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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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まんざらでもない魔物生活2


 アウラと入れ替わる様に背の高い男がクロスの前に現れた。

 凛々しく力強い顔のその男は人間と瓜二つの姿をしており、またその服装は魔王の城という場所に不向きなほど安っぽい。

 まるでその辺りにいる人間の村人の様な服である。

 そんな安物の服を身にまとった男は丁寧に頭を下げてきた。

「初めまして賢者様。魔王様の代わりに俺が部屋に案内させてもらいます」

 そう言葉にする男をクロスは丁寧に見つめた。

 人と同じ姿の魔物は非常に少ない。

 だが、人の姿に化けられる魔物はそう少なくはない。

 魔王も恐らくだがそちらだろう。

 そう考えると……。


 人に化けるというのはそう簡単な事ではないらしい。

 当たり前の話だが、本来ある器官などがなくなり別の器官となるのだから問題が起きない訳がない。

 だからこそ、必ずどこか違和感が残り、正体を見極めるのは基本的にそこまで難しい事ではない。

 少なくとも、人間として生き魔王と対峙するまでの経験を積んだクロスはそれ位出来なければ最後まで付いて行く事など出来なかった。


「……セントールか」

 ふくらはぎ辺りを見ながらのクロスの言葉に男は少しだけ驚いた顔を浮かべた。

「流石賢者様。一目で看破ですかい。本来の姿を見せた方が宜しいですか?」

「いや。俺が気にすると思ってわざわざそうしてくれたんだろ? まあ本来の姿でも気にはしないがその厚意に与るさ。ただ……賢者様ってのは止めてくれ。据わりが悪い」

「んー。権力とかそういうのが苦手なタイプですかい?」

「ああ。俺生まれは小さな村なんだ。何の因果か凄い人達と人生を共にしたが、俺自身はいまいち小市民さが抜けない」

「なるほどね……。つまり俺と同じって事か」

「同じ?」

「権力とか嫌いでな。自由にその辺りを走って生きたかったがちょいと活躍しすぎてこうしてお城に招かれたってな。許されるなら今すぐにでも飛び出したいとこだが……権力と飯には勝てん」

 そう言葉にして男はやれやれと両手を横に広げた。


「……あんたとは仲良く出来そうだ。クロス。クロス・ネクロニアだ」

「風より早き者、ガスターだ。よろしく頼むぜ旦那」

 そう言葉にして二人は固く握手した。


「クロスで良いさ。それより……その風より早き者って何だ?」

「あー。……そっちの文化じゃ何て言うんだ? 階級とも違うし……」

「誰かに授かったのなら二つ名か?」

「まあそれが近いだろうね。セントール族は試練に挑み達成した者には名が贈られるんだ。真名とも呼ばれている」

「……良いじゃん。羨ましいなその文化。俺もそういう名前が欲しい」

「虹の賢者様が何をおっしゃる」

「何か俺の努力での名前じゃないから据わりが悪い。俺が苦しんで頑張って、そうして認めてもらってかっこいい名前が欲しいんだよ」

「……あー、わかるわ。まあそういう名前を見つければ良いと思う。幸いそう言う文化は魔物にゃ多いからな。魔物として生きる覚悟は出来てるんだろ? クロス・ネクロニアさん」

「当然。せっかく生まれたんだからさ、楽しまないと損だろ」

「そりゃそうだ。……んでちょいと話変わるんだけどさ旦那。下世話な事聞いて良いかい?」

 そう言葉にした後ガスターはクロスに肩を回し、耳元で小さく囁いた。

「旦那、魔物相手に勃つかい? 流石に相手がいないと不憫でな。一応色々と方法はあるがあまりお勧めは……」

「……どういう事だ?」

「俺ら魔物は人間にどれだけ外見が似ている奴でもあいつらとヤりたいなんて思うイカれ野郎はいなかった。だから旦那が心配になってな。最悪人間を拉致っても……」

「……真面目な話かこれ?」

 ガスターはそっと頷いた。

「んじゃ真面目に答えるが……内緒だぞ。ぶっちゃけ余裕。多少人外じみた外見であっても人間の頃からいけると思ってたからな俺は」

「……まじかよあんたすげぇわ」

 ガスターは本気で、心の底からクロスに敬意を捧げた。

「後は物理的にそう言う事が俺の種族は大丈夫かだけど……まあ大丈夫だろ。人間そっくりだし」

「そっ……くり? くく……あはははは! 思ったよりもイカしてるぜあんた」

「お気に召していただいてどうも。……こんな話生まれて初めてしたな」

「おやそうなのか? あんた勇者達の仲間だろう。そういう話はしなかったのか」

「ああ。しなかったな。彼らは基本的に真面目で善良だったからな」

 その言葉にガスターは目を丸くし、そして何も言わず頷いた。

「そうか。いや、そうなのかもな」

「うん? まあ良いか。……ああ、でも一度だけクロードと、勇者とそう言う話をした事あるぞ」

「ほうほう。我らが先代を倒した勇者様の猥談とは何とも贅沢でイカれた話だ。聞かせてもらって良いかい?」

「……まあ良いんじゃね? 流石にもう十年以上昔の事だし。俺とクロードで夜の街に飛び出そうって話をした事があるんだ」

「夜の街って事は……そういうのかい?」

「ああ。そういうのだ。特にあいつはパーティーに婚約者いたしなかなか機会がなかったと思うしな」

「そういうクロスの旦那はどうだったんだい?」

「それはまあ御内密な話だ」

「つれないねぇ。まあそれはおいおいに。今は勇者様と賢者様の夜の話だ。続きを聞かせてくれよ」

「ああ。といっても大して面白い話じゃない。二人でどういう女が好きでどういう事がしたいか話して、んで遊べるうちにそういう店に行こうぜって話になった」

「ほうほう」

「普段は品行方正な癖に何故かあの時やたらクロードがその気になってなぁ……んで二人でそういう店に行こうと窓から宿屋を抜け出して……」

「ああ。オチが見えてきたわ」

「そう。女性陣三人が怒った顔で待機していたってオチだよ。特にソフィアにとってクロードは婚約者だ。怒るのは当たり前だ。んで説教一時間コースの後女性陣に食事奢らされて、そのまま飲んで騒いでで一晩経ったってな」

