可憐な美少女ラフィーちゃん
人であれば誰であれ、いや魔物であっても、生きている限り皆どこかしらの部分で猫を被っている。
仮面を付けて暮らしていると言い換えても良い。
自分を全てさらけ出せる奴なんているのなら、それはただの変質者か異常者、または世界が自分だけで完結している奴位だ。
闇が深ければ深い程、その者は自分の本性を隠す。
他人を思いやって、または自分が傷つくのを隠す為。
だが、それでも所詮仮面であり被り物に過ぎない。
仮面を被らなければ生きられなくても、仮面を被り続けて生きる事は出来ない。
隠しているその本性を誰かに曝け出さないといけないという二律背反。
自己単体で抱える矛盾。
逆に言えば、その矛盾こそが知的生命体の証明であると言っても良い位だ。
とは言え、言いたい事はこんな哲学的な事ではない。
それを示すならただ一言で済む位だ。
誰であれ、生きている限り皆どこかでハメを外してしまう。
ただそれだけの話。
ある程度緩めないと辛いけど、外しすぎると社会的に殺される。
そんな、どの世界の誰にでもある話。
その矛盾が強すぎる者、この世界で最も強いと言っても良い彼女は、その矛盾を苦しむのではなく楽しむという悪癖を持ってしまった。
ただ……彼女の受けている重圧と責任を考えるなら、苦しみ壊れる者達の事を考えれば、それは軽い遊び程度の話と言って良く、問題視する必要すらない。
彼女の行って来た功績を考えるなら許して良い、言わば幼子の児戯程度の事。
だが、その児戯程度であっても迷惑を被る者はたまったものではないだろう。
今日の日、クロスは幼稚園のない日である為日中まるまるフリーであり、何をしようか考えていた。
と言っても、退屈に困っているという訳がない。
ここは魔王アウラの城である為、その叡智、技術を学ぶことは当然、娯楽すら楽しむ事も学ぶ事も出来る。
ついでに言えばメルクリウスに頼めば何でも教えて貰えるだろうしちょっとしたデート位なら付き合って貰える可能性もごくわずかだが存在している。
つまり、クロスは自由に時間を潰す選択肢が得られているという事だ。
そんな中クロスが選んだ選択は……。
クロスは魔王城客室のドアの前に立ち、軽く身だしなみをチェックし整えた後こんこんとノックを叩いた。
「あ、はい。どうぞー」
清涼感すらある透き通った声がドアの先から響き、クロスはそっとその扉を開いた。
「リリィちゃんちょっと良いかな?」
その声を聞き、リリィは椅子からふわっと飛びクロスの前に舞い降りた。
「あらクロスさん。何か御用です?」
「ちょっとね。本音と建前どっちが聞きたい?」
冗談めいた笑みを浮かべながらクロスがそう尋ねるとリリィはくすくすと微笑み返した。
「じゃ、建前からお願いします」
「せっかく朝から時間空いたしどこか行きたい場所ある? ほら。リリィちゃんが外行けるのっていつも俺の幼稚園が終わってからのわずかな時間だけだったじゃん」
「なるほど……ご配慮ありがとうございます。それで、もう何となく予想付きますけど、本音は何です?」
「可愛い子とデートしたいしちょっと外行かないかな? そっちの用事あるなら付き合うからさ」
そう言ってクロスはウィンクしてみせた。
対して恰好良くもない生前であればともかく今の外見ならそこそこ見栄えするんじゃないだろうか。
そんな打算的な考えをしながら。
「ですよねー。全くもってクロスさんらしい」
「俺の事をわかって貰えて何より。ま、嫌ならこういう事言うの止めるよ」
「別に嫌ではないですよ。クロスさんの音色は心地よいですし」
「音色?」
「何でもないです。あ、でもごめんなさい。恋愛的な感情はまるでありませんよ?」
「あら。そりゃ残念」
クロスは手をオーバーな程動かし溜息を吐く。
それを見てリリィは微笑んだ。
「ではせっかくの申し出ですし行きたい場所あるんで連れて行ってもらえますか?」
「ん。どこ?」
「協会の方に」
「教会? 何の神様?」
リリィはクロスが冗談を言ったのだと思い、くすりと笑った。
「またそんな冗談を言って。魔法協会の方ですよ」
クロスは表情を一変させた。
それは誰が見てもわかる程、ワクワクした表情だった。
「ほうほう! そいや前趣味で通っているって言ってたね」
「はい。クロスさんも興味がありそうでしたし」
「あー。でも俺金もないし魔法の方も……」
「ご安心下さい。今日は見学ありの日ですので見るだけも良いですし無一文で大丈夫ですよ」
「ほほー。そういう事なら行ってみたいかな。リリィちゃんの恰好良いところも見たいし」
