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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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賢者の資格


「やれやれ。結局使う事になってしまった。出来るなら温存したかったのだ……その上壁まで自分でとは言え壊す事に……。もう少し計画性という物を持たなければならないなぁ私は」

 そう言いながら老人と機械の腕を持つ異形が壁の向こうから現れる。

 その老人を、クロスは必死に睨みつけた。


 本音で言うなら、今すぐ何も考えずあのジジイを殴り飛ばしに行きたい。

 自分の目の前で二人に危害を加えたこいつらに何も考えず襲い掛かりたい。

 だが、それをする訳にはいかない。

 だからこそ、クロスは怒りを抑え込み、ただ睨みつけるだけしか出来なかった。


「ああ……。どうやら私はやらかしてしまった様だ。耄碌してしまった様だ……」

 そう呟き老人は小さく溜息を吐いた。

「お前、それはどういう――」

 そう言葉にした直後に背後から何かが動き近づく音が聞こえる。

 その気配はリベルのものだった。


「リベル! 無事か!?」

「何とか」

 そうリベルは言葉にしながらクロスの横に移動する。

 ただその様子はどう見ても無事には見えない。


 顔側面に真っ赤な痣があり、口からは血を垂らし、左腕は鞘に入った剣と一緒にへし折られている。

 これを無事と呼ぶ奴がいれば間違いなく節穴だろう。


「……すまん。守り切れなかった」

 クロスの言葉を聞き、リベルは俯き首を横に振った。

「それを言うなら私もだ」

「……は? まさかリリィちゃん――」

「命に別条はない。だが……。出来る限り庇ったつもりだったが……いや、言い訳にしかならないな。すまない」

 そういってリベルはちらっと背後を見た。

 それに釣られクロスもその方角に目を向ける。


 そこには、純白の綺麗な翼をしたハルピュイアが横になり、目を閉じ眠っている。

 その片翼は、本来曲がらない方向に折れ曲がり、畳まれた様になっていた。


 人間の女性が髪を愛する様に、ハルピュイアは、ホワイトリリィは自分の翼を愛し磨き上げている。 

 その翼から羽は抜け落ち、血で染まり、折れ……。


 そこまで考えた時、クロスは何も考えられなくなった。


 何も考えず、リベルの静止の声を無視し、ただ怒りの衝動に身を任せ目の前にまっすぐ突っ込んだ。


「お、おい!?」

 そうリベルが叫んだ時にはクロスは老人の方に拳を振り上げていた。

 力任せの一撃。

 技術も何もない怒りだけの拳だが、それでもこれまで戦い続けた男の拳である。

 当たれば怪我では済まない。

 だがその老人はクロスに対し一切怯えた様子は見せず、冷静に後ろに一歩下がる。

 そして老人と入れ替わる様に異形が割り込みクロスに相対した。


 その時初めてクロスはその異形を認識してしまう。

 そしてその結果……クロスはそのまま硬直し動けなくなってしまった。


 それは理解してはいけないものだった。

 それは許してはいけない行為だった。


 ただただ――おぞましい。

 理解の外にある異形、認めてはいけない悪。

 そうとしか言えないその機械の化物を見て、クロスは現実を認識出来ず動きを止めた。

 そんなクロスに異形は鎌の様な腕を振りかざし、斜めに振り抜いた。


「クロス!」

 リベルは叫びながらクロスを背後から掴み、引っ張り投げ飛ばす。


 鋭い刃が肉を抉る傷みと、壁に叩きつけられ傷む背中。

 それによりクロスは意識を取り戻し、自分の体を見る。

 胸から腹にかけて斜めに深い傷跡があり、そこから決して少なくない血が流れだしていた。

 もしリベルが助けてくれなかったら今頃この傷跡を境に自分は二つの肉片と成り果てていただろう。


「すまんリベル。助かった……」

 そう言って立ち上がった後、クロスは老人を睨みつけた。

 さっきまでの比ではない怒りを込めて。


「おいクソジジイ……それは何だ……お前は一体何をやりやがった!?」

「それ? ああ。私の機械製愛玩動物(ペット)がどうかしたかね? 稼働時間の残りは少なく代用パーツは見つかっていないが……まあなかなかに優秀だと自負しているが――」

