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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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なんちゃってデートセントールの監視付き(後編)


 アイスを口に頬張るクロスの方を見ながら、リリィは指を口元に当て呟いた。

「とりあえず……聞きたい事は地理とお金の事でよろしかったです?」

 リリィの言葉にクロスは頷いた。

「ああ。外出経験すらほとんどないから当然だが、この辺りの事とかさっぱりわからん。いや、それ以前にこの街すら見ていない。だからとりあえずこの街の事だけでも教えて貰えたらなって思ってる。あと金についても」

「ああはい。では大切な事ですのでお金の方を先にしましょうか。お買い物出来ないと大変ですし」

 そう言葉にし、リリィはクロスのテーブルの前にそっと何かが書かれた紙を置き、開いて中を見せた。

 それはこの店のメニューだった。


「なるほど。だからこういう店に連れてきてくれたのか」

「はい! こういう情報はわかりやすくなってますので教材としてぴったりかと」

「良い先生だなぁ。えっと、なになに……ジュース一杯が十五B(ビー)か……」

「はい。ちなみにBはブルードの略で金貨一枚で十Bです」

「……つまり、金貨一枚と半でジュース一杯か。……金貨安すぎない? それともこの店のジュースが高すぎるのか?」

「まあこの金貨が基本通貨ですから。一応金貨の下に銀貨もありますけど……あんまり使いませんねぇ。一桁なら基本切り上げか切り下げになりますし」

「なるほど……」

「それより面倒なのは……金貨の種類とその相場についてなんですよねぇ……」

「ん? どゆこと? 百ブルード金貨とか千ブルード金貨とかある感じ?」

「いえ。そういうのではなくてですね……これを」

 そう言ってリリィは金貨を三枚テーブルに置いた。


「ここから、相当に面倒な話になりますから少々頑張って聞いて下さい。まず、こっちの金貨は今代魔王様の用意した金貨です」

 そう言ってリリィは一枚の金貨を人差し指で触れ、そっとクロスの方に動かした。

 その金貨は他の金貨よりも黄色の輝きが強く、また両面に林檎と杖の絵が描かれていた。

「ふむ。……俺の持ってる奴も全部これだな」

「はい。この辺りは全部これです。それで……こちらが……その……先代魔王の物です」

 そう言ってリリィはやけに禍々しい剣の絵が描かれた一枚の金貨を気まずそうに動かした。

「なるほど……。先代魔王は武闘派だったらしいかららしいっちゃらしいな。んで、この二枚って何か違うのか? ああ、こっちは古いからもう使えないとかか?」

「いえ。正しく硬貨と認められている限り何代前であっても今の魔王様の用意する金貨と全く同じ物として使用する事が出来ます。問題は……それ以外の金貨なんですよ……。例えばこれとか」

