リベル・ナイト
「あーはっはっは! いや、まってまじ無理……何だそれ……く……ぶはっ。は、腹いてぇ……」
人間体となっているガスターはゲラゲラと大笑いをしながら腹を抱え、汚れる事も厭わず地面でゴロゴロと転がる。
それを見てクロスは居心地悪そうに顔を顰めた。
「そんなに面白いか?」
「いや。面白いなんてもんじゃねーですぜ旦那。特異成長を強制的に引き起こす訓練してあらわにしたのが性欲。で、しかもそれをあのメルクリウスに見つかってからかわれたあげく意識失うまで強制的に訓練受けたって……俺はこのネタだけで三日は笑っていられる自信がありますぜ」
そう言った後、有言実行するかのようにガスターは再度ゲラゲラと大声で笑った。
二人がいる場所は魔王城内部の庭園である。
広く、自然豊かで神秘性も感じ、まるで楽園の様な雰囲気すら醸し出している。
そんな庭園で馬鹿笑いをするガスターは、恐ろしい程に目立っている。
だがそれでも、庭園を通りがかる人の誰もがガスターの行動を変に思わない。
むしろ何時もの事の様に微笑ましい目をガスターに向けている様なフシさえある。
その辺りで、クロスはガスターが普段からこうでありそういう風に見られているのだと、悲しい程に理解が出来た。
通りがかる魔物達は鎧を身に纏う軍人らしき者やメイド、執事……そんな外見が多数。
残りも学者風だったり何かの制服だったりコック姿だったり全く関係ない普通の服装だったりと、魔王城内部にもかかわらず意外な程に多種多様な恰好、職業の人が通っている。
そしてそんな彼らは角や牙、尻尾に耳と人とは異なる特徴的な容姿を持っているが、それでも基本的には人間に近い。
それ以外の人からかけ離れた容姿をしている者はごく少数であり、またガスターの様に擬態している者が多かった。
「なあガスター。どうしてここを通りがかる魔物達って人の姿ばっかなんだ? 魔物ってもっといろんな種類いるだろ?」
「そりゃ旦那。それに気づいたって事は何となく答えわかってるんじゃないですかい?」
「……俺の所為か」
「所為っていうか為って言うか。と言っても、元々人間に近い魔物がここにゃ多いですから旦那が理由って言うよりも元々ってのが正解かもしれません。ただちょいと姿が異なるもんは旦那に遠慮して隠れていたりはします」
「そうなのか?」
「ええ。そもそも、陛下のお姿からそうでしょう?」
そう言われ、クロスはアウラの姿を思い返した。
真っ黒いローブを身に纏った、背が低く可愛らしい女の子。
輝く赤い瞳は宝石の様で、美しい赤い髪は芸術品の様で。
少女の外見に違和感のないふるまいをしているが、それでもどこか威厳と気品が隠しきれない。
それでいて、魔王とはとても思えない程下手に出る優しい性格。
そしてその姿は、人と瓜二つであった。
擬態という事ではなく、それが本来の姿で人とそっくりな容姿らしい。
ちなみにアウラの実父であるグリュールも人と全く同じ姿なのだが、威厳と強者の風格が凄まじすぎてこちらはとても人に見る事が出来ない。
「アウラが人型だと何か関係あるのか?」
「そりゃあるさ。陛下が人型という事――ああいや、すまん忘れてくれ」
普段から飄々としてつかみどころのないガスターが珍しく真顔となり、そう言葉にしてきた。
「ん? いやどうしても聞くなってのなら聞かないが……そんなまずい話なのか?」
「いや。ちょっとした政の話だ。大した内容でも、ましてや隠し事でもない。だが……」
「だが?」
「陛下が旦那にゃ政治的な事に関わらせるのを嫌ってるからさ」
「……まあ、俺みたいな元人間で一応勇者の仲間が政治にかかわりゃ迷惑だよなぁ」
その言葉にガスターは全力で手を横に振った。
「違う違う! 逆だ! 陛下は旦那の事を想って関わらない様にしてるんだよ」
「……なして?」
「いや、なしてって……勇者の仲間なのに無下にされて、しかも魔王討伐後は……。だからそういう旦那の嫌いな世界から少しでも遠く離れて幸せになって欲しいってのが陛下の……」
アウラにもクロスにも気を使いながら話すガスターの姿はあまりにおどおどとしており、普段そういう話をし慣れないのだろうという事が非常にわかりやすかった。
「そか。何か悪いな気を使わせて」
「いや。……俺さ、ぶっちゃけ旦那に会う前までは旦那の事本気で尊敬してたんですぜ」
「なして?」
「私利私欲を全て捨て、魔王討伐の為に旅を続けた。そんな事、そうそう出来るもんじゃないからさ」
「……別に俺、私欲を捨ててないぞ。ただ……名誉、酒、飯、女、それらよりも……俺は勇者の仲間でいる事が楽しくて、嬉しかったんだ。あいつらと一緒に何か出来るなら、俺はそれで良かった。それが偶然魔王退治なだけだった。だから凄いのはあいつらの方だな。本当の意味で無私での旅をしたのはあの四人だ」
