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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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アジテーション


 今日も朝から幼稚園生活。

 魔物式一般常識を知らないのだから仕方がないのは確かなのだが、やはりただ一人大人として園児達に混じるのが悲しい事に変わりはない。

 そしてそれ以上に悲しいのは……一週間ちょいちょい過ごした結果、おっさん一人の幼稚園生活に慣れつつあるという現状だった。


「いや。まあ今はおっさんじゃないしそれどころか絶賛零歳児だけどさ……」

「ん? クロスさん何か言いました?」

 タキナの言葉にクロスは首を横に振った。

「何にもいってませーんタキナせんせー」

 その言葉にタキナはくすりと笑った。

「はいはい。そうですねクロス君」

「はーい。という事で……この現状説明してもらえません?」

 クロスは教室内に他に誰もいない事についてそう尋ねた。

 美人な幼稚園先生と二人っきり……なのだが、そんな期待が出来る様な甘い空気は一切漂ってこない。

 誰一人園児はいない上、教室前を通りがかる教職員の数がやけに多く、またその皆がやけにピリピリというかイライラというか、そんな空気を発している。

 まず間違いなく面倒極まりない問題が起きていると思って良いだろう。


「えっとですね。クロスさんがここに来てもう八日。卒業まで三週間を切りました」

「ああ。そいや俺幼稚園生活一月で良いんだっけ。最近馴染んできたから忘れてたわ」

「はい。成人した後の方が長期幼稚園に通うのは流石に酷だという事で何とか調整して一月という形に。すいません大人になってから再度幼稚園をやり直す様な事させて」

「いえいえ。幼稚園なんて行った事ないですし楽しかったですよ」

「ああ。クロスさんはそのまま学園に通ったんですね」

「いえ。学園にも」

「じゃあずっと家庭教師ですか?」

「いえ。そうでもないですよ」

 その言葉にタキナは首を傾げた。

 これだけで、クロスは人間が魔物に勝てる訳がないと断言出来る。

 魔物の世界にいる者は、たとえ事実で知っていたとしても、当たり前の様に学校に行っているのだから人間の大半が学校に行った事すらないなんて考え付く事すらないだろう。


「ま。俺の昔の事は良いんだ。話の続きをお願いします」

「あ、はい。すいません。と言う訳で一月で幼稚園を卒業、残り十一か月を出来るだけ自由に学習して欲しいという事で家庭教師を、という形になります」

「ふむふむ。んで、さっきも出たけど家庭教師って何です? 名前的に俺が誰かの家の住み込みになるんです?」

「いえいえ。教師の方が通うって形です。クロスさんのお家に」

「俺、今魔王城に居候ですけど」

「あはは……。すいません。詳しく知らないのでアウラフィール様に聞いて下さい。私は幼稚園の先生なんで。それで本題の幼稚園の事なのですが、クロスさんだけ一月で卒業する代わりに少々余分に学習して貰う必要がありまして……」

「そりゃそうだ。期間を減らすなら密度が増える。考える迄もなく当たり前だわなぁ。ああ。だから俺は一人で個人レッスンを受けてるのか」

「はい。本来なら他の子達と同じ様に遊んでいただくのですが……まあクロスさんにとってこれも必要なお勉強ですので」

「はいはい。それで何を()()()すれば良いんだ?」

「この状況そのものとその原因を。ちなみに現在、子供達は地下の方に避難してもらっています」

「……厄介事か?」

 タキナは困った顔で、しっかりと頷いた。

「襲撃とかそういう類ではありませんし、相手側も法に違反しておりません。ただ……子供達には毒にしかなりませんけどね」

 そうタキナは吐き捨てる様にそう言い切った。




 それが起きると園児達は全員が地下に避難する。

 別に園児達に危害が及ぼされるわけではないのだが……それでも、その集団は園児達の精神衛生上非常に宜しくないからだ。

 故に現在在籍している園児達は全員地下の収容施設におり、普段と異なり教室関係なく全園児が入り乱れ遊びまわっている。

 大人としては心配であるのだが、子供達にとってはあまり遊べないお友達と遊ぶイベントの一つでしかなかった。


 それで現在、地上で何が起きているのかと言えば……なんて事はない。

 ただの平和的なデモ活動である。


「親魔王派の優遇政策止めろー」

「洗脳教育はんたーい」

「子供達を苦しめるなー」

 そんな声が、園門前から轟いていた。


 外に見えるのは比較的人型ではあるが少々離れている魔物達。

 例えば、全身鱗に覆われたリザードマン、青い鱗に覆われた魚顔の魚人、白い羽に鳥特有の趾を持った鳥人等々。

 そんな魔物達は何かが書かれた立札の様な物を持ちながら、ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てていた。


