混ざりものの村(後編)
村の迷惑にならぬ様エリーと交代で村を警備しながら野宿をしたその翌日朝、クロスは村の皆に復興の手伝いをしたいと申し出た。
体力には自信があるし汚れ仕事でも問題ない。
初心者に毛が生えた手習い程度で良いなら建築でも農業でも治療でも何でも出来るしやってみせる。
そうクロスが頼みこんだのだが、村の皆は良い顔をしなかった。
とは言えそれは当たり前の事である。
村を救ってくれたという大恩あるお方に雑用などさせる事に抵抗のない者などいる訳がなかった。
たしかに村は現状全く余裕がなく困り果てている状況であるのは確かだが、それでも助けてくれた方にたかるのに対し罪悪感を持たない程村民達は落ちぶれたつもりはなかった。
そんな事を丁寧に返してくれた村民に対しクロスは非常に驚いた。
人間であった時、こんな丁寧な返しを受けた事がない。
信用出来ないから、機密があるから等の理由で断る、何てことの方がマシな位であり、大多数は手伝う事が当然と考えお礼すら言わなかった。
力があるんだから手伝うなんてのは当たり前。
どうして私達が仕事を終えるまで待たないといけないのか。
あんたは勇者の雑用なんだから。
税金で生きているんだから村人に尽くすのは義務だろう。
そんな、やってもらって当たり前という考えが非常に多かった。
村人も困っているのだからそれ自体は問題がない。
だが、それでも助けるのが当たり前という考えで動かれて良い気のするわけがなかった。
だからこそ、尚の事クロスはこの村の為に何かしたいと考えた。
ちゃんと自分を見てくれて、お礼を言ってくれて、そして困っているこの方々の為に。
そしてそこから五時間程経過したその日の午後……。
「あんちゃんそっち頼むわ!」
そうクロスは声をかけられ、手を挙げて答えた。
「あいよ親方。あっちだな!」
そう言葉にし、クロスは言われるままにとんてんかんとトンカチを振るい木と木のパーツを組み合わせていった。
「親方は止めてくれや! 俺はただの農家だぞ」
そう言ってリザードマンはゲラゲラと笑った。
「でもその農家が今やこの村での復興棟梁、大工の陣頭指揮だろ?」
「ま、納屋にしろ牛小屋にしろ俺は自分で作ってたからなぁ。家畜も畑も焼けたしこの村にゃ農家も多いし……これから大工として生きるってのもありか」
「今は緊急時だからしょうがないけどやりたい事をやるのが一番だろ。親方はどっちが良いんだい?」
「あー。そうだな……そこまで真面目に考えた事ないんだよな。農家しか出来なかったから農家してただけだし。ただ……」
「ただ?」
「こうして皆に頼られるってのは悪くないと思う現金な俺はいるな。……大工として一からやり直すか」
「頑張れ親方! んで次は何すれば良い?」
「……あんちゃんも仕事はえーな本当。こっちはしばらく仕事ないから他の手伝いに行ってくれ」
「あいよ。んじゃ親方またな!」
そう言ってクロスは駆け足でそこから離れ、別の困ってそうな村民を探し始めた。
「……さて、やるか」
そう言葉にし、リザードマンは木材の加工を始めた。
誇らし気な笑顔を浮かべながら。
「……見事に……馴染みましたねー」
別の場所で誰かの手伝いをしているクロスにエリーはそう声をかけた。
手伝いを断られてからまだ五時間しか経っていない。
にもかかわらずクロスは元から村民であったかの如く村復興の手伝いを行っていた。
「あー。すまんなエリー。暇にさせちまったな」
ちまちまと羊毛を編み糸状にしながらクロスがそう言葉にするとエリーは苦笑いを浮かべた。
「いえ。感心しているんです」
そう、エリーは驚き感心していた。
助けるだけなら簡単である。
こっちの方が立場が上だから手伝うと無理やり申し出たら向こうは断れない。
その場合村民達は皆が必ず萎縮するだろう。
だが、今の村民達にはそんな気配はない。
クロスは誰も萎縮しない様に、嫌な思いをしない様にするーっと自然に村民に溶け込んだ。
誰かを従える立場にいたエリーだからこそ、それがどれほど難しいかを良く知っていた。
