ヨロイ(中編)
全長三メートルから五メートル程度であり、遠くから見れば何となく人型をしているとわかる程度には人に近い姿。
鉄板どころか鉄塊と呼んで良い程に分厚い鈍重そうな装甲で囲われたその姿はさながら鋼鉄製ゴーレムの様でもあるが、ゴーレムと違いやけに人工物らしさを醸し出している。
そんな巨体。
それこそが人類、魔物両者共に戦場の主役である決戦兵器、『ヨロイ』である。
超重量の特殊合金をこれでもかとふんだんに使った装甲。
本来ならそれを動かすのは困難であり、ドラゴンすら持ち上げるのに一苦労する。
そんな重量を身に纏い軽々しく動かしているのは内蔵された魔力炉を活用しているからだ。
厳密に言えば間違っているのだが……魔物達は『魔法』と『魔導』をこう分類している。
魔法は狭い範囲に影響を及ぼすもの。
魔導は広い範囲に影響を及ぼすもの。
故に『魔導アーマー』はその名の通り、広範囲の戦場に影響を与える。
実際は違うのだが魔物達はそう信じており、またヨロイの有無で戦況が大きく変わるというのはよくある事なのは確かだった。
鈍重な装甲による絶対的な防御力。
そしてその装甲により生まれる超重量での破壊力。
更に重量を無視して進むその機動性。
その三点は多くの魔物、人類の種族という優位性を陳腐化するほどに戦場を塗り替えた。
と言っても、欠点がないわけではない。
例えば、巨体な種族は当然として規格にムラの少ない人間であってもある程度以上体格に恵まれていると搭乗する事が出来ない。
専用機としてその人物に合わせて一から作る事は可能であるが、そこまでしたところで恵まれた身体が生きるというものでもない為メリットに欠ける。
そういう理由で小柄な人間がパイロットには選ばれやすい。
他にも、魔力炉による問題も存在する。
一言に魔力炉と言ってもヨロイごとにその特性は大きく異なる。
だが基本的な構造は変わらない。
パイロットの魔力を吸い取り、それを動力とする。
それが魔力炉の大原則だ。
そして魔力炉は人間側のヨロイの方が、軍事用機動装甲と呼ばれる物の方がバリエーションが豊富である。
吸収効率が高い物、増幅能力が高い物。
またバッテリーの様に蓄えられる物から外部要因を魔力に変えられる物。
果てには複数搭乗用大型のヨロイや魔力を無限に生成する魔力炉なんていう大原則を覆すものも存在する。
と言っても、複数搭乗用ヨロイや無限生成魔力炉などは希少過ぎて存在をカウントしない方が良い部類のものだが。
それに対して魔物側の魔力炉の性能ははっきり言えば並である。
だがそれにより魔物達が不利になるという事はない。
というよりも逆であり、魔物側の有利を減らす為に人類が魔力炉の開発に力を入れたという結果に過ぎない。
魔物とはその名の通り、魔力を持つ生物である。
全ての種族が魔力を豊富に持つという訳ではないのだが、それでも人間に比べて魔力の容量が大きい魔物は多い。
それこそ、人間の中で魔力に秀でた存在が数時間乗れば魔力が切れる様なヨロイであっても、ちょっと平均よりも魔力が多い程度の魔物なら一月位は動かしっぱなしに出来る。
それ位は種族格差があった。
だが逆に、魔物がヨロイに乗ればより優位になるかと言えばそんな事はない。
搭乗種族による差はそれほど多くないからだ。
そもそもの話、単純なカタログスペックだけでごり押せる程度には優れた兵器である為共にヨロイを操る場合ヨロイの性能や数以外での優位性は付きにくかった。
だからこそ、ヨロイは現在の戦場の主役となっていた。
そんな優れた兵器であり、一部の欠点を除けばヨロイは完全無敵なのかと言えば別にそうではない。
全ての欠点を克服した最強のヨロイが存在したとしても、それは数を量産しない限り最終的な勝敗には関わらない。
ヨロイという兵器は並外れた化物クラス、勇者等の存在であるなら身に着けても足手まといであり相手にしても何の苦にもならない程度の物でしかないからだ。
