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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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決して広くない背中で背負っているもの


 食事とはただ生命活動を維持し、体の栄養となるだけでなく心にも栄養を与えて、明日への活力となってくれるものだ。

 また、そういうものでなければならない。

 それはただ食べるという行為だけではあまりにも味がなく……もったいないとしか言えない。

 食事とは美味しく味わう事により同量であっても摂取できる栄養が増え、娯楽として楽しく時間を過ごす事によりエネルギー変換の効率と消化効率が向上する。

 当然、一般庶民であるリリィがそんな難しい事を考えながら食事を取っている訳では決してないのだが……それでもリリィはご飯を食べる事が嫌いではない。

 食べ過ぎて太る事だけは心配だがそれでもリリィは集団で食事を取る時間を楽しむ事が出来る性格をしていた。


 そんなリリィはしばらく魔王城に厄介する事になり、そして何の因果か夕食は魔王アウラ達と同席する事となった。

 一体どこの貴族でどんなお偉いさんになればそんな栄誉が受けられるのか。

 多少裕福ではあるが権威など欠片もないごく一般的で平凡な家に生まれたリリィには想像する事すら出来ない。

 そんな下手な勲章よりも栄誉ある食事に参列する事となったのだが……その様子はどこか変であった。


 百人位は座れそうな長方形の長いテーブルなのに、席に着いているのは四人だけであとは傍で待機するメイドしかいない。

 その長方形の細い部分中央で向き合う様にクロスとアウラが座っており、そこから大分離れた位置にグリュールとリリィも向き合う形で座っている。

 この時点で相当おかしくて、また当たり前の様にハーヴェスターグリュールがいる事も相当な衝撃なのだが……リリィはそれ以上にもっと別の事が気になっていた。


 少しの会話だけだが、アウラもクロスも善良で明るい性格であるとリリィは知っている。

 にもかかわらず……二人は席に着いてから一言も話していない。

 二人からリリィの事を心配する声がかけられ、その後グリュールの自己紹介。

 食事が始まるまでに出た会話はそれだけである。


 もしかしてここではそう言う作法なのだろうか。

 そう考えどうしたもんかと悩むリリィは、対面に座るグリュールの顔を見た。

「……はて?」

 二人を見ながらそう呟き、首を傾げるグリュール。

 その様子を見ると、どうやらそういう訳ではなかったらしい。

「あの……何かあったんですか?」

 小さな声でリリィはグリュールにそう尋ねる。

 それを聞き、グリュールは微笑んだ。

「私にもわからんなぁ。どうやら珍しい事に……喧嘩でもしておる……のかな? 確証は持てんなぁ」

「え。それじゃあ止めないと……」

 オロオロとした気持ちとなりリリィがそう言うと、グリュールは穏やかな笑みを浮かべ首を横に振った。

「構わんよ。もう少し見ていなさい」

 そう言われ、リリィは不安な気持ちを胸にアウラとクロスの方に目を向けた。


「……あ。すいません。そっちの塩を取って貰えません?」

 アウラにそう言われ、クロスは塩らしきビンを三つ指差した。

「どれだ?」

「岩え……えっと、粒が大きい奴です」

「これ?」

「はい。それです」

「ほい」

 そっと手で渡すとアウラはぺこりと頭を下げ、塩を魚料理の上にかけた。

「なあ。ソレ取ってくれないか?」

 今度は逆にクロスがそう言葉にする。

 指も差さず、どれとも言っていないのにアウラはそっとケチャップを取りクロスに渡した。

「さんきゅ」

 それだけクロスが答えると、二人は自分の料理に集中しお互い無言に戻った。


 恐らくだが……お互い喧嘩しておりつっけんどんな態度を取っている……つもりなのだろう。

 だが、その様子はどう見ても喧嘩中には見えない。

 食事の場でありながらほとんど無言という本来なら嫌な気持ちになる場なのだが……ピリピリした緊張感もぎすぎすした空気も一切ない。

 むしろこの空気は、熟練夫婦の醸し出す無言だからこそ落ち着く空気。

 今漂っている空気はそんな空気に近いとリリィは考えた。


「な? 心配いらんじゃろ?」

 そう言ってグリュールが言葉にするとリリィは微笑み頷いた。

「はい。全く何も心配いりませんね」

 そう言葉にし、リリィも食事に集中する。

 魔王城の、魔王の晩餐会なだけあり、その味はリリィの想像よりも遥かに上だった。


 ほんの少しだけだが……二人が変な空気を出して意識を外に出してくれたおかげで魔王にもハーヴェスターにもこの状況にも緊張せずにいられ、料理を味わい楽しむ事が出来た為、リリィはほんの少しだけ喧嘩中の二人に感謝した。

「ホワイトリリィ殿。一つよろしいかな?」

 グリュールに話しかけられ、ちぎろうとしていたパンを皿に戻しリリィは顔を上げた。

「はい。何でしょうかハーヴェスター様」

「うむ。一つ尋ねたいのだ。私は今日、相当気を付け、相当以上にきさくで親しみやすい様な感じを意識した。だから尋ねよう。……私が怖くなかったかね?」

「……はい?」

「私は大魔導士だ魔王より魔王らしいだ風格だけで魔物が気絶するだと色々言われてきた。だから今日は普通の子が来るという事で気を付けてみたのだが……怖くなかったかね?」

