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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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ようやく届いたその声


 三人での食事中、色々な話が出て来た。

 クロスの今後の方針、メルクリウスのメイドとしての期限、裏切りの騎士でなくなったリベルの新しい名前。

 色々と相談しようと思ったその最中、メルクリウスは全てをぶった切り、クロスに尋ねた。

『ご主人、最後にもう一度アレをやってみないだろうか?』

 その言葉にクロスは二の足を踏む事なく頷いた。


 アレがわからないリベルはとりあえず食後二人に付いて歩いた。

 城を出て、街を出て、外れの草原に……野外演習場にそれは待っていた。

 それを例えるなら、黒い死神。

 それはリベルすらもまだ見た事がないロールアウト前の新型試作機。

 漆黒に身を包んだ巨大なヨロイが三十機、きっちり隊列を組み待機していた。


 ヨロイが三十機、それも正規パイロットによる編成で。

 一体何と戦うつもりなのだろうか。

 まさか龍にでも挑みに行くつもりなのだろうか。

 そうリベルは考えながらメルクリウスに尋ねた。

「何と戦うんです? 一体どんな命令を魔王様から?」

「ふむ。……そう見えるか? ところでリベル。貴様ならこの三十機の新型ヨロイを相手にして勝てる自信はあるか?」

「へ? ……まあ……色々と手段を制限せずに行うのなら。とは言え搦め手ですので正面からではとても私には……」

「そうか。出来るのか。お前と戦うのもまた面白そうだな」

「光栄です。それで、ヨロイは一体何と戦う為に用意したんですか?」

「ご主人だよ」

 ニヤリと笑ってメルクリウスがそう言葉にすると、リベルは言葉を失った。


「ご主人。ちょっとこっちに来てくれ」

 柔軟をしているクロスに向かってメルクリウスはそう言葉を投げかけた。

「あ? どうした? 何か不具合か?」

「いや。ご主人まだ右腕治り切っていないだろう?」

「ああ。だけどまあ問題はないと思うぞ? ああ。前やったアレやってくれるのか? それはそれで嬉しいが部屋の中以外だとちょっと恥ずかしいぞ?」

 指先の傷を治す為に舐めてもらった時の事を思い出しクロスがそう言葉にしながらニヤついた笑みを浮かべた。

「今日はもっと凄い事をしてやろうと思っているぞ」

 そう言って妖艶な笑みを浮かべるメルクリウスにクロスが逆らえる訳がなかった。


 ふらふらーとメルクリウスの傍にクロスが移動すると、メルクリウスはしな垂れる様にクロスの右腕を掴む。

 そして服の襟元を開くと、そのままクロスの右腕を自らの服の中に突っ込んだ。

 するっと入る右腕が、メルクリウスの肌に直接触れる。

 クロスは鼻の下が伸びきった間の抜けた酷い顔になった。

 だがその顔はすぐ険しい物へと変わる……。

 自分の指先から肉を抉る様な感触が広がり、クロスは慌ててメルクリウスの服から手を引き抜こうとした。

「ご主人。逆らうな」

 そう言葉にしてメルクリウスは右腕を固定し、更に奥に動かす。

 指先が、腹の肉を抉り、ずぶずぶと音を立て奥に入っていく。

 火傷しそうな程……いや、火傷していると思う程熱い。

 そしてその感触は、おぞましく気持ち悪い以外の何者でもなかった。

 胸が腕に当たるとかそういう可愛い話なんてもうどうでもいい。

 腕が体を抉って体内に収納されていき……それと同時にメルクリウスの白い服の腹部辺りに鮮血が円状に広がっていく。


「おい。何をしている! メルクリウス!」

 わけがわからず叫ぶ事しか出来ない。

 そんなクロスにメルクリウスは表情一つ曇らせず、汗の一滴も垂らさず平然とした涼しい顔で受け流し無視をする。

 二人の足元が血で染まる。

 クロスが喚く。