そして、感心するポイントはそれだけではない。
「ほい終わり。おばちゃんこっちは終わったよー!」
羊毛を紡いで紐状にし専用のスタンドに巻きつけたクロスはそう叫び手を振った。
「あら若いのに早いわね。ありがとうお兄さん。こっちは良いから他の手伝いに行ってくれないかい?」
「あいよ。おばちゃんも頑張ってな」
そう言ってクロスは立ち上がってエリーの方に近寄った。
「本当、何でも出来ますねクロスさん。私も不器用な方ではないはずですけど……」
料理洗濯などの基本技能から大工や応急処置、赤子の世話からさっきの様な糸紡ぎに裁縫。
本当にクロスは文字通りなんでもこなしていった。
「器用貧乏な人間だったからな」
そう言ってクロスは苦笑いを浮かべた。
「正直相当凄いと思うんですけどねぇ」
「そうでもないさ。俺だけしか出来ない事って何もなかったし。ってそれは良いんだ。エリーは……どうしようか? ずっと待たせているのも悪いし先に王都に帰ってるか?」
そんな事を心配そうな顔をしてのたまうクロスに、エリーは冷たい目を向けた。
「閣下。私は閣下の忠実なる騎士。その私に役割を放棄し帰れというのは最大級の無礼であるとお考えの上での発言でしょうか?」
わざわざ閣下呼びする辺りでエリーが本当に怒っている事を察したクロスは両手を合わせて頭を下げた。
「すまん。悪気はないんだ。ただ、午前中から五時間、ずっと待たせているから手持ち無沙汰じゃないかと」
「いえ。村の方や手伝っているクロスさんには申し訳ないのですが調べたい事があったので午前中は観察していました」
「観察?」
「はい。クロスさんが村を手伝うと決めた時点でこの村の今後の事を考えないといけないかと思いまして。それで村の様子を」
「ふむ。エリー。それは村の方々が困る方向性では……」
クロスはエリーが村を潰す方向で考えていないかと心配しそう尋ねた。
「村の方がよほど酷い事をしていない限りそれはないのでご安心を。ただ、少しばかり気になる事がありますのでクロスさん。村長宅に向かいますので少々ご同行をお願いします」
その言葉にクロスは頷き、クロスとエリーは横並びになって村長宅の方に歩き出した。
「それで、気になる事って何かこの村にはあるのか?」
「はい。非正規の村自体はぶっちゃけ珍しい事でもありません。村が分裂したり、大勢が纏めて追い出されたり、どこかの地方で飢餓が起きたりとそれが起きる理由自体は多いです。ですが、この場所で、というのは変なんです」
「この場所?」
「はい。歩いて王都に行ける程の距離に非正規の村が出来る事、また存在している事がです。王都周辺地区はそれなりに発展していますから。アウラ様が統治して早五年、この周辺は間違いなく平和で食料も多く安定しています」
「ふむ……。つまり、こういう村が出来る土壌はないと」
「というよりも、何か別の要因があるという事です」
「……例えば?」
「犯罪を犯した方々の集まりなど」
その言葉にクロスは迷わず反論した。
「でもここにいるのは……」
「はい。見る限り善良ですね。クロスさんを利用しようともしない位に。でも、それも変なんですよ」
「……どうして?」
「だってクロスさん。ここで名前名乗りました?」
その言葉でクロスは気づいた。
誰にも名前を聞かれていなかったという事に。
「……つまり?」
「名前を聞かれないのはあまり深入りしたく……いえ、まあ推測や推理を飛ばして結論だけで言いますと、ここにいる魔物達は善良ではあるけれど逃げ隠れる必要がある方々という事です。そしてそれを詳しく聞く為に、ここに来たんです」
そう言葉にし、エリーは焼けて屋根がなくなった村長宅の焦げたドアを叩いた。
村長と呼ばれる老爺は人間で言えば小柄な方だった。
小さくて、髪も髭も真っ白でニコニコとしていて。
ただそれでも、その圧迫感は凄まじくとても小柄な存在を相手にしているとは思えない。
その理由は本来人にはない物、本来の人より多いソレ。
両肩付近から生えている三本目と四本目の腕によりクロスは村長がやけに大きく見えていた。