「……これ、何?」

「デモ活動ですね」

「……えぇ。いや……その……何?」

「魔王立アウラフィール幼稚園に対して不満を言う為のデモ活動です」

「いや。そうじゃなくて……こう……えぇ……。意味がわからん……」

 元人間であるクロスにとって全てが非常識であり、物事が何一つ理解出来ず完全に頭が真っ白になっていた。


「まずさ……デモって、何?」

「人間の世界では、デモ活動はないんですか?」

「……革命とか、暴動とかなら」

「ああ。デモがないんですね。それは少し羨ましいです」

 デモをするほど文化が成熟していないのだと知らないタキナはそう呟き、溜息を吐いた。

「すまん。デモについてもう少し詳しく教えてくれ」

「はい。構いませんよ。幸か不幸か時間はたっぷりありますから」

 権利やら独裁やらという言葉をバックにタキナはクロス専用に用意されたお勉強の時間を開始した。


 現魔王アウラはデモ活動等の制限を行っていない。

 それどころか法的に許可を出してさえいる。

 条件も事前に許可申請を出すだけという手軽さで、申請が下りない事はよほどの事でない限りはない。

 だからこそ、魔王国内に在籍する全員が等しく、平和的なデモ活動を行う権利を保有していた。

 そんな簡単なのにもかかわらず偶に許可すら取らずデモを行う者もいるが、今回のデモは完璧にルール内の行動だった。


 別にアウラが法の順守とか平等とか、そういう綺麗事を行いたいからデモの許可を出した訳ではない。

 ただアウラですらも法案を通さざるを得ない状況になってしまっただけである。


 前魔王が討伐された後の混乱期にアウラは行動を開始し、そして次代魔王の座を勝ち取った。

 前魔王と反対のスタンスである事を利用して世論を味方に付け、前魔王陣営に消極的賛成であった者達を裏切らせ、そして一切の容赦なく情報を武器とし己が敵を殲滅していく。

 武力、統率力も優れていたが……それ以上にアウラが優れていたのは駆け引き含めた政治能力だった。

 政略的戦争と言い換えても良いだろう。


 前魔王陣営は、旗本を失ったとしても陣営在籍数最大を誇り、同時に強大な種族が多く、誇れるだけの武力を持っていた。

 故に、次の魔王も先代の後継者から選ばれるはずであった。

 はずなのだが、現在前魔王陣営は消滅している。

 それこそ、文字通りこの世界のどこにももう先代魔王陣営もその残党も残されていない。


 前魔王陣営を消滅させた功績により、多くの支持を得たアウラはそれを土台として魔王となった。

 武力ではなく、政略的な方向性の統率力を振るいアウラは国を我が物とした。

 誰よりも駆け引きが上手く、誰よりも公明正大で、そして、誰よりも敵に容赦がなかったアウラこそが、魔王に相応しいという評価が得られた。


「と言う訳で序章。アウラフィール魔王様の即位についてです。ここまでで質問あります?」

 その言葉に、悲しい事実に気づいてしまったクロスは頭を抱えた。

「やっぱり俺……幼稚園レベルのお勉強じゃないと付いて行けないわ……」

 さっきの話ですら三割程度の理解しか出来ていないクロス。

 その様子を見てタキナは苦笑いを浮かべた。


「あはは。まあ要するに、アウラフィール様は身体能力が高く魔力も非常に優れていますが、それ以上に政に特化していまして。卓越した口先の力で魔王になられたという事です」

「それならわかる。んで質問だけど、それお勉強に必要な内容か?」

「ええ。魔王様が即位した事によりこの様な事態となっておりますので。ただ……その……はっきり言いますと……現在のクロスさんだとたぶん……全部理解するのは難しいかと」