 それを無視する事数分……メルクリウスはクロスの右腕を解放した。


「メルクリウス! どうしてあんな事をしたんだ!?」

 青ざめた顔でクロスは叫ぶ。

 それに対してメルクリウスは溜息を吐いた。

「龍がこの程度ではどうにもならんよ。心配はいらん。ほら?」

 そう言ってメルクリウスは自分の腹部を露出させる。

 そこにはクロスの腕が突っ込まれた痕すらなく、綺麗なお腹になっていた。

「あら綺麗なお腹。いやそれは良いとして……事情を説明してくれ」

「右腕。調子はどうだご主人」

 そう言われ、クロスはどうにも違和感しかなく上手く動かせなかった右腕が完治している事に気が付いた。 

 医者から多少のリハビリがいるかもと言われていたが、それすらも完全に必要なくなっている。

「ご主人のやりたい事を全力で行うのがメイドの務めだからな」

 ふふんと鼻高々にメルクリウスはそう言葉にした。

「……気持ちは嬉しいが、この手段は次はなしにしてくれ。心臓に悪すぎる」

「……良いだろう。ご主人が瀕死の怪我をしない限りはもう行わないと約束しよう」

 その言葉にクロスは頷いた。


「……二人共、血だらけになりましたねぇ」

 リベルはぽつりと二人の姿を見てそう呟いた。

「……龍の血だからなぁ。落ちない……よなぁ。まいった。つい衝動的にやってしまった……」

 珍しく、メルクリウスはそんな言葉を呟き自分の服を見て溜息を吐いた。

「私がそれ落としましょうか?」

 リベルはメルクリウスにそんな言葉を投げかけた。

「ふむ? これでも私はメイド。洗濯技能は一流のつもりだが……この私よりも出来ると?」

「洗濯は出来ませんが血を落とすだけなら」

「面白い。では帰ったら服を渡すからやってみて――」

 リベルはメルクリウスの言葉を遮りパチンと指を鳴らす。

 たったそれだけで、メルクリウスとクロスに付着した血液は綺麗さっぱりなくなっていた。


 珍しく、本当に珍しくメルクリウスは驚いた表情を浮かべた。

「さすがリベル」

 クロスの言葉にリベルは深く頭を下げた。

「ついでにクロスさんの腕も確認しますね……はい。流石メルクリウス様良い感じです。もう完治と言って良いでしょう」

「ありがとう。んじゃちょっと行ってくるよ」

 そう言って、クロスはそのまま三十機のヨロイが待つ戦場に足を踏み入れた。


「……おい」

 メルクリウスはぽつりと呟いた。

「はい。何でしょうか?」

「魔法も使わず一体どうやって……」

「魔法を使わないで魔力を操る種族なんて沢山いるでしょう」

「そうだが……それでもこんな器用な事するなんて閣下ですら……ああ、そうか。そういう種族だから貴様は名前も種族も隠していたのか」

「ご明察です。と言っても、もう隠す気はないんですよね」

 ニコニコと笑いながらリベルはそう答えた。

「そうなのか。では教えてもらっても良いか。あくまで好奇心なので言いたくないなら……」

「構いません。ですが少々お待ち下さい。次に伝えたい方はもう決めていますので」

 そう言ってリベルはゆっくりと前進する小さな背を見つめた。

「……なるほど。あの裏切りの騎士ともあろう奴が良くもそこまであれに惚れ込んだものだ」

「裏切りの騎士だからこそ、惚れ込んだんですよ。誰も裏切らない人だから」

 リベルの言葉に納得したのかメルクリウスは小さく笑い、リベルと共にこれから戦うクロスの背を見つめた。




 実を言えば、これは戦う必要がない事である。

 ヨロイ三十機との模擬戦は魔力回路を開く為の特訓でありクロスは既に有色の魔力が循環する体となっている。

 だから全く意味のない行為なのだが……メルクリウスはせっかく準備をしたからもったいないという理由でクロスにやらないか尋ねた。

 そしてクロスはそれを承諾した。

 他の誰でもなく、自分の為に。


 あの時の事を……胸糞悪い戦いをした時の事を思い出す。

 熱い怒りを抑え込む事なく制御し、心の炎に薪をくべ更に熱を増し、燃え滾る心を理性で完全に制御出来たあの境地を――。

