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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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ホワイトリリィの憂鬱(前編)


 それは彼女にとって、臆病な彼女にとって非常に勇気のいる第一歩だった。

 誰かに話を聞いて欲しかった。

 今の自分を知ってほしかった。

 間違いを正して欲しかった。

 そして出来るなら、道を示して欲しかった。


 だからこそ、ハルピュイアである彼女はクロスに会いに向かった。

 例え元人間で、現在反対勢力にいるが、それでも彼なら、賢者ならきっと何か道を示してくれると信じて。

 ――後に後悔する事になると知らない彼女は、クロスに相談事を持ち掛ける事を決意した。




 幼稚園での昼休憩時、謎の呼び出しを受けクロスは正門前に向かった。

 そしてそこにいたのは、昨日デモとやらに来ていた集団の一人、ハルピュイアの少女だった。


 そのハルピュイアは人間の割合が非常に高く、足先と腕の代わりに生えた翼以外は特に変化が見られない。

 真っ白く綺麗な翼を持ち、また同じ色の綺麗な長い髪の可愛らしい少女。

 その少女は酷く緊張した面持ちで、クロスの方を見つめる。

 その瞳には、確かに怯えが含まれていた。


「えっと、何か用かな?」

 出来るだけ警戒心を解ける様ににこやかに、それでいて穏やかに話しかけるクロス。

 とは言え、クロスの方も内心はガチガチである。

 あんまり仲良くない相手から呼び出しがあり、行った先にいたのは美人で怯える少女。

 何かしてしまったのか、どうして怯えさせているのか。

 クロスは変な緊張を覚え心臓をバクバク鳴らしていた。


 そんなクロスだからこそ……クロスの心音を聞いたからこそハルピュイアの少女は驚き、そして優しく微笑んだ。

「……賢者様でも緊張するんですね」

「そりゃね。特に綺麗な子の前だと緊張するよ」

 そんな冗談まじりの軽口を聞いた少女はくすりと微笑んだ。

「あら。ありがとうございます。これでもこの翼は毎日手入れする自慢の翼なんですよ」

 そう言って少女は両腕の翼をふわりと動かす。

 その色は純白そのもので、汚れ一つ見受けられない絹の様な美しさがあった。


「うん。本当に綺麗だね。でもそれより俺は声が綺麗な事に驚いたよ。透き通っていて、とても心地よいね」

 軽口ではあるが、まんざらお世辞と言う訳でもない。

 ハルピュイアと言えば醜い姿に醜い声をした怪物であるとクロスは記憶している。

 だが目の前の少女は特徴こそハルピュイアだがそのどの特徴にも当てはまらない。

 もし彼女の容姿そのままで人間となれば、彼女に恋をする人間は一人や二人では済まないだろうし、その声はまるでフルートの演奏の様に美しく胸に響き、多くの人を魅了しただろう。