「うん。俺もそう思う。メルクリウスの訓練より俺にとっては過酷な無理難題かもしれん……。だから悪いんだけどタキナさん。俺がわかる様簡単に言ってくれないかな?」

「あ、はい。もちろんです。では続けますね」

 クロスが頷いたのを確認し、タキナはお勉強の続きを始めた。


 魔王になる程であるのだから、アウラの持つ政治的な能力はこの国での頂点であると言っても決して過言ではない。

 それこそ、どれだけ優れた武力を持っても、どれだけ優れた魔力を持っても国を持つアウラに太刀打ちする事は出来ないだろう。

 吸血鬼の様な歴史が長く高度な知性を持つ種族が取りまとめる陣営でさえ、同じステージに立つ事すら出来なかった。


 それ位圧倒的な才覚を有しており、この時代のアウラの事を知る者はあまりの苛烈さと性格の悪さに、『魔王の中の魔王』『真の邪悪』『最も多くの魔物を殺した化物』などと呼んだ位だ。


 そんなアウラだからこそ、アウラが魔王となる様に強く支持した集団がいた。

 それがアウラ同様政治的能力が強い個人、種族、そういった陣営の長、里長、種族等である。

 彼らは皆、アウラ程ではないがそれに類似する程優れた政治的能力を持ち合わせていた。

 優れた政治能力を保有しているからこそ、アウラの傍に立ち、また同様の能力を持つアウラも彼らを重宝した。

 アウラが魔王になるのだとかなり早い内から確信出来た彼らは、先代魔王が倒れたすぐという、かなり早い段階でアウラにすり寄り、アウラを支持してアウラの味方となった。

 だが、彼らもまたアウラと同様政と言う戦場を生き伸び続け血肉をすすり続けて来た、社会性の化物である。


 魔王となるアウラの事を崇拝する為だけに魔王にした様なお人好しで、そして脳内お花畑な者がいるわけがなかった。

 むしろ、アウラが魔王になった今こそが彼らの本番である。

 平和となり、武力を行使する必要がなくなったからこそ、化物の牙は、爪は鋭くなっていった。


 アウラという魔王陣営の内部から、己が欲望の為だけに牙を磨く者共。

 明らかに潜在的、未来的な脅威であるとわかりつつも、優れた味方である事も事実で頼りになる為切り捨てる事が出来ない。

 そんな彼らを裏切らない様(マウント)を取り、鞭ではなく飴を使ってコントロールし政治に役立てる。

 それが現在のアウラの仕事であり、アウラにしか出来ない仕事であった。


 ちなみに、政治能力特化である為かアウラは魔王としては歴代最高の統治能力を持つ。

 それでも、魔物の世界の実に三割程度しか支配下に置けていない。


 残り七割は魔王国と言われつつも魔王に従うそぶりなど見せず、全員バラバラで好き放題暮らしている。

 ただ、七割は本当にバラバラである為纏まる事など出来ず、その為三割程度でもまとまれたら天下が取れる。

 それが魔物の世界の理だった。


「と言う訳でクロスさんの為にまとめますと、魔王様に協力する他陣営の方々は魔王様に立場上は協力的ですが中身は完全に別物。虎視眈々と魔王様の利権や地位を狙っております」

「……うへぇ。やっぱり魔王様って大変だなぁ」

「ですね。それで、このデモもその協力者らの魔王様弱体化工作の一つです。とわかっていても……どうしようも出来ないんで効果的なんですよねぇ……。本当、法律と綺麗事って強いですよね」

