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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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触れざるべき場所、不可侵な領域


 魔王城正門前でクロスはリリィと共にもう一人の護衛を待っていた。

 狙われているのかどうか定かではないにしても、せめて二人はいないとどうしても防衛網に隙間が出来る。

 だから必ず二人体制となるのだが……その護衛は何故か中々姿を見せなかった。


「……どうしたんかな。ごめんねリリィちゃんせっかくのお出かけなのに」

「いえいえ。本当は外出する必要ない位に良くしてもらってるのにこうして外に行かせて頂いているんですから」

「そか。んじゃごめんねもう少し一緒に待ってて」

「はい」

 そう言ってリリィは微笑んだ。


 真っ白い服を身に纏う純白の翼を持つ翼人。

 それが美しい白であるからこそ、その印象は優雅というよりもどこか儚げだった。


「……保護欲をそそる……というよりは心配になってくるってのが正しいかなぁ」

 そうクロスは思わず呟いていた。

「ん? 何か良いましたか?」

「いや。日差し強いけどリリィちゃんは大丈夫かなって」

 そうクロスが言うとリリィは何かを思いついた様な顔を浮かべ嬉しそうに微笑んだ。

「ちょっと待っててください」

 そう言ってリリィは翼を羽ばたかせて空を飛んで窓から自分の部屋に入り、白い日傘を持ってクロスの元に戻って来た。

 そしてふわふわとした羽毛に纏った翼を綺麗に使い日傘を差してくるくると回って見せた。

「どうですか? 可愛くないです?」

 そう言って嬉しそうにするリリィを見てクロスはほっこりとした様な穏やかな気持ちとなった。

「うん。とっても可愛いよリリィちゃん」

「私じゃなくて日傘ですよー。もうっ」

 そう言いながらリリィはご機嫌な様子で日傘をくるくると回した。


「ふむ……。仲睦まじい様で大変結構。流石賢者様。私如きが想像するよりも手が早い様で」

 そう言葉にして、騎士らしき鎧に身を纏った女性は仰々しい程わざとらしく拍手をする。

 光り輝く黄金の髪に対比的な銀色の鎧、空を映している様に美しい瞳をしたその女性にクロスは見覚えがあった。

「……リベルか」

「ええ。閣下の忠実な騎士、リベルですよ、虹の賢者様」

 そう厭味ったらしく言った後リベルは歪な笑みを見せた。

 その名前の意味を、リベル・ナイト(裏切りの騎士)と聞いてからはその言葉がどれだけ皮肉めいた言葉であるかクロスは理解した。


「えっと、こちらの方は?」

 リリィがそう尋ねるとリベルはリリィの足元に跪き、そっとその翼を手に取った。

「初めまして白百合の君。私の名前はリベル。魔王様の騎士にしてこの国を守る者、そして、今は貴女だけの守護者です」

 そう言葉にし、リベルはそっとリリィの翼に口づけするフリをする。

 その仕草は文句の付け所がない程様になっていた。


「……は、はい」

 あっけに取られながらリリィが頷くと、リベルはクロスの方をほくそ笑む様な表情でちらりと見て来た。

 その時リベルがどんな事を考えていたのかクロスにはわからない。

