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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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束の間の安堵


 朝の陽ざしに包まれるゆるやかな時間。

 クロスはお出かけをする予定のリリィともう一人の護衛を待つ為魔王城正門前で待機しながら周辺をゆったりとした気持ちで観察していた。


 非常に質が悪く過度に重たそうな鎧を身に纏い、苦しそうに走るスケルトン軍団。

 ……顔色もへったくれもないから本当に苦しいのかどうかはわからないが。


 牛の様な角と尻尾を持った巨乳の商人と交渉するコック姿の爬虫類風の男。

 喧嘩という程ではないが言い争っている姿は人間の時でも良く見る値段交渉のソレである。


 忙しなく動き回るメイド服を着たキキーモラ。

 その他、人と見分けが付かない魔物達が忙しなく動き回っている。


 クロスが見ている範囲で働いていない種族など、日光浴をしているアルラウネ位だろう。

 とは言え、あんまりそちらの方をじっくり見る事は出来ない。

 下半身植物上半身美女のアルラウネは人とかけ離れた種族だからか羞恥の概念が違うらしく、基本的に上半身の露出が多い。

 流石に全く隠していないという事はないが、割とギリギリで下手な水着よりも過激である。

 そういった女性をじっと見るのは紳士的によろしくない……という建前、本音で言えば、この場このタイミングでこれのそれが反応してもらっては困るなんて本音……まるで思春期の少年の様な気持ちでクロスは目を逸らしていた。

 とは言え、その魅力の所為で目を逸らしきれず、あまつさえアルラウネ達に笑顔で手まで振られてしまったが……。


「おっす旦那。元気そうだな」

 そんな声でガスターに声をかけられ、クロスは慌てて首を横に振った。

「ま、まだ元気になってないぞ」

 その言葉にガスターは首を傾げた。

「旦那、何を言ってるんです?」

「ナニの……ああいや何でもない。んでどうしたガスター。今日の護衛はガスターじゃなくてリベルだろ?」

「いや……その、旦那は大丈夫かなと思ってな」

「何がだ?」

「いやそりゃ……リベルが……」

 そうガスターが言い辛そうにするのを見てもクロスはガスターの言いたい事が理解出来なくてピンと来ず、首を傾げる事しか出来なかった。


「はぁ。まあそうだよぁ。賢者様だもんなぁ。懐広いに決まってるよなぁ」

 そう呟き、ガスターはわざとらしく溜息を吐いた。

「その賢者様ってのは止めてくれって言ってるだろ。俺にゃ死ぬ程似合わないと思ってるんだから」

「そうかねぇ。んで、俺の言いたい事はあれだ。つっかかってくるじゃんリベル? 辛くない?」

「え? 別に」

 クロスはさらっとそう言い切り、再度ガスターは溜息を吐いた。

「はいはい賢者様賢者様」

「止めい。ま、全く辛くないって事はないぞ?」

「そりゃそうだ。一方的にああだもんな」

「ああ……。俺と会う度に辛そうで……何とかしてやれんかなーって」

「え? あっちの心配?」

 ガスターの言葉にクロスは首を傾げた。

「へ? 当たり前だろ?」

「……旦那は嫌味言われて辛くないのかい?」

「美人になじられるのってさ、結構良いもんだぞ?」

 その言葉に、ガスターは真顔となった。

「……本気……で言ってるんだな」

「当たり前じゃん。それともセントール的にはリベルって美人じゃないのか?」

 そんなズレた事をクロスは真顔で尋ねた。

「……旦那、あんたやっぱ賢者じゃないわ。うん。俗過ぎる」

「何度も言っているだろう。むしろ俺は夜の賢者になりたいです」

「……旦那も俺みたいなはぐれ者寄りなんだな」

「ああ。そうかもしれんなぁ」

 そう言葉を交わす二人はどこか楽しそうで、それでいてどこか自由だった。


「という訳で俺はまーったく辛くないけど何か俺に会う度に辛そうだから何とかしてあげたい。あげたいんだけど……何すりゃ良いのか。まずどうして俺に突っかかってくるんだと思う? 恋心の裏返し?」

「それはない」

「だよねー」

「と言われても、理由すら思いつかないけどな。そんなに接点ないし」

「ふーん。……あ、リベルと仲の良い奴って知らない?」

「いない」

「……へ? 知らないじゃなくて、いない?」

「ああ。旦那の時みたいに絡みに行く事はないが……まあ普段から割と自虐まみれでな。この魔王城の中でリベルと個人的に親しい奴はいないぞ。……まあ権力という意味でなら多少は仲良い奴がいるかもしれないが……」