 そう言ってリリィは残り一枚の金貨を動かしクロスに見せた。


 表には狼か何からしき動物の顔が描かれ、裏面には何も書かれていない。

 その金貨は、明らかに先程の二枚よりも品質という意味でもデザインという意味でも、精巧さという意味でも劣っていた。

「こちら、魔王国内部にある獣人の里で作られた物なんですが……これ、残り二つと同じ価値あると思います?」

「……十ブルード分の価値は十分にありそうだが……一緒かと言われたら正直……」

「はい。これ、一枚で八ブルードです」

「……え? ……もしかしてさ、金貨毎に値段が違う?」

「はい。ついでに言えば、相対的な値段ですので状況によって値段が変動します」

「…………うっわめんっどくせぇ! 人間の時よりめんどくせぇじゃねーか!」

 ちなみに人間の通貨は銅貨銀貨金貨大金貨の四種類である。


「魔王様が用意した……つまり国が用意した金貨を十ブルードと固定しまして、それを基準にして金貨の質とそれを作った場所の信用度で計算します」

「じゃあ、このアウラ金貨よりも高い価値の金貨もあるって事か?」

 用意された金貨を持ちながらクロスがそう尋ねると、リリィは首を横に振った。

「過去にはそう言う事もありましたが……今代では難しいでしょう。少なくとも現在では存在していません。それだけ精巧で質が高いんです。今代で用意された金貨は」

 そう言ってリリィはテーブルの上で金貨をはじき、くるくると回す。

 それは見事なまでに綺麗な球体を描きくるくる回っていた。


「重量、バランス、形状。全てが完璧ですね」

 そう言った後、リリィは獣人金貨を指ではじく。

 同じ様にくるくると回るが綺麗な球体ではなく若干楕円で、そしてすぐに回転を止めパタンとテーブルに倒れた。


「なるほど。確かに質が違うな」

 クロスは未だ回り続けるアウラ金貨を見ながらそう呟いた。


 その後、クロスはもう少しだけお金の授業を受けた。

 金貨の上に小切手の様に使える紙のお金が存在する事。

 使われる硬貨、紙幣その全てを取りまとめて仕切る金銭管理局という部署が存在する事。

 そういった事は人間であったクロスには一切馴染みがなく、非常に驚かされた。

 だがそれら以上にクロスが驚いたのは、全ての硬貨に強力かつ強大な転移魔法がかけられている事だった。


「転移魔法ってそんな簡単に使えるか?」

「どうでしょう。とりあえず、私の周りに使える人はいないですね」

「俺も人生で転移魔法を使える人に会ったのは二人だけだったな。どうしてそれを金貨なんかに……」

「えっとですね……『銭とはすなわち国家の血液なり』だからだそうです」

「……ん? どういう事?」

「金銭に転移魔法を仕掛けた魔王国金銭管理局初代局長の遺した言葉です。『体の中に流るる血液が一か所に止まると体は変調をきたす。それは国家でも同じである故に、金貨が一か所に止まらぬ様処置する必要があるのだ』だそうです」

「へぇ……。良くわからんがすげぇんだな。そんな大魔導を残す位なんだから。じゃあこの金貨も使わないといけないな……。期限ってどの位かわかる?」

「いえわかりません。ただ……クロスさんの硬貨は新しい硬貨ですので大丈夫ですよ」

「そか」

「ちなみに硬貨は出来によって転移魔法の発動期限も変わってきます。獣人金貨なら三十年位、先代魔王金貨で百年丁度ですので……魔王様の金貨は百年から百五十年位ですかね?」

 そうリリィが言葉にすると、横から緑の鱗に覆われた二足で動く魔物が話しかけて来た。

 それはリザードマンよりも全体的な輪郭に曲線が多く、鋭い目を持ち舌の先が二つに割れている。

 おそらく、蛇関連の魔物だろう。

「百二十年だって新聞に載ってたぜ」

「あ、ありがとうございます」

「良いさ。こんな場所でお勉強とは感心だね。そっちの兄ちゃんも頑張っとくれ」

 そう言っておそらく女性である蛇の魔物はしゅるしゅると舌を鳴らしながら微笑み、そっとその場を離れ同族の女性が座るテーブルに戻っていった。


「と言う事で、アウラ様の硬貨は百二十年経てばどこかに転移しお金が巡っていきます。どこに転移するかはわかりませんがね。お金についてはこんな感じで良いですかね?」

「ああ。十分過ぎる。……そういう知識って学校で習うのか?」

「習いはしますが……私の場合は義務教育での場所ではなくちょっとした専門的な場所でして」

「専門的な? リリィちゃんはお金の勉強してるの? 学者さん?」

「いえ。趣味範囲ですが私魔法協会に所属してるんです。悲しい事に下手の横好きで大した事出来ませんけど」

 そう言ってリリィは微笑んだ。

「……そうかぁ。趣味で魔法が習えるのかぁ……」

「変ですよね? 確かに変わった趣味かもしれません。けど……」

 リリィは恥ずかしそうに困った顔でそう呟いた。

「いや。変とかじゃなくて。そういう知識を趣味で学べるって良いなぁと思って。……俺も特異成長が終わったら習おうかな」

 その言葉にリリィは露骨な程喜び少しだけクロスに近寄った。

「是非是非。魔法協会ってお堅い研究肌の人やそっちの道で生きたいからという職業目当ての人ばかりですので中々知り合いが少なくて。来ていただけたら嬉しいです」

「……でもなぁ。やっぱお金とか高いよね?」

「そうですね。安くはないですけど……普通に働けば困らない位の金額ですよ?」

「なるほど。そりゃ行ってみたい。……ま、まだまだ先の話だな。何ったって今の俺、ただの幼稚園児だし」

「ああそうでした。残念です。あっちでも知り合い増えると思ったのですが」

 そう言って少し寂しそうにするリリィを見て、クロスは魔法協会とやらについて所属する事に、その魔法協会とやら自体に少々以上に興味を持った。




「お金についてはこれで良いですよね?」

「ああ。十二分過ぎるな。色々ありがとう。良い授業だったよ」

「いえいえ。では続いて地理についてですが……まあとりあえずですしこの街についてだけで良いでしょうか?」

「ああ。頼む」

「はい! グランフォード大陸ディーバルド地方の中央辺り。魔王城近隣の王都。それがこの街です。魔王様がおよそ五年前に城を築かれてから少々様変わりして非常に文化的になりました。ちなみに、この辺りの街は非常に特色ある街なのですが、どんな特色だと思います?」