 蔑ろにしたかったのか、見下したかったのか、嘲笑いたかったのか。

 それともリリィの評価を横からかっさらいたかったのか。

 リベルが一体どのような気持ちをクロスに抱いているのか、ネガティブな感情であろう事位しかクロスにはわかるわけがない。

 だけど……一つだけ、確かな事があった。


 リリィは紛れもなく、可愛い。

 白百合とリベルが称する様に柔和な雰囲気を持ち、幼さが目立つ印象でありながらもどこか可憐で……。

 それを例えるならまさしく一輪の百合の様である。


 それと同様、リベルも相当美人だ。

 キラキラと黄金に輝く髪にすら負けない程麗しく、それでいて凛々しい。

 まさしく美人騎士である。


 その二人が手を取り合い仲良くしているなんて光景は……クロスにとって非常に素晴らしいとしか言いようがない。

 端的に言えば、眼福である。


 その行動が恐らく嫌味であったであろうはずのリベルの行動だが、それを見てクロスは心の底からの賞賛を示す為ぐっと親指を立て満面の、心からの笑みをリベルに返した。

 リベルは、死ぬ程嫌そうな顔を浮かべた。


「賢者様は一体……いや、何でもない。止めておこう」

 吐き捨てる様に言うとリベルはわざとらしく、ゆっくりと息を吐きクロスを見下す様な目を向けた。

「んで、リベルがリリィちゃんの護衛の相手?」

「はい。私では不服でしょうけど、閣下の御命令ですから」

「いやまさか。不服なんてない。ちょっと驚いたけどな」

「では今からガスター様を呼んできましょうか? 今日ガスター様に用事は入っていないはずですので」

「ああそうなの? 俺は別にどっちでも良いけど……ああ、いやリベルの方が美人だから良いかな」

 後半の言葉に対し聞こえない振りをし、リベルは仰々しく声を荒げた。

「おや。どちらでもと……、どちらでも良いと! 賢者様は今日行く場所をご存知でその様におっしゃるのですか。いやはや、手が早いと思ってましたがそこまでとは……心から感服しますとも!」

 そうわざとらしく言葉にするリベルを見てクロスは首を傾げた。

「今日行く場所って?」

 そう言ってクロスはリリィを見た。

 リリィは恥ずかしそうに、ぽつりと呟いた。

「えっと……その……支給された下着があまり合わなくて買おうかと……」

「白百合の君がアンダーウエアを購入する店に行くのに、賢者様がその横に付き従う仲であったなんてこのリベル、考えもしませんでした! ではガスターを呼んで参り――」

「すいませんでしたリベルさん。是非リリィちゃんの傍に居てやって代わりに護ってあげて下さい」

 その言葉と共に、クロスは深く謝罪と懇願を込めリベルに頭を下げる。

 その顔をクロスからは見る事が出来ないが、それでも満足そうに笑っているだろうという事は簡単に予想する事が出来た。




「それじゃクロスさん。すいませんが少し待っていて貰えますか?」

 女性用下着の専門店らしき店の前で恥ずかしそうにそう呟くリリィに対し、クロスは頷く事しか出来なかった。

 というか、そんな専門店があるなんて考えた事すらないクロスにとってそこは地獄以外の何でもなかった。


「ではすいませんが賢者様はそこで不審者が来るかどうかじっくり、じっくりと! 調べていてくださいね。とは言えこの場合の一番の不審者は……いえ、何でもありません流石に失言でしたね。ではリリィ様。行きましょうか」

