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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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混ざりものの村(前編)


 見知らぬ場所で目を覚ました少年が最初に見たのは、不安げに自分を覗き込んでいる母の顔だった。

 その顔があっという間に穏やかな表情に変わったことも、少年にはとても印象的だった。


 何か悪い夢を見ていたような気がする。 

 とても嫌な、それでいて怖い、そんな夢を。

 そこまで考えて……自分の体の痛み、殴られた傷と無理やり走り続けた体への負担で少年はそれが夢ではなかったのだと思いだす。

 だから少年は慌てて体を起こし周囲の様子を見た。


 お母さんがいて、お父さんがいて、お姉ちゃんがいて。

 そこには、家族皆が揃っていた。

 それは少年にとって奇跡だった。

 ここが知らない場所である事なんてどうでも良いと考える位には、それが特別な事なんだと理解出来た。


「起きたか。体は大丈夫か?」

 そんな声と共に、知らない男の人が少年の傍に寄る。

 いや、知らないなんて事はなかった。

 それは、目を覚ます前に見た最後の顔だった。


「えっと……その……」

 何があったのかわからない少年は尋ねる事を探る様そう言葉にする。

 それを見て、その男の人は少年の頭にぽんと手を置いた。

 安心させる様な、大きな男の手だった。


「大丈夫。もう……大丈夫なんだ」

 そう、ゆっくり語るその人の声はとても優しくて、そして家族皆の安心した顔でそれが事実なんだとわかって……。

 だから、この男の人が全部何とかしてくれたのだと理解出来た。


「……お兄ちゃんは、魔法使いなの?」

 その人はきょとんとした顔をした後、微笑んだ。

「かもな。だけど、この村を助けたのは俺の魔法じゃないよ」

「じゃあ、誰?」

「君だよ。君が一生懸命走って、怖いのに勇気を振り絞って俺を呼んだ……君の、魔法だ。俺に助けを求めたね。だから間に合った。だから……良く頑張ったね」

 どうして褒められているのかわからない。

 わからないけれど……少年はようやく、本当の意味で安心する事が出来た。


 だからだろう。

 少年の目から涙が零れ落ちる。

 安心出来たからこそ、少年はようやく泣く事が出来た。

 じわりと広がる涙はぽたぽたと零れ、それでも止まる事はなく、最後には大きな声を上げて少年はその男の人の腕の中で疲れ果て寝るまで泣き叫び続けた。




 少年の家族の為に用意されたテントの外に出て、クロスは村の様子を見た。

 この惨状は酷いとしか言いようがない。

 建物は大多数が焼け壊れ、畑は壊滅。

 更に周囲には多くの血痕が未だ残りそれらを怪我した村人が皆で片付けている。

 最低でも子供達を不安がらせない様に今日中に血の跡だけは消しておきたいというのは村の総意だった。


「俺さ……普通の暮らしをするのって凄いと思うんだ」

 そう、隣にいるエリーにクロスは話しかけた。

「凄い、ですか?」

「ああ。普通に生きるって簡単に言うけどさ、その普通ってようするに『普通に幸せ』って事だろ。皆が当たり前の様に幸せ。それって凄くないか? ……こんな、こんな簡単に幸せなんて崩れるのに」

