月の子供達(前編)
壮観。
それ以外にクロスはその光景を褒めたたえる言葉が見つからなかった。
人の目線より、ヨロイからの目線より、建造物二階からの目線より、高い塔最上層の目線より、ずっと高くから街を見下ろす。
クロスの様な無学な者では絶対に理解出来ない街の構成や区域分けであっても、この目線からならどういう意図でどう街並みが構成されているか大体は理解出来る。
そんないつもとかけ離れた高い高い目線にクロスを運んでくれているのは、一羽の大きな鳥だった。
ふっくらとした丸みを帯びながら、どこか端正で凛々しく、鋭い顔立ちと目つきをしている。
恰好良いとも可愛いとも取れる三メートルを超える巨体の鳥は、クロス、ラフィー、リリィを乗せたカゴをぶら下げていながらでも平然と、そして悠々と空高くを飛んでいた。
「……すっげぇなー。リリィちゃんはいつもこんな風景を見てるのかー」
鳥人である事に尊敬を抱きそうクロスは言葉にした。
だが、リリィは苦笑いを浮かべ首を横に振った。
「いえいえ。私こんな高くまで飛べませんし、飛べても別の街まで飛びっぱなしでいる事は出来ませんよ」
「あれ? そなの?」
「はい。私が苦手というのもありますが、ハルピュイアが飛び続けられるのは精々二十分位ですよ。私は五分程度ですけど」
「なるほど。じゃあその魔法協会にはいつもこういった鳥に乗って行ってるの?」
その言葉に、リリィは大慌てで手をぶんぶんと振った。
「まさか! そんなお金ありません!」
「……これ高いの?」
「はい。とっても。今回はスポンサー様がいましたのでありがたく使わせて頂いていますが……普段は地上タクシーで安いのを選んでいます」
「えへん。ご紹介されましたスポンサーです」
そう言ってラフィーはブイサインをクロスにしてみせた。
「へへー。ありがたくありがたくー」
「うむ。くるしゅうないぞ」
平伏するクロスにラフィーは微笑みながらそう言葉を投げる。
その様子を見て、リリィはくすりと微笑んだ。
「それにしても運が良かったね。『テラトルニスアイオーン』のタクシーが使えたのは本当に助かったよ」
そうラフィーは呟いた。
「この鳥そういう名前なんだ」
クロスの言葉にラフィーは頷いた。
「うん。超巨大鳥獣の一匹でね、同サイズの鳥と比べ抜群の安定性を誇るんだ。つまり、あんまり揺れないでそこそこ速度が出るので景色を見るにはぴったしって事!」
「ほほー。そりゃ良いね! でもお高いんでしょう?」
「はい。超巨大鳥獣はみーんなお高いしその中でもこの子は特に高かったです。でもせっかくの空の旅だもん。楽しまないともったいないじゃない。だから贅沢をしてみました」
ラフィーはそう言った後、地上の様子を、王都の様子を愛しい我が子の様な目で見つめる。
その様子を見て、邪魔をしない方が良いかと思いクロスは黙り同じ様に地上の景色を楽しんだ。
……こっそり、夜のお店を探しながら。
ちなみに、昼だからか上からは見えないからか。
そういう店をクロスが見つける事は出来なかった。
巨大な王都を離れ、道なりに数十キロ。
その先にある小さいながらも洗練された都市に着いたタクシーは地上に降り、三人を下ろしてどこかに去っていく。
商業と芸術に力を入れる王都の衛星都市トピア。
そこが今回の目的の場所だった。
「ところでさーどうしてリリィちゃんはトピアの魔法協会を選んだの?」
ラフィーは疑問に思い、そう尋ねた。
現魔王が魔法にも優れている為王都にも優秀な魔法協会が多く在籍している。
にもかかわらずわざわざ離れた場所の魔法協会を選んだ理由がラフィーには色々な意味で気になっていた。
「えっとですね、まずあんまり大きくない場所が良かったんです。まじめに魔法に取り組むつもりがなかったので」
「ふむふむ。それでもかなーり趣味的な協会も王都に沢山あるよ?」
「私、実は天体に興味がありまして……」
「ああー。なるほどなるほど。そう言う事ならトピア寄りかもしれないなー」
「ついでに言いますと……知り合いに同じ趣味の人がいなくて……だからこう……知り合いに知られるのが恥ずかしくて……。なので遠方を選びました」
「リリィちゃん友達多いからそういう事もあるよねー。わかったよそう言う事なら理解出来るよ」
そう言ってラフィーはうんうんと訳知り顔で頷きだした。
「……つまり、どういう事?」
ついていけないクロスはぽつりと呟いた。
「トピアは他の街より芸術に力を入れてるの。だから天体とかそういう美しい物を見て愛でる事に対して受け入れやすいのよね。んでリリィちゃんは星とか月とか見たいという理由で魔法協会に入会した。たぶん……天体望遠鏡目当てで」
