なんちゃってデートセントールの監視付き(前編)
子供達は昼寝の時間に入ってすぐには寝付かない。
遊び足りないから、眠たくないから、寝るとクロスがいなくなるから。
そんな理由で無理にでも寝まいとする子供達に数分程付き合った後、クロスは部屋をそっと抜け出し帰宅の準備に入った。
その途中、クロスは背後に誰かの気配を感じ取った。
「あらタキナさん。もう全員寝ました?」
その言葉にこっそり背後から驚かそうとしたタキナは残念そうな顔を浮かべて見せた。
「ちぇっ。見つかっちゃいました。気配消したつもりでしたけど駄目でした?」
「これでもまあそれなりに経験ありますから」
「クロスさんはあの勇者の仲間ですもんね」
「元、が付きますけどね」
そう言葉にし、クロスは微笑んだ。
「……クロスさんは――」
「全く。ガキ共が羨ましいなぁ……。ああ。すいません話を遮って」
クロスはそう言葉にし、ぺこりと頭を下げる。
「いえ。何でもないです大した事でもありませんので。それで、子供達が羨ましいってどうしてですか?」
「いやね……こうして生活の苦労を知らずに勉強出来るガキンチョ共が本当に羨ましくて羨ましくて……そして嬉しくて……こうつい呟いちゃいました」
そう言ってクロスは遠くを見た。
「……人間体だった頃……苦労してたんですね」
そう、タキナは憐れんだ様な表情で言葉にする。
それを見てクロスは微笑んだ。
そう、それこそが答え。
それこそが人間が魔物に勝てない絶対の道理。
子供が勉強せず生活費を稼ぐなんてのは人間の世界では当たり前の事であり、不幸と感じる者すらいない。
その人間の常識は、ここ魔物の世界では当たり前ではなく非常識に当たる。
ここでの常識は誰でも勉強出来るというものである。
それは権利ではなく、義務。
しかも、教育は全てその子その子に合わせた形で。
「……全く。ガキンチョ共が飢えないで遊んで学べるってのは嬉しいが……それでも嫉妬を覚えるなぁ器の小さい俺じゃあ……」
そう言って、クロスは空を見る。
人間であった頃と空は変わっていない。
だが、それでもクロスはこの空が少しだけ変わった様な気がした。
「あ。それともう一つ」
「はい? 何です?」
「タキナさんみたいな美人で可愛い女の人に勉強教わるガキンチョ共が超羨ましくて妬ましい」
その言葉を聞き、タキナは目を丸くし頬を染め、顔を反らした。
「そんな……美人だなんて……」
「いや。実際美人でしょ。少なくとも、俺は超美人だと思ってるよ」
その言葉にタキナは頬に手を当て恥ずかしそうにした。
「もう……冗談ばかり。そ、それで。今日もクロスさんは修行ですか?」
恥ずかしさが限界であるタキナは非常に強引だがそうやって無理やり話を切り替えた。
「ん? いや。今日からは別の用事だね。特訓の方は時間を減らしつつ夜に回した」
「それはまた……大変ですね。ただでさえしんどいのにやらないといけない事が増えて。それで、今日これからどの様なお勤めをなさるんです?」
その言葉にクロスは腕を組み考え込む仕草をした。
「うーん。そうだな……」
思い当たる言葉が特に見つからず、どう言おうか考え……そして、その言葉を思いついたクロスは微笑み冗談交じりに答えた。
「ああそう。デート。これから俺デートに行ってきますわ」
そう言ってにかっと笑うクロスを見て、タキナの笑顔は固まった。
そのままクロスが幼稚園を出ていった時ですらも、タキナの表情筋は固まったままとなっていた。
魔王城に戻り、メルクリウスの淹れたお茶を飲んで一服した辺りでノックの音が響き、クロスはドアを開けた。
そこにいたのはリリィだった。
「こんにちは。今からでお時間は大丈夫ですか?」
その言葉にクロスはメルクリウスの方を見る。
立ったまま部屋の隅で、じとっと軽く睨む様に見るだけのメルクリウス。
ただその目はクロスではなく紅茶の方に注がれていた。
メルクリウスの意図に気づいたクロスはその紅茶を立ったまま一気に飲み干した。
するとそれに合わせ、メルクリウスは口角を上げ頷いた。
「ああ。出来るメイドである私はカップを片付けておくから気にせずすぐに出ると良い」
「ん。ありがとうメルクリウス。行ってきます」
「行ってらっしゃいご主人。気を付けてな」
その言葉に頷き、クロスはリリィを連れ部屋の外に出た。
リリィの属するデモ集団に機械狂信者が混じっていると判明した。
その行動目的は不明だが、まず間違いなく碌な事ではない。