それでも、多くの兵にとって敵軍のソレが恐怖の象徴になる程度には未だ戦場の主役であるのは確かだった。
この光景は、決して戦いと呼んではいけない。
それほどに、絶対的な戦力差が生まれていた。
そもそもの話、一部の例外を除いてヨロイに人間が勝てる訳がないのだ。
物理攻撃は当然魔法ですら非常に高い防御性能を誇っている。
要するに、貧弱な火力の攻撃は全て受け付けない。
とは言え、過去のクロスは数度とヨロイを打ち倒して来た。
それも単独で。
人類という括りで考えるならそれは紛れもなく大英雄の所業である。
非凡なる才能を持たぬクロスにしてはよくやった方と言って良いだろう。
だが……今回の勝負にそれは全く関係ない。
クロスが積み上げて来た技術や知識、力に加えて凡人だからこそ秀でた危機感知と管理能力。
そのどれもが無駄であり、無意味。
クロスの全てを足したところで一ミリたりとも状況に変化が出ない。
それほどまでにその差は絶大だった。
過去にクロスがヨロイを打ち倒した方法はとても単純だ。
隙を突いて、脚部の隙間に攻撃し、行動不能にする。
最悪それで破壊出来なくとも歩けなくするだけで近寄らなければ無力化出来る。
クロスが出来る方法はこれしかないが、逆に言えば今まではそれだけ出来れば上手く行っていたという事である。
だが、今回その手段は二つの理由で使えない。
一つ目は、情け容赦のない三十機の連携により隙を突けないからだ。
このヨロイ群が武器を持っていないのはハンデと言う訳でもなければ油断という訳でもない。
素手で火力が足りているので敢えて火力を捨て素手となり、連携能力を高めるという判断の為である。
基本的にだが、ヨロイは機動力こそあるもののその体格と平面での機動が中心となる為、接触の可能性が高い。
だからぶつかり合うのを避ける為十機程度までしか連携を組まない。
それが今回は三十機。
それを生身たった一人にぶつける。
本来ならば絶対にあり得ない状況だが、それだけクロスが買われているという事に他ならない。
その状況に適合させる為、わざわざ連携能力の高い二十九人と百機規模のヨロイ部隊を指揮した経験のある優秀な指揮官を招き入れた。
もう一つの理由はもっと単純で……機動の要である脚部に隙間がないのだ。
生身からだと最も狙いやすく、一撃で機能停止が狙える脚部の隙間を突く。
そんなクロスの基本戦術が使えない。
そして、クロスは他にヨロイを倒す方法は知らなかった。
そうなると……どうなるかなんて考える必要すらない。
殴られて、ボコボコにされて、休憩したらまた殴られて……そして休憩して殴られて。
それはお互い、悲しい程に単純作業だった。
今日だけでも何度殴り飛ばされ意識を刈り取られたのかわからない。
何も出来ていない。
剣を振れば剣が折れ、避けようとすれば数機の連携で封鎖され、そもそもそれ以前に囲まれたら次の瞬間から嬲られる。
移動時に脚部スラスターから放たれる魔力と砂煙すらもクロスにとっては脅威の一つだ。
まさしくどうしようもなく、むしろここまで一方的に殴る相手の方にクロスが同情する位だ。
そして今回も……目前に迫る黒鉄の巨拳を最後にクロスは意識を手放してしまった。
メルクリウスは倒れたクロスを持ち上げ、治療班の待つテントの中に放り投げる。
「……今回は一時間後というところか。各自、ヨロイのメンテを忘れるな。武器がないとは言え高速戦闘を繰り返している。消耗は無視していいものではないだろう。即時修復出来ない程摩耗しているならば後衛と代わり機体を休ませろ」
そんなメルクリウスの指示を聞き、ヨロイの胴体部が開き一人の女性が姿を見せる。
ぴっちりとしたボディスーツの女性、やたらと線が細い事と肌が青い事を除けば人間と大差ない女性は悲しそうな顔でメルクリウスの方を見た。
「大佐……あの……」