その言葉にリリィは恥ずかしそうに頷いた。
「はーなるほどねぇ。魔法協会ってのも色々あるんだな」
「うん。というより学校じゃない魔法を学ぶ所は全て『魔法協会』って一括りに呼ばれてるからね。実際は違っていてもとりあえず魔法協会って名乗っておけば間違いないって認識で良いよ」
「ふーん」
クロスはそう答えた後、歩きながら街並みを観察した。
雰囲気は王都とそこまで大差ないがゴーレムが一切見当たらず、またスライム等の不定形や四足歩行等の人の姿から外れた魔物が王都よりも少々多い様に思えた。
「ああここですここ」
トピアに入って数十分程歩いた先で、リリィはそう言葉にして塔の様な形状をした建物に翼を向ける。
そこは他の建物とは明らかに異彩を放つ構造をしていた。
近い建物を表すのなら灯台が近いだろう。
三、四階相当の大きさをしており、その色は白一色。
一体どんな材質なのか継ぎ目が一切見当たらず、なだらかな曲線を描く塔は不気味な光沢を放っている。
そして、上層の部分に大きな望遠レンズが飛び出す様な形で見えていた。
「ここが魔法協会『月の子供達』です。天体を用いた魔法や星海図の研究、その他天体についてを広く学ぶ事が出来る場所ですね。ちなみに名前の通り月に関する魔法や研究が主です」
「おおー。……やっべ何か良い感じの雰囲気あるじゃん」
魔力のまの字も感じられないながらどこか魔法っぽい雰囲気にクロスのテンションは上がり、良くわからない存在感を放つ建物を見ながらわくわくとした表情を浮かべた。
「そうね。悪くない雰囲気ね。ちょっと楽しみかも」
ラフィーも楽しそうにそう呟いた。
「あの……ラフィー様? ラフィー様じゃあここは……」
「私は護衛のただのラフィール。だから様はいらないのです」
「でも……その……」
困り顔でそう呟くリリィに、ラフィーはぷくーと頬を膨らませ拗ねた表情を浮かべた。
「リリィちゃん。ここはラフィーの為にさ。ね?」
そうクロスが助け船を出すとラフィーもこくこくと頷く。
それを見て、リリィは溜息を吐いて頷いた。
「わかりました恐れ多いですが……ラフィーさん。これで良いですか?」
「はい。よろしいですよ」
そう言って微笑むラフィーにリリィは苦笑いを浮かべた。
「……あのさ君達、入り口前でぐだぐだとするのは止めてくれないかな?」
そんな男の声が皆の耳に入る。
その声は魔法協会月の子供達の入り口から響いていた。
「あ、すいませんサイロさん」
リリィはそう言葉にし、ぺこりと頭を下げた。
「君は気にしなくても良いよ。君はせっかく来てくれた類稀なる優秀な僕の後輩だからね。でも、そっちの二人、特に男の方はもう少し気を付けてくれないか? 大きな図体でぼーっとされたら困るよ。ここの道を塞いでいるじゃないか」
「あ、ああ。すまん」
そう言葉にし、クロスはそっと脇に避け、そのままラフィーに小さな声で相談した。
「俺、邪魔だった? んで、俺そんなに大きい?」
「私は別に邪魔だったとは。誰も来ていませんし。あとクロスさんは私から見たら大きいですけど別に……ネクロニアの中でも中背だと思いますよ。単純に嫌味でしょう。魔法使いってそういうタイプが一定数いますし」
そうひそひそ声でラフィーは嫌そうに呟いた。
巨体の獣人や大きめのゴーレムの様に三メートルを超えている訳でもないのにそう言われたクロスは釈然としないものを感じつつも、とりあえずは少しでも小さくなろうと猫背になっておいた。
「それで、プライマー・ホワイトリリィ。その者達は?」
男に言われリリィは慌てて二人を紹介しだした。
「あ、はい。今日の見学者の二人です」
そう言って二人に翼を向けるリリィに合わせ、二人は自己紹介を始めた。
「クロス・ネクロニアだ。魔法のまの字も知らないから今日は色々と教えて貰いに」
「ラフィーです。魔法の事は多少はわかっています。それでも色々教えて貰いに来ました!」
「ほぅ。ま、そっちのラフィーさんの方は見る限り……まあ見所ありそうだが……。クロス君の方は……いや、学ぶ気持ちを否定する気はない。学ぶという事は万人に許された行為だからね。それが上手く行くかどうかは別だとして」
そう言って男はふふんと鼻を鳴らし、自分の胸に手を置いた。
「僕の名前はサイロ。プライマー・サイロ・サイロだ。気軽にプライマー・サイロさんと呼んでくれたまえ」
そうその男、サイロ・サイロは自慢げに名乗った。
サイロの背は男性にしてはかなり低めだった。