「そんな事は聞いちゃいない。どうして……どうしてそんな事に……」

「はて? どういう事かもう少し詳しく教えて貰えないかね? でないと言葉を返す事も出来ない」

 その言葉にクロスは歯を食いしばり怒りを顕わにする事しか出来なかった。


 実際の所、クロスはそれを何と表現すれば良いかわからない。

 ただ、許してはいけない代物であるとしか理解していなかった。


 そのペットと呼ばれた存在ははっきりいって気持ちが悪い。

 不気味、見ていられない。

 そうとしか表現が出来なかった。


 胴体、頭、腕、下半身、その全てがちぐはぐで統一性がない。

 おそらくだがそれぞれ別の生物の部位なのだろう。


 下半身は異様な程に太い。

 男性とか女性とかそういう次元ではなく、成人男性の胴体位の太さを持っている。

 それと同時に足先はサイやゾウを彷彿とさせるような平たく大きな蹄状になっており、その下に車輪が内蔵されていた。


 反面、胴体は細く小さい。

 その代わりその周りには何かのパーツやら何本ものパイプやらが繋がれ煙やら光やらが漏れている。


 左腕は完璧なまでに金属で構築されている。

 銀色でカチカチと金属音を放ちながら動く作り物の腕。

 その左腕は金属と機械のみで構築されていた。

 反対に鎌の様になっている右腕は完全に生物の腕である。

 緑色で繋ぎ目に幾つか節がありまるで昆虫の様で……それを一言で例えるなら巨大なカマキリの腕となるだろう。 


 そしてその異形の顔は……ごく普通の女性そのもの。

 クロスが絶対に受け入れたくない部分、敢えて見ない様にしていたもの。


 そのペットと呼ばれた存在の顔は若い女性のもので、常に涙を流しうわごとのように何かを繰り返し呟いていた。

 擦れ擦り切れた布の様なか弱い音で聞こえるその言葉は……『殺して』だった。


 頭が真っ白になる。

 この表情が例え作り物であっても……ただ相手をびびらす為の仕掛けであったとしてもそれは悪趣味極まりなく性質が悪い。

 だが……クロスにはその歪みきって苦しんだ顔が、髪が全て白髪になる程苦しみ深く刻まれた絶望の皺が作り物であるとはとても思えなかった。


「ああ。そう言う事ですか」

 ぽんと手を叩き、老人はにこやかに話し出した。


「ええ。そうですそうです。貴方は元々人間でしたね。だから同胞だと理解出来たと。なるほど」

「……は?」

 それはクロスの想像とは全く違う答えだった。

「ええはい、生体ユニットの頭脳部分は人間の物を使用しております。もうかれこれ三十年……位ですかね」


 つまり……その女性はそんな訳のわからない物にされ、三十年以上もそんな絶望的な表情をし続ける程苦しめられ続けているという事か。


 クロスは拳を固く握り、何かを堪える様歯を食いしばる。

 それに反応し、自分の腹に出来た傷から血が噴き出す。

 それも気にせず、クロスは 心を怒りに染めていった。


 この悪意なき邪悪な行為を許してはいけない。

 許しては良い訳がない。

 クロスの中で獣がそう叫んでいる。

 そしてクロスはそのまま怒りに我を任せ――。


 その時……ぎゅっと、その手が握られた。

 怒りで強く握りしめているその手を、優しくリベルが包んでいた。

 それと同時に暖かい物が腕に流れてくる。

 何となくだが、それが魔力であるとクロスは理解出来た。

 その魔力はクロスが知っている無色のトゲトゲしい痛みの走る魔力ではなく、恐ろしい程に甘く、優しく……感じるだけで傷が癒えてしまいそう様な穏やかな、そんな魔力だった。


