拝啓、檻の中より(中編)
魔物の様で魔物でもなく、道具の様で道具でもない。
機械であるとは思うのだが、あまりに人型に近く機械にも見えない。
確かに魔物にはパペットという種族もいるしクロスは知らないが機械種族も独自のコミュニティを築いている。
だが、その機械人形はそのどれでもなかった。
そんな異形の群れに囲まれたクロスは馬車の中に隠れるリリィを助ける為、その異形、機械人形達を葬っていく。
その外見のおぞましさの割に戦闘力は本当に大した事がなく、正直ちょっと運動神経の良い農民でも十分戦える程度の強さにしか感じない。
それでも、その弱さを補ってあまりある硬さと無限に湧いているのではないかという程の数は厄介な事この上なかった。
動き自体は鈍重で、武器らしい武器も持っておらずただこちらに近づくのみ。
だが殴っても蹴ってもふっ飛ばず、倒れたとしてもこちらに倒れようものなら押しつぶされかねないという面倒さ。
耐久力の所為でちょっとやそっとの攻撃ではびくともしないという厄介な敵が数えるのも億劫になる程いる。
このままでは押しきられてしまう。
そんな不安を拭いさる為にクロスは我武者羅に敵をぶん殴り、蹴飛ばし、機械人形を必死に破壊していく。
最初の時にその硬さから拳を負傷したのだがそれでも何とか戦い続け、しばらくすると倒す事は出来ずとも運良く機械人形の腕がもげた。
それ以降はその腕を武器として戦い、壊れる度にそこら辺に転がる人形のパーツを武器にクロスは戦い続けた。
これが人間だったらどれほど悍ましい光景になるだろうか。
そんな事を考えながら数分、あるいは数十分程戦っていると……馬車の中にいたリリィが慌てて出てきてクロスの方に駆け寄って来た。
『何かあったの?』
そうクロスが尋ねると、リリィは泣きそうな顔で笑いながら空を指差した。
上を見るとそこには、複数体の金属の骨格だけで構築された飛行物体が飛んでいた。
まるで鳥の様な姿だが、肉を一切持たない光沢のある金属の骨格のみの鳥。
それらはハゲタカが獲物を見つけたかのよう馬車の上をぐるぐると回っていた。
逃げ場がなくなったとクロスが気づいたそのタイミングで、老人が姿を見せた。
目を閉じ身じろぎすらしないリベルを抱えて。
『何とかならない事はないが、出来るだけ損害を減らしたいのでね。出来ればこのまま大人しくしていて貰えないだろうか?』
そう、老人はクロスに問いかける。
クロスは考えた。
最優先はリリィの安全。
自分やリベルはなんだかんだ言っても護衛という任務を受けた身である為、危険など当然織り込み済みだ。
だが、リリィは違う。
リリィは完全なる被害者だ。
だからリリィだけでも逃がしたいのだが……逃げ場には機械人形と金属の鳥で塞がれている。
無理やりこじ開けてリリィだけでも逃がす。
その方法でうまくいくだろうか。
クロスは悩んだ。
悩んでしまった。
ばたっと、背後から音が聞こえる。
それがリリィの倒れた音だと気付き、クロスは慌てて後ろを振り向き、しゃがみこんでリリィを抱きかかえる。
そこで、クロスは老人の狙いにようやく気が付いた。
老人は本当に、ただ大人しくしていて欲しかっただけである。
足元にうっすらと見えるもやの様な空気の歪みを見て、ようやくクロスはそれが意識を奪う何かであると気が付く。
だが気づいた時には既に手遅れだった。
数分程睡魔と格闘してみたが何の意味もなく――リリィと同じ様に、クロスも意識を刈り取られた。
「っていう感じの事があった。そっちは?」
クロスの説明にリベルは単独行動時に起きた事を話した。
アリスという国で危険人物指定している人物を発見し、自分の能力に過信をして突撃。
魔法や能力であるのなら何とかする自信はあったが、アリスがリベルに使ったのは能力ではなく、ただの威圧。
アリスにとってリベルとは軽く脅すだけで動けなくなる程の存在でしかない。
それほどまでに、生物としての格が違っていた。
リベルはただの威圧に対してなすすべなく、そのまま魔力を吸われ殺されかけ意識を失った。
その説明を聞き、クロスは頷いた。
「うん。リベルが一人で突っ込んだのはあながち間違いじゃなかったな。というよりも、はなから詰んでいたと言っても良い。……いやむしろ、現状が一番マシな状況と言っても良い」