「ふーん。……それでさ、この勉強って結局何を教えたかったんだ?」

「現代社会とその政情についてですね。ちなみに、外見上だけですが魔王様に協力的な陣営が集まり魔王様に助言を出す為に作られた組織を『クルスト元老機関』と言います」

「オーケー。要は元老院ね」

「あ、それはわかるんですね」

「名前だけは。中身は知らんけど」

「なるほど。では、大分省略しましたがここまででお勉強の範囲が終わりです。何か質問ありますか?」

「はーいタキナせんせー。一つ質問がありまーす」

「はい。何ですかクロス君」

「……あいつらいつ帰るの?」

 お勉強が終わった現在でも門の前には大量の人……ではなく魔物だかりが残って喉が悲鳴をあげそうな程叫び続けている。

 しかもその数は減るどころかお勉強前よりも明らかに増えていた。


「そうですねぇ……。先月の時は五時間位いて休憩に戻ってその後また来て三時間位叫んでいました」

「……あれどうにか出来ないの?」

「あはははは。外交というカードで魔王になった魔王様が無理だった事を私達一端の幼稚園教員に出来ると?」

「そうかぁ……。んじゃさ。俺が追い返すのって駄目かな?」

 その言葉にタキナは目を丸くし、そして真剣に考えてみた。

「……当然ですが、法的基準を満たしていますので暴力は振るえません。精々ちょっと離れた場所で怒鳴り返す位ですね。でも、それをしたところで何も意味がないですしむしろ悪化するでしょう」

「殴らない。脅さない。怒鳴らない。これを守れば言い返しても大丈夫な感じか?」

「はい。ただ……ぶっちゃけますけどデモを行ってこちらの気分を害しつつ周りの評判を落として間接的に魔王様の権威を削るのが目的です。ですので何をしてもあまり意味が……」

「まあまあ良いから良いから。難しい事は良くわからないしあんまり得意じゃないけど……ちょっとやってみるさ。目的とやりたい事がわかっているならもしかしたらいけるかもしれんし」