 心配七割不安二割、残り一割はおそらく希望。

 そんな不安げな表情を浮かべるグリュールを見て、リリィは小さく噴き出した。

「ええ。大丈夫ですよハーヴェスター様。全く怖くありませんでした。お気遣い感謝します。でも、やはり威厳溢れておられますね」

「そうか……。それなら良かった。感謝するぞ」

 そう言ってグリュールは嬉しそうに微笑み、ワインをくるくると回しだした。

 おそらくいつもの癖なのだろう。

 ワイングラスに入っている液体から全くアルコールの香りがしない事に気づきリリィは再度噴き出しくすりと笑う。

 それを見てグリュールは今日は酒を飲むなと禁止されジュースを渡された事を思い出し、苦笑いを浮かべて溜息を吐いた。




「さて……食事の時間もそろそろ終わるし……いい加減説明してもらえないかね?」

 グリュールはアウラとクロスの方を見ながらそうゆっくりと呟く。

 その言葉に、二人は仲良く首を傾げた。


 ちなみに、リリィはデザートで出されたアイスを食べるのに夢中で一切話を聞いていない。


「はて? お父様。説明とは一体?」

「君達がどの様な事情があってその様なギクシャク……はしていないな。まあその様な事になっているのかだよ」

 そう言葉にすると、アウラとクロス、二人そろってむーと拗ねた様な表情となる。

「ああ。一応喧嘩しておったのだな」

 苦笑しながらグリュールがそう呟くと、二人は顔を見合わせぷいっとそっぽを向いた。


「それでクロス殿。何があったのか説明して頂いても?」

「……ああ。だけど俺も事情がわからない部分も多いし俺だけの視点で話すのは平等性に欠ける。アウラ。要所要所で補足頼む」

「あ、はい。わかりました」

 そう言ってアウラが頷いた後、クロスは事情の説明を始めた。


 今より数時間前の事。

 クロスがアウラに相談を持ち掛けた事により、それは始まる。


 クロスの相談内容は、何か手伝いがしたいというものだった。

 リリィをここに招いたのも自分だし、リリィと繋がりがあるのも自分。

 ついでに言えば機械狂信者には友達を誘拐されている為個人的に腹が立つ。

 だからこそ、今回の騒動で何か手伝える事はないかとクロスはアウラに訊ねてみた。


 アウラはそれをやんわりと断った。

 別に大丈夫。

 自分達で何とか出来る。

 休んでいて欲しい。

 ただ、そう言われて素直に休めるクロスではなかった。


 確かに、凄い人達と比べたら自分は実力不足であるだろう。

 だけど、それでも自分は戦えるし人手が余っているなら雑用でもやるから使って欲しい。

 そうクロスは言葉にして説得を試みたものの、アウラは首を縦に振らなかった。

 アウラがここまで頑なであるのを、クロスは初めて見た。


 そしてそのままお互い平行線のまま一切交わらず、それでいてお互いの会話はどんどんヒートアップし言葉のドッジボールの様になった。

 何でもするから俺を使ってくれ。

 嫌です。

 どうしてだ。

 どうしてもです。

 そんな言い争いは小一時間に渡り、そしてその問題は解決しないまま今に至る。

 それが二人の現状だった。


「……何と言うか……お主らもう少し……いや、まあ良いか」

 そう呟き苦笑いを浮かべながらグリュールは小さく溜息を吐いた。

