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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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名前を付ける事の意味


 精霊。

 それは魔物の中でもある種異端な存在であると言っても間違いはない。

 人間の世界に残っていられる魔物が精霊以外にいないからだ。

 と言っても、それは人間が精霊を魔物の一種であると知らないという理由もある。

 だが、仮に知っていても人間は精霊だけは迫害しないだろう。


 土地を豊かにしてくれて長く生きた存在程自然界を彷彿とさせる様な強力な力を持つ。


 その特徴を捉え、魔物とは異なり神に対して信心深い人間は精霊を土地神と呼び崇拝していた。

 そんな人間に対し、精霊も邪険にせず共存している。

 土地と契約した精霊にとって重要なのはその土地の平和そのもの。

 例え精霊が魔物であり仲間意識があったとしても、土地を大切にし命令に素直に従う人間と、人間を襲う為に土地を荒らしに来る魔物では必ず人間に味方する。

 だからこそ、精霊という種族は人間と共存出来ていた。


「なるほどなー。精霊様って魔物だったんだなー」

 何とか、そこまで理解出来たクロスに彼女は何度も首を縦に振った。

「はい。決して神とかそういったもんではないです。土地に根付いてしまえばそこから離れられないので共存しているだけで」

「共存してくれて、土地を豊かにしてくれて、いざと言う時守ってくれる……。やっぱり土地神様じゃないか」

 そう言ってクロスはへへーと彼女に平伏した。

「あーもうそうじゃなくってですね!」

 一時間の説明がループして無駄になりそうな事に気づいた彼女は慌てて説明を改めようとする。

 そんな姿を見てクロスはあははと笑い声をあげた。

「冗談だよ。わかってる。精霊とは魔物の一種。だろ?」

 しゃがみこんだまま冗談めいてそう言葉にするクロスを見て彼女は少しだけイラっとして、クロスに軽く蹴りを飛ばす。

 それをクロスは……。

「あ、見えた」

 そう呟いた。


 自分の恰好がミニスカートで、蹴る時軽く足を上げて、そしてクロスはしゃがんだ状態で自分を見上げている。

 そんな事実に気づいた彼女は……顔を赤くしてクロスの頭を思いっきり叩いた。

 スカートを抑えたまま。

「すまん」

 そう言葉にするクロスの表情は全く悪びれたものではなく、満面の笑みだった為彼女はもう一度クロスの頭を叩いた。

 最初強く叩きすぎた罪悪感からか、今度は軽く。




 エレオノール・マスマティック。

 それが彼女の本来の名前。

 裏切りの騎士なんていう似合わない名前ではなく、令嬢らしき麗しの彼女に似合う名前。

 本当に良く似合っている。

 クロスは彼女を見てそう思った。


 別に高貴な服装という訳でもなくむしろ魔王国内でのごく一般的で庶民的な恰好なのだが、その綺麗な顔立ちと美しい金髪はそれだけで平民庶民なクロスには貴族っぽく見えていた。

