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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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賢者より賢者らしい人


 それは在りし日の輝かしい思い出。

 今でも鮮明に覚えている大切な記憶。

 どれだけ時間が経とうと色あせない、クロスの宝物の一ページ。

 だからこそ……それを見ているクロスはこれが夢であると理解出来た。


 黄昏時、夕日に照らされ赤く染まる空の下で、一人の少女をクロスは見ていた。

 少女の名前はメリー・ネピ・アドル。

 見た目は少女なのだがれっきとした勇者パーティーの仲間であり、年齢不詳。

 普段は幼稚なフリをするがおそらく誰よりも精神年齢は高かったし、クロスがその年齢を知る機会は一度もこなかった。


 小柄で愛嬌が良く、いつもニコニコしているから本当に子供の様に見える。

 だが、今愛しそうに空を眺めているその顔は子供のそれではない。

 慈愛に満ち、優しくはかなげで、それなのにどこか妖艶さも秘めている。

 普段と違うからこそ、クロスはその表情に胸が高鳴っていた。


「綺麗だね」

 そう言葉にするメリーにクロスは黙ったまま頷いた。

 確かに綺麗な空なのだが……クロスはそれよりもメリーの方につい目がいっていた。


 可愛い。

 自分以外外見レベルが完璧な勇者パーティーにいるのだからそう思っても仕方がないだろう。

 だが、それがあまり良い事ではない事もしっかりとクロスは理解していた。


 婚約者であるソフィアは当然として、メディールとメリーも勇者クロードと仲が良い。

 もともとそういう関係であり、また背景事情も含めてそう纏まる様になっているからだ。

 国の為、そしてお互いの為に四人は公私揃って一緒の方が都合が良い。

 そこをひっかきまわすつもりもなければ横恋慕するつもりもクロスにはなかった。


 もしメリーの事を本気で愛していたのなら、クロスは動いたのかもしれない。

 だが、そこまで本気でメリーを女性として愛していたかと言われると否定せざるを得ない。

 恋心と呼ぶよりも淡い気持ちで、それは憧れに近かったのかもしれないと今のクロスは思っていた。

 ただ……やはり少しだけクロードに嫉妬してしまう。

 クロードの事は親友だと思っているしクロードとメリーの仲を祝福する気持ちも多いにある。


 それでも心のどこかに羨む自分がいる事に、クロスは我ながら呆れていた。


「……んー。何考えているのかなー?」

 気づけば、メリーは茜雲の見える空ではなく、クロスの方をじっと見つめていた。

 至近距離で、見上げる様にクロスを楽しそうに見つめるメリー。

 その顔はどこかいたずらっ子の様な顔だった。

「いや……何でもない」

 見とれていたとか、嫉妬していたとか、そんな事を言える訳がないクロスは微笑み首を横に振った。

「えー。そんな事ないでしょ。ほら、何を考えていたのかお姉さんに教えてよー」

「お姉さんって、この前は妹だからって言っておかず一品多く貰ってただろうが。一体どっちなんだよ」

「さあ。どっちが嬉しい?」

 そう言って微笑むその顔はわかっていてこっちをからかっている様にしか見えなかった。

「さあ。どっちでも良いさ」

「そ。んじゃどっちもという事で……それで何を考えていたの?」

 そう言葉にしてから話を強引に戻し、ずずいっと近寄ってくるメリー。

 見つめ合うという位に近づき、不覚にも頬が熱くなるのを感じる。

 そして――。


「おーい。何してるんだー!」

 そんな声が遠くから響く。

 それはクロードの声だった。

「おっと。そろそろ出発の時間かな」

 そう言葉にしてクロスはメリーから距離を取り、くるっと後ろを向いてクロードに手を振った。


「ちっ!」

 やけに大きな舌打ちの音が聞こえ、クロスは慌てて振り返った。

「ん? どしたの?」

 だがそこにいたのはいつものニコニコ顔となっているメリーであり、とても舌打ちを鳴らす様な顔には見えなかった。

「……いや。小枝を踏んだ音でも聞いたみたいだ。とりあえず行こうかメリー」

「うん!」

 そう言葉にして、二人は我らが勇者の元に向かった。