「ごめん。私はもう限界みたい。それしか魔力返せなくてごめんね」

 そう言葉にするリベルをクロスは慌てて見る。

 リベルの顔色は恐ろしい程に悪くなっていた。


 本調子ではないリベルがリリィを庇った時の傷と消費した魔力は決して軽いものではなく、リベルに出来る事はもうほとんど残されていなかった。


「怒りに身を任せるなんて間違いを犯すのは君らしくないよ」

「……俺らしいって……何だよ……」

「賢者様である事。大切な事は決して見失わず、大事な物を間違えない。それが賢者様」

「……俺は……いつも間違えていた。失敗しかしてない。そもそもの話馬鹿な俺には正しい事ってのがわからない! 俺には何も……」

「……ごめんね。本当はこんな任せきる事言いたくないけどさ、本当に限界なんだ。だから敢えて言うよ。『信じてる。後は任せたよ賢者様』」

 そう言葉にしたリベルはそっと後ろに移動する。

 それは決して逃げた訳ではない。

 リベルはせめて肉壁となるべくリリィの前に立ち、そのまま動かなくなった。


 リベルに意識が残っているのかもわからない。

 それでも、リベルがそこから動く事はないだろう。

 最後の最後まで、リリィを守る為に行動する。

 それだけは確かな事だった。


 クロスは苦々し気な顔で歯を食いしばった。

 相変わらず怒りで目の前が真っ赤なまま。

 今すぐでも襲い掛かって八つ裂きにしてやりたい。


 だが、怒りに我を忘れて襲い掛かる事は間違いであるとリベルに諭されてしまった。

 甘い甘い魔力と共に優しい言葉で、叱られてしまった。

 託されてしまった。


 だからクロスは怒りを我慢するしかなかった。

 何が正解はわからない。

 無学で、無知な自分では正解はわからない。

 だけども……それでも託されてしまったのだ。

 だからクロスは間違える訳にはいかなかった。


「……ふむふむ。まあ興味本位も良いが損切りの方が楽か。クロス君、取引をしないかね? 君にとっても都合が良い条件だと思うけど」

 そう、老人はクロスに話しかけた。

「……取引だ? リリィちゃんを渡せというのなら――」

「ああいや。それはもう良い。元々そこまで欲しい訳でもないし今の彼女なら本当にいらないんだ」

「……あ? てめぇそれはどういう」

「元々はね、うちのペットに羽を付けてあげたかったんだ。白い綺麗な翼は女性が好むだろう?」

「……おい。まさかそれだけの理由で?」

「ああ。それだけの理由だよ。見ての通りペットの生体ユニットは苦痛に耐え続けなければならないからね。どれだけ壊れない様に手を変え品を変え稼働させてもどこかで限界が来る。だからせめて綺麗な物でも生やせば壊れるまでの期間が僅かでも伸びないかなと思って。だけど……ほら。私が失敗しちゃって折れちゃったでしょ? 翼。それが治るまで待つのもばかばかしいし」

 そう老人はあっけらかんと言い放った。


 その口を縫い付けられたらどれだけ快適だろうか。


「……それで、条件は?」

「うん?」

「取引だよ。何を求めて何をくれる?」

「ああ。このままお互い手打ちにしてなかった事にしてくれないかな? ペットが負けるとは思えないけど、出来るならあまり戦いたくない。新しい生態ユニットもまだ見つかってないし」

「……つまり……その子を戦わせたくないから退くと」

「ああそうだとも。これの経年劣化が激しくてね。他はともかく苦痛に耐え続ける必要がある脳だけはあと二、三年で擦り減り壊れる。一瞬で決着がつくならそれも良いけど戦闘時間が伸びたら伸びる程より早く限界が来る。次を探すのも面倒だし纏めたい資料も最近溜まってる。だから戦いたくない。君も戦う事なく二人を連れ帰れるのだから良い取引だと思わないかな?」