「別にクロスさんは休んでいて良いんですよ。クロスさんはあくまで()()()ですので」

 やけに強調したお客様という言葉に、クロスはぴくりと片眉をあげた。

「へーへーどうせ俺は余所者の元人間、ハブられ者ですよ」

 その言葉にアウラは顔を赤くし怒った。

「誰もそんな事言ってないじゃないですか!」

「じゃあどうして俺を余所者扱いするんだよ!」

「別にそんな扱いしてないじゃないですか!」

「いーやしてるね!」

 そんな言い争いをした後、二人はぷいっと顔を背けあう。


 本人からすれば立派な喧嘩なのだろうが……どこからどうみても痴話喧嘩にしか見えない。

 リリィはほんわかした気持ちで紅茶をゆっくりと楽しんだ。


「ハーヴェスター様。これって犬も食わないアレですよね?」

「残念ながら、非常に残念ながら二人とも素でやっておる。だからそういう関係ではないのだよ。ああ全く……」

「あら。お父さんとして娘に悪い虫が付いたとか言わないんですね?」

「ラフィールにはラフィールの人生がある。それに私はとやかく言うつもりはないよ。ついでに、クロス殿であるなら婿に来ても別に問題ないと思う程度には私は彼を買っておるよ」

 そう二人に聞こえずリリィにだけ聞こえる様呟き、グリュールはジュースをワインの様に気取って飲んだ。


「では、ここは年長者でありラフィールの父でもある私が預かろう。二人とも良いかね?」

 その言葉にアウラとクロスは素直にこくりと頷いた。

「うむ。ありがとう。ではまずラフィール。相手を傷つけまいと遠回りに否定する事を悪いとは言わん。だが、時にははっきりと拒絶する事も大切である。少なくとも、今回の場合は最初にはっきり言っておけば良い話であっただろう?」

「……はい。その通りです」

 しょんぼりしながらアウラはそれだけ答えた。


「そしてクロス殿。私はクロス殿が参加する事に賛成する気持ちもあり、また心情的にもクロス殿の方を応援したいと思っておる」

 その言葉にクロスは微笑んだ。

「だよな。手伝うだけだし問題ないもんだ」

「じゃが……ラフィールの痛みを私は文字通り痛い程理解しておる。クロス殿。ラフィールは普段、ここまで頑なな性格かね?」

「……いや。芯は強いが普段の物腰は柔らかく、そして度量も広い。よほどの事がない限り、こんな拒絶し続けるようなタイプではないな」

「じゃろ? つまり、クロス殿が関わるというのはそれだけの事だという事じゃ」

「それはそんだけ今回の事件が大事って事か? だったら尚の事――」

「いいや。クロス殿が今回の事件の解決のためにラフィールを手伝うという事が、ラフィールには我慢出来ない程辛く大きな問題なのじゃ」

「……はい?」

「ラフィールはな、優しい子なんじゃ。それこそ……自分が死んだ時の事を考えクロス殿の逃げ道を今の内に用意する位には……」

 そうグリュールが言葉にすると、クロスは気まずそうな表情になってアウラの方を見た。

「……そうなのか?」

 その言葉に、アウラは困った顔で微笑んだ。


「……今、クロスさんは来客扱いです。ですので私の陣営の者とは見られていません。元人間で、そして魔王を討伐した内の一人ですから。ですが……あまりにクロスさんが私の主導する作戦に関わるといつかは魔王陣営の身内であると……魔王に付き従う配下であると取られるでしょう。それを……私は望みません」