 クロスにとっての輝かしい思い出。

 偽りなき宝であった日々の記憶だった。





 貴族に歓迎された時に時々見て来た、白いテーブルクロスが掛けられたやけに長いテーブル。

 それが置かれた食堂にクロスは案内された。

 そこに入って早々、クロスは謝罪の為アウラにぺこりと頭を下げる。

「ごめん。寝過ごした」

 楽しい夢だったからか、時刻は予定よりも一時間は過ぎていた。

「いえお構いなく。そもそも普段の夕食はもう少し遅い位ですので。とりあえずお座り下さい」

 そう言葉にすると待機していたメイド……人間にしか見えないメイドがすっと椅子を引きクロスに座る様促した。

「ありがとう」

 そう言葉にして座り、クロスは対面にいるアウラを見た。

「……横ながーいテーブルなのに対面二人だけってのは何か変な感じだな」

 そう言葉にするクロスにアウラは目を丸くした。

「……確かに。いつも二、三人でしか食べないのに……。そう考えるとこのテーブルは不向きですね。……特に考えた事もありませんでした」

 そう言葉にするアウラにクロスは小さく噴き出す様に笑った。


「お恥ずかしい。私割と抜けているところがありまして」

「良いんじゃないですか? その位の魔王の方が親しみやすいですよ。……親しみやすい魔王って駄目でした?」

「いえいえ。私はそれを目指してますから。ですので今更ですが敬語とか良いですからね」

「はい。と言っても最初からまともに敬語使ってませんけどね」

 そうクロスが言うと二人は見つめ合い、お互いを笑い合った。


「そっちも様とか良いからね?」

「ですが、我々魔王はクロス様にとって加害者で……」

「ぶっちゃけ様とか賢者とか言われると尻の据わりが悪い。小市民には逆に辛いんだ」

「……失礼しました。ではクロスさん。これでよろしいでしょうか?」

「はい宜しいですよ」

 そうクロスが言うとアウラはくすくすと楽しそうに笑った。


「……仲睦まじい姿を見せるのは結構だが……私の紹介はまだかね?」

 後ろの扉の方からしゃがれた老人の様な声が聞こえるとアウラは慌てた様子となりクロスの方を見つめた。

「すいません。お食事ですがもう一人同席しても宜しいでしょうか?」

「良いけど……どちら様でしょうか?」

 恐ろしく威厳のあるその声に若干恐れながらクロスは尋ねた。

「あ、はい。すいません父です。ただの家族ですのでクロスさんが嫌というなら」

「まさか。家族は一緒にご飯を食べるものでしょう。むしろ俺が邪魔して良いのかという気持ちです」

「父もクロスさんと話すのを楽しみにしていたのでクロスさんが嫌でないなら是非と」

「こっちは大丈夫」

 アウラは安堵の息を吐き、ぺこりと頭を下げた後に席を立って件の人物を連れて来た。


「では、すまんがお邪魔させてもらうよ」

 そう言葉にしてから少し離れた位置に座る人物は、声の通り、威厳ある老人の様な風貌だった。

 真っ白い髭と髪ながら端正かつ力強い顔で、老人特有の弱弱しさは微塵も感じない。

 むしろその体格と全身を纏うアウラと同じ黒いローブの所為でいかにもな大魔導士感が出ている位だ。

 もしクロスが戦場でこの老人と会えば逃げるどころか死を覚悟しただろう。

 その位は威厳に満ち溢れていた。

 ぶっちゃけアウラよりよほどこっちの方が魔王に見える位である。


「それで食事の話ですけど……一応人間であった頃の食事と私達の食事、両方用意しましたがどちらが良いでしょうか?」

 アウラの質問にクロスは首を傾げた。

「どう違うんだ?」

「うーん。私達はそちらの食事を少々雑に感じます。ただ……これはたぶん育った環境の違いですので……私達の料理をどう感じるかは……」

「ふむ……材料は人の肉とか使ってるとかない?」

 その言葉にアウラは苦笑いを浮かべた。

「ありませんよ。ちなみに今日は牛肉がメインです」

「だったらそちら式の食事を味わいたいかな。旅の時は出来るだけ現地料理を食べる様にしていたからね。それも一種の醍醐味だし」

「ふふ。ではその様に……」

 そう言ってアウラが笑うと、老人が露骨なほどクロスの方を見つめた。

「さて、食事が来るまで年寄りに付き合ってもらおうか。良いかね?」

 拒否権の感じない問いにクロスは頷いた。

 頷くしかなかった。


「すまぬがワインを一杯くれ」

 老人は傍に立つメイドにそう声をかける。

