「……本当に?」
ローザはそう、問いかけた。
「何が、でしょうか?」
涙を隠そうともせず、まっすぐローザを見つめながらヴァールは逆に問い質した。
「本当に私が生まれて嬉しい?」
大昔、色褪せた記憶に両親に喜ばれ可愛がられた記憶はある。
あるのだが……そんな記憶から記録に引き継がれた様な大昔の事など薄らとしか覚えていない。
そしてそれ以降は、生きていて、生まれて喜ばれた事などなかった。
だからこそローザは不安に思った。
本当に喜ばれているのだろうか。
フリなんじゃないだろうか。
そんな気持ちが、拭えなかった。
「……そう、ですね。とても嬉しいです。ただ……あいにく、私にはこの気持ちを伝える術を持ちません。だから……」
そう言葉にしてヴァールは立ち上がり、そしてゆっくりとローザを抱きしめた。
優しく、まるで細かなガラス細工を扱う様な手つきで。
それに驚きこそすれど、抵抗はしない。
八百年という時間を孤独に過ごしたローザにぬくもりを拒絶する事など出来る訳がなかった。
だからこそ、ローザは理解出来た。
ヴァールもまた、孤独を死以上に怯えて生きているのだと。
ローザもヴァールに抱き返し、体を預ける。
暖かくて、安心出来て。
本当に家族と思ってくれてる事が伝わって……ローザはヴァールの胸で静かに、こっそりと涙を流した。
数百年を取り戻すかの様に。
しばらく抱き合っていたローザとヴァール。
それが離れた時には、お互いどこか安心したような微笑を浮かべていた。
「すいません。感極まってしまって」
「気持ちはわかるから大丈夫」
そうローザが返すとヴァールはにこりと微笑み、元の席に座った。
「他種族の方から見れば変に思うでしょう。ですが、我々はそういうものなのです」
ヴァールはアウラとクロス、エリーに向かってそう言葉にした。
「ん? どこか変か? ちょっと家族愛が強いだけだろ」
そうクロスは言葉にした。
「……そう言って貰えると助かります」
「とは言え、甘やかすのは程々にな。何かダダ甘になりそうなんだよなヴァールは」
「へ? 甘やかすとは一体何の事でしょうか?」
「ん? これから一緒に暮らすんじゃないのか?」
その言葉に、ヴァールは驚愕した表情を浮かべ動揺を見せた。
「そそそそんな。そんな幸せな……じゃなくてそんな事。私は全部彼女の自由意思に任せるつもりですよ」
「ん? ピュアブラッドとして生きる上での注意点とか守る事とかないのか?」
「ありますけどそういうのは何千年という時間でゆっくり覚えていけば良いんです。今は自由に、好きな事をしてもらう事を私達は望んでいます。それこそ、一般の家で育ったり誰かと愛し合ったり結婚したり。本当に心の底から自由に生きて、しばらく日常を謳歌して欲しいと」
「そなの? 私はもう吸血鬼の世界で暮らすつもりだったけど?」
「ええ。私達ピュアブラッドは、同胞である貴女が私達の元に来る時、どういう生き方をしたのかを貴女の口から話される事を楽しみにしております。なので、その時まで是非とも楽しく健やかに、幸せに生きて欲しい。そしてその幸せを、貴女の口から伝えて欲しい。その為に、我ら百九十三体のピュアブラッドは今日を生きております」
ローザに対し、そう優しく、穏やかに、そして心の底から嬉しそうに言葉にするヴァール。
それがピュアブラッドの総意であると伝える為に。
だけど、ローザはその言葉に少し寂しそうな表情を浮かべた。
「……私は、ヴァールさんの元で暮らしたい……って思ってたけど……ダメ、かな?」
ローザが不安げに、寂しそうに言葉にする。
さっきの抱擁で気持ちは伝わった。
寂しさも理解出来た。
娘の様に思ってくれている事も理解出来た。
ならば……一緒に寂しい思いをする位なら、家族として一緒に暮らしたい。
そうローザは考えた。
その言葉を聞き、ヴァールは無言になる。
無言で、無表情のまま、上を向く。
つー……と、何かが顔から滴る。
それは鼻血だった。
「私と共に……。何と……」
譫言の様に呟き恍惚とした表情を浮かべるヴァール。
その様子は、まごう事なきヤバイ人……ならぬ魔物だった。
「大丈夫これ? いや色んな意味で」
そうクロスは呟いた。
「だ、大丈夫です。ただ幸せすぎて血が溢れただけですので。もちろん私は嬉しいです。でも、本当に好きな事をして良いんですよ? もちろん、ここで暮らす事もです。魔王城でなら色々な知識も学べますし楽しむ場所も多いですし。ねぇ魔王様」
「え、ええもちろん。歓迎しますわ」
唐突に話を振られ反射で相槌を打つアウラ。
半ば強制であるものの、それにはアウラとしても文句はない。
だが、ローザが欲しい物を用意出来るとはアウラは思っていない。
今、ローザが本当に欲しい物は……。
「ヴァールさんと一緒にいたいっていうのは、駄目かな?」
その言葉に、鼻血を垂らしながらぷるぷると震え何かを堪えるヴァール。
優男風イケメンが台無しである。
「あともう一つ……。わがままだけど……お父さんって……呼んだら駄目かな?」
それはもう、わざとと思える位のトドメだった。
ヴァールは感謝した。
神なき魔物の身である為、我らが種族と、そして此度の魔王と、そして彼らローザを連れてきてくれた者達に。
ヴァールは心から感謝を捧げながら、鼻から、口から、目から血を垂れ流した。
慌ててメイドを呼ぶアウラ。
おろおろとするクロス。
我関せずとばかりに平然とお茶を飲むエリー。
心配してヴァールを抱きしめるローザ。
そして、より悪化し大量の血液を失うヴァール。
場は文句のつけようもない位混沌としていた。
「……我が同胞よ。きっと君達はこの幸福過ぎる私を嫉妬するだろう。君達は今日来なかった事を後悔するだろう。だけど……それでも……我が生涯は……きっとこの日の為に……」
そんなヴァールの呟きはほとんどがこぽこぽと言った血が泡立つ音で消され、誰の耳にも入っていなかった。
ありがとうございました。