 満足そうな顔で店の奥に向かうリベルを見て、リリィはクロスに謝罪の意味を込め頭を下げた後慌てて追いかけた。

「……やっべ。まじやっべ」

 何がやばいのかわからないけど、自分がこの場にいる事がやばい。

 入口とは言え、女性だらけのキャピキャピした空間に取り残されたクロスは、嫌な汗を掻きつつその場に待機しながらやばいということしか考えられなくなっていた。

 一つだけ、たった一つだけ救いがあるとするならば、同じ様に待ちぼうけになっている若い男達がクロスの他に数人、この場に取り残されている事位である。

 彼らは皆同じ様に、脂汗を掻き気まずそうにその場でおろおろとしていた。


 一言も話さず、居心地悪そうに店の前に立つ彼らに変な友情を覚えたのは、きっとクロスだけではないだろう。




 ご機嫌な様子で下着を物色するリリィを見ながら、リベルは首を傾げた。

 この店が決して悪いとは言わない。

 むしろ値段で見れば相当以上に優れ、多くの種族にも対応している。

 だが、魔王城でリリィに配布された下着はこの店のどれよりも肌触りが良く質も高い高級品である。

 それよりもこちらが良いという理由が、リベルにはわからなかった。

「リリィ様。差し出がましい事なのですが、どの様な基準でアンダーウェアを選ばれるのか今後の参考としてお聞かせ願えるでしょうか?」

「え!? ああ、そっか。そうなりますよね配って貰える物をわざわざ買いに来たんですから」

「いえ。デザインの好み等なんらかの理由があるとはわかります。ですので、あくまで宜しければで良いので」

「うん。実はそんな大した理由はないんだけどね、貰った奴も十二分に可愛かったし。私ね、安くて頑丈なのしか買わないし付けないの。もったいなくて」

「下着を惜しむ必要がある程我らが閣下の城は困窮しておりません。気にせずとも宜しいかと」

「うーん。そうではなくてですね……」

 そう言ってリリィは常に素足で行動しているその自分の足を見せた。

 くるぶしまでは人間だが足先は趾と呼ばれる三又の鳥のソレそのものであり、非常に鋭くとがった三つの爪が酷く目立っていた。

「上はともかく……下はどうしてもこの爪がひっかかっちゃってね。だから安物にしてるんです」

 そう言ってリリィは恥ずかしそうに微笑んだ。

「すいません。言い辛い事を言わせてしまって」

「いえいえ。お構いなく」

「……感謝を。鳥人系列の種族が来た際参考にさせていただきます。そのお言葉、決して無駄にしません」

「そうしてください。と言っても、人によって違うと思いますのであまり気にしないで良いと思いますけどね。……ですのでそんな罪悪感に浸らなくても」

 そう言ってリリィは歯を噛みしめ俯くリベルに苦笑いを浮かべた。


「いえ。騎士として守るべき者を辱めたのです。気にしない訳には……」

「辱めたなんて。大した事でもないこの程度で一々気にしなくても」

 そう言葉にするが、リベルの気が一向に晴れる様子はなかった。

「んー。それじゃあ、私からも一つ聞き辛かった質問をするってのはどうです? それでお相子で」

 その言葉にリベルは頷いた。

「了解です。どの様な事でもお尋ねください。流石に軍機やそれに準ずる事は言えませんが、それ以外でしたらどの様な事であっても嘘偽りなく伝える事を誓いましょう」

「そんな大げさな……ううん。それがリベルさんの魅力なんだね」

「まさか。そうしなければ、馬鹿が付く程真面目にならなければ、愚かな私は生きられないだけですよ」

「……そっか。それじゃ質問するね」

「ええ。どうぞ」

「――どうしてクロスさんに嫉妬してるの?」

 その言葉に、リベルは表情を殺し息を止める。

 そして次に見せた表情は、昏い炎の様な悍ましい表情だった。

「……どうして嫉妬していると?」

「ハルピュイアって耳も良いんですよ。少なくとも、私は耳と目はそれなりに自慢です。ですので、強い感情は割かし()()()んです」

 そう断言するリリィを見て、リベルは小さく溜息を吐いた。

「……リリィ様。工作員や密偵になる予定はございませんか?」

「これそんな便利な物じゃないから。よほど強くないと見えないし偶に間違えるし」

「それでも十分な能力であると。……それで、どうして賢者様にこの様に愚かで見苦しい感情を抱いているかですよね」

 自虐的な笑みを浮かべそう呟いた後、リベルは再度小さく溜息を吐き呟いた。


「……能力がない癖に偉業を成し遂げた事が、心の底から妬ましいからですよ。才能に富んだ訳でもなければ家柄が良い訳でもない。実力が伸びた訳でもなく、ただ生き延びただけ。……ただただ運が良いだけ。それだけで、……その椅子にこびりついただけで魔王討伐という偉業を成し遂げた事になっているという事実がね」

 その言葉に、リリィは何かを言おうとした。

 クロスさんはそう言う人じゃないとか、何か思い違いをしているとか。

 そう言った何かを言葉にするべきだっただろう。

 だが、クロスの事をよく知らない自分がそういった事を言うのは、クロスにもリベルにも悪い気がして、リリィは何も言う事が出来なかった。


「……まあ……逆恨みです。ですが……それでも私はあの男の事がどうしても気に入らない。見ていてただただ不快にしかならん。……きっと向こうもそうでしょうけどね。あちらから見れば私は理由もなく突っかかってくる嫌な女ですから」

 そう吐き捨て、リベルは自嘲気味に笑う。

 それを見てリリィは……。

「……えっ?」

「……えっ?」

「…………あっ。いえ。その、何でもないです。はい。何でも……」

 そう言葉を濁し、リベルに同情めいた微笑みを向けた。

「いえちょっと待って下さい。その顔何です? 私何か変な事……ああ、リリィ様はあの男の気持ちが見えるのでしたね。と言う事は……いえちょっと待って下さい。アレは私の事どう思っているんです!?」