背は低く、小柄の容姿で分厚く大きなフード付きのローブを身に纏っている。
アウラやグリュールの様なローブとは異なるが、恐らくそれに準ずる衣装であり、また彼らに準ずる種族なのだろう。
というか、アウラやグリュールの種族はわからないがサイロの種族ならクロスは知っていた。
その独特のハーブはお香の様な香りを漂わせ、常にローブを纏う人型の種族。
それはクロスの知る『リッチ』という魔法種族そのものだった。
「……んでさリリィちゃん。プライマーって何? ファミリーネームかと思ったけどそっちの人も名乗ってたし。家族って事はなさそうだし……」
「あ、プライマーというのはですね――」
そう説明しようとしたリリィの言葉にサイロは言葉を被せた。
「何だ本当に君は無知な状態で来たのだね。プライマー位僕はここに来る前から理解していたというのに。では、この僕プライマー・サイロが特別に君の為に授業をしてあげよう」
そう偉そうに言葉を紡ぎ杖を取り出すサイロ。
それを止めようとするリリィだが、自分に酔っているのかサイロは気づいていなかった。
「わーぱちぱちぱちぱち」
クロスは口でそう言いながら小さく拍手をした。
「おねがいしますプライマー・サイロさーん」
そうラフィーが言葉にすると、サイロは鼻高々にご高説を唱え始めた。
「うむ。では二人共貴重な時間を無駄にするなよ? 魔法を扱う者、叡智を知る者には三つのステージがあり、一つのステージに三つの階級がある。つまり、合計九つの階級が存在するという事だ。その最初のステージ『リアクト』の入門条件を満たした者、つまり魔法士である証明を受けた者をプライマーと言う。つまり、魔法士として名乗る事が許された者、魔法の深淵に足を踏み込んだ者をプライマーと呼び称えるのだ。僕達の様にね。ちなみにだが、この協会にプライマー以上は六人しか在籍していない。僕達は六人の内の二人と言う事だ」
「おおー。なるほどなるほど。つまり凄いのか」
そんなクロスの言葉にサイロは見下した様な笑みを浮かべた。
「うむ。君には数年も掛ければ……いや、何でもない。僕が教えればもしかすれば君も一年程度で辿りつけるかもしれぬからな。それに万が一、億が一にも君に才能があるかもしれん。そちらのラフィーさんの方は……まあそれなりに才能がありそうだからすぐに僕達と肩を並べられるだろう。だから僕に教えて欲しければいつでも来ると良い。ではリリィさん。僕は忙しいので先に行くよ。また後で」
そう気障ったらしい言い方で言った後、サイロは一足先に門に入っていった。
「……何か、面白い奴だな」
クロスがぽつりと言葉を漏らすと、ニヤニヤした顔でラフィーは頷いた。
「言いそびれてしまいましたが……ラフィーさんはその……どうします?」
「どうしますって?」
「いや……ここで学ぶ事ないじゃないですか? 教える側に回ります?」
そうリリィは苦笑いを浮かべながら訊ねた。
「ん? どゆこと?」
クロスはその言葉の意味がわからずそう訊ねた。
「えっとですね、さきほどサイロさんがおっしゃった様にここにプライマー以上は六人しかいないんです。具体的に言えば、第一階級であるプライマーが四人、第二階級のシーカーが一人。そして残りの一人はここの主でセカンドの第一階級アンサーなんです」
「えっと、第一が四、第二が一、第二の一って事は……、四番目って事で良いか?」
「はい。その認識で合ってます」
「んで四番目が一の六人と。四番目ってどの位凄いんだ?」
「セカンドステージは熟練のエリート魔法使いになり、サードステージからは英雄とかその辺りの話になりますね。ですのでかなり凄いです」
「ほうほう。目指してみたいもんだ。さっきの奴曰く俺にはあまり才能ないっぽいが……」
「えっと……その……。それはあまり気にしない方が……」
リリィが苦笑いを浮かべながら呟くとラフィーは楽しそうな顔で頷いた。
「そうそう。私を見て『才能がありそう』なんて言った時点であんま気にしないで良いよ。完全に節穴だもん。そもそも、プライマーって別に凄い訳でもないし」
「ほーん。俺としちゃー一階級でも入っただけ凄いもんだと思うけどなー。んで、ラフィーは階級に入ってんの?」
「うん。私魔法得意な方だし」
「その辺りも含めて、少し説明させてもらっても良いでしょうか?」
そうリリィに言われ、二人は頷いた。
「はい。まず、ファーストステージ、リアクトですが、運や偶然に頼らず自分の力と叡智で魔法を行使出来たら入門出来ます。それが第一階級のプライマーですね」
ファーストステージ、リアクトの第一階級プライマー。