 その言葉に、クロスは否定出来ない。

 目的だけで考えるならその提案を受け入れ、この老人がどこかに消えてから二人をここから運び出せばそれだけで目的が達成出来る。

 それは都合が良すぎる位の条件であり、同時に相手が嘘を付いてもいないとも理解出来る。


 その上で……クロスはその言葉に安易に頷きたくなかった。


 それはつまり、こいつを逃がさないといけないという事だから、その苦しむ彼女を見て見ぬふりをしなければいけないという事だからだ。


 リリィとリベルを守るという意味で言えば受諾する事が理想である。

 だが、それはクロスにとって正しい事では絶対にない。


 その矛盾、悩み。

 決して応えが出る事のない思考。

 それを遮る声は、誰にとっても予想外のところから出て来た。


「もしか……て。クロス……様……です……か……?」

 ガラガラに擦れたヘビの鳴き声の様な声。

 そう声を発したのは、その機械人形の方からだった。


「……なんと! もう二十年は他の事を発しなかったのに……既に摩耗しきって心など残されていないはずなのに!」

 そう、老人は歓喜の声を露わにした。


「……君は?」

「昔……大昔……助けていただいたものです」

「……そうか。クロード達に助けてもらった子なんだね」

 そうクロスが答えると、彼女はそれを否定した。

「いい……え。私は……私達は……私達の村は……クロス様に……」

「……俺が?」

 正直心当たりがない。

 他の人達ならともかく自分が村一つを救うなんて大それた事した記憶がなかった。

「……はい。間違いなく……私達の村は……貴方様に救われました」

 そう言って彼女は微笑んでみせた。


 その笑顔を、クロスは思い出した。

 大昔、勇者と共にした冒険で立ち寄った小さな村。

 そこにいた美人姉妹。

 その片割れ。

 別れの時、珍しくクロードにではなく自分に微笑んでくれたその子の事は、確かにクロスの記憶に残っていた。


「ガラハちゃん……」

「……そう。そう言えば……私そういう、名前でしたね。はい。ガラハです」

「なんで……なんでこんな場所に……」

 クロード達と冒険に出た時に出会った時から全く老けていないガラハを見てそう呟かずにはいられなかった。


「はは……どうして……で……しょう」

 そう言って笑うガラハに何も言葉にする事が出来なかった。


「ふむふむ。自意識の回復と……。これならもう十年位保ちそうだ。いやそんな事よりもこの情報を研究しなければ……。もしや同胞がいれば使用期限が伸びるのか。それはつまり……」

