幼きままに時を過ごした少女(前編)
本人にとっては意外な才能ではあるのだが、それでも、それは当たり前と言えば当たり前の事でしかなかった。
近接戦闘ならばクロスはそこそこの才能があり、ちょっとした兵士位の実力ならば十四、五歳で到達した。
とは言え、そこで大きな壁に行き当たった為その先に至るには相当以上に苦しく、常に壁を感じ続けてもがきながら成長していった。
確かにクロスは優秀だったが、それは早熟という意味であり最終的には凡人に毛が生えた程度の才能しか持ち合わせていなかった。
クロスは凡人が突き当たるであろう壁に全てと言って良い程ぶち当たった。
けれど、クロスはその壁を何度でもぶち破っていった。
決して諦めず、決して心折れず、理想となる手本と優しい仲間達から指導を受け、努力を怠らず、クロスは旅の中常に成長を続けていた。
つまりクロスは、凡人がどこで壁にぶち当たり、そして普通の人ならば諦めるその壁をどうやって破れば良いかを理解しているという事だ。
であるならば、それは指導役としてこれ以上ない程の財産であると言っても良いだろう。
だからこそ、クロスに戦闘指導の才能がある事なんて当たり前の事だった。
木製の棒がぶつかり合い、かん、かん、と乾いた音が鳴り響く。
そんな少女とクロスの一対一の打ち合いを子供達は真剣な様子で見つめていた。
「ほい、ほい……ほいっと」
異様な程あっさりと少女の猛撃を受け流すクロス。
それは子供達の尊敬を受けるのに十分な技量だった。
剣の道というのは残酷である。
子供達という無垢な瞳であっても容赦なく才能というものの存在の大きさを確認出来ていた。
遊戯であるなら多少の差異は気にならないし努力や運で何とかする事が出来る。
そもそも、仲が良ければよほどの差が出ない限り楽しく遊ぶ位なら何とでもなるからだ。
だがこと剣を振るという事に関してなら例え遊戯の内であっても最初の一歩からもう大きな隔たりが生まれてしまう。
同じ位の実力なんてのは幻想に等しく、その差は如実に現れ、そしてその差が覆る可能性は極めて少ない。
特に、最初の場合は思い切りの良さという才能がとても大きい物だとクロスは考えていた。
緊張なく、迷いや悩みもなく、ただ無心に思いっきり剣を振るう事が出来るかどうか。
たったそれだけの事であっても、出来る子と出来ない子という明暗は必ず生まれる。
今思いっきり剣を振れる子はある程度までは必ず成長出来、逆の場合は成長する前に心が折れる可能性すらある。
だからこそ、その思い切りも正しく才能だった。
その出来る子の中でも特に優れていたのが、今クロスと打ち合っている少女である。
子供達は角や牙、瞳等小さな差異以外は人間とほぼ同じ――。
だが、その角や牙を持つ分人間よりも優れた身体能力を持っている。
そんな中でこの少女は角や牙を持たず、完璧なまでに人間と同じ見た目をしていた。
その為かこの少女の身体能力は周りの子供に劣っていると言って良い。
それでも、その少女が剣を持てば他の子供達よりも強く一回り体の大きな男の子すら泣かせる程だった。
思いっきりが良く、鋭く、それでいて重い。
才能という意味の残酷さを如実に物語っていた。
そんな少女であっても、クロスには追い付かない。
子供達の中で最も強い少女であっても、クロスの足元にも及んでいなかった。
成熟した魔物だからとか、経験がとか、そういう次元ではなく何もかもが違うとクロスの戦い方から子供達は理解出来た。
親指と小指だけで軽くつまむ様に棒を持ち、片手だけでその場から一歩も動かずに少女から繰り返される攻撃を軽くいなし続けるクロス。