 脳が氷水をぶっかけられたほど冷えあがり、心臓が激しく燃え上がる。

 一度出来たからか、それは思いもよらない程あっさりと再現出来た。


 目の奥が燃える様に熱く、それでいて背筋の芯は冷たく感じる。

 心に何でも出来るかもなんていう万能感が生まれ、世界の理が脳に直接データとなって叩き込まれていく。


 本来なら魔法使いと呼ばれる者、修行を重ねたごく一部の者しかたどり着けないその境地にクロスは知らず知らずの内に至っていた。


 この状態で、どこまで戦えるだろうか。

 魔力を身に付け、戦える様になって、それでこの理不尽にどこまで抗えるか。

 クロスはそれが知りたかった。


 独特のスラスター音が地響きと共に襲ってくる。

 ジグザグした読みづらい動きと共に大量のヨロイが機動を開始し、一瞬でクロスを取り囲んだ。


 逃げ場を塞ぐ必勝の形。

 数を利用した虐殺の形。


 そんないつもの形となり、ヨロイ達は円を描く様にクロスの周りをぐるぐると回る。

 そして――いつもの様に一機のヨロイが前に出て、クロスの体に剛腕を叩きこんだ。

 体格差の激しい相手から放たれる拳はまるで空から降り注ぐ様で――。

 その拳はクロスに直撃する。

 そしていつもの様に、クロスが紙切れの様に宙を舞った。


 だが……いつもと違い……ヨロイ側にクロスを殴ったという手応えは一切なかった。

 宙を舞うクロスに傷は全く残っておらず、クロスはニヤリと笑って見せた。




 二人はクロスの戦いを離れたところから見学していた。

 リベルは驚いた様子で、メルクリウスは納得した様子で。

 クロスは三十機のヨロイ相手に、驚く事にしっかりと戦えていた。

 既に時間は五分を経過しようとしているが、お互いの有効打は一度もない。

 その間クロスの動きは一切鈍くならず、直撃は一度すらしておらず、それどころか、クロスの方から反撃を試みようとさえしている。

 それは以前の訓練から考えて明らかな程の快挙だった。


 とは言え、メルクリウスはこれくらいクロスなら出来ると考えている。

 魔力が無色の時ですら、かろうじてでもヨロイの攻撃を受け止めていたしボコボコに何度殴られても戦い続けてきた男である。

 今の状態、魔力を纏うだけでなく魔法使いの領域に等しい程魔力を練り上げている状態なら受け流す事も造作ではない。

 そう考える位にはメルクリウスはクロスの事を信頼している。


 だが、メルクリウスが見たかったのはこれではない。

 確かに今のクロスは戦えているが、それでも悲しい事にクロスに勝ち目は一ミリたりとも残っていない。

 クロスの方に有効打がなく、同時にヨロイ達が今のクロスに適応する様連携を変化させつつある。

 後数分もすればまた前の様にクロスがただボコボコにされるだけの状態となるだろう。


「……クロスさん凄いですね。でも……勝てるのでしょうか?」

 リベルは不安げにそう呟いた。

「まあ無理であろう。正規軍はそんな甘い存在ではないし、クロスの方もどの位魔力が続くかわからない。いや、むしろ今の状態が快挙過ぎるのだ。流石元英雄だな」

 今のクロスの戦闘は掛け値なしに褒めて良い位だ。

 三十機の新型試作機のヨロイに搭乗する正規軍三十人。

 それに対等以上に渡り合えているのだからまさしく英雄である。


 だが、それでも勝てない。

 障壁を貫く程強力な魔法を使用するか、装甲ごと破壊する様な圧倒的力を身に付けるか。

 とにかく、ヨロイの装甲を打ち貫く切り札がない限りクロスに勝ち目は現れない。

 メルクリウスもほぼ確実にクロスが負けると戦況を読んでいる。


 それでも……例え万に一つでも……。

 それにメルクリウスは期待していた。

 ありえない逆転劇、不可能な奇跡。

 そんな英雄らしい事をクロスがしてくれるとハーヴェスターが期待している。

 だから、メルクリウスも僅かな可能性すらないこの状況を逆転してくれると、ほんの僅かだが……ドラゴンらしい英雄を求める本能が期待していた。