 そう言葉にするクロスは本当に楽しそうに遠くを見ていた。


「……やっぱり、戻りたいと思うかい?」

「何に?」

「人間に」

「……彼らに会いたいとは思うさ。だけど……正直人間はもう良いかな」

「どうしてだ?」

「わからない。だけど……たぶん一度死んだからだと思う。だから安心してくれ。魔物として生きる事に嫌悪も抱いていないし裏切るつもりはない」

「……そんな心配ここにいる誰もしてませんよ」

 ガスターは苦笑いを浮かべながらそう呟いた。




「という訳でクロスの旦那。この位でどうだい?」

 そう言ってガスターは城の中にある部屋を一つ見せた。

「……あー。ここが俺の部屋になるのか?」

「しばらくはだけどな。別にずっといたいならいても良いと思うぞ? だけど……俺と同じならむしろ外に行きたがるだろ」

「確かに。それにずっと世話になるのも何か嫌だしな。とは言え今の俺は銭なし身分なし仕事なしだ。しばらくはお世話になろう」

「そうしろそうしろ」

 その言葉に頷き、クロスは部屋の中に入った。


 大きな寝具のある大きな部屋。

 今までいた場所や臨終の場所に比べたら遥かに広く豪勢だが、それでもまだ常識的な範囲であり王城の客室として考えたら破格のしょぼさである。

 おそらくだが、ガスターが無理を言って自分の為に少しでも居心地が悪くないマシな部屋を選んでくれたのだろう。


「……あー。時に旦那。……えーっとだな……」

 やけに言い辛そうなガスターの言葉にクロスは首を傾げた。

「どうした? 何か困った事があったのか?」

「いや。困った事はないんだが……そのだな……女の好み聞いて良いか?」

「どした藪から棒に」

 ガスターは後ろに見えない様に紙を持ち、インクも付けていないのに色がつくペンで何かを書き込みクロスの方に見える様に紙を傾けた。


『客人にはメイドが付く』

『あんたは一応貴族扱いだから相当のメイドが付く』

『メイドは色々な意味でお世話が仕事』

『だからあんたの世話を誰がするかでもめてる』

『※重要! メイドは色々な意味で重たい奴が多い。あんたがここから出て行っても付いて来る可能性すらある』


 クロスはそっとガスターに近づき、ペンを受け取りさらさらと自分の欲求を書いた。


『忠誠心が低くて特に問題ない奴を頼む』

 正直メイドさんという言葉に夢は感じる。

 だが……今は男の浪漫の方が優先である。

 それに、ガスターの顔があまり好ましい事でない様な表情を浮かべている。

 おそらくだが、クロスの考えるお世話の何倍もお世話してくるのだろう。


『好き放題出来る女が手に入るぜ?』

『庶民にそういうのは……困る』


「……だよなぁ。オーライオーライ。何とかマシそうな奴探してやるよ。最悪男の世話役になるが……まあそれは許せ」

「それはそれで気楽だからそれでも良いぞ。……男色家は勘弁してくれよ?」

「それはそれで面白そうだが今回は止めとくさ。んじゃ夕飯までゆっくり休んでくれ」

 そう言葉にしてからガスターは部屋から出ていった。


 ゆっくり歩いた後靴を脱ぎ、クロスはベッドに体を預けた。

「うわっ。ふかふかすぎておちつかね。俺これで寝れるかわかんねーぞ」

 そう言葉にして苦笑いを浮かべた。


「……俺、本当に変わったんだなぁ」

 そう言葉にしてから男は自分の角に軽く触れた。


 角がある事でも、大勢の魔物を見た時でも、ガスターと話した時でもない。

 己が本当に魔物であるとクロスが理解したのは、ガスターの書いた文字が読めたからである。

 全く見慣れない文字がすらすらと読めた。

 その上自分が無意識に書いた文字もその文字だった。

 そこでクロスは初めて、自分が魔物なのだと実感した。


「……って事はやっぱり魔法が使えるのか。いや何かもっと凄い事が出来るかもしれん。場合によったら変身とか翼が生えたりとかか……」

 子供の様な顔でわくわくしてそう呟きながらクロスは適当な妄想を繰り返し……そして気づけばやけに柔らかいベッドの上でそのまま夢の世界に落ちていた。




「だんなー。だんなー」

 そう尋ねながら何度ノックをしても返事のない事を不審に思い、ガスターはそのままドアノブに手を伸ばした。

「失礼しますよ旦那」

 そして中に押し入ると、ニヤニヤしながら眠るクロスの姿があった。

「寝てるだけか。あー良かった。何か厄介事かと思ったわ。……いや、そりゃ寝るか。良く考えたら旦那生まれてすぐだったわ。……夕飯は少し遅らせる様進言しておきましょうかね」

 そう言葉にしてからガスターは静かにその部屋を退散した。


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