 メイドも何時もの事の様にワインボトルを持ち、老人のグラスに向けて傾け真紅の液体を注ぐ。


 老人はメイドに軽く微笑みかけ、ワイングラスをくるくると回し香りと色を楽しんでから軽く傾ける。

 クロスの知る貴族でもここまでテイスティングが様になる人はおらず、その姿は紛れもなく高貴なる者だった。


「……悪くないな。さて、賢者殿……と呼ばれるのは嫌なのであったかな?」

 柔和な笑みを浮かべながらの老人の言葉に、クロスはしっかりはっきりと首を動かし頷いた。

 目の前の人物の方がよほど賢者という言葉に似合う。

 そんな人に言われても正直困ってしまう。


「では……自己紹介から入ろうか。私の名はグリュール。ラフィールの父、グリュール・ラウルだ。ラウルだとラフィールと私、どちらを呼ぶかわからぬからグリュール、またはグリュンと呼んで欲しい」

 そうグリュールから言われ、クロスは頷いた。

「了解ですグリュール様。俺……いや、私はクロス・ネクロニアです。クロスとお呼びください」

「あいわかったクロス殿。さて……今の会話でお互いの相互理解が足りない事がわかったな」

 そう言葉にしてグリュールはくくと楽しそうに含み笑いをしてみせた。

「グリュール様。それは一体どうして――」

「私にとっては良くある事なのだがね……魔王には比較的気兼ねなく話し、私にはガチガチになる。そこがおかしいのだ。私は先代魔王という訳でもない。むしろ一般人であったと呼んでも良い位だ」

 いやそれはない。

 そんな立派な一般人いてたまるか。

 そうつっこみたいのを堪え、クロスは曖昧に頷いた。

「お父様の外見でしたら仕方ないですよ」

 くすくすと楽しそうにアウラがそう言葉にするとグリュールは苦笑して両手を横に動かした。


「困ったものだ。ああ。そういう意味で言えばクロス殿と私は仲間かもしれぬな。慣れぬ賢者呼ばわりされるクロス殿と、誰からも不必要な敬意を払われてしまう私。似ている様な気もする……というのは失礼であったかな」

 そう言葉にしてから微笑むグリュール。

 それに対してクロスは少しばかり感じる何かがあった。

「……確かに、そうかもしれませんね」

 そう言葉にし、クロスはグリュールに微笑みかけた。


「あ、お父様。お父様の二つ名を伝えたらお父様の事がわかってもらえるのではないですか?」

 そんな娘からのアシストにグリュールはぽんと手鼓を打った。

「それは良い。クロス殿。こう見えて私はそこそこ有名でな、称号、二つ名をもっている。それを聞けば、きっと私がどういう者か理解出来るだろう」

「……伺っても宜しいでしょうか?」

 二つ名が付く事自体、よほどの人物である証なのだが……一体どのような二つ名なのだろうか。

 クロスは恐れながらそう尋ねた。


「うむ。この名前は誇らしく、そして気に入っておる。私の二つ名、異名、称号。それは――ハーヴェスターだ」

 自信満々な様子でグリュールはそう言葉にした。

 横でアウラも嬉しそうに微笑んでいた。


 クロスは少し考えてみた。

 ハーヴェスター。

 それは一体どういう意味か……。

 そして……クロスは老人の外見と一致するその意味に思い当たった。

 刈り取る者(ハーヴェスター)

 つまり死神である。

 その様な名前が付けられるという事は……ただ強いだけでなく味方からすらも畏怖された証なのだろう。


「ずいぶん……その……お強いのですね?」

 その言葉にアウラとグリュールが同時に首を傾げた。


「うーむ。どうやらまだ誤解がある様だ。どうしたら私が大した事ない存在だと伝えられるのだろうか……」

「どうしましょうかねぇお父様」

 そう言ってくすくすと笑うアウラ。

 それはわざとらしいいたずらっ子の様な姿だった。


「ああ。ラフィール、もしかしてわざと誤解させる様にしむけているのかね?」

「さあ。ですが……お父様は自分の職業を名乗り忘れてるなとは思ってました」

 その言葉を聞き、グリュールは少しだけバツの悪そうな顔をした。

「ああ、クロス殿。言い忘れていた。私は昔から農家をしている」

 少し早口で恥ずかしそうに伝えるグリュールの様子を見て、ようやくクロスは豊穣者ハーヴェスターという言葉の正しい意味を理解した。


ありがとうございました。

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