 そう言葉にし、不平不満を叫び続ける彼らにうんざりしたクロスはその彼らの元に一人で向かっていった。




 予想通りだが、クロスが傍に移動しても彼らは門の前からただ叫び続けるだけだった。

「子供達に学習の自由を」

「洗脳教育止めろ」

「差別反対」

 内容自体はそんな感じなのだが、一時間以上怒鳴っているからかかなりヒートアップしており、大分汚い言葉遣いとなっている。


 そんな彼らをクロスは一瞥した。

 見える範囲だけで百を超えるが、気配的にそれ以上いそうだ。

 そんな彼らの悪意をぶつける声が園内に響き続けるのだから、子供が聞けば傷つくに決まっている。

 だからこそ、クロスはただうんざりするだけでなく同時に怒りを覚えていた。


「……えと。あいつとあいつとあいつ……うわあっちもか。思ったよりも多いな」

 この手の集団には必ず、中心人物となる扇動者が一名いる。

 だからそいつを何とかすれば大丈夫だろうとタカをくくっていたのだが……どうもそう簡単な事ではないらしい。

 平和的な反抗であるデモ活動の為扇動者はただ一名ではないらしく、リーダー格自体が複数おり数種類の集団が混合する事により大きな集団を形成していた。


「……んー。メリーに教わった事教わった事……。とりあえず……何とかこっちを意識させないといけないかな」

 そう考え、クロスは門の傍に寄り、大きく両手を振る。

「おーい。みなさーん。何してるんですかー?」

 少々以上に馬鹿っぽく振舞い、クロスは無理やり作り笑いをしてみた。

 だがその集団はそんなクロスを全員が無視し、その後ろの建物に罵詈雑言を並べ続けた。


 クロスはリーダー格の一人をじっと見つめながら、そのまま手を振り声を張り上げアピールを続けた。

「おーい! 何をしているんですかー? これはどういった集まりなんですかー?」

 何度も何度も、デモ活動家と同じ様に同じ事を繰り返し言い続けるクロス。

 その根気に負けたのか、いい加減うっとうしくなったのか、リーダー格の一名がクロスの方を忌々し気な瞳で見つめた。


 かかった。


 クロスはにやりとほくそ笑み、その男に向かって大きな声で叫んだ。

「あ! 今目が合いましたよね! そこの! マミーぽい姿のと……そっちのも! 俺と同類らしい方」

 包帯に巻かれた姿の男と頭の片方にだけ角が生えた顔色が悪い男。

 その二人を指差してクロスは叫ぶ。

 その声は反響し、全員沈黙し呼ばれた二名を見つめた。


 それにより、マミーとネクロニアの二人はしかめっ面で顔を見合わせた。

「……非道な職員と話をするつもりはない」

 まるで地響きの様な低くくぐもった声でマミーがそう言葉にする。

 それを聞いて、クロスは再度笑った。

「俺職員じゃないから」

「……は? じゃあ一体」

「生徒。というか俺の事知らない?」

 その言葉に、集団全員が顔を見合わせる。

 だが、クロスの事を知っている者はいなかった。


 これは……俺の事をアウラが隠しているというよりは、ここの奴がそう言う事にあまり詳しくないという事だろうなぁ。

 そうクロスは考えた。


「……いや。知らないな。有名なのか?」

「あーいやどうだろ。そうだな……ちょっと諸事情でこの見た目なのに幼稚園に行く事になった悲しい男だ」

 その言葉に、同類であるネクロニアの男がクロスに憐憫の眼差しを向けた。

「そうか。……どういった事情かはわからないが……同情はしよう」

「……すまんな同類。ありがとう」

「構わないさ。同類」

 そう言葉にしネクロニアの男はふっと小さく笑った。


「何を、話している。この男は、この幼稚園に、悪の手先に加担しているのだぞ!」

 マミーの男がそう叫ぶ。

 その声に呼応してそうだそうだと数人の男女が声を荒げた。


「んー。俺来てからまだあんまり経っていないから何が悪いのかわからないんだ。ここの職員さんもあんたらにゃあまり接触するなとしか言ってないし」


「……俺達の声を届けない様にしやがったのか。何て酷い奴なんだ……」

 マミーは怒りに満ちた声でそう呟いた。

「だからさ……ああ。君が良いかな。そこの白い綺麗なハルピュイアちゃん。君が俺に教えてくれないか。この幼稚園が何をしたのか」

 そう言ってクロスは奥にいる鳥人に話しかけた。

 鳥人は少し恥ずかしそうに、綺麗な喉を囀らせた。

「え、えっとですね。ここの幼稚園は独自に現魔王派閥に洗脳するという……」

「え? ここ俺以外元から魔王派閥の魔物しかいないよ」

「で、ですがそれでも子供は子供。国の宝。それを洗脳するなんて」

「え? ここでのお勉強って日常で差別したらいけませんとか魔物の独自性を尊重しましょうとかだよ?」

「で、ですけど、この幼稚園は人型に近い種族しか、魔王に近い者しかいません。それは差別……」

「え? 俺のクラスメイトスライムだけど?」

「え? えっと……で、ですが、ここは魔王の先兵にする為の組織です。それを見過ごす事は一市民として――」

「え? 俺先兵にされるの?」

 その言葉に、鳥人の女性は安堵を込めた笑顔を浮かべた。

「そ、そうです! 現魔王アウラフィールは親人間派と言いながら裏では独自の私兵を用意し、人間を奴隷とする為着々と計画を進行しています。それを食い止めるのが私達市民の――」

 少しだけ、その言葉にクロスは怒りを覚えた。

 アウラの崇高な目的を理解しないのは仕方ない。

 だけど、その逆の事をアウラがしようとしているなんて妄言を吐かれた事については少しだけ腹が立った。

 それでも、クロスは感情を押し殺した。

 話術で怒りに身を任せて良い結果になる事はないと習ったからだ。


 自分の主義主張を押し付けない。

 相手の意見を否定しない。

 感情を押し殺す。

 その上で、相手の気持ちをへし折る。


 それが、クロスがメリーから習った話術の一端だった。


「そうか……そうだったのか……。それじゃあ……今夜にでも直接アウラに尋ねてみるね。そんな事をしようとしているのかって」

「――は?」

 鳥人の女性も、マミーとネクロニアの男性も、それ以外も皆がクロスの方をぽかーんと間抜け面で見つめた。

 その茫然とした目は次第に、ピエロを見る様な馬鹿にする目に変わった。


「ああ言い忘れてた。俺の名前はクロス。元『虹の賢者』クロス・ネクロニアだ。先代魔王の策略により魔物に転生させられたね。それで、現在現魔王のアウラに保護されている。だからアウラと直接話す機会があるから聞いとくよ」