機械で神を作ろうとするか、機械の体となって神となろうとするか、ペットという独特の生体兵器の材料探しか、はたまたもっと斜め下か。
ただ、低く見積もっても人体実験用の道具探しである為放置する事だけは避けないといけなかった。
だから狙われている可能性が高いデモメンバーに護衛を立てているのだが……そのデモメンバーの中でもリリィの護衛優先度はあまり高くない。
と言うのも、ごく一般的なハルピュイアのリリィよりも、機械信者である者や希少な種族、また戦闘能力の高い者の方が機械狂信者から見れば良い獲物であるからだ。
言い方は悪いのだが、ちょっと正義感が人より強く翼が美しい事を除けばリリィはごく一般的なハルピュイアでしかない。
肉体性能を重視する機械狂信者の方向性から考えると、ありがたい事にリリィがターゲットになる可能性は低かった。
だから護衛に割くリソースをリリィには後回しにしたいのだが……クロスの知り合いであり、事件発覚の重要参考人である彼女をあまりないがしろにするわけにもいかない。
その結果、クロスが専属の護衛となる事に決まった。
それはつまり、クロスが暇な時でないとリリィは外に出る事すら出来ないという事である。
「ごめんねリリィちゃん。待たせて。……俺幼稚園児なんで」
その言葉にリリィは微笑んだ。
「大丈夫です。むしろクロスさんの貴重な時間を使ってしまい申し訳ありません」
「いや。良いさ。可愛い子と一緒にいられる時間に文句を言う程俺は愚かじゃないよ」
「くすっ。どうせ皆に言ってるんでしょ」
「そんな事ないぞ。可愛い子にしか俺は可愛いって言わない」
何故か自信満々なクロスにリリィはくすくすと楽しそうに微笑みかけた。
魔王城の正門前、これから出発というタイミングで、クロスはリリィに尋ねてみた。
「んでリリィちゃん。これからどこに何しに行くか尋ねても良い?」
「あ、はい。今日の予定は実家の方と……後時間があれば本屋に行きたいなと。魔王様方のお陰で生活に必要な物は揃ってますけど……やっぱり自分の私物が部屋にないと落ち着かないので」
「ああ。枕とかか」
「私の場合はお気に入りの毛布に常備している花蜜、後翼の手入れ道具とかですね」
そう言ってリリィは腕代わりの翼をぱたぱたと舞わせた。
ふわりと舞う翼から見える純白の羽はその一本一本、毛先から全体図まで、どこから見ても気品ある美しさに溢れていた。
「すっげぇ綺麗だもんねリリィちゃんの翼」
「ありがとうございます」
そう言ってリリィは嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃ、デートに行こうかリリィちゃん」
「……ふふふ。デートなんですか?」
そう言ってリリィはくすくすと、とても楽しそうに笑った。
クロスはその目線が自分ではなく後頭部辺りに集中している事に気づき、慌てて振り向く。
そこには、ガスターだった。
「それじゃ旦那、これから俺とデートしましょうや」
その言葉に、リリィは我慢する事が出来ず笑いすぎて目に涙を浮かべた。
「……ガスターさんや。何の御用でしょうかね?」
「そりゃだんなー。旦那一人で彼女を護衛出来る自信ありますかい?」
「……ねぇわ。普通護衛なら三人はいるよな」
「そう言う事でさぁ。足りない二人分に俺が来ましたよっと」
「なるほどわかった。ガスター、頼りにしてるぞ」
「あいさー。任されました」
そう言葉にし、二人はお互いの手を叩き心地よい音を鳴らした。
魔王城から数分程歩き、城下町に入ったクロス。
一応、城下町内の幼稚園に来ているので初めてではないのだが、それは幼稚園の往復のみ。
そんなクロスは新しい街に来た時特有のわくわくと興奮、そしてリフレッシュした様な新鮮な気持ちを思い出していた。
「あー。そういや俺何も知らないな」
そのクロスの言葉にリリィは首を傾げた。
「何も、と言いますと?」
「いや。俺元人間だろ? 一応大陸名と地方名位はお勉強したから知ってるけど……この街の名前とかそゆ事はなーんも知らんなと思って」
「なるほど。では私がご説明しましょうか?」
「すまんな。頼んで良いか?」
「はい。お任せ下さい」
そう言葉にし、リリィは自慢の翼を大きな膨らみのある自分の胸にとんと当てた。
「あ、旦那。俺広範囲索敵したいんで遠くにいますわ」
「ああ、わかった頼むわ」
「あいよ。そうそう旦那。これ陛下から預かっておいたんでどうぞ」
そう言ってガスターはクロスに小さいながらも重たい布袋を手渡した。
