お兄さんと一緒
二十九体の成熟期を迎えた魔物に加え、未成熟形態の魔物が十体。
彼らは種族的には魔物であるものの何か特定のリッチやゴブリンなどと言った種族という訳ではない。
デザインは人間体に等しく、多少の変化はあるが人から大きく逸脱してはいない。
全員が戦闘に長けておらずその気性の穏やかさは農村特有と考えてもまだ余りある。
そして全員が墓地を復元地点とする再起動者。
複数の種類が入り交じった事による種族特定不能に加え、再起動者という特徴により相当の被差別対象となったと考えられる。
そして現在、彼らは襲撃に遭い住居を復元中である。
情報を纏めた後、エリーはクロスに事実だけを伝えた。
このままだと大した支援は貰えそうにないと。
クロスが持つ魔王名代という立場は非常に強く、多少の無茶はごり押しで叶えられるだろう。
だがそれでも、現状この村に出来る事と言えば数か月分の食事と人数分の毛布と服を提供する事位だった。
理由は恐ろしく単純な事で、この村が魔王国に対して何か返してくれると期待出来ないからだ。
正規の村であるならば、こんな考えをする必要はない。
助けてくれという声が届いたなら、そのまま適切な支援が飛んでくるだろう。
だが、ここは非正規の村。
勝手に作って勝手に住んでいるだけであり、それは国として見れば不法侵入に限りなく等しい。
それでも、クロスの一声があればそこそこの復興支援を行う事も不可能ではなかった。
この村がもう少しマトモな状態であったなら、という枕言葉が付くが。
例えば畑から取れた特産の余りを魔王に献上する等をして村として正しく運営出来てますという証明が出来たなら幾分かの支援を取り付ける事が出来た。
クロスの立場に加え、アウラには敵わないものの多少の謀が出来るエリーならば、その位は出来ただろう。
だが、現状この村に残された物は何もない。
村はボロボロで明日の食事にも悩む状況で、本当の意味で助けが必要なのに助けを求められない。
それが非正規という事の本当の意味。
例え彼らが望んでそうなった訳ではないとしても、そうなってしまった以上国として助けようがなかった。
魔王の手は、アウラの手はどこまでも伸びる訳ではなく、多くを助ける為にその手を伸ばす方向も自然と定まってしまう。
そして、この村はその隙間から零れ落ちる存在でしかなかった。
クロスはエリーに尋ねた。
どうにかこの村を助ける手段はないか。
正式に村として認可を受ける方法はないか。
エリーはそっと、首を横に振った。
非常に嫌な言い方になるが、これ以上ない程シンプルな答え。
その様な無茶を押し通すならば国にも何らかの飴がない限りは不可能なのだ。
それはただ賄賂を寄越せと言っている訳ではない。
功績でも人材でもどんな形でも良いから特例を納得させられるだけの何かを用意しろという事である。
クロスがエリーを譲り受けたあの時の状況がわかりやすいだろう。
そこまで大げさな事でなくとも、国として支援しようと思う様な何かがこの村にない限り、国は大きく動けない。
そして、この村にそんな価値のある物なんて、ある訳がない。
差別の対象として見捨てられ逃げ延びてきた魔物達に、そんな余裕ある訳がなかった。
クロスという存在は人間の頃から決して無能ではなかった。
むしろ平均から逸脱する位には優秀な方である。
ただ、比べる対象が悪かった。
オンリーワンかつナンバーワンで人類最高峰である勇者達とその仲間。
頑張れば軍でも将軍階級に届いたであろうクロス。
そりゃあ、比べたら差が付くのは当然だ。
それでもクロスは仲間だったからこそ、自分の能力のなさに嘆き常に上を目指しひた向きに、がむしゃらに強くなろうとした。
だが、逆の視点から見ればどうだろうか。
ただの村人からクロスを見れば、一体それはどう見えるだろう。
人間達はクロスが勇者のお零れ、下男、タカリであると考えていた為そういう発想はなかった。
そういった色眼鏡がなくなった魔物生活の今、クロスは一体どう見えるだろうか。
村を滅ぼさんとする集団を単独行動で瞬殺。
そしてそれに驕らず村の復興支援の手伝いを下手に申しでて、料理も応急処置も村の誰よりも手際が良くて、どの仕事をしても優秀な結果を残した。
しかも、休みなしに立て続けに。