 そう言葉にするアウラの顔は、泣いていると思える程に悲しそうだった。

「……悪い。色々言いすぎた」

「いえ……。私の方こそごめんなさい。最初にちゃんと説明していたら良かったのに……。ごめんなさい……」

 お互い申し訳なさそうに、痛々しそうに謝り合う。

 それは見ていてあまり気持ちの良いものではなかった。


 ぱんぱん。


 グリュールは空気を換える意味も兼ね、大きく手を叩いて皆の注目を自分に集めた。

「さて、この場は私に預からせてもらっている。故に、もう少し、もう少しだけ私の話を聞いてくれまいかね?」

 三人が無言で見つめているのを確認し、グリュールは微笑み頷いた。

「うむ、うむ。ではラフィールよ。簡単な解決策を示そう。クロス殿に手伝ってもらいなさい」

「え!? お父様。それだともし私に何かあった時……」

「まあもう少し聞くと良い。要するにだ、陣営として見られない仕事を任せたら良いのであろう? 幸いな事に一つ、クロス殿が適任でかつあまり危険でなく、その上でラフィールの身内に見られない様な仕事が一つ残っておるしの」

「……そんな都合の良い仕事ありますか?」

 怪訝な顔をする娘を見て、グリュールはふふっと微笑む。

 そして……リリィの方をじっと見つめた。


「……あの、私に何か?」

「うむ。デモ隊に混じった機械狂信者について調査した結果だが、君が機械狂信者に狙われる可能性はあまり高くない。むしろ機械信仰により機械と親和性のある君の友人や希少な種族である者達の方が危険だと言って良いだろう」

「そんな!? お願いします! あの子達を……」

「安心せよ。既にラフィールがホワイトリリィ殿の友人皆を確保ししっかりとした護衛も付けておる。ただの、思ったよりもホワイトリリィの友人は多かった。だからその所為で手が足りない状況になっておるのもまた事実である」

「えっと……私が手伝える事、何かありませんか?」

「もちろんある。だが、そうするとなると問題は君の護衛をどうするかという話になる。手伝いとはいえ城の内外を移動する状況で護衛なしというのはあまりに心もとない。確かに狙われる可能性が低いのだが、誰も付けないという選択肢はありえない。ただ、護衛を多く付ければその分だけ他の業務、調査や準備が遅れるのもまた事実。ここまで来れば、もう何が言いたいかわかるかね?」

 その言葉にアウラとリリィはこくんと頷く。

 だが、張本人のクロスだけ訳がわからず首を傾げた。


「……すまん。どういう事だ?」

 そんなクロスの言葉にアウラは頷き、そして――。

「前言を翻して悪いのですが……数日程リリィさんの護衛をお願い出来ませんか?」

「え? 俺に?」

「はい。クロスさんが連れて来た方ですのでクロスさんが護衛についても私陣営に見られる事もないでしょう。それに、ここに閉じ込めておかねばならないほどの危険ではなく、リリィさん自体もずっと部屋に待機していれば気が滅入るでしょうから自由にして貰って構いません。ですが……確実に安全かと言えばそうでもありません。ですので、手伝うにしろ家に帰るにしろ、最低でも一名、彼女に護衛がいる事が望ましいと私は考えます」

「ふむ……んじゃリリィちゃん。俺が護衛で良いかな?」

「え? あ、はいもちろん大丈夫です。是非お願いします」

「あいよ。んじゃアウラ。その依頼受けさせてもらうよ」

「はい。お願いします。で……私はクロスさんを私の事情に……こちらに巻き込みたいと考えません。なのでこれは今回だけだと思ってください。例え私の陣営でなくともクロスさんが自分の居場所を見つけるまではここに居て下さって一向に構いませんしずっと居て下さっても何ら問題はありません。ですが、陣営に入って欲しいと私は思わないです」

 その言葉にクロスは同意を示さず、答えを曖昧にする様な淡い笑みを浮かべた。


「さて、とりあえず、とりあえずだが、……これで一件落着、という事で宜しいかな」

 そうグリュールが言葉にすると、リリィはそれに対し小さく拍手を鳴らした。


ありがとうございました。

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