 徐々に、連撃の隙間が消えていく。

 ヨロイ同士の連携がやたらと鋭くなり、クロスの回避がどんどんと難しくなっていく。


 もう正面から素直に殴ってくる事などほとんどなく、全て側面か後方からの打撃で何度もその攻撃を食らっている。


 それでもまだ痛い程度で済んでいるのは魔力が体から溢れているから。

 魔力があるだけでこんなに違うとは思っていなかったからクロス自身驚いている。


 既にヨロイの拳に二十以上は直撃を貰っているのだが、それでもまだ血は出ておらず青あざすらない。

 とは言え……それもそろそろ。

 魔力も体力も限界が近いという事を体は訴え続けていた。


 たった二十分少しの戦闘時間。

 だが、ヨロイ三十機全てを意識しながら回避、防御を重ね続けた二十分越えの時間は想像の何倍も疲労が蓄積する。

 体が動き、避け、防げる様になった。

 だからこそ、その疲労は今までクロスが知らない疲労だった。


 限界が近い。

 だからこそ、体が動かなくなる前に何か出来る事はないか悩んでいた。


 一応一つだけ、切り札はある。

 揺蕩う鎮魂歌。

 魔力を使用しての超振動攻撃。

 これならワンチャンだがヨロイにダメージを残せる。

 だが、それはあまりに自傷が大きすぎて使えない。

 自傷が何とかなるまで使わないとアウラと約束していた。


 そうなるとクロスの中にあのヨロイを貫く様な手段は、ない。

 例え魔力があろうと、魔法が使えないクロスには身体能力が向上する位にしか意味はなく、そしてその程度で何とかなる程ヨロイと言う存在は甘くなかった。


 相手部隊の攻撃を正面から受け止め、そのまま殲滅に移る。

 戦場を支配するとさえ言われる兵器に個人で対抗するなんてのは幻想である。


 体は疲労し、呼吸は乱れ纏う魔力も減少し続けている。

 今まで感じる万能感など既に霧散し、心も体も追い詰められていく。


 何か……何かないか。

 疲労からかやけに激しい頭痛に苛まれながらクロスは必死に模索した。

 そうやって、力が足りない分、能力がない分考え続けるのがクロスの戦い方だからだ。


 勇者の仲間として足りないと言われ続け、足りないと思い続け、それでも必死に考えて考えて、内から解決策を探る。


 そんな風に生きて来ていた。

 生き続けて来た。

 どうせ答えなんてわかりきっているのに。


 自分は、絶対に勝てない。


 どれだけ強くなって、どれだけ変わっても、そこはきっと変わらない。

 圧倒的な存在相手になす術なく蹂躙され、代わりに倒してくれる誰かが現れるまで時間を稼ぐ。

 その程度が自分の限界、関の山。

 そんな事、わかりきっている。


 頭痛がどんどんと強くなる。

 思考が乱れ、考えがまとまらない。


 ヨロイ群に殴られる、蹴られる、吹き飛ばされる。


 痛みが増え、傷が増え、追い詰められていく。


 それでも、諦めたくなかった。

 自分が何も出来ないままなんて……認めたくなかった。

 そんな時……。


『いい加減、思い出して』


 誰かの声が、クロスの耳に届いた様な気がした。

 物理的に聞こえた訳ではない。

 だけど、誰かが何かを伝えようとしてくれたのは確からしい。


 気付けば頭痛はなくなっており……代わりに胸元が小さく小刻みに振動している。


「ああ……そっか。ごめん。忘れていたよ」

 クロスは申し訳なさそうに微笑み、懐に手を入れた。


 『アタラクシア・ 』。

 それは小さな短刀であり、その特性は持ち主に合わせて勝手に成長するというもの。

 リビングソードの一種であるが意思の様な物は感じられず、また非常に使い勝手が悪い為好んで使い手となりたいものなどいなかった。


 だが……間違いなくクロスはこの武器を相棒と見定めた。

 共に成長をする相棒として、頼りにすると決めていた。


 その相棒が、思い出せと、自分を使えと言ったのだ。