「……どうしましたクロスさん。紅茶のお代わりですか?」

 見つめられていた彼女はそう尋ねる。

 つい見惚れていただけなのを誤魔化す様にクロスは首を横に振り、そして彼女に尋ねた。

「『エリー』ってのはどうかな?」

 その言葉の意味がわからず彼女は首を傾げる。

 そしてじっくり咀嚼するように言葉を飲み込むと――目をぱちくりさせ頬を赤らめた。

「わ、私の名前ですか?」

「名前というか呼び名というか……。何たらの騎士ってのもかっこよくて良いけど綺麗な名前だし呼び名もそっちから取れば良いかなと。もちろん嫌なら別のでも――」

「いえ。嫌じゃないです! それで良い……それが良いです!」

 そう強く言い切る彼女を見てクロスは少しだけ驚いた。


「そ、そうか。それじゃエリー。これからもよろしく」

 その言葉に彼女、エリーは大きく頷いた。

「はいっ。これからもよろしくですクロスさん!」

 そう言葉にするエリーは胸をぎゅっと抱きしめ、宝物を貰った子供の様な表情だった。


 そこまで喜んでもらえるとは思ってなかったクロスは少々気恥ずかしい物を感じながら冷めた紅茶を口に運ぶ。

 そして、聞こうか聞くまいか悩んでいた質問を切り出した。

「エリー、今更な事だが、ちょっと聞いて良いかな?」

「はい。何でも聞いて下さい」

 ニコニコとご機嫌なエリー。

 そんなエリーに少し悩む様な表情の後、クロスをその質問を投げかけた。

「どうしてさ、エリーも一緒に暮らす事になってるの?」

「え!? 今更!?」

 予想だにしていなかった質問にエリーは驚きの声を上げた。

「いや、だってなぁ……」

 そう呟きクロスは頬を掻いた。

「駄目なんですか?」

「駄目じゃないけど。住むところあるでしょ?」

「まあそりゃ……」

「だからどうしてかなと思って」

「そりゃ騎士だからですよ。クロスさんを守る為に傍にいるのは当たり前でしょう」

 そう言ってエリーは胸を張ってみせた。

「まあ……そりゃエリーの方が俺よりは強いだろうけど……」

「一対一ならともかく汎用性なら多少は自信ありますよー」

「うーん……」

 いまいち納得出来ずクロスは困惑を顔に出していた。


 それを見てエリーは少し考え、そしてクロスの傍ににじり寄った。

 にじり寄って、見上げる様に見つめ……。

「一緒に居たら……ダメ……ですか?」

 そう、エリーは瞳を潤ませ囁いた。


 誰がどう見てもそれは演技であり、こんなんに騙される馬鹿はいないだろう。

 まず、どうみてもエリーのキャラじゃない。

 それがわかっていても、いやわかっていながらあえて騙されるからこそ……男という生き物は愚かなのだとクロスは知っていた。

「はいよろこんでー!」

 そんなクロスの二つ返事を聞きエリーは満足げに微笑んだ。


「ま、元々嫌って訳じゃないしな。誰かと暮らす事は」

 昔を懐かしむ様そうクロスは呟いた。 

 住んでいた田舎村自体集団生活に片足突っ込んでいたし、勇者の仲間になってからはずっと誰かと一緒だった。

 だからむしろ、一人でいる事よりも誰かといる事の方がクロスは慣れている。

 特に、終わりの時の一人の怖さを知ってからはなおそう思う様になっていた。


 エリーはニコニコと微笑みながら立ち上がり紅茶のカップを片付けだした。

「それじゃあ私はお夕飯の準備をしてきますのでクロスさんは少々お待ち下さい」

「付いて行こうか?」

「いえ。今日は良いです。代わりに申し訳ないんですけどキッチンの掃除をお願い出来ませんか?」

「ああ。すぐに使うもんな。了解。美味しいの作ってくれよ」

 その言葉に肯定も否定もせず笑顔のまま、エリーは外に出かけていった。


「さて、掃除道具はどこかなーっと」

 そう呟き、クロスは鼻歌混じりに家の探索を始めた。




 新しい家での新しい生活。

 そこでの最初の食事。

 暖かいご飯。

 それはそれだけで価値があるものだ。


 当然の話だが、魔王城で食べた晩餐とは比べる事は出来ない。

 最上級の設備と材料が揃った場所、一般的なキッチンを比べるというのは無茶以外の何者でもないだろう。

 と言っても、食事のランクが下がる事に文句など口にするわけがない。

 自分が下品である事は知っているが、それでも誰かに作ってもらった食事にケチを付ける程クロスは品位を落としたつもりはなかった。

 ただ……それはそれとしてクロスはエリーをジト目で見つめた。


 焼きたてのパンとハンバーグとサラダ。

 文句を付ける事はないであろう内容の食事。


 問題なのは……。


 蓋を開くだけで勝手に温められる魔法の器。

 そこから取り出されるハンバーグ。


 そう、エリーは何一つ食事を作っていなかった。

 買って来ただけである。

 パンもサラダもハンバーグも。


 追及する様な瞳を向けるクロスから、エリーはそっと顔を反らした。

「ほら? パンを出来たての状態に固定したのは私の力だからこれも私の料理と言う事で……」

 じーーーーーー。

「美味しいですよ? このレストラン持ち帰りにも力を入れてまして。ひき肉とかたっぷり使ってますし……」

 じーーーーーー。

「……ごめんなさい」