 そう尋ねられ、クロスは周囲をきょろきょろと見回した。


 比較的人間体に近い種族が多いが、そうでない完全に異形としか言えない種族もおり、その上で全体的に雰囲気が良い。

 店の外を見ても争っている様な者が見当たらず平和そのもの。

 特にこれといった特色はクロスには見当たらず、ごく普通の、極めて良質で一般的な善政をしく街であるとクロスは思えた。

 ただし……これほど平和な街は人間の世界では十もないが……。


「わからん」

「正解は……この辺りは良質な鉱石が取れる事です」

 その言葉に、クロスは目を丸くさせ驚いた。

「ここ炭鉱街なのか!?」

「はい。正しく言えばこの辺り全部が炭鉱街ですので炭鉱集落街になるんですかね。周辺の都市部全てが炭鉱かそれを加工する事を生業にしておりますね。もちろん今も現役で稼働中です」

「……驚いた。全くそんな風に見えん。山も見えないし作業している男達もガラの悪い人も罪人もいない。それに……炭鉱特有の力強く荒々しい雰囲気がない」

 その言葉にリリィは首を傾げ……そしてぽんと手鼓を打った。

「ああそうか。クロスさんクロスさん。あの方がこの街で鉱石を扱ってくれているお勤めの方です」

 そう言ってリリィは店の窓付近にいる一人の男に手を向ける。

 その男の種族は、ゴーレムだった。


「……ど、ども」

 茶色い岩で構成された男は少しだけ気恥ずかしそうに、リリィに向かってぺこりと頭を下げた。

「すいませんお邪魔をして。いつもお勤めありがとうございます」

 そう言葉にし、リリィはゴーレムに深く頭を下げる。

 それに合わせて、店の中にいる客の多くがゴーレムにお辞儀をして見せた。

「いえ。自分、これしか出来ないもので」

 そう言ってゴーレムはぺこぺこと皆に頭を下げ返した。


「彼らは鉱石を掘るという意味で言えばエキスパートを通り越してスペシャリストですので、クロスさんの想定する問題は何も起きないんです。そう言った訳でこの辺りはゴーレム種の方が多いんですよ」

「そうか。どの位ゴーレムがいるかわからないけど、多いんだな」

「はい。あまり他種族と交わらないのがゴーレムですけど、こういった炭鉱街でしたら別ですね。彼らのお陰で私達が生活出来ますから街の人皆が感謝をしていますよ。もちろん、魔王様もゴーレムには手厚い補償をして大切にしています。この辺りの街の経済、防衛、職場、あらゆる意味でのガーディアンですから」

 その言葉を聞きゴーレムの男は岩で出来た顔を赤くし小さく丸まる。

 見た目とは裏腹に照れ屋な性格らしい。


「なるほどねぇ。と言う事は、普通の炭鉱街みたいな特色はないのか」

「……? 普通の炭鉱街の特色とは?」

「あ。えっと……その……た、例えばほら! 酒場が多いとか!」

 しどろもどろになりながらそうクロスは言葉にする。

 そんな非常に怪しい対応なのだが、リリィはその理由を理解出来ず首を傾げる事しか出来なかった。

「んー? 良くわかりませんが、酒場を多く集めた街は近くにありますよ?」

「あ、そうなの?」

「はい。ゴーレム種の方はあまり酒を飲みませんが、それ以外の方は飲む方は多いらしいので。炭鉱街ってそういう感じなんですかねぇ」

 そう言ってリリィは首を傾げた。

「なるほどね。色々ありがとうリリィちゃん」

「あ、いえいえこの位何でもないです。ところで、お時間はまだありますか?」

「ん? ああ。全然大丈夫だよ。今日は夜までフリーだから残った時間はリリィちゃんの好きに過ごしてくれて」

「いえ、まだ時間があるのでしたら私この街をガイドしますよ? 今日は一回自宅に帰れればそれで良いので。せっかくですので色々と歩きましょう」

 そう言って、リリィはにっこりと微笑んだ。

「……ありがたいけど……良いの?」

「はい! 私、この街が好きですから」

 その顔は本当に好きそうで、屈託のない輝かしい笑顔だった。


「……ん。それじゃあ案内……いや、デートよろしく」

 そうクロスが微笑むとリリィは顔をきょとんとさせ、そしてくすりと笑った。

「はいはいデートですデートです」

「ありゃ。本気にされてないや」

 そう言って溜息を吐くクロスを、リリィは楽しそうに見つめた。




「旦那ら。俺を忘れてませんかねぇ……。いや、忘れてますかねこりゃ」

 楽しそうに街を歩く二人を遠くから見つめるガスターは、何とも言えない空しさを覚え苦笑いを浮かべながら一人職務を全うした。


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