どれだけ重労働をしても汗一つかかず次の仕事をこなすクロスは村民から見れば優れ過ぎていた。
そしてその結果……。
「やりすぎた……」
そう呟き、クロスは一人座り込んだ。
以前なら勇者達がいたから止めてくれたのだが、今回はいない。
だからこそ全力で手助けをしようとしてしまい、そしてその結果が村民の仕事を奪いすぎるというものだった。
これをやりすぎると、村民が働かなくなる。
現にクロスに好感を持ちつつだが村民達も自然にクロスに頼る様になっていた。
今は良いがこれ以上になると大恩ある方に嫌な思いをさせてしまうやもしれん。
そう危惧した村長は非常に下手に出ながら、申し訳なさそうにクロスにお願いをした。
『手伝いが必要な時はこちらから言わせて頂きますで、どうか休んでもらえないでしょうか?』
そんな事を言わせてしまった事がどうしてか何となくだがわかるからこそ、それが何よりもクロスの心に罪悪感を植え付けていた。
「……お兄さんどうしたの?」
どう見ても落ち込んだ様子をしているクロスにくるんと丸まった角をこめかみ辺りから生やした少年が話しかけて来た。
「んー。どうもしてないよ。ちょっと……」
「ちょっと?」
「んー。他の魔物達の分まで仕事を取っちゃったから怒られただけ」
そう言ってクロスは困った様に笑った。
「そかー。んじゃお兄さん暇なの?」
「うん。暇だよ」
傍にエリーはおらず、また仕事を手伝う事も出来ず。
それは正しく暇という言葉以外では表現できない状況だった。
「じゃお兄さん僕達と遊ぼ?」
そう言って少年はクロスの袖をくいくいと引っ張る。
クロスがこくんと頷くのを見ると、少年はぱーっと笑い、仲間達の元にクロスを引っ張っていった。
クロスが子供達の遊び場に行くと子供達は皆ぱーっと目を輝かした。
「お兄さん! 村を守ってくれたお兄さんだ!」
そんな声と共に、クロスは子供達に纏わりつかれる。
その中にはクロスを呼びに来て、そして昨日まで倒れていたあの少年も混じっていた。
「おや。もう大丈夫なのかな?」
そう言葉にしてクロスはその少年をひょいと抱え上げた。
「魔法使いのおにーさん! うん。もう大丈夫。だけどまだちょっと疲れてるかな」
「あれだけ頑張って疲れただけなら大したもんだ。良く頑張ったな」
そうクロスが言葉にして少年を下ろすと、少年は周囲の子供達から「すげー」と尊敬の声を集める。
それを少年はえへへと嬉しそうに笑って受けとめた。
「んで、何するんだ? 何でも付き合うぞ」
そうクロスは子供達に声をかけた。
「お兄さんが子供の時はどんな事してたの?」
少女がそうクロスに尋ねると同様の意見らしく子供達は皆、好奇心に目を輝かせクロスの方に強い純粋な視線を向けた。
「あー。……樽乗りとか好きだったな俺は」
その言葉に子供達は顔を見つめ合い、そして全員が首を傾げた。
「何それ?」
「え? 知らない? 誰かと樽に乗ってバランスを取ったり転がしたりする遊び」
「……危なくない?」
「偶に壊れる。そしておとな……親とかに怒られる。それもそれで面白かったもんだ」
「お兄さんは不良だったのね!」
そう言って少女はわざとらしく驚いた。
「んーしょっちゅう怒られてたし……かもしれんな」
「……他にどんな遊びをしてたの?」
「おや。悪い事に興味があるのかな?」
「……やろうとは思わないけど……ちょっとだけ……」
そんな小声にクロスは微笑んで頷き、目隠し鬼ごっこやとび馬、コマ回しやシャボン玉遊びなど人間だった頃にした遊びを幾つか子供達に説明した。
シャボン玉等の遊びはこっちでもあるらしく、子供達は楽しそうにシャボン玉を飛ばしクロスに見せた。
「ほうほう。良く飛ぶしなかなか割れないなー。凄いね君達。逆にさ、他に君らはいつもどんな事で遊んでいるんだい?」
そう言われ、子供達は幾つかボールを取ってみせた。
「皆ボール遊びが好きだよ」
「ほうほう……。それでどうやるんだ?」
そうクロスが尋ねると子供達は皆集まってひそひそ話を始めた。
知らないみたいだから……一緒に遊べる奴……野球は難しい。だから……うん。うん、じゃそれで。うん。そうしよう。
そんなひそひそ話の後、子供達はクロスの方を見つめ、一斉に言葉を投げかけた。
「サッカーしよ!」
「教えてくれるなら」