「これは?」
そう言いながらクロスは中を見る。
中には金貨が十数枚程詰まっていた。
「デートなのに一文無しじゃ格好付かないでしょ? 陛下に進言して報酬一部先渡しにしておきましたぜ」
「ガスター……。ありがとう。本当にありがとう……それしか言葉が出ないよ……」
クロスは泣きそうな顔で、そう言葉にした。
「良いさ旦那。旦那の気持ち……俺には痛い程わかるからな。それじゃ旦那、それとリリィちゃん。デート、楽しんできな」
そう言ってガスターは気取った顔のまま、かっぽかっぽと四つ足を鳴らしその場を立ち去った。
「……ガスター。お前は俺の親友だよ……。さて、それじゃリリィちゃん。デートしようか」
満面の笑みで、それでいてどこか冗談めいた顔をクロスは浮かべていた。
「はいはい。そうですね。監視護衛付きですけどね」
しょうがないなという笑みを浮かべながらリリィはそう言葉にした。
「ところでさ、恥晒しでくっそ恥ずかしいからぶっちゃけ聞きたくないんだけど、ちょっと聞いて良い? 教えて欲しい事があるんだ」
「はい。何です?」
「……魔物の世界のお金って、どれくらいの価値でどう使うの? これで幾ら位になって、そんで何買える?」
布袋を持ちながらそう尋ねるクロスにリリィは微笑んだ。
「別に恥ずかしがる事ないですよ。クロスさん魔物になって日浅いんですから。それじゃ、実際に買い物しながらお話しますね。さあ行きましょう」
そう言ってふわふわと跳びはねる様な歩みでリリィは先に行く。
それを見失わない様クロスは早歩きでリリィの後を追った。
「とりあえずクロスさん。今欲しい物何かあります? 出来たら少額の物で」
「肉」
即答するクロスの意見にリリィは苦笑いを浮かべた。
「男の子ですねぇ」
「とりあえずがっつりとした肉が食いたいかな。酒は飲めないし」
「あはは……意外とワイルドな性格なんですね」
「そうか? こんなもんじゃね?」
「どうでしょう。少なくとも私の知り合いにはいないタイプです」
「そか……。もう少し気を付けた方が良い? 大人しくして」
「いえいえ。良いですよ自由にして。それじゃ、お肉食べられるところ行きましょうか。がっつりと」
「ああ。頼むよ」
その言葉にリリィは誇らし気に胸を張り頷いた。
どうしてもその大きな膨らみに目が行く事を、クロスはそっと神に懺悔した。
それは、食事と呼ぶにはあまりにも品がなさ過ぎた。
一言で表すなら、それは棍棒。
その骨付き肉はまるでとても短い棍棒の様な形状をしていた。
それを、味付けてただ焼いただけ。
人間世界ではともかく、魔物世界においてそれは存在そのものが下品と呼んで良い代物である。
だからこそ……それはこのあり得ない店に存在していた。
料理が発達した社会においてそれはあまりにも原始的すぎて、それでいて異質で……。
日常に絶対ありえない料理だからこそ、不思議な魅力が秘められていた。
「あのさ……リリィちゃん」
「はい。何ですか?」
「俺さ、何か目立ってない?」
クロスは巨大な肉の塊を持ちながらそう尋ねた。
クロスがリリィに連れて来られたのはリリィ行きつけの、女性客が多い小洒落たレストランである。
そこは人間的美意識であるクロスから見て、客にも店員にも美人な女性が多かった。
外観も内観もセンス良く、それでいてクロスに用意された肉を除けば貴族のデザートの様な少量で豪勢な食事が並んでいる。
そんなキラキラした雰囲気の中クロスは、何故か従業員だけでなく客達からもその視線を一身に集めていた。
「すいません。ここまで目立つとは……」
そう言ってリリィはぺこりと頭を下げた。
「あー。やっぱり俺って悪い意味で有名だったりする?」
元人間であるクロスは心配になりそう尋ねる。
その様子を見て、リリィはきょとんとした顔になった。
「はい? いえ別に。まあ正直に言いますと元人間ですので良い顔しない人も多いです。でも……今目立っているのはそれと全く関係ない事ですね」
「じゃあ、どして?」
その言葉に、リリィはクロスの手に握られた肉の塊を指差した。
「……これ?」
「はい」
「……そんな変? 確かに思ったよりもデカくてがっつりしてるけど」
片手で持つにあるまじき重量を感じるクロスは良くこれを上手に焼けたなと変な感心を覚えた。
「ここの店長は時々気分で変な新レシピを思い付くんです。その『ワイルド肉』もその一つなんですが……頼んだ人は今までで一人もいません」
「はて? どして? 美味そうじゃん」