「それは皮肉か嫌味か何かか?」
リベルは下手な慰めに感じ怒りを滲ませてそう返す。
その様子にクロスは淡々と説明を返した。
「もしあの時リベルが俺達と一緒にいたらさ、そのアリスって奴とあのクソジジイが変な金属の奴らに加えてこっちに来てこの馬車を襲撃していただろう。そうなった場合……俺とリベルでどうにか出来ると思うか?」
ふるふると、リベルは首を横に振った。
「だろ? そしてその場合はさ、人質の必要性がなくなる。そうなるとリベルか俺、どっちかがこの場に居なかった可能性が高いな。あるいは両方か……」
「そう言われると納得出来るな。……業腹ではあるが」
「はは。まあしゃあない。ついでに言えば、そのおかげでアリスとやらがどっかに帰ったみたいだしそういう意味でも別行動の利点はあったな」
その言葉をリベルは鼻で笑った。
「はっ。まさか賢者様は敵の言葉を信じているのですか?」
「おっ。調子戻って来たじゃないか。ちなみに俺はあのクソジジイは嘘ついてないと信じてるぞ」
「あれほど信用出来ない胡散臭い男なのに?」
「俺達にとって、あのクソジジイは怨敵だ。だがあいつから見れば俺達は敵じゃない。あいつの目に俺達は実験動物としか映っていないからな。んでさ、モルモットにわざわざ嘘つく奴はいるか?」
「……ああ。嫌な程納得出来てしまったよ」
苦笑いを浮かべながら両手を横に広げ、やれやれといった具合でリベルはそう呟いた。
「それでさ……何かここから脱出する為の手はない? ちなみに俺はない」
「……残念だが私も今は出来る事がない。見ての通りまともに歩けるかどうかという体調だしな」
座るだけでしんどそうな様子であるのだからそれは当たり前な事でしかなかった。
悲しい事に、クロスという存在はどうあがいても器用貧乏から逃れられない。
昔っから小手先程度のことしか出来る事がなく、何もかもがそこそこ止まり。
一応手札が多いという取り柄はあるかもしれないが……それにしても盗賊ギルドから来たメリーという完全上位互換がいる。
だからこそ、自分の評価は中途半端と言わざるを得ない。
そして、何か一つに特化した才能がないからこそ、道具に頼れないこの状況ではクロスは凡人ちょっとの能力しか持ち合わせていなかった。
「……今はない……という事は後になれば何か出来るという事か? すまん。俺に手札を晒したくはないだろうが……出来たらもう少し詳しく教えてくれないか?」
「馬鹿やったこの状況で私に下手に出られる方が逆に辛いのだが……。まあ言いたくない事は確かにあるから避けて出来る事だけ端的に説明しよう」
「ああ。頼む」
「私という存在は内面世界、精神、まあ魔力の様な物に依存している。だから魔力がないと今みたいに何も出来なくなる。つまり逆に言えば……」
「魔力があれば何か出来るという事か?」
「ああ。魔法使い、とは少々異なるが魔力を使って何かが出来るという広義の意味で言えば私は魔法使いと言っても良い」
「そうか。……じゃあ魔力はどの位で回復しそうなんだ?」
その言葉にリベルは押し黙った。
「……相手もしっかりと対策を取っているという事らしい。まだ微量しか回復していない。このペースなら……少なくとも脱獄出来るまで回復するのに五年位かかるだろうな」
そう言ってリベルは牢屋の様子を確認した。
「何かこの牢屋に仕掛けがあるのか?」
その言葉にリベルは頷いた。
「ああ。多重魔力障壁が至る箇所に設置されており、同時に外部から魔力が入らない様に遮断もされている。私にとって特に後者が致命的だ」
「……ふむ。魔力がないと何も出来ない。逆に言えば、魔力があれば……何とか出来るのか?」
「肯定しよう。厳密な魔法使いじゃないから魔力障壁なんてあまり意味がない。魔力さえあればだが、脱出は難なく出来るだろう」
「じゃあさ……俺が魔力を供給するってのはどうだ? 無色の魔力なら俺生成出来るけど」
その言葉にリベルは顔を顰め、その後クロスの方を何を言っているんだろうという様な顔で見つめた。
「……君は無色の魔力を生成する訓練でも受けたのか?」
「いや。だけど前生成出来たから大丈夫だろう」
「それは相当痛くなかったか?」