「除隊した身の私を階級で呼ぶな」
「失礼しました。メルクリウス様。あの……」
「何だ?」
「……その……もう少し手を抜きませんか?」
後続にいるヨロイのパイロット達も姿を見せ、女性に同意する様な視線を向ける。
三十機の最新鋭のヨロイに、連携が得意なエリートパイロット二十九人。
おまけの様に最高クラスの指揮官。
ここまでお膳立てすればこれだけの数であっても小さな国位は落とせるだろう。
そんな戦力を、たった一人にぶつけ続ける。
もったいないという気持ちも、徒労という気持ちもあるが、何より彼らに宿っているのはクロスに対しての憐憫という気持ちに他ならなかった。
「…………」
メルクリウスは何も言葉にしない。
正直に言えば、自分も同じ気持ちを持っている。
戦場での行動故哀れみこそないが、それでも、この状況はクロスではどうしようもないだろう。
クロスの特異成長を遂げるには、クロスを正しく成長させるには多少は抵抗出来る位の差でないと意味がない。
故に……戦力比が酷すぎてこれではまるで鍛えられなかった。
三十機のヨロイの部位摩耗のメンテに終わった後の修復費。
いや、その程度は大した事がない。
問題なのは二十九人のエリートパイロットに今目の前にいる青肌の女性、最高峰のヨロイの指揮官の方だ。
彼らの貴重な時間を無為にするのは余りにももったいなく、メルクリウスも心を痛めている。
誰も得をしない。
誰もが後悔しかしない。
それだけに留まらず、このままいけばクロスは決して軽くない怪我を負うだろう。
いや、怪我程度なら良い。
心がぽきりと折れたら……もうどうしようもない。
だが……。
「――いや、このまま作戦を続行せよ。私情を捨てろ。これは命令でもある。……私はもう軍人でないから拒否権はあるがね」
「……まさか。貴女様の命令を聞かない人はここにはいませんよ。それでも……少々ばかり異議を唱えたい気持ちは残りますがね」
それだけ答え、青肌の女性はハッチを閉めヨロイの内部からヨロイの点検を始めた。
「確かに……私もこれは無意味だと思っている。だけど……」
メルクリウスは一人ぼやく様に呟く。
争いにおいて他の追随を許さないドラゴンという種族の自分が、ドラゴンの中でも特に優れている自分がこれは無駄だと思っている。
諦めている。
だが、自分以上に戦上手であるハーヴェスターがこれで良いと言っていた。
秘蔵の酒まで賭けて。
ならばもうしばらくはこうするべきだろう。
メルクリウスは自分の感情を無視し、ハーヴェスターの言葉に従った。
強者に対して多大な尊敬の念を送るメルクリウスだからこその選択だった。
とは言え、メルクリウスもクロスが諦めればこの訓練を止めるつもりはあった。
もう少しレベルを落として……例えばこのヨロイでなら一機での戦闘訓練にするのが良いだろう。
例えクロスが勝てずとも一機だけで連携がないヨロイとならクロスなら何か得られるかもしれぬ。
実際ヨロイ一機に対してでもクロスの勝率はゼロに等しい。
確かに……クロスは当初メルクリウスの予想を跳ね返す程の何かを持っていた。
だが、ことヨロイ戦に限って言えばその程度ではどうしようもない。
ヨロイの攻撃を防げる盾を持たず、その速度に追いつける足もない。
そして致命的なのは……ヨロイの装甲を打ち抜く武器がない事。
ヨロイのその装甲を貫く牙や爪を持たぬクロスには、出来る事がない。
そこいらの剣程度でヨロイを貫く事など出来る訳がなかった。
ヨロイとはとんでもなく硬い金属の塊が高速で動いていると思って良い。
そうなるとそれは小手先の優れたクロスとの相性は最悪だった。
そんな事を、懇切丁寧にメルクリウスは嫌われる事も承知でクロスに告げる。
『ご主人では絶対に勝てない』
そこまでメルクリウスが言った事に対し、クロスの言葉は……。
『だろうな。んで、それがどうした?』
それだけである。
直に