リリィは苦笑いを浮かべた。
「ここ、女性客がメインですから」
「あー。そりゃそうか」
「ですけど、自分では絶対に頼まないから皆一度は見てみたかったんだと思います」
「これを?」
「そしてそれを食べる人を、です」
「そか。……今更だけど、リリィちゃん恥ずかしくない? こんな目立つ人の隣に座って」
リリィは再度きょとんとした顔をした後、優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。そもそも私が連れてきましたから悪いとすれば私で。ただ……一つ心配な事も……。それ、全部食べられます?」
その言葉にクロスは頷いた。
「ま、ちょっと多いけどいけるだろう」
そう言葉にし、クロスはその肉にかぶりつき、そのまま引きちぎる様にして噛み切った。
そのまごう事なきワイルドでダーティな食べ方はこの店のティータイムには決して似合わない。
紅茶の花園に野蛮人が混じり込んだかのような酷い光景。
それを皆が見つめていた。
それでも、その花園にいる美しき花達は自分達が決して食べられない、食べきれないソレを当たり前の様に食べる男に向けて放つ視線は、侮蔑や嘲笑ではない。
それは紛れもない、尊敬と敬意であった。
自分達が出来ない事だからこそ、彼女達は彼女達から見て野蛮な事を平気で行えるクロスに自然と敬意を覚える。
だからこそ、クロスがそれを当然の様に食べ終わると……拍手が響いた。
「いや。そこまでの事かこれ?」
拍手の中クロスは後頭部をぽりぽりと掻きながら気恥ずかしそうにそう呟いた。
「今まで誰も注文しなかったメニューですし女性の方々ですから」
そう答えたのはリリィではなく、コック姿をした牛男だった。
大きな二本の角を持った、茶色い牛の魔物。
腕や足が太く、顔はどちらかと言えば馬面。
もし一言で見た目を表すならそれはかなり牛寄りの人間と言えば良いだろう。
「おや。あんたは?」
「これは申し遅れました。私当料理店『ミラーストーン』の店長モスカル牛山と申します。どうぞよしなに」
そう言葉にし、牛山はにこやかなままぺこりと頭を下げた。
「……いやちょっと待って。モスカル……何?」
「モスカル牛山と申します」
「……ごめん。どこからどこまでが名前? ファミリーネーム?」
「モスカル牛山が名前です」
「……モスカル牛山さん?」
「お気軽に牛山と。またはうしさんとお呼び下さい」
「うしさん」
「はいありがとうございますお客様」
牛山は元気よく頷いた。
「……とりあえず。ご馳走様。美味しかったよ」
「いえいえこちらこそ食べて下さりありがとうございます。お礼と言う訳ではございませんが……これはさきほどのメニューを頼み完食して下さった事に対してのサービスです」
そう言葉にし、牛山はそっとアイスクリームをクロスの前に置いた。
「あ、これはどうもご馳走になります」
「いえいえ。では他のお客様も、どうぞ我が店のごゆるりとした時間をお楽しみ下さい」
そう言葉にして牛山は周囲を見回し、クロスに一礼して奥に戻っていった。
「……何か得したわ」
クロスはアイスを一口運び、ぽつりとそう呟いた。
そのアイスはミルクアイスだった。
「ところで、リリィちゃんはそれだけなの?」
クロスはリリィの手元にある琥珀色の液体を指差し尋ねた。
「あ、はい。花蜜のジュースです。優しい味がしますし喉に良いので」
「なるほど。だからいつも綺麗な声なんだね」
その言葉にリリィは真っ赤になった。
全身白い箇所が多いからこそ、その赤は非常にわかりやすかった。
「も、もうクロスさんは」
「あははごめんごめん。ところで純粋な質問なんだけど、ハルピュイアって肉食べないの?」
少なくとも、人間であった時のクロスはハルピュイアが菜食主義であるとは聞いた事がない。
というよりも、クロスはハルピュイアに食われかかった事があった。
「いえ。少なくとも私はお肉もお魚も好きですよ。ただ……」
「ただ?」
「こんな時間にお肉を食べたら太っちゃいますし。お夕飯が入らなくてお母さんに怒られますね」
「あー。そっか。ごめんねリリィちゃん」
「いえいえ。それではさっそく約束のお勉強を始めましょうか。アイスを食べながらで良いので聞いて下さい」
「はーい。よろしくお願いしますリリィせんせー」
いつもの様に幼稚園風にそう言葉にするクロス。
それを聞き、リリィはくすりと微笑んだ。
ありがとうございました。
遅くなり真に申し訳ありません。