その言葉に子供達は全員がぱーっと笑顔になり激しく頷いて答え、皆で取り合いになる様もみくちゃにしながらクロスをサッカーの出来る場所に連行した。
「あの柱と柱の間のゴールにボールを入れたら一点。逆にこっちの同じ物にボールが入ったら相手に一点。おーけー?」
眼鏡をかけ獣の耳を生やした少年がクロスにそう説明した。
それに頷き、クロスは周囲を見る。
子供達は既に各自、自分のポジションについている様だった。
「オーケー。んで、投げたら良いのか?」
「のーのー。ボールに触れて良いのは足だけー」
「要は球蹴りみたいなもんか。オーライ。俺はどこに行けばいい?」
その言葉に少年は眼鏡を光らせた。
「ゴールに叩き込む役、道を開く役、守りに徹する役。どれが良いですか?」
「どれでも良いのか?」
「もちろん。手加減もいりませんよ。僕達のチームよりあっちの方がはるかに強いですし」
「ならゴールに叩き込む役が良い」
「おーらい。キノール……そこにいる牛角の女の子と同じ様に動いて下さい。不味ければその度に適宜説明します」
「わかった。それじゃお前らよろしくなー!」
そう叫んでクロスがそれっぽい位置に付いた瞬間、ゲームは始まる。
およそ三十分後。
幸か不幸か、クロスが全力を出しても子供達がしらける様な結果にはなっていなかった。
慣れないなりに身体能力の高さでエースになるクロスのチームと子供とは言えチーム全員がそれなり以上に上手い相手チームの実力は良い感じに相殺され、大体同じ位の実力となり子供達も今まで以上に楽しくゲームを遊ぶ事が出来ていた。
「八対九か。悪い。負けちまったな」
点数板を見たクロスはそう呟き、頬を掻いた。
それにチームの皆は首を横に振った。
「ううん。こんなにいい勝負が出来たのは初めて。それに……僕初めてシュート入れられたし」
そう、眼鏡をかけた獣耳の少年は恥ずかしそうに呟いた。
沢山調べて、沢山頑張って。
それでも、あまり上手くなれなかった。
そんな少年は今日、凄く上達出来た気になれた。
クロスが一緒に遊んでくれたから。
勇気を出して前に出る様言ってくれたから。
「そうか! そりゃ良かったな。んじゃ次は二点入れる事が目標だな」
その言葉に少年はこくんと頷いた。
「んで、そっちは本当上手かったなー。どうやってあんな上手にボール動かすんだ?」
その言葉にクロスをこの遊び場に引っ張って来た少年が答えた。
「沢山練習して、沢山勉強して。後自分が何が得意か知る事が大切だってパピーが言ってた」
「自分を知る?」
「うん。僕達は種族もわからないから得意な事がわからない。だから得意な事を探して、見つからなかったなら作る。それが大切なんだって」
その言葉に子供達皆が頷いた。
「なるほどねぇ。そいや、俺種族わかるのに自分の種族が得意な事良くわからないや」
そう言ってクロスは自分の片角を触ってみた。
「魔法使いのおにーさんは戦うのが得意なんじゃないの?」
そう、クロスをこの村に呼んだ少年が尋ねた。
「んー。どうだろう。これは種族による才能という訳でもないしなぁ」
「そうなの?」
「ああ。技術と反復練習である程度なら誰でも出来ると思うぞ?」
「……弱い僕でも、出来るかな?」
その言葉に、その目にクロスは驚いた。
母を置いて逃げる事しか出来なかった少年はクロスをこの村に呼べた。
確かに村を救う事が出来た。
だけど、もしあの場で自分が戦えてたら、戦う事が出来ていたら。
そう、少年はクロスの強さを知って考えてしまった。
その少年だけじゃない。
ここの村にいる魔物は悲しい事に皆弱い。
それなのに、それでも、皆自分達を守る為に逃がしてくれた。
だからこそ、子供達は強くなれるかもという言葉を聞いて、皆が思った。
守ってくれる皆を守る為に、僕達は強くなれるだろうかと。
そして、その目をクロスは知っていた。
「絶対なれるさ。その目をし続けられるならな」
そう、クロスは断言した。
その誰かを守る為に強くなろうとする、誇り高い目を見ながら。
「という訳で無茶をしない様に学ぶ為まずはちゃんばらごっこから始めようか! 大丈夫。一からちゃんと、覚えたい奴みんなに教えてやるよ」
そう言葉にするクロスを見つめる子供達の目は、本日最も輝いた宝石みたいな目になっていた。
ありがとうございました。