 そう言ってクロスがにっこりと微笑む。

 それに対し、誰一人反応しない。

 怯えや気まずさをクロスに見せる者しかその場にはいなかった。


「ああそうそう。ところでこれだけ言いたいんだ。これってさ、君らの正義なんだよね?」

 その正義という言葉に釣られ、後ろの方にいる緑の鱗に覆われ牙と爪、翼を持つ竜人らしき存在が声を荒げた。

「そ、そうだ! これこそが俺達の正義だ! 俺達は子供の未来の為に立ち上がってるんだ!」

 ドラゴンの様でドラゴンでなく、それでいて他の種族とも見れない。

 少なくとも、クロスはその種族に見覚えがなかった。


「……そうか。じゃあ俺からも良いか?」

 その言葉の後、返事も聞かずクロスは息を吸い、今までの誰よりも大きな声で叫んだ。

「子供達の、お勉強とお昼寝の邪魔をするの止めてくれるかな!? まじで困ってるんだけど!」

 唐突な謎の教員目線に扇動者全員が再度、ぽかーんとした間抜け面を晒した。


「別にね、アウラの事をどう言おうと幼稚園の事どう言おうと、それがルール内であるなら文句はない訳よ。でもさ、子供達に罪はないじゃん。その子供達が被害に遭うのって、おかしくね? 今自分達が言っている言葉とか内容、自分の子供とか知り合いの子供にそのまま伝えられる? というか子供を怒鳴って平気なの?」

「だ、だが、子供達がその『お勉強』という名前の洗脳を受けて苦しんでいるのだ! だから我々は」

「先生とのお勉強を楽しんでいない生徒はいない。また、露骨な魔王至上主義にする様な洗脳も、先兵となる様な厳しい訓練もここにはない。それを、俺が……死ぬほど嫌だけど! 死ぬほど嫌だけど! 元『虹の賢者』である俺が保証してやるよ。……あ、もしかして俺って言う程知名度なかったりする? 痛い奴だってなっちゃってる?」

 今まで会った皆が知っていたからその名前を使ってみたが、それでも自分が有名な事を今でも信じられないクロスはそう怯えながら集団に尋ねてみる。

 それに対し、全員が同時に首を横に振り虹の賢者の名前を知っているとクロスに伝えた。


 それから数度、小さなぼそぼそ声で集団は何かをクロスに伝えた後、そのまま言葉を失い集団全員静かに帰っていった。


「えと……とりあえず追い返したけど、これで良かった?」

 そうクロスが言葉にして、クロスは幼稚園の園舎側に振り向く。

 その瞬間、タキナと同じ服装の女性陣が三人程クロスにむぎゅーっと抱き着いた。

「ありがとー! さすが賢者様! 何を言っても何をしても帰って行かなかったうっとうしいアジテーターの奴らを……本当……これで午後からの時間子供達を外に出せる。本当にありがとうね!」

「そうよそうよ! あいつら俺様正しいばかりで子供達が迷惑がっている事を知ろうとすらしなかったし。本当。賢者様様よ」

 女性の職員達はそう言いながらクロスを取り囲むように抱き着き続けた。


 その周囲では男性職員は静かに涙を流しながら拍手をし喜んでいる。

 それだけで、どれだけ迷惑がっていたかクロスすらも理解出来た。


 クロスは今自分は、天国と地獄のはざまにいると考えていた。

 種族こそバラバラだが、基本人型に近い女性職員達。

 それもただの職員ではない。

 子供達を安心させる為か、エリート幼稚園だからか、彼女達の顔面偏差値は軒並み異常な程高い。

 その集団の内三名が、園児を相手にする位の感覚拒絶感ゼロでクロスに対し抱き着き、二つの大きな膨らみを押し当てて来ている。

 安らぐと同時に心臓等を熱くさせる心地よい香り。

 それと柔らかく暖かいだけでなく多幸感のある柔らかみとの接触。

 薬のお陰で多少は落ち着いたものの、それでも現在絶賛青春期真っただ中のクロスにとってそれはまさしく――天国であった。


 同時に地獄――射抜き殺しそうな鋭い視線を放つタキナからクロスはそっと目を逸らし、現実を逃避しながら天国だけを時間いっぱいにギリギリまで味わい続けた。


ありがとうございました。

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