 ぺこりと、エリーは頭を下げた。


「別に責めたい訳じゃないんだけどね、エリーの手料理楽しみにしてたのになーって」

エリーは再度、ぷいっと顔を反らした。

 何かを誤魔化す様に……。


「もしかしてエリー。料理……」

「……クロスさん。明日は料理の本を買いましょう。そして勉強頑張ってください」

 全てを諦めた様な瞳のエリーに、それ以上追及する事は出来ず、クロスはこくんと頷いた。


「ちなみに、エリーは作ってほしいものとか希望ある?」

「……食べられる物なら……何も文句はありません……」

 絞り出す様なエリーの声には、言葉以上に強い答えが感じられた。




 夕食を終え、エリーの風呂を待つ間クロスは外で一人立っていた。

 明かりを付け、自分の相棒である武器を持って。

 女性の風呂を待つという時間に変な緊張を覚えたというのもあるが、同時にこの武器の事を確かめたいと思ったのもまた事実だった。


『アタラクシア・ 』


 名前のないのが名前のような不思議な短剣。

 アウラより魔王国の賠償として受け取った希少な武器。


 持ち主に合わせて成長をしながら形を変え、ある程度育つと主の魔力を吸う魔剣と変化する。


 未だ詳しい内容が何もわからない。

 だが、少なくとも多少の成長はしている事をクロスは知っていた。


 クロスは意識を正面の木に向け、短剣を軽く振る。

 それに合わせて短剣からぐにゃぐにゃと柔らかい刃が伸び、五メートルは先にある大木を可変する刃はすぱっと切断してみせた。

 どすんと大きな音を立てて大木が地面に倒れている時には、短剣は元の短さとなり柔らかい刃はどこにも見当たらなかった。


「んー。何だろうこの水みたいな金属」

 そう呟きながらクロスは何度か短剣を振る。

 それに合わせて刃はしなり、闇の中無規則な軌道で走り回っていた。

 多少は思った様に動くが自由に動くと言う程でもない。

 例えるなら、鞭。

 多少長さは調整出来るが挙動までは調整出来ないウィップ。

 そんな使い勝手をしていた。


 便利ではあるが、クロスはこれが自分に向いているとはとても思えなかった。

 どうしてこんな成長をしたのか、クロスはさっぱり理解出来なかった。


「んー。それと……」

 魔力を注ぎ込み、先程倒した大木に短剣を差し込む。

 極度の振動が大木に広がり、バリバリと音を立て大木はバラバラに砕け散った。


「うん。こっちは威力の調整も出来る様になっている。というか……俺の考えを読み取って合わせてくれているのかな」

 そう呟きクロスは短剣を見つめる。


 クロスのした事はただ魔力を注いだだけ。

 それだけで勝手に自分の技を繰り出してくれる。

 それは短剣に意思があると考えるのに十分な理由だった。


「さあどうでしょう。案外クロスさんが無意識に剣の力を使っているだけかもしれませんよ」

 そんな言葉が聞こえ、クロスは後ろを振り向く。

 そこには風呂上がりで湯気を出しているエリーが立っていた。

「上がりましたよ。次クロスさんどうぞ」

 エリーの声にクロスは頷き短剣を収めた。

「悪いな。呼びに来させて」

「いえいえ。むしろ主より先にお風呂頂いて申し訳ないです」

「俺が先だとその方が申し訳ないさ。これだけは譲れないね」

 その言葉にエリーは苦笑いを浮かべた。

「はいはい。ではお風呂どうぞ」

「おう。……なあ。風呂上がりってどうして色っぽく見えるんだろうね」

 エリーは頬を少しだけ朱に染めタオルでクロスをぺしんと叩いた。




 エリーとお休みの挨拶をし、ベッドに入ってクロスは明日の事を考えた。

 何一つ予定は入っていない自由な明日を。


 やるべき事はもう何もない。

 魔王を倒す事も、どこかの誰かを救う事も、盗まれた物を取り返す事も。

 何も命じられていない。

 完璧に自由である。

 強いて言えば、料理の本を買って試す位だろう。


「さて、料理以外に何をしようかねぇ」

 勉強をしても良いし仕事を探しても良い。

 この相棒を調べても良いし魔法の探究でも良い。


 何でも出来るし何も命じられていない。

 だからこそ、クロスは悩んでいた。

 とは言え、やりたくない事ではなくやりたい事を選ぶ悩みなので贅沢極まりない悩みだが。


 クロスには夢がある。

 自由きままに生きてハーレムを築いて沢山の女の子にちやほやされたいという最低で自分勝手な夢が。


 ただ……ほんの少しだけクロスは現状に満足していた。

 性的な事こそないもののエリーが心から慕ってくれている事がわかるからだ。

 それに、一人じゃないから寂しくない。

 その有難さは本当に大きかった。

 夢は夢であり叶うなら叶えたいが、そこまで無理をする気持ちは起きない。

 だからこそ、明日に何をしようか希望を持って考える事が出来ていた。


「……ま、明日考えれば良いか」

 そう呟き、クロスはベッドの中で目を閉じる。


 城に居た時程柔らかくない安物のベッドは昔を思い出す程懐かしく馴染みのあるもので、瞬く間にクロスの意識は闇に溶け込んだ。


ありがとうございました。

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