その言葉を聞き、リリィは申し訳なさそうな表情となった。
「あーすいません。私本当に趣味でちょっとかじってるだけでして。何か見栄えの良い魔法は使えないんですよ。せめて夜なら少しは……」
「夜? 魔法に昼とか夜とか関係あるの?」
「ええ。私が使うのは占星魔法ですので夜の方が都合が良いんですよ」
ぴくぴくとクロスの耳は動き、その機嫌と好奇心は最高潮に高まった。
「カッコいいじゃん……何か……こう……響きが良いし……良いじゃん。何か良いじゃん」
「期待させて申し訳ないのですがただの星見ですよ?」
「良いじゃん。星の魔法とか恰好良いじゃん」
「でも攻撃とか私出来ませんよ? 占星魔法自体攻撃が苦手ってのもあるけど」
「え? 何かこう……詠唱とか見た目とかが恰好良かったらそれで良くね? 攻撃も攻撃で恰好良いと思うけど。というか俺魔法とかほとんど使えなかったから魔法ってだけで何か羨ま恰好良い」
「……そう、ですかね」
「ああ。つー訳で俺も協会とやらに行ってみたいからちょっと許可取ってくる。待っててくれ!」
そう言葉にするや否やクロスはぴゅーっとどこかに走って行った。
「……やっぱりというか何と言うか……クロスさんって子供みたいな人だなぁ」
しみじみと、リリィはそう呟いた。
心臓の音色は穏やかで、それはまるで全てを知る老人の様。
なのに感情の色はいつも明るくて若々しく、それでいて単調。
齢を重ねた重みも深みもあるのに、それ以上に目立つ幼さ。
それはリリィにとって新鮮で心地よく、その調和はまるで演奏の様であった。
「クロスさんを音楽に例えるなら……童謡ですかね」
リリィの呟きと同時に、クロスはドアを叩く様に開いた。
「許可取って来た! すぐに来るって。準備出来たら俺の部屋に来て! 俺も準備してくるから。じゃ!」
そう言葉にすると、クロスは再度風の様に走り去っていった。
落ち着きない様子とは裏腹に、穏やかな心音。
だけど期待に胸を躍らせている様子も見える。
「……うん。タイトルにするなら『春の風』とかが似合いそうですね」
微笑みながらそう呟き、リリィはゆっくりと着替え始め――。
「うん。まだかなとか言って部屋に突撃して来そうですし鍵かけておきましょうか」
リリィはドアを施錠し、そしてゆっくりと着替え始めた。
結局、着替えている時にクロスが訪れる事はなくリリィがクロスの部屋に向かった時クロスはベッドの上に座りキラキラとした子犬の様な瞳を浮かべじっとじっと我慢の子で待ちわびる様に待機していた。
ガチャリ、とクロスの部屋の扉が開かれる。
それを聞いたクロスはベッドから立ち上がり、それを見たリリィはくすくすと子供を見つめる様な瞳で微笑んだ。
そして二人は入ってきた男、ガスターに目を向ける。
そのガスターは、何故か気まずそうな顔を浮かべていた。
「待ってまし――いや、どうしたガスター。何かあったのか?」
クロスはガスターの不安そうな顔を見ながらそう尋ねた。
「ん? いや。何でも……ああ。ノックを忘れてたな。すまん旦那」
そう言葉にして居心地悪そうに後頭部を掻くガスター。
やけに申し訳なさそうで、悪びれた様子をして、何かを口にしようとするガスター。
そんな態度、表情をクロスは過去経験した事があった。
クロードが、クロスを置いていかなければならない状況になった時である。
勇者のみが通行を許された洞窟。
そこに行く時、クロスに対してクロードはそんな申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「……厄介事か? 俺に出来る事なら何でも手伝うぞ?」
クロスの言葉にガスターはそっと首を横に振り……そして短い謝罪の言葉を吐露した。
「すまん旦那。……今回……俺は護衛に付き添えない。その代わりの護衛は用意した。用意したというか……その……」
何とも歯にものが挟まった様な言い方から、クロスはその交代要員に何か問題があると考えた。
「……そいつに何か問題があるのか? 実力とか性格に問題あるとか」
その言葉に、ガスターは慌てた様子で声を荒げた。
「とんでもない! 実力は折り紙付きというか俺よりも強い、性格も良い! ただ……その……」
「はっきり言ってくれ。よほどの事でない限り大丈夫だから」
そう、クロスは断言した。
自分が弱い身でずっと勇者の仲間にいた。
そんなクロスがちょっとやそっとの問題で気にするなんて事をする訳がなかった。
それをしてしまえば自らの過去を、絆を否定する事になってしまう。