「……それについてはノーコメントで。ま、そんな訳で旦那を面倒な政治事から極力遠ざける様にしてるのは、旦那を排除したりしたい訳じゃ決してない。それだけは覚えておいてくだせぇ」
「ああ。もちろんだ。……ぶっちゃけた話で聞きたいけど、アウラ以外は俺の事政治的にどうしたいと思ってるんだ? 早くアウラの傍から消えて欲しいとか? それとも、面倒の種だから消したいとか?」
自分の首をすっと手で切る様な動作をしながらクロスはそう尋ねた。
「……ガチでぶっちゃけますぜ?」
「ああ」
「……俺もあんまそっちの方に詳しい訳じゃありやせん。戦働きで、それも先陣切って走るタイプなんで俺。ただ……確かに。旦那の事をやっかいに思っている色々な輩が多い事は知ってます。ですけど……一番多い勢力は旦那を陛下陣営の中枢に置きたいと思っている勢力ですね」
「……なして?」
あまりに予想外な答えが出てクロスは首を傾げた。
「一番の理由は陛下が人間との敵対を避けるというスタンスだから。……だから陛下の周辺にはその意見に近い陣営が多い」
「ふむふむ」
「同じ主義として集まった陣営と言っても目的や主義主張はバラバラだ。人間が嫌いだから関わりを絶つ為に敵対したくないってのもいれば人間と融和したいという勢力も人間と仲良くしたいという勢力も。それでも、基本的に人間を排除しないというのは共通見解ですね」
「ふむふむ……ふむ?」
クロスは言っている内容が三割も理解出来ず首を傾ける。
「……旦那本当にそう言う事は苦手なんですね」
そんなクロスを見て、ガスターは苦笑いを浮かべた。
「まあな。そう言う事はクロードとかメリーとかが担当だったし」
「簡単に言えば、元勇者の仲間である賢者様と陛下が手を取り合えば陣営の結束が強くなる。そう考える人が多いって事です」
「……ならそうすれば良いのか? アウラの為になるなら別にそれ位――」
「――ずいぶん面白そうな話をしていらっしゃいますね」
そう言葉にし、誰かが話に割り込んで来る。
その姿を見てガスターは嫌そうに顔を顰め、クロスは見た事もない人物だった為に首を傾げた。
その人物の外見を一言で言えば、騎士である。
それも、魔物としてではなく人間の騎士として通用する様な。
「……えっと、貴女は?」
クロスは突然話に混じって来た騎士風の装いをする金髪の女性の方を向き、そう声をかけた。
「人からはリベルと呼ばれています。よろしくお願い致します。先代魔王様を屠りし勇敢なる賢者様」
「ああ。よろしく。俺はクロスだ。あんまり賢者と呼ばれるのは好きじゃないから――」
「とは言え、私にとって賢者様は偉大なる賢者様だ。だからそう呼ばせてもらいます」
そう言葉にし、女性は微笑んだ。
ただし、その笑みは決して好意的なものではない。
それはどちらかと言えば侮蔑や嘲笑という様な表情に近かった。
それはクロスにとってある意味においておなじみの表情だった。
人間であった頃、勇者の仲間でありつつもクロスは人から見下され、侮蔑され、軽蔑され続けて来た。
それを表に出すか出さないか程度の違いはあったが。
そしてここは魔物の国であり、元とは言え人間であったクロスは異端になる。
そんなクロスを心良く思わない者がいつか出て来ると、あの子供達の様に怯える者が沢山現れると思っていた。
「それで、リベル様は俺らに何か御用が」
クロスの言葉にリベルはあからさまとしか言えない程のオーバーなアクションを取り驚いてみせた。
「なんと! 私の様な下々の者に様付けなど! 頂点人である賢者様は私めなど呼び捨てにしていただかないと」
「いや。俺ここでは居候の様なものだし」
「まさか! 人間の! 勇者の仲間であり数々の魔物を屠った賢者様にその様な恐れ多く怖い事など出来る者がいるわけないでしょう」
「……ああうん。とりあえずリベルと呼ぶよ。それで良いか?」
クロスが疲れた声でそう言葉にすると、リベルは仰々しい動作で頭を下げてみせた。
「それで、何か用かな?」
さっきから静かになったガスターの代わりにクロスがそう尋ねると、リベルはこくんと頷いて見せた。
「はい。先程賢者様が魔王閣下に婿入りするという話を聞きまして」
「……え? そういう話だったのあれ?」
「究極的にはそうなりますね。もちろん賢者様が魔王の騎士となることや右腕、または何かの役職の最高位になることなども考えられますが、まあ婿入りが一番てっとり早いでしょう。賢者様の能力的に」
あからさまな侮辱を言い放つリベルにガスターは顔を強張らせ何かを言おうとする。