それは少女を馬鹿にして手加減しているわけではなく、少女の様な才能持ちにも技術と修練のみで追いつき追い越せるという事を皆に伝えたいのだと子供達は受け取った。
「ほいっと」
そう言葉にし、クロスは少女の持つ木の棒を自らの木の棒で優しく取り上げる。
クロスの持つ木の棒の先端にまるで溶接されたかのように直立する木の棒。
それは曲芸の様だった。
「お前ら見てたかー」
そんなクロスの言葉に、子供達は皆が頷き、拍手をした。
「よーし。んじゃお前らどうやったらさっきので俺が負けたかヴィシスと相談してみろー」
そう言ってクロスは先程の少女、ヴィシスの背を優しく叩いた。
「俺らがそいつに言う事ねーよ。俺らより強いんだから」
そう少年の一人が拗ねた口調でそう言葉にすると、皆が同様の気持ちであると訴えるべく頷いてみせる。
それにクロスは、小さく溜息を吐いた。
「お前らな、いっぱいいっぱいになる程緊張しながらも頑張った友達にそれは酷いぞ。それに外から見るのと実際に動くのって全然違うんだよ。それにヴィシスだって強いけどまだまだ粗がある。その粗を嫌味にならない様丁寧に伝える。そしてその知識を自分にも役立てる。そういう強くなり方もあるんだよ。こんなに沢山の話し合う相手がいるんだからそれを使わないのはもったいないぞ」
そんなクロスの言葉に不承不承ながら頷き少年少女はわいわいと話し合う。
子供達はヴィシスを中心し、褒めながらこうこうはどうだろうか、これはどうだろうかと相談し合う。
それをクロスは微笑ましい目で見つめていた。
「という訳で結論は『気付いたら同じ場所ばかり叩いていた』事が悪かったと思ったんだけど合ってる?」
少年が子供達の考えた反省点を纏めそう言葉にするとクロスは微笑み頷いた。
「ああ。疲れていたのか考えなくなっていたのか緊張感がなくなったのか。途中から足を止めてただ同じ場所、しかも正面を叩く様になっていたな。攻撃が通らないからこそ色々な場所から叩くのが大切なのに。極論ではあるが、叩く時常に相手の後ろから叩き続けたら常に有利に攻撃を続けられる」
「……でもそれ難しいし、例え出来ても凄く沢山動かなくないといけない?」
「そうだな。だからこそ、剣を振る時は剣よりも体力や下半身……足腰が大切なんだ。相手の倍動いて有利な立ち回りをする。全力で逃げて隠れて不意を突く。場合によっては本当に逃げる。相手より体力があるとそれだけ選択肢は広がるな」
そんなクロスの言葉に納得出来ない様な表情を子供達は浮かべていた。
子供達の中では相手より強くなって剣で打ちのめす姿が最も強いと考えているのだろう。
だが、その気持ちはクロスも良く理解出来た。
「ああそうだな。相手より強くなって、相手を打ち負かして正々堂々勝って。確かにカッコいいな。だけどさ、お前らが戦う時はかっこよさなんか捨てちまえ」
そう、クロスは今までの様な暖かい口調ではなく、脅す様な強く冷たい口調で言い放った。
「お前らが戦う時ってのはな、本当にどうしようもない時、緊急時だ。そういう時にかっこよさなんて求めている余裕はない。お前らが強くなりたいって言った理由を思い出して、そして最善を目指せ。敵を一匹足止めするよりも誰かの赤ちゃんを背負って逃げる方が絶対皆の役に立つ。そもそも、お前らこそが皆から見たら守りたい宝物なんだ。それを忘れないでくれ」
酷く冷たい声ではあったが、それは祈る様な、縋る様な声にも子供達には聞こえ……子供達は真剣な顔で頷く事しか出来なかった。
「……ありがとう。さて、そんな訳で切り替えて次は……っと。あっちにも女の子がいるじゃないか。ちょっとあの子呼んで来るからまってくれ!」
そう言ってクロスは遠くで独り本を読む少女の元に走っていく。