だからクロスはどんな人が来ても笑って受け入れるつもりだった。
「……じゃあ、見てくれ。とりあえず、自己紹介をして下さ……してくれ」
そうガスターが言葉にしてそっと横に避ける。
そして扉の先から一人の少女が姿を見せた。
その少女はミニスカートをふわりと翻し、楽しそうに頭を下げる。
それはとても楽しそうで屈託のない笑顔だった。
間違いなく、可愛いと言って良い外見であるだろう。
美少女という言葉を着飾っても違和感はない。
だが、その可愛さや可憐さ、明るさ以上にその少女には気になる事があった。
その所為でクロスは首を傾げ、リリィは目を見開き唖然とし、ガスターはいたたまれない気持ちで隅に寄っていた。
「……えっとさ、……とりあえず……アウラ一体何してるの?」
クロスは目の前の少女にそう声をかける。
だがその少女は満面の笑みのまま首を横に振った。
「違いますよー。私は魔王様じゃないですよー。私の名前はラフィール! よろしくですクロスさん」
ニコニコとしたまま、そう言い放つラフィール。
その彼女の顔を見た後、クロスは後ろのガスターの顔を見てみる。
ガスターは、そっと目を逸らした。
「おいガスター」
ガスターは目を合わせようとせず壁をじっと見つめた。
「おい。事情」
ガスターは耳を塞いだ。
その様子を見て、クロスは溜息を吐いた。
「……問題はないのか?」
「旦那。この国は魔王国の名前の通り魔王のワントップ制だ。文句を言う奴はいても否定する事が出来る奴はいない。魔王が白と言えば何色でも白になるんだ」
「……オーケー。アウラ、本当に問題はないんだな」
その言葉にラフィールは頬をぷくーと膨らませた。
「だーかーらー私はラフィールですー。……でも、もし私がアウラフィール魔王様だとすれば、仕事は全部終わらせてますしいざという時の対策も取ってるはずですよ」
その言葉を聞いた後少し考え、クロスは再度ラフィールの顔を見つめる。
きょとんとしてあどけなく、その様子は落ち着いた雰囲気のアウラとはまるで異なっている。
それでも、彼女はアウラである事だけは間違いない。
二重人格とかそういう類ではなく、単純に変装しているだけの様にクロスには見えた。
もしかしたら、こちらが素なのかもしれない。
「……綺麗な長い髪だったのにどうしたんだ? まさか切ったのか?」
「あ、いえ。私髪の長さ好きに変えられるんですよ。クロスさんはどっちが似合うと思いました?」
「んー。ローブ姿で落ち着いた様子の魔法使いっぽいアウラも今の可憐なラフィールもどっちも可愛いと思うよ。……おいやっぱりアウラじゃねーか!」
そうクロスが突っ込むと、アウラは知らんぷりをしながら口笛を吹きそっぽを向いた。
「ったく。……おっと、重要な事忘れてた」
「へ? 重要な事って。この方以上に重要な事あるんです?」
リリィの言葉にクロスはしっかりと力強く頷いた。
「もちろん。それは……時間は有限だという事だ。リリィちゃん。ラフィーちゃん。さあ早く魔法協会に行こう!」
この混沌とした状況のまま、強引にでも行こうとするクロスにリリィは目を丸くした。
ラフィールはニコニコ顔のまま握りこぶしを上にあげ「おー」と能天気に答えた。
「……流石旦那。全く動じやしねぇ。尊敬するぜ……絶対憧れないけど。じゃ、後は任せましたぜ」
ガスターはそう呟くとラフィールをクロスに押し付け、さっさと部屋を退散……というよりも逃げ出した。
「さあさあさっさと行こう。リリィちゃん道案内宜しく」
「え、あ、はい。クロスさんが良いならまあ……」
そう言葉にし、リリィは先頭を歩きだした。
その後ろをクロスが歩いているその途中、くいくいとラフィールに袖を引っ張られた。
「クロスさんクロスさん。どうしてラフィーちゃんなんです?」
「ん? 呼びやすかったから。そういう風にただの女の子として扱って欲しいんじゃないの?」
そう聞いたラフィールは、露骨な程目を輝かせ、クロスを見つめた。
「うん! そうなの! でもちゃんは何か慣れないし恥ずかしいからラフィーって呼んで!」
「おう。んじゃ俺の事もクロスって呼んでくれよ」
「わかったクロス。これからよろしく!」
そう言ってラフィーは満面の笑みのまま、満足そうに頷いた。
リリィは後ろの話し声を聞き、子供が二人いると思ったが、その内心を飲み込んでおいた。
魔王と虹の賢者の二人を引き連れていると考えるよりも、幼い子供を二人連れて歩いていると考えた方が幾分精神衛生上楽だと今更ながら気が付いたからである。
ありがとうございました。