「……そうかい。……本当に、一体俺の何処を妬んでいるのだろうか……あげれるものならあげたいんだけど」

「自己犠牲のつもりか?」

「いや。美人に何でも売れるだけ売るってのが俺のモットーだから」

「流石下半身の大賢者様。勇者の仲間だけあって股間も聖剣ってか」

「ま、使う頻度という意味で言や聖剣かもしれんな。今なんて完全に清いさらの体だし」

 そうクロスが言葉を返すとガスターは押し黙り、そして二人で品のないゲラゲラといった笑い声をあげる。

 普段はともかくそういう時だけは波長がぴったりと合い、まるで二人は親友同士の様な心地よさを覚えていた。


「ま、悪いんだけど旦那の場合は何もせんのが一番だと思いますよ? 何を言っても、何をしても、リベルにゃ逆効果になるの目に見えてますし」

「だよな。ま、無理のない範囲でリベルの事を気にかけてみるわ。ありがとな」

「いえいえ。……っと。そろそろ待ち人も来そうなんで、俺は去りますわ。おっかない女は趣味じゃないんで」

 そう言葉にしてガスターはすっと音もなく消えると、入れ替わる様にリリィとリベルがクロスの方に歩いて来た。

「すいません。お待たせしました」

 リリィの言葉にクロスは微笑んだ。

「いや。俺も今来た所だから」

 そんなクロスの言葉に、リベルは鼻で笑った。

「おや。二十分以上前から待ちぼうけ食らっていたのに今来たと。流石賢者様。博愛精神の塊ですねぇ本当。見習わないと」

 そう、リベルは厭味ったらしく言葉にし横で聞いていたリリィを苦笑いさせる。

 これがただの嫌味なら、クロスも流石に言い返すだろう。


 だが、これは嫌味というより僻み。

 我慢出来ない嫉妬が爆発した形。

 そんな状況で、そんな気持ちでいて辛くない訳がない。

 だからクロスは微笑んだ。

「美女二人とお出かけ出来るんだから何時間でも待ってられるさ。俺は後の楽しみがあると嫌な事でも楽しく出来るタイプだから」

 そう言ってにっこり微笑みウィンクをすると、リリィはくすっと笑いリベルは心底嫌そうな顔をする。


 何をしても、どうあがいてもリベルは嫌がる。

 であるなら、いつも以上に素直に行こう。

 そう、クロスは考えた。


「それじゃ行きましょうか。今日も月の子供達ですけど良いです?」

 リリィは二人のやり取りを右から左に受け流しそう言葉にした。

「ああ。もちろん。だけど……リリィちゃん動じなくなったねー」

 リベルを見ながらそう呟くクロスにリリィは微笑んだ。

「これでも人付き合いは得意ですから」

 そう言って優しく微笑むリリィは美しい一輪の花の様に可憐であり、同時になかなか折れない強かさを持っていた。

「そっかそっか。そりゃ良い。それじゃ、行こうか」

 そうクロスが返すとリリィは頷き、翼でリベルの肩を軽く揺すった。

「リベルさんも行きましょう?」

「え? あ……ああ」

 茫然としていたリベルは我に返って頷き、そっとリリィを中心にクロスの反対側に逃げる様に移動した。





 がたんごとんと馬車の中。

 美人二人に見つめられ。

 進む時間は。

 心地よき。


 クロスはそんな幸せを噛みしめる様な気持ちで外を見る。

 既に王都は小さくしか見えなくなっていた。

 体感はそこまで速くないが、それでも馬は馬。

 その足は想像以上に速かった。


「良い馬ですね」

 クロスは御者に声を掛けた。

「ありがとうございやす」

 ベレー帽を被った赤いゴブリンは馬に乗って鋭い目を前に向けたまま小さく会釈をした。

「うーん。何と言うか凄みあるなぁ」

 しみじみとクロスは呟いた。

 考えてみれば、ゴブリンという種族は御者に対して高い適正を持っている。

 小柄で軽く器用で、それでいて最低限の力を持っている。

 御者として考えるならば、人と比べて全てが勝っていると言っても良いだろう。


 そんな事を考えた後、クロスは正面に座る美女二人に目を向ける。

 やはりというか当然と言うか、リベルはクロスに対し冷たい目を向けて来ていた。

「……それはそれで悪くないけど……やっぱり笑っててほしいもんだ」

 そんなクロスの呟きにリベルは訝し気に顔をしかめた。

「賢者様何か御用でしょうか?」

「ああいや。何でもないよ。ごめん」

「いえいえ。そして私の様な下々の者に一々謝らないで下さい。貴方は天下に名高い賢者様なのですから」

 そう大げさに言うリベルにクロスは苦笑いを浮かべた。


 触らぬ神に、祟りなし。


 クロスはリベルから目を逸らしもう一人の美女であるリリィに目を向けて、そしていつもと様子が違う事に気づいた。

「……おや? リリィちゃん何かあった?」

 何やら落ち込んでいる様子のリリィにクロスは心配そうな顔で尋ねた。

「ああ、その……恥ずかしながら地上の乗り物ってあまり得意でなくて……」

 心細そうな表情でそう囁くリリィ。

 その表情は曇っており、そして若干青白かった。


「……怖い? 気持ち悪い?」

「……少し、怖いです」

「そか。リベル。リリィちゃんにちょっと寄り添ってあげられないかな?」

「おや。賢者様ともあろう方が人任せですか? 是非とも手本を見せて貰えないもんでしょうかねぇ?」

 そう言いながらもリベルはリリィに一歩分近づきそっと肩を寄せた。

「いや。俺は良いけど男が密着してくるってのはちょっとリリィちゃん的に困るだろ」

「そんなまさか。賢者様ともあろう方ですよ? 卑猥な事を考える事なんてあり得ない様な聖人君子が近くに来て嫌がる女性なんてとて――」

 そこまで言って、リベルは言葉を止める。

 隣のリリィの迫力に負けて。

「――リベルさん。すいませんが私、今あんまり余裕ないんですよ。地上を走る乗り物ってとっても怖いんですよ? そんな私を口喧嘩の理由にするならクロスさんとリベルさんを限界まで密着させてその隙間に私が入りますよ? 何なら二人の膝に乗って丸まりながら震えますよ?」

 有無を言わさずの迫力とは、こういう事を言うのだろう。

 そんなリリィの態度にリベルは「すまない」と謝罪をする事しか出来なかった。


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