 恋人、妻、夫、親、兄弟と言った家族から友人、果てには赤の他人。

 そんな人達と協力しながら皆で幸せになる。

 毎日同じ事が出来る幸せを噛みしめ、誰かと共に笑顔になる。

 それが普通。

 クロスの憧れた世界。


 普通なんて物は幻想でありどこにもないのだと知っているからこそ、恋い焦がれ求めてしまうクロスの夢だった。


「ですが、クロスさんが早々に動いたので被害は思った以上に少なかったです。それは紛れもなくクロスさんの……」

 慰める様にエリーはそう言葉を呟くが、最後まで言い切れない。

 そういう事じゃない事位クロスの顔を見たらわかるからだ。


 大人三十名子供十名しかいない小さな村。

 こっそりと国に黙って勝手に作った非正規の村。

 それだけの規模しかない村が十三名による計画的略奪に襲われて、村民はたった三名しか死んでいない。

 それはまさしく快挙である。

 滅ぶはずだった村をクロスとエリーだけで守りきったのだ。

 褒め称えられこそすれど責められる謂れは誰にもない。


 だけど、クロスの顔はどう見ても自分を責めている顔であり、また納得出来ないという顔だった。

 そのまま、クロスは移動を始める。

 どこに行くのかなんて、考えるまでもなかった。




 エリーはクロスが人間であった時の経歴をある程度だが知識として理解している。

 それがどれほど過酷で、またどれだけ素晴らしい旅であったのか。

 だが、頭で理解していても実際のクロスとその印象は一致していなかった。

 エリーにとってクロスとは光の様に明るくて前を見続ける、そんな眩しい様な存在だったからだ。

 だから……それを見るのはとても悲しかった。


 何をしたのかわからない。

 最初クロスは少年を追いかけていた魔物を転ばし、そのまま地面に縫い付ける様に手の平に短剣を突きつけた。

 始めの内はその魔物も『痛いじゃねーか!』や、『ぶっ殺す』など乱暴な言葉を使っていたのだが、クロスが何かをした瞬間に魔物は耳をつんざく悲鳴を上げだした。

 それは悲鳴に近い絶叫で、どれだけの苦痛を与えたらそんな声が出るのかわからない、そんな酷い声だった。

 一体何をしたのか、どんな事をしたのかわからない。

 ただ言えるのは、それは間違いなく拷問だった。


 敵の人数、狙い、状況。

 それを効率良く聞き出した後あっさり絶命させ、そしてクロスは一人ずつ丁寧に襲撃者を消していった。

 その時にエリーが手伝った事はあまりない。

 むしろ全滅させた後に行う村人の救出の時の方が手伝えた位だ。

 それほどにクロスの殺しの手際は良かった。

 不器用で才能のないクロスが持つには不相応な位に――。




 とぼとぼとどこか落ち込んだ様子で歩くクロスの後ろを歩きながらエリーは声をかけた。

「たった三つです。それは本当に間違いなく凄い事ですよ。百や二百の死体を築く事なんて簡単ですけど、死体を一つ減らす事はそう簡単じゃありません。クロスさん。胸を張って下さい」