「おや……。救世主様方ではないですか。このおいぼれに何か御用が?」
村長の言葉にクロスはエリーの方を見つめた。
「私の方から少々……今後についての相談が御座いまして」
その言葉に村長の笑顔は曇り、そっと、村長は横に除けた。
「どうぞ、家の体を成してはいませんが中に」
その言葉にクロスとエリーは頷き、おそらく作ったばかりであろう少しがたつく椅子に座った。
「単刀直入に尋ねます。一体どんな理由で貴方は非正規の村を運営する事になってしまったのでしょうか?」
そうエリーは村長が座ると同時に訊ねた。
これがもし、無学の魔物だけの村であるならそういう事もあるだろう。
悲しい事に魔物社会においてであっても学ぶ機会のない種族は多いからだ。
そして無学の魔物達の集まりなら、村を作るのに認可がいる事も知らなくて当然。
その辺りの事を午前中の時間を使ってエリーは調べ、確認し、そして確信した。
この村は間違いなく、十分な知識を持った魔物が運営をしていると。
そうなると非正規という事の意味とデメリットも大きく理解しているはずである。
だからこそ、エリーは早々にその問題点を知る為に訊ねてみて……それに対し村長は小さく息を吐き、そして……深々と頭を下げた。
「どうかこのおいぼれの首一つでご容赦を」
その言葉に、エリーは目を丸くした。
「……え? これそういう話なの? エリー様?」
そう怯えた様な瞳をエリーに向けるクロス。
「へ? はい? え? え? あの……その……ち、違います! そのつもりはありません。というかどうしてそう思ったんですか村長!?」
必死に否定しながら、エリーはそう村長に訊ねた。
「え? いえ、まず前提ですが、お二人はそれなりに尊い方かそれに準ずる方でいらっしゃいますよね?」
「ううん。俺平民」
クロスが迷わず否定すると村長は首を傾げた。
「はて? 少なくとも隣の綺麗な女性はその礼節から高貴なお方とお見受けしましたが」
「そうなのかエリー?」
「……うーん。中々に否定しにくいところですね。まあ一応でも騎士ですので礼儀作法は気を配ってます」
「ですので、大豪商の御子息とその護衛も兼ねたお付きの方辺りかと思いましたが違ったでしょうか?」
そう言って、老人は首を傾げた。
「エリー。これ俺なんて言えば良い? ぶっちゃけ俺平民で良いと思うんだけど」
「いえ。今回の旅としてもらった立場がありますのであれを使ってください」
「権力を振りかざすのあまり……」
「この村に支援を引っ張ってこれる可能性がありますので」
その言葉でようやく、クロスはエリーの目的を理解した。
クロスが現地で手助けをしている方向ではなく、クロスが苦手な政治的な方向からこの村を助ける方向を探っていたのだと。
「わかった。ありがとなエリー。俺のわがままに付き合ってくれて」
「いえ。私は貴方の騎士ですから」
微笑みながらの頼り甲斐のあるエリーの言葉に頷き、クロスは村長の方に目を向けた。
「一応だが、魔王代行という立場で今旅をしている。なので話を聞かせてくれないか?」
その言葉に老人は微笑み……そして、そのまま固まって動かなくなった。
緊張と衝撃により心臓が止まった村長を何とか介抱し、マトモに話せる様になるまでに三十分。
そこから村を潰すつもりはなくむしろ支援の方向性で考えている事を理解してもらえるまでに三十分。
合わせて一時間という時間が過ぎ、ようやく村長はわずかながらに冷静さを取り戻し、その理由、どうして非正規の村で生活しているのかを伝えだした。
「と言っても、大した事ではございません。この村にいる者は皆、自分の種族もわからぬ者ばかりと言う事です」
「自分の種族がわからないって、調べられないって事?」
クロスの言葉に村長は首を横に振った。
「いいえ。調べても出て来ない者達、所謂雑種という存在です」
種族の混雑が進んだ結果、ネクロニアの様な新しい種族が生まれた。
だが同時に、多くの種族の特徴を持ちつつそのどの種族にも認められない者も生まれてしまった。
故に、彼らは自分達の事を雑種と呼ぶしかなくなっていた。