「ああ。めっちゃ痛かった。逆に言えばただ痛いだけだろ?」
リベルは盛大に溜息を吐いた。
「命名上無色の魔力、無色のマナと呼ぶが、それは決して無色で安全な物ではない。有色の魔力を植物の蔓と考えれば、無色の魔力は茨だ。生成する度に全身が傷だらけになる。精神的な意味だけでなく、肉体的な意味ですらだ。何の準備も訓練もなくそんな事をしようとする奴も出来る奴も私は見た事がないぞ」
「そうか。だけどさ……他に手はないんだ。無色の魔力なら俺は作れる。それを吸収する事は出来ないか?」
「……出来る。普通ならともかく、私はそういう存在だしそういう方法もある。だけど……」
「だけど?」
「……賢者様はそれで良いのか? その様なリスクのある選択で」
「頼むよ。俺じゃこの牢屋を壊せない……。助けに行けないんだよ……」
そう言葉にするクロスの顔は、リベルが普段する表情よりもよほど自虐的だった。
そんな顔をされれば、気持ちが理解出来るリベルが断る事など出来るわけがなかった。
「私の体に触って、魔力を生成してくれ。後は私が何とかする」
そうリベルが呟くと、クロスはぱーっと明るい笑顔となった。
「わかった。頼むよ」
そう言ってクロスは目を閉じて、右手でリベルの手を握った。
「……どうして手を握るんだい?」
「肩とか頭とか触るのってちょっとセクハラっぽいかなと。嫌だった?」
その言葉にリベルはそっぽを向いた。
「……別に嫌ではない。どこまで出来るかわからないが、牢屋を壊す分位の魔力が溜まったら合図を出す。だから頑張ってくれ」
「ああ。頑張るよ」
リベルにそう言って貰える事がとても嬉しくて、クロスはにっこりと微笑み、目を閉じた。
一度出来た事だからか、魔力の作り方は体が覚えている。
体の中にある赤をイメージするその感情。
クロスにとっては獣欲や怒りなどがそれに当たる。
その感情を、とにかく引っ張り出して燃やす。
心にある赤で全身を染め上げる。
それがクロスの理解した、無色の魔力の生成法だった。
幸いな事に、怒りの対象だけは事欠かさない。
リリィを護れなかった事、リベルを落ち込ませた事。
そんな事になったのに何も出来ない事。
そんな自分にクロスは何よりも怒っていたからだ。
この怒りに比べれば、体の痛みなんて微々たる物でしかない。
体が怒りに引っ張られ、目の前が赤くなり、そして尋常ではない痛みが体に走り力の塊が生まれる。
その塊をそっと右手に動かした。
それだけで、その塊が消えていくのをクロスは感じる。
どうやらこれで間違いはないらしい。
それだけ理解すると、クロスはただ怒りという薪で心を燃やし、痛みに耐え続ける。
それ以外の事を何も考えない様にした。
「……い。……も…………。……い。おい……。おい! もう良い!」
そう叫ばれて、クロスはようやく我に返った。
「も…………」
魔力が足りたのかを聞きたくてクロスは言葉を発しようとしたが、口の中に液体が溢れており言葉が出て来なかった。
喉の奥に熱くねばっこい液体が溜まっている。
その味、香り、粘度からそれが血液であるとクロスは理解出来た。
そっと目を開く。
比喩表現ではなく、目の前が真っ赤になっていた。
目、鼻、耳、口内からおびただしい量の血液が流れていた。
「やりすぎだ! 何度ももう良いって言ったのに……どうして止めなかった!?」
泣きそうな声で叫ぶリベルに微笑み、クロスはぺっと口の中にある液体を吐き出す。
予想以上に血の量は多く、今更にクロスは怖くなってきた。
「あー。それで、足りたか?」
「十分過ぎる程にね!」
そう叫んだ後、リベルはクロスの方に手を向け、胸あたりにぴたっと当てて来た。
そうするだけで、唐突に全身に痛みが走る。
いや、これは戻って来たという方が正しいだろう。
「あがっ!」
のたうち回る事すら出来ない痛みに声をあげるクロス。
それを見てリベルはクロスに悲しそうな顔を向けた。
「……酷すぎる。どうしてここまで出来たの……。普通じゃない……」
そう言いながらもリベルはクロスに手を当て続ける。
手の当たる部分から痛みが引いて行くのを感じ、クロスはリベルが治療をしてくれているのだとようやく理解した。
「魔力もったいなくないか?」
「幸いな事に誰かさんのお陰で余ってるんだよ」