「だけど……、誰かにとってかけがえのない三つだ」

 そう返し、クロスは足を止める。

 目的の墓標の前で。


 村民を助けた時、お礼よりも何より先に墓標を作って埋めるのに協力する様クロスは頼まれた。

 それをクロスは蔑ろにされたとは思わない。

 むしろそれだけ、村人の絆が強かったという事だろう。

 もしかしたら村の中でも大切な人だったのかもしれない。

 そう思うと、この三つの墓標はクロスにとって戒めに感じられた。


 お前にもっと力があれば、皆助ける事が出来たのに。

 そう、クロスは他の誰でもなく自分に言われた様な気がした。


「……何か、変ですね」

 そう、エリーはぽつりと呟いた。

「……何が変なんだ?」

「いえ。どうしてこの墓標。ここにあるんです?」

「どうしてって……」

 そう言われても、クロスもわからなかった。

 最初はそういう風習なのだろうと思っていたが、この三つ以外に同じ場所に墓標が見当たらない。

 しかもここは村のど真ん中、通行がメインの中央広場である。

 言い方は悪いが、こんな道の真ん中に墓標を置くなんてどう考えても通行の邪魔でしかなかった。


「……他のお墓は別の場所みたいですし。どうしてでしょう?」

「わからん。何か弔う為の行事でもこれから――」

 がしっ。

 クロスは何かが足首にまとわりついたのを感じて言葉を止め、違和感を覚えた足元を見る。

 そこには、誰かの手があった。


 墓の下から出てきた腕に捕まれる自分の足首。

 それを見て、クロスは……。

「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああ!」

 とても村の救世主とは思えない様な情けない悲鳴を上げ、村民の注目を集めた。


 クロスが叫び続ける中でぼこぼこぼこと音を立てて墓下の地面が盛り上がっていく。

 そして……そこから老爺が姿を見せた。

 それは、確かにクロスが埋葬した老爺だった。

 その老爺は小脇にもう一名の犠牲者である青年男性を抱えながら地面から言葉通り這いあがってきて、そして眠っているであろう青年を寝かせると、長く息を吐いた。

「ふぅー。年寄りに蘇りは堪えるのぅ。ん? なんじゃお主さん方は。新入りさんかえ?」

 そう、老爺が気楽にからからと笑っているにも関わらず、クロスは顔を引きつらせ誰が見てもわかる程怯えていた。


「……ああ。そうですよね。クロスさんなんだかんだ言ってもやっぱり違うんですねぇ」

 エリーはしみじみと呟いた。

 魔物と人間の死の価値観は全く異なる。

 人間と異なって大多数の種族が長い寿命を持つ上に、こうして蘇る種族もいるからだ。

 そしてクロスの価値観は未だ人間側。

 そういう風に考えると、エリーはクロスの驚きも理解出来る様な気がした。


「んで、この打てば響くと言わんばかりの素晴らしい絶叫を上げた若者はどこのどいつじゃ? 誰かの子供かえ?」

 そう老人がきょろきょろと周囲を見ながら尋ねると、遠巻きの村民がぽつりと呟いた。

「村の救世主様です」

「な、なんと――」

 老爺はそう呟いた後ぷるぷると震え、そして平伏しだした。

「なんもない村ですが私らにとっては帰る場所です。良くぞ守ってください――」

「ちょ、そういうのはもう良いんで。頭を上げ――」

「んじゃ、そう言って貰えたならそうするかの」

 老爺は最初からそのつもりだったらしく、けろっとした顔で起き上がりそしてケラケラと笑って見せた。


「……あ! そう言う事なら今回の犠牲者は……」

 クロスは這いあがって来たという事実に気づき、嬉しそうにそう呟いた。

「ん? ああ。一名で済んだの。まったく運が良いのぅ。ありがたやありがたや」

 そう、老爺は答え微笑んだ。

「え? 蘇りは……」

 その言葉に老爺は墓の一つを見つめ、遠くを見る様な不思議な表情を浮かべた。

「諦めた……いやそんなタマじゃなかったの。生きるのに、満足したんじゃろうて……」

 そう言って、老人は一つ遺された墓をぽんぽんと撫でる様に叩いた。

「じいさん。もしかして知り合いだったんじゃ……」

「この小さな村じゃ皆知り合いじゃよ。さて、土のベッドじゃ寝た気にならん。どこかで寝させてもらおうかの。年寄りらしく若いのが働いている横で」

 そう言ってケラケラと笑い、老人はどこかに去っていった。


「……ありがとなじいさんとそこの男。生き返ってくれて。そしてごめん。助けられなくて」

 そう呟き、クロスは残された一つの墓の周りを綺麗にした後、手を合わせて祈る様に拝んだ。


「……エリー。頼みがあるんだけど」

 真剣な表情で、尚且つ懇願する様な表情。

 そんな表情のクロスの願いを、エリーが断る訳がなかった。

「はい。何でも言ってください。最大限力になる事を誓いましょう」

「仕事を後回しにして悪いんだが、もうしばらくここに滞在したいんだ」

「理由は?」

「これだけ荒れたなら復興に人手がいる。せめて二週間、最低でも一週間位は手伝いたいんだ」

 その言葉にエリーは少し考え込み、今後の予定を考えた。

「……特に問題ありませんね。良いですよ。そっちの方が、クロスさんには似合いますし」


 そう、誰かを助ける為に効率よく誰かを殺すのではなく、特に何も考えず誰かの助けの為に体を動かす方が我が主らしい。

 誰かの為に笑顔になれるクロスだと知っているエリーはそう思い、にっこりと微笑んだ。



ありがとうございました。

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たしかに死んだはずの犠牲者が埋めた後に蘇ってきたらそりゃだれでも絶叫するわ笑
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