子供達が慌て、必死に静止しようとするその声は、逃げる様に走っていったクロスの耳には届かなかった。
黒いロングの少女……というよりも幼女はどこか儚げな様子で独り、木陰で本を開いていた。
風で髪が靡くと退屈そうな、つまんなそうな、そんな横顔が映る。
そんな幼女はこちらに走ってくる誰かに気づき、退屈そうな顔のまま顔を本から離す。
それと同時にクロスは幼女の元に辿り着き、幼女に目線を合わせる為にしゃがみこんだ。
「一緒に遊ばないかい? 他の子も皆揃ってるよ。もちろん、君が遊べる事をする。嫌な気持ちにはさせないからさ」
そう、クロスは優しく優しく言葉にした。
独りになるのは、一人になるのはとても辛い。
そんな事人間でも魔物でも一緒に決まっている。
子供は万能でも天才でもない。
ただ必死に生きているだけでそれに年齢なんて関係がない。
だからこそ、子供達であっても必ずあぶれ孤立する者が出て来る。
それを否定はしない。
否定はしないが……自分がいる時に何とか出来るならしておきたい。
独善であるとわかっていても、クロスはそう思わずにはいられなかった。
そんなクロスを見て、幼女はきょとんとした顔になった。
ただ、それはクロスの考えるきょとんとは少々異なる。
それは驚きや戸惑いというよりも……『こいつ何言ってるんだろうか』みたいな、そんな若干影が混ざった様な、そんなニュアンスが大いに含んだ表情だった。
そのタイミングで、先程の子供が一体、クロスの元に走って来て、そしてちょいちょいとクロスを手招きをする。
それにしたがいクロスが耳を貸すとこそこそと内緒話をする様なしぐさでクロスに語り掛けた。
「その魔物さん。村長よりも年上だよ?」
その言葉の後、クロスはそっと幼女に顔を向ける。
幼女は極めて冷静に、そっと、笑顔を浮かべた。
本当に、女性が怒る時は、笑顔になる。
それはクロスが人間時代に学んだ事だった。
クロスはすっと立ち上がった後、ふぅーとゆっくり息を吐き、そして遠くから心配そうに見つめる子供達に目を向けた。
「お前らー。訓練も兼ねてサッカーしてろー。例え木の棒でも保護者が誰かいない限り剣の訓練は禁止だからなー。ほら。お前も行ってこい」
そう、クロスは追い掛けてくれた少年に伝える。
その目は優しくて、とても清々しくて、そして諦めた様な目だった。
「クロスさん。ご武運を……」
そう言った後、少年は敬礼をし、サッカーをすべく全力で元の場所に戻っていった。
「……さて」
そう呟き、クロスは少女……に見える彼女の方を見る。
彼女はクロスを冷たい目で見ていた。
そしてクロスは……彼女の目の前そっと座り込み、ゆっくり、綺麗に体を畳み込んだ。
それはそれは……見事としか言いようのない土下座だった。
「……ローザよ。よろしくね救い主さん」
「クロスです。此度は真に申し訳ありませんでした」
女性に対して外見で判断するという致命的な失敗に対しての真摯な謝罪。
それをローザはくすりと笑った。
「受け入れましょう。と言っても、しょうがない事だけどね……。この外見だと」
そう言ってローザは自嘲めいた笑みを浮かべた。
低い身長、細い体。
それは一桁後半にすら見える程幼くて、こんな体なら間違えてもしょうがないだろう。
それ位ローザにもわかりきった事だった。
「ほんと悪い。そうだよな。そういう種族もいるよな」
その言葉にローザは悩む様な顔を見せ、そしてクロスに話しかけた。
「他に……本当にいるのかしら?」
「……ん? どういう事だ?」
「……はしたないかもしれないけれど、村の外にいる方に聞きたいの。相談に乗って下さるかしら?」
「ええ。俺に良ければ」
そう言って、クロスはローザの隣に座った。
ありがとうございました。