「時間もったいなくないか?」
「これでもやる事はやっている。とりあえず君は安心して少し休め」
「やる事って?」
「魔力を飛ばしてホワイトリリィさんの位置を確認した。現在睡眠中らしくおだやかな様子だ。何か異常があればすぐわかる。だから今は君が動ける様になるまで回復させて休むのが最善だ。……これで良いかな」
そう言って、リベルはクロスから手を放した。
「ありがと。んじゃ行こう――」
「だから! 休まないといけないって言っているだろうが!? 話を聞いていなかったのか?」
「いや。だってもう治ったんだろ?」
「そんな簡単に治る訳ないし治ってもあの状態からすぐに動ける訳がないだろうが」
今にも掴みかかりそうなリベルの様子は心配しているのか怒っているのかわからなくなってくる。
クロスは両手を上げ苦笑いを浮かべた。
「わかった。わかったから休む。ギリギリまで休むよ」
そう言って牢屋の壁に横たわるクロスを見て、ようやくリベルは安堵の息を漏らす事が出来た。
リベルはちょこんと、クロスと隣り合わせになる様に座った。
体が密着するほどそばに来るリベル。
金色の髪から良い香りがして、当たる柔らかい肩にドキっとして。
こんな時でも女の子が傍に来るのが嬉しいなんて思う自分の現金さにクロスは苦笑いを浮かべた。
「三回……」
「ふ、ふぁ? な、何がだい?」
慌てながらクロスはそう尋ねた。
「君が生成した無色のマナの量で、普通の魔物なら死んでいる回数だ。君は大多数の魔物が三度死ぬ程の魔力を生成した、特別な能力などを持たずに。普通は激痛に苛まれたら体が竦む様に魔力は止まるし、それを流し続けたら意識が途切れてそのまま死ぬ。だけど、君は痛みの中でも魔力を生み続け意識を保ち続けられた。どうしてそんな事出来たんだ?」
それは心配の声ではなく、どちらかと言えば追及の声だった。
普通ではないという事に対しての、異常者に対して用心する様な、そんな声だった。
「あー。なんでだろうねぇ」
そう言ってクロスは後頭部をぼりぼり掻いた。
「答えて」
「いや。そう言われても……強いて言えば……慣れてるからかな?」
「……慣れてる? 痛いのに?」
「それもあるけどさ……死線を潜るのに慣れてるんだ。この先に行くと死ぬっていうギリギリのラインの見極めって言うのかな……ほら。俺って勇者の仲間だっただろ?」
リベルはこくんと頷いた。
「んでさ、俺って大した才能があったわけでもなかった。だから俺は周りのレベルに追いつくどころか、差が広がり続ける一方だった。最終的には群れて戦う牽制用の雑魚敵すらも俺より遥か格上の存在で、周りを見たら凄すぎて参考にすら出来ない。そんな場所に居続ける為にはさ、ギリギリの死線を潜り続けるしかなかったんだ」
あらゆる攻撃が、あらゆる行動が、あらゆる状況が死を招く。
朝も、昼も、夜も、いついかなる時も。
力があればこうはならなかった。
だが、分不相応な場所に居続けたいと願うクロスは常時命の危険に苛まれ、そして結果だけ言えば、みっともなく、情けなくはあったが、クロスは常に死線という状況で命からがら生き延び続けた。
最高の守り、最高の治療があった事も事実ではある。
だがそれでも、その場にいて心も体も折れず戦い続け、凡人として食らいつき続けるなんて事は誰にでも出来ることではない。
それはクロスだからこそ出来た事であり、悪い意味で普通の事ではなかった。
「……わかっていたはずなのに。君だって幸せな人生が続いていた訳ではない。むしろ人から見れば不幸と言っても良い。それなのに……私は……」
泣きそうな声でそう呟いたリベルは三角座りをし、顔を下に向け両足に埋めた。
たぶん、ここで聞かないと二度と聞く機会はないだろう。
クロスはそう考え、意を決し口を開いた。
「あのさ、どうして俺に嫉妬しているか、教えて貰って良いかな?」
その言葉に対しリベルは沈黙し、ひと時の間の後、埋めた姿勢のままこくりと頭を動かした。
「ここまで私の我儘と迷惑を被り続けた君には、それを聞く権利は確かにある。わかった。休憩がてら、少し私の話をしようか」
そう言って、リベルは自分の昔話を、才能に逆上せていた自分の話を始めた。
ありがとうございました。