「……あはは……心はプライベートな事ですので」

 そう言葉にしてリリィはあからさまな程顔を逸らし誤魔化す。

 それを見て、尚リベルはリリィのその態度が気になって、クロスの気持ちが気になって仕方がなかった。


「……すいません。どうしても気になるので教えて頂けないでしょうか? 私の叶う範囲でなら出来る限りのお礼を致しますので……」

 心音バクバク言わせ素直にそう言葉にするリベルにリリィは同情を覚え、クロスがリベルに感じた気持ちを素直に伝えた。

「えっとですね……。どう言えば良いのかわかりませんが……クロスさんの心音って基本穏やかなんですよ」

「ま、伊達に賢者と呼ばれてはいないのですね」

「それで……その……リベルさんを見る時は……こう……特に穏やかさが顕著で、何と言うか……『孫を見るおじいちゃん』みたいな気持ちになってるみたいです」

「……え? ……いや何でですか!?」

 リベルは頭を抱え、店先でそう絶叫した。


 嫌われているのは当然だしそうであって欲しいと思っていた。

 あれに自分が女として見られるのすら我慢ならない。

 それ位、リベルはクロスが嫌いであり、嫌われたいと思っている。

 不俱戴天の仇であるとすら言っても良い。

 だが現実は……クロスの視線は孫を見るおじいちゃんである。

 どうしてこんなつっかかる女にそんな訳のわからない気持ちを持ったのか。

 リベルには理解しようとすら思えない。

 だからこそ、ただただ不気味であった。


「……人って一体どんな精神構造してるんだ……」

「さあ? ただ……人というよりクロスさんが特別だと思いますけどね」

 そう言って微笑むリリィを見て、リベルは嫌悪しきった様な困り顔を浮かべる事しか出来なかった。




 買い物が終わって戻って来た後クロスはクロスで下着を買った女性相手にどう反応すれば良いかわからずギクシャクした態度を取り、リベルもまたクロスに生暖かい目で見られていると知りおどおどとしながらリリィの後ろに隠れる。

 そんな二人を見て、リリィはくすくすと楽しそうに笑った。




 城に戻った瞬間、リベルはクロスから逃げる様に何も言わず二人から離れて去っていった。

 嫌味の一つもないその様子を不思議に思いクロスが首を傾げて見ている時……。

「クロスさん。リベルさんは……クロスさんに嫉妬しています。それも、狂おしい程に」

 そう、リリィは言葉にした。

「……はい? どうして俺に? ……ああ。アウラの近くにいつもいるからか? 騎士様みたいだし」

 その言葉に、リリィは首を横に振った。

「いいえ。魔王様関係なく、クロスさん自身に何か狂おしい程の嫉妬と妬みを覚えてます。それが何なのかは流石にわかりませんけど……」

 その言葉に、クロスはそっと自分の顎に手を乗せ考え込む表情を浮かべた。

「……一回、ちゃんと話した方が良いかな。何か誤解あるっぽいし。俺はそんな恵まれた……いや、こっち来てから恵まれまくってるけどさ」

「そうなんです?」

「うん。アウラは当然メルクリウスもタキナさんもリリィちゃんもリベルも、みんな可愛いじゃん。だから俺恵まれてるわ」

「あはは。クロスさんの恵まれてるかどうかの基準ってそれなんです?」

「そりゃそうだよ。男として、可愛い子と触れ合えるってのはそれだけで幸福な事さ。……生前全くモテなかったからねぇ」

 苦笑いを浮かべながらそう呟くクロスに、リリィは優しく微笑み返した。

「そんな事ないと思いますよ?」

「どうしてそう思ってくれるの?」

「だって、心音が、心がとても穏やかで優しいですから。人であった時よほど良い出会いをしたんだと思います。ですので、きっとクロスさんの事を好きだった人も沢山いたとも思いますよ」

「はは。そうだったら惜しい事したねぇ人であった頃の俺。モテないと思ってたけど一人位は良い子いたのかぁ。……ま、リベルの事は少し考えてみるよ。今後会う会わないも含めて。教えてくれてありがとうね」

 そう言って、クロスは手を振り自分の部屋に戻っていった。


「……まあ、片方にだけ見えた気持ちを話すって、何か不平等ですからね」

 そう言ってリリィはクロスを見送り、購入した物を仕舞う為うきうきとした気分で自分の部屋に戻っていった。


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