「そ……そんな……初対面なのにいきなり声が綺麗なんて……」

 震えながら少女はそう言葉にし、顔を真っ赤にしたまま俯いた。

「え? あ! ご、ごめん! 何か失礼な事言っちゃったかな。俺何も知らなくて。もしそうなら本当ごめん! セクハラとかそういうつもりはなかったんだ」

「そんな事……ないです。何も問題は……。でも……恥ずかしいです」

 そう言ってもじもじとする姿を見て、クロスは酷くいたたまれない気持ちとなった。


 ……魔物の常識って……難しい。

 頬を掻きながら少女から目を逸らし、空を見ながらクロスはそう思った。




「えと……その、何かごめんね?」

 落ち着いたのを確認し、クロスはそう言葉にする。

「いえ。そんな事ないです。でも、みだりにそう言う事言わない方が良いですよ。女の敵って言われちゃいますから」

「はは。それはそれで素敵な称号だけど。可愛い子を傷つけるのは嫌だから止めとくよ。それで、知っていると思うけど俺の名前はクロス。クロス・ネクロニアだ。君は?」

「あ、はい。ごめんなさい自己紹介が遅れました。私はハルピュイアのホワイトリリィです。リリィとお呼び下さい」

「うん。よろしくリリィちゃん。それで、何の用事か聞いて良いかな?」

「あ、はい。その……相談を、聞いて欲しくて」

「……俺に?」

 自分に指を差しながらそう尋ねるクロス。

 それを見て、リリィはこくりと頷き、相談内容を語りだした。




 リリィという女性を表す言葉で最も適切なのは、善良であろう。

 少なくとも彼女の周りの友人はそう彼女を評価している。

 素直で誰にでも分け隔てなく接し、それでいてその優しさの裏返しか臆病でもあるのだが、それでも勇気を振り絞り誰かの為に立ち上がる事が出来る。

 そう言う子だからこそ、彼女は多くの者に愛されていた。


 きっかけは、些細な事だった。

 彼女の友人に青い翼を持つハルピュイアがいる。

 その彼女が、ここではないどこかの街で怪我をした。

 理由は歩きタバコ。

 誰かのタバコが翼に触れ、翼に小さな火傷を負った。

 それは大した傷でもないし時間が経てば治る程度の傷。

 だが……好きな人の為にいつでも綺麗な翼でいたいという女心を持つ彼女にとってそれは、決して小さくない傷をつけるに十分な事実だった。


 だからこそ、リリィは立ち上がった。

 落ち込む友達の様子が見ていられなくて、友人の様に悲しむ人をもう見たくなくて。


 そしてリリィは……やり遂げた。

 彼女達市民の活動により、その街を含めた近隣もこの魔王城付近と同様に歩きタバコが禁止になる事となった。

 それも、罰金刑ではなく実刑として。

 彼女は嬉しかった。

 自分と、自分を信じてくれた人と共に動いて、少しだけだが未来を良く出来た事が、とても嬉しかった。

 自分達で未来を良く出来た。

 国の手助けが出来た。

 仲間と何かを成し遂げる事が出来た。

 それは、彼女にとって人生の誇りとすら呼べるほどの自信に繋がった。

 もっと誰かの為になって、もっと誰かの役に立ちたい。

 そうリリィは願った。


 だけど……嬉しかったのは、楽しかったのはここまでだけだった。


 同志と呼ぶべき魔物達が増え、勢力も拡大し、色々な場所との繋がりが出来た。

 やる事が過激になっていった。

 そしていつからか、誰かの悪口を叫ぶ事しか出来なくなっていた。


 何かが違う。

 それに気づいていながらも、何一つ楽しみを覚えられないながらも、止める事が出来ないなりにリリィは出来る事を模索し続けた。

 退屈とはまた違う時間の苦痛を味わいながら彼女はもがいていた。

 そんな最中――彼女は出会った。

 虹の賢者と呼ばれる存在、本物の敵であった男、人間であった(クロス)に。


 賢者という称号は魔王国にとって決して軽いものではない。

 それは正しき心を持つ者にのみ与えられる本物の仁徳の持ち主である証明と言っても過言ではない。


 そんな相手が出て来たからデモ隊は素直に引き下がった。

 自分が正しいという事をお題目にした正義という武器を振りかざし、弱者を言葉で殴りつけてきた彼らであるからこそ、武器を取り上げられたら何も出来ず帰る事しか出来なかった。

 それと同時に、リリィはようやくその事実を見つめる事が出来た。

 今の自分達は、間違っているのだと。


「だから……私はどうしたら良いでしょうか? 賢者様なら……もし賢者様ならこういう時どうするでしょうか。周りが間違っているのにどうしようも出来ない。そんな私はどうしたら良いのでしょうか。教えてください……何でもしますから……私を……助けて下さい」

 そう言葉にし、リリィは頭を深く下げた。

 自分だけではない。

 自分を信じて付いてきてくれている者達もいる。

 その人達にこれ以上間違った道を進ませない為にも、リリィには最善を尽くす責任があった。


「……言い辛い事、言って良いか?」

「はい! どんな事でも仰って下さい! 何でもします!」

 その言葉にクロスはバツが悪そうな表情のまま、ぽつりぽつりと呟いた。

「いや……いろいろ教えてくれて悪いんだが……俺には全く意味がわからん。言ってる内容がさっぱりだ」

「それは……低俗で当たり前な問題という事でしょうか?」

「は? いやそうじゃなくて……こう……知識的な意味で」

「知識?」

 リリィは首を傾げる。

 その答えを伝えたくとも、クロスにはそれを説明する口を持たない為眉を顰めうんうん唸る事しか出来なかった。


 まず、デモ自体どういうものかクロスは良くわかっていない。

 その上で、歩きタバコを制限というのもさっぱりわからない。

 そもそもの話だが、人間の世界で歩きタバコをする人はいない。

 タバコという希少品を歩きながら嗜むなんて贅沢な文化、人間世界にある訳がなかった。

 それ以外の内容も、クロスにはほとんど伝わっていない。

 わかる事と言えば、リリィは非常に責任感が強く、そして善良である事。

 つまり、リリィはとっても良い子だと言う事である。


 だが逆に言えば、クロスにとってそれだけわかれば十分だった。

 美人で、声が綺麗で、とっても良い子。

 そう、クロスにとって大切なのは助けたいと思える相手かどうかだけだ。

 そういう意味で、言えば、リリィは間違いなく文句なしであった。


「えっと……リリィちゃん。とりあえず今日の……そうだね。今から一時間後の午後三時にもう一度ここに来てくれる? 出来るだけ、俺も出来る事してみるから」

 その言葉に泣きそうな顔になっていたリリィの表情は明るくなり、潤んだ瞳のまま満面の笑みとなった。

「は、はい! よろしくお願いします!」

 そう言葉にし、彼女は約束の時間まで期待で胸を一杯にしながら時間を潰した。

 何とかしてくれる。

 助けてくれる。

 そんな考えで彼女の頭は一杯になっていた。

 彼女は賢者という言葉だけを過信し、クロスという男の事を見ていなかった。


 だからもし、クロスがしようとしている事をリリィが先に知っていれば、リリィは間違いなく、クロスに再び会おうなんて絶対に考えなかった。

 知ってさえいれば……リリィはこの後の地獄を経験する事などなかったであろう。


 約束の時間となり、クロスに案内されて魔王城の前に立った時、自分がデモを行っていた相手の拠点を前にした時――リリィは心の底からクロスに相談した事を後悔した。


ありがとうございました。

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