 ならば信じるしかない。


 何も考えず、クロスは無心に己が魔力を全て相棒に注ぎ込み、振り抜く。

『もっと信じて』

 そう聞こえた様な気がして、クロスはにやっと笑い自分の出来る全てを、技術を、技を、全てその剣にぶつけた。


 ぱきんぱきんと音を立て、その剣は刃を形成していく。 

 どこからかドロっとした金属が流れ、それが短剣の刃を伸ばしていた。

 短剣でしかなかった剣はその一瞬だけだが刃渡りが二メートル近くまで延び、振り下ろされる拳に垂直になる様刃が触れる。

 多くの者が見る事すら出来ない程鋭い斬撃。

 長い事勇者と共にあったからこそ覚えた、勇者の、王道の太刀筋。


 そしてその刃はヨロイの装甲に触れて砕ける……ことなく、ぬるっと、溶ける様にヨロイの巨腕を切り裂いた。

 その刃剣は目視出来ない程に小さく、高速で震えていた。


 それはクロスの切り札。

 魔女との友情の証。

 クロス唯一の魔力を使う技。


 その切り札を、その相棒は、その剣は覚えていた。

 クロスが自らの右腕を駄目にした時の事を、その剣は痛い程強く記憶していた。

 だからその剣は、主の体の代わりにその反動を全て受け止め切った。

 自らの役割と言わんばかりに……。


 ずどん、と大きな音を立てて切り落とされた拳が地面に落ちる。

 気づけば剣は元の短剣の長さに戻っていた。

 たぶん、魔力を通せばまた剣の刀身は伸びるだろう。


 クロスは再度戦う準備をしようと構えたその瞬間――。

「そこまで!」

 メルクリウスの叫び声が耳に届く。

「ご主人。新型ヨロイをそれ以上壊されたらハーヴェスターに怒られてしまうぞ」

「はは……。そりゃ……駄目だ。お酒が貰えなくなる」

 そう呟き、クロスは疲労の限界からぱたりと倒れ伏せた。

 魔力を使いすぎると、おそろしく疲れて動けなくなる。

 クロスは初めてそう知った。




「まあ……終わりとしては丁度良かったですかね」

 リベルは慌てた様子で終了を叫んだメルクリウスを見ながらそう呟いた。

「ああ。そうだな……これ以上あんなところを見せられたら……私の我慢が出来なくなってしまう」

 そう答えるメルクリウスの様子は、異様な程――淫靡なものだった。

 紅潮し、汗を掻き、目が虚ろで。

 まるで発情している様な……。

 そんな見ている方が赤面しそうな様子にメルクリウスは陥っていた。



「ああ……わかっている。わかっている……。まだ、まだ駄目だ。まだまだ全然、これっぽちも足りていない。弱すぎる……そう。ご主人はまだ弱いんだ……私には全然届かない……」

 そう呟き、メルクリウスは自分を抑える為に爪を肌に食い込ませる。


 彼ら龍は本能として、常に英雄を求め焦がれている。

 では英雄とは何か。

 龍種と言ってもその種類は多く、そして求める者も恋愛の様に十人十色。

 もちろん、それなりに強い事は絶対条件だが、強さ以外にも求めるものは多くある。


 その一つが、不可能を可能にする事。

 ドラゴンという上位種を地に伏せ屈服させる程の不可能をドラゴン達の多くは夢見ている。


 どんな方法でも構わない。

 卑怯でも、インチキでも、ズルくても、何でも良い。

 絶対に出来ないという逆境をはねのけ、奇跡を起こすその魂を強く輝かせる者に、龍は心を奪われる。


 それは恋に近いだろう。


 殺し合いたい(愛し合いたい)

 そんな龍の本能。

 強者であればある程に叶わないその本能を久方ぶりに刺激されたメルクリウスの表情は、恐ろしく冷たく、暴力的で、それでいて淫靡な物となっていた。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
まさにこの世界の龍は「強すぎて手こずれない」。 某地上最強の生物と言われた○次郎さんみたいなもんですな。
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