魔法を使う者の入門階級であり、初歩の初歩を覚えたよちよち歩きのひよこの様なレベルである。
第二階級、シーカー(探索者)、リサーチャー(研究者)、エクスプローラー(探索、求道者)等。
自らの長所を魔法で生かせる様になった者はここに位置する。
その特技によって名称が変わってくる。
第三階級、メイガス(魔法使い)。
魔法で戦闘を行う事が出来る様になった者、魔力の流れを理解し望む様に扱い分配出来る様になった者。
魔法を扱う者として一人前になった証であり、ここからが正しく魔法使いと名乗る事が許される。
セカンドステージ、ウィスパー(囁きを耳に入れた者)。
魔力の声を聴き、それに答えた者が第一階級、アンサー(回答者)に認定される。
その魔力の声が聞こえる頻度が増えた者が第二階級、ディサイプル(弟子)と呼ばれる。
そして、魔力の声の正体を知り自分なりに答えを出した時、魔法は万能の存在に化すと言われている。
その言い伝えの正しい意味を理解した時、第三階級のグレイル(聖杯)と呼ばれる様になる。
大多数の魔物がセカンドステージに入る事すら出来ず、例えセカンドに入門出来ても第三階級までたどり着けない。
ファースト第三階級が一人前の証だとすればセカンド第三は超一流の証である。
「魔法を目指すエリートが百人いても、セカンドに入れるのは精々一人か二人だけと言われています」
「というかメイガスにさえ成れたら十分戦えるために魔法の研鑽より実戦を重視するようになるからセカンドに行く人少ないんだよね」
リリィの説明にラフィーはそう付け足した。
「ほーん。……ああ、言いたい事わかってきたわ」
そのクロスの言葉に、リリィは申し訳なさそうに頷いた。
「はい。ラフィーさんが学べる様な内容はここにはないと思いまして。見学……というよりは視察になってしまいますよね」
そう言ってリリィは苦笑いを浮かべた。
「そりゃそうか。ラフィーが弱い訳ないよな」
魔王様なんだし。
「そうです。私はそれなりに強いのです。えへん」
そう言ってラフィーは腕を腰に当て胸を張る。
サイロと同じ様に威張っているのだが、ラフィーの場合は愛嬌があって何となく可愛かった。
「ま、私の事は気にしないで良いよ? 素直に見学しとく。これはこれで楽しみな事があるし」
意味深な笑みを浮かべながら、ラフィーはそう呟いた。
「お。何かな? クロスさんにも教えてくれよラフィーちゃーん」
「ふふふのふ。えっとねー。魔力って見る人が見れば一発でわかるんだよね。これはちょっと才能あればプライマーでもわかると思うよ。私位魔力が多いと」
「ふんふん」
「んで、私の能力見て実際知ったらさー、みーんな驚くと思わない? 特にさっきのプライマー・サイロさんとか」
「ああ。そりゃ……驚くだろうねぇ」
クロスは当然ラフィーも見下していたのだから驚かない訳がないだろう。
だからこそ、ラフィーはその時を、誰かが気づいて驚くのを楽しみにしていると言葉にした。
「お主もなかなかのいたずらっ子よのぅ……」
そう言ってクロスはニヤニヤした笑みを浮かべる。
「いえいえそちら程では……。というかそっちも同じ状況になりえる可能性あるよー」
「は? 俺も?」
「うん。クロスも」
「……なして?」
「だってクロス、有色じゃないけどそれでも相当魔力量多いよ。さすがに私程じゃないけど。というか無色なのに魔力が多いって時点で結構特殊な例だよ。それにクロスも私並に……間違えた。魔王様並に知名度あるじゃん。虹の賢者クロスって言ったら泣く子も逃げ出す人間の英雄だよ。だから知ってる人がクロス見たら……腰抜かすかも」
「……なるほどねぇ。……つまり、俺達は素知らぬ顔で中に入り誰かが気づけばドヤ顔をすれば良いと言う事か」
クロスの言葉にラフィーは親指と満面の笑みで答えた。
「よし。リリィちゃんさあさっそく中に行って案内してくれ」
ニヤニヤと楽しそうにするクロスとラフィーを見て、リリィは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「それで、結局ラフィーの階級はどこなんだ?」
そうクロスが呟くと、ラフィーは両手で八を表した。
「サードステージ第二階級、メジャー・アデプト。サードは第三が事実上存在しないからほぼ最高位に近いよ」
「うわ格差ひっど。それってさ、初級兵士の訓練生に勇者が混じる様なもんじゃないのか」
「そうかもね」
そう言ってラフィーはにひひといたずらっ子の様な笑みを浮かべた。
ありがとうございました。