「なあエリー。種族がわからないって村になる事を認められない程の事なのか?」
「いいえ。その程度の事で差別されるなんて事はありません。それをアウラ様は許しません。普通なら」
そう言って、エリーは村長に視線を向ける。
村長はそれに頷いた。
「はい。混ざり者であると同時に、私達は全員『再起動者』の特徴を持っております。その所為で……」
「りぶーたー?」
人間であった時に聞き覚えのない言葉にクロスは首を傾げた。
「蘇生能力者の事です。クロスさんも見たじゃないですか。墓から出て来たのを」
エリーの言葉に村長は頷いた。
「はい。私達は皆死んでも生き返る事が出来ます。絶対ではありませんが……」
「凄いじゃん。でも、それって悪い事なの? 良い事の様な気がするけど」
そう言葉にするクロスを見て、村長は困った顔を浮かべた。
多くのアンデッドとは違い、再起動者には寿命が存在する。
そして多くのアンデッドと異なり、再起動者なら条件さえ満たせば命を失っても絶対に戻ってこられる。
それが再起動者という能力。
この村の住民は再起動者の中でも少々変わり種である『アンダーテイカー』という能力があり、亡骸が新しい内に正式な墓標に埋め正しく埋葬さえすれば、最悪頭か心臓さえ残っていれば再生する事が出来る。
大昔の話だが、再起動者の特性を利用した専属部隊があった。
それが、今でも語り継がれて残っている三代程前の魔王が作り上げた再起動者部隊である。
尋常ではない継戦能力を利用した強硬突破。
それだけの無茶をしたにもかかわらず、部隊損壊率は軽微。
だからこそ、三世代も経過した今ですらその魔王による最強の矛であった再起動者部隊の事を知らない者はいなかった。
よほどの事がない限りは繰り返し蘇生が出来、そのまま突撃を続けるその恐ろしさと強さは非常に有名で、現在義務教育の必須項目にすら入っている程。
だからこそ、多くの魔物は再起動者をそういう存在であると認識していた。
「代行様。私が強そうに見えますか?」
村長の言葉にクロスは迷わず頷いた。
「腕が四本。正面から戦うには難しいと考えるな」
「ですが、私は剣が持てません。重たいからです。槍ですら、マトモに振る事が出来ず構えるのが精いっぱい。私の握力は二十キロもありませんでした。一番若くて力のある時ですら。今なら……十キロ位じゃないでしょうかね」
そう言って村長は笑って見せた。
「この村の方々は皆、戦闘能力を持っていないのですね?」
エリーの言葉に村長は頷いた。
「……どゆこと?」
事情のわからないクロスはそう訊ねる事しか出来なかった。
「ちょっと説明が難しいので……」
そう言ってエリーは誤魔化した。
戦う存在であると印象付いた再起動者だが、別段そういう能力があるだけで能力持ち皆が強い訳でも戦える訳でもない。
にもかかわらず、再起動者部隊の印象が強すぎて市民達の間では再起動者皆が強い者と考えられている。
それと同時に、戦うからこそ蘇生するのが許されていると。
その結果生まれたのが、戦えない再起動者に対しての差別だった。
混ざりものの雑種で尚且つ蘇生が出来て、しかも墓から戻ってくるという悍ましい蘇生方法。
そんな彼らはどこで暮らしていてもつまはじきにされ、その結果彼らは身を寄せ合いお互いを守る為に自分達だけで村を作るしか出来る事がなかった。
「大体の事情は察しました。最後に一つ、どうしてここに村があるのでしょうか? こんな王都の傍に」
「……ここがどこかも、ワシらにはわからなくて。地理に強い者がおらず、商人なども来ない生活ですから。もし、ここが大切な土地で、それでいて出ていって許されるなら村の者を説得致しますでどうかご容赦を……」
そう言葉にして、どこか村長と縋る様な瞳で見つめるクロス。
それを見て、エリーは溜息を吐いた。
「だから、悪い様にはしませんから……」
村長どころかクロスからも凄く怖い魔物扱いを受けるエリーは、もう少し普段から皆に優しくしようと長い魔物生活の中初めて、そう心の中でこっそりと思った。
ありがとうございました。