 そんな聞きたくない独り言が耳に入りクロスは顔をしかめた。


「……逃げて……下さい」

 そう、ガラハはクロスに言葉にした。

「……君は?」

「私は……無理です。せめて五秒だけでも……抵抗しますから……その間に……」


 そんな事言われて、逃げられる訳がなかった。

 苦しむ彼女を放置して自分だけおめおめと逃げ出せる訳がなかった。


「……実は……私達姉妹は……二人ともクロスさんの事……好きだったんですよ……あは……は……」

 そう言ってガラハは微笑んだ。

「そか。……りがとう。何か、俺にして欲しい事はある?」

「一番は……あれの犠牲者を私で終わらせて欲しい……です。そし……て……贅沢を言えば……」

「贅沢を言えば?」

「楽に……なり……たいです。もう……痛いのは嫌なんです。ずっと……ずっと……痛い……です……」

 そう言葉にして微笑むガラハは小さく震えていた。


 数十年、眠る事すら許されず体を支配され、ただただ痛みだけを与えられ続ける。

 それは拷問という言葉すら生易しい所業と言っても良いだろう。


 それをクロスが理解した時、クロスの怒りが限界を超えた――。

 人類の英雄、勇者の仲間として……いや、世界を救う為に冒険にでた一人として、そして可愛い子に幸せになって欲しいと願う一人の馬鹿な男として……クロスは正しく怒った。


 良く、堪忍袋の緒が切れるという表現があるが感覚はそれに近かった。

 クロスは自分の中で、()()()と言う音が聞こえた様な気がして、同時に自分の中に眠っていた何かにスイッチが入った。


 クロスは自分の中にある大きな怒りを感じている。

 だがそれは今までと異なり、その怒りをどこか他人事の様に眺められていた。

 確かにそれは紛れもなく自分の感情である。

 今までの様に我を忘れ、暴虐的な衝動に支配され暴れてしまう程の強い怒り。

 その感情を、何故か理性が完全に制御出来ていた。


 この怒りは自分の心からの叫び、魂である。

 誰かを想うが故に生まれる怒り。

 他者の幸せを願うからこその感情。

 クロスの中にある、数少ない正しさ。


 だからこそ、今ならばこの怒りが決して間違いではないと理解出来る。

 先程までと違い感情を理性で制御出来ている今ならば、この怒りが正しい物であると――。


 怒りを燃やし、純度を高め、その上で怒りを制御しきって育てる。

 例えるなら、青い炎。

 それを胸の内に秘め、心は熱く、その上で理性的に。

 そうする事で、世界を冷ややかな目で見られる程の万能感が得られていた。


 今まで見えてこなかった世界の法則が、世界の理が読み取れる状況。

 自分の中に生まれつつある自分に適合した魔力を感じる。

 それも、無限に近い量の魔力が。

 怒りから純度の高い魔力を生成、精錬しながらクロスは極めて冷静に状況を把握していた。


 確かに、目の前のガラハをパーツにしたそれは自分より強いだろう。

 さっきまでの自分は当然として、さっきまでと異なる位階に至った今の自分ですらも勝てるという自信はない。

 それでも、何とかしなければならない。

 そうクロスは考えた。


 自分を好きだと言ってくれた女の子の願い一つ叶えられなくて、賢者を、勇者の仲間を、クロードの友を語る事など出来る訳がなかった。


「……少しだけ、頑張ってくれるかな。すぐに楽にしてあげるから」

 そう言ってクロスは微笑もうとする。

 だが、笑う事は出来ない。

 頬を引きつらせ、涙を流す事しか出来なかった。


 その言葉にガラハは縋る様な瞳で、泣きそうな顔で頷いた。

 楽にしてくれる。

 クロスがそう言うならきっとそうなると、ガラハは昔村を救ってくれたクロスならそうしてくれると心から信じていた。




 クロスは魔法が使えない。

 今の様にふんだんな魔力を感じられ、魔物となってもそれは変わらない。

 魔法とは学問であるからだ。

 だが、たった一つだけ魔法とは呼べない程の小技を持っていた。


 それはクロスが人間であった頃、戦う際の手札を増やしたくてメディールに相談した事によって生まれた。

 学も知識も技術も魔力もない、ないない尽くしのクロスでさえも使える様……赤子にすら出来る程極限まで簡易化させクロスにだけ適合させた技術をメディールはクロスに授けた。

 そんな理由で生み出した物である為、その内容は限りがない程にシンプルである。


 メディールから魔力を受け取り、その貰った魔力を振動に変換する。

 魔法を使う時、術式が甘いとロスとして魔力振動が発生し魔力を無駄に消耗する。

 だから本来ならばそれを極限まで減らすのが魔法の基本原則なのだが、この場合は反対にそれを利用した。


 油断したら勝手に出て来る魔力振動を逆に極限まで発生される。

 それがメディールがクロスの為に用意した武器だった。


 魔力で振動を生成し、更に振動を魔力で増幅させ、ついでに生まれた魔力振動で無理やり振動を発生させループさせる。

 ただそれだけのもので、それは技術とすら呼べない。


 それでも、それはクロスの持つ数少ない火力ある手札の一つでもあった。


「あの頃はメディールに仰々しすぎる名前だと言ったが……今なら丁度良い名前だと思えるわ」

 生み出され続けている膨大な有色の魔力を全て己が右腕に集中させ、それを振動に変換していく。

 耳鳴りの様な音が右腕から響くが、それでもまだ止めない。 

 ただただ延々と魔力を変換し高周波を腕に取り巻いていく。


 極限まで圧縮した振動を対象に叩きつける魔法。

 その名を――。


揺蕩う(スクリーミング・)鎮魂歌(レクイエム)……」

 そう呟き、クロスはそっとガラハの頭を撫でた。

「お疲れ様。ゆっくりお休み……」

「あ……痛みが……あり……」

 最後に一滴の涙を零し、ガラハはそのまま砂の様に崩れ去っていった。


ありがとうございました。

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