それをクロスは差し止めた。
「旦那。言いたい放題――」
「いや。事実だ。言ってる内容も一貫している。確かに、感情面を無視し合理的に考えるなら俺を取り込むには婿入りが一番手っ取り早いし、俺の能力が足りないのもぶっちゃけ事実だし」
「ついでに申しますと賢者様に権力を与える事を危惧しているとも伝えておきましょう」
「ふむふむ。……それで、俺に何を伝えたいんだ? ああ。アウラの邪魔になるからでしゃばるなって感じか?」
「……流石賢者様ですね。閣下を愛称で呼ぶなんて」
「え? アウラは皆にそう呼んで欲しいって言ってたけど」
「はは。それが出来ない者も大勢いるのですよ賢者様。そして私の意見ですが、賢者様の意見にはまあ三割程肯定しておきます」
「んじゃ、残り七割は?」
その言葉にリベルはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「はい! もし賢者様が国の中枢に立つなら、私は……いえ、私達の様な者は皆この国を容赦なく裏切ります。そして、そういう魔物は、派閥は決して少なくありません。この意味がおわかりですか?」
「……もう少し考えて言葉にしろって事か?」
「それもありますが……そこまで期待していません。政は当然それ以外の事も含めてどうかご自分の立場と、そして能力の低さをご自覚し邪魔しないですみっこでじっとしていて下さい。ただそれだけです。では、失礼しました賢者様。そして邪魔をしてすいません、ガスター様」
そう言葉にし、ちらっとクロスを見た後リベルは悠々とその場を去っていく。
それを見届けた後、ガスターは忌々しいというような、苦々しいというような、そんな表情をしていた。
「……すいません旦那。アレの対応任せちまって」
ガスターがそう申し訳なさそうに言葉にした。
「いや。良いさ。何かガスターあの子苦手そうだったし。それより、あの子の事教えてくれないか? リベルって名前の」
「ソレは名前じゃないですぜ」
「そうなのか?」
「はい。と言っても、俺もあんま興味ないんで本名も知りやせんしついでにいや何の種族かも知りやせん。と言うかこっち来てから一度も名乗ってないんじゃないですかね」
「んじゃリベルってのは?」
「裏切りの騎士。そう呼ばれているから本人もリベルって名乗ってるんでさあ」
「……裏切り?」
「俺は陛下直々のスカウトだからずっと陛下陣営ですが、そういう人だけじゃありやせん。今の陛下陣営は最大勢力になってますし。例えば、陛下が魔王になるまでは敵対していたのに、陛下が魔王となった後、恥ずかし気もなく寝返った勢力も多々あります。リベル達もその一名ってわけですね」
「……たったそれだけで裏切りって言われるのか? ぶっちゃけその程度良くある事だろ」
「それだけ彼女が敵時代に目立っていたって事でもありますし、あいつがまた騎士に任命されたってのも大きいですか。ようは二君に仕えた騎士って事で裏切りの騎士と呼ばれてます」
「なるほどねぇ。んじゃガスターはリベルの事が苦手と」
「というか、アレが得意な奴とか親しい奴ってのはいないんじゃないですかね。今日ほど酷くないけどあいつ、いつもあんな感じだし。派閥とか部下とかはいても友人はいないでしょう」
いかにも毛嫌いするような素振りでそうガスターが言葉にした。
その様子は口にはしていないが嫌っているとはっきり言っている様なものだった。
「最後にもう一つ聞いて良いか?」
「アレの事はそんな詳しくないですぜ?」
「……リベルが俺を羨む要素ってあるか? アウラと親しいとか?」
「……いえ。陛下は誰にでも分け隔てのない方ですし味方には優しく頼り甲斐のあるお方です。だから別に旦那だけに特別親しいってわけじゃありませんぜ。もし旦那が陛下を狙っているのなら残酷な事実ですが」
「いや。今んとこその予定もないぞ。それじゃ、何か他にある理由は思いつかないか? リベルが俺を羨む理由。元人間で幼稚園在園児、美人メイド持ちで……後何かあったっけ」
「さあ。賢者の称号も別に違うだろうし……。とりあえず旦那にあるリベルが羨ましがる要素なんて俺にはとても思いつきません。何か気になる事でも?」
「ああいや……それなら何でもない。たぶん気のせいだろう」
そう言葉にし、クロスはその話を打ち切った。
最後にクロスを見たリベルの目。
その侮蔑と嘲笑が籠った、まるで悪意の塊の様な瞳。
だが、その瞳にはそれ以上にドス暗く……嫉妬や妬みの様な感情が色濃く込められている。
少なくとも、暗い暗い瞳を向けられたクロスはそう思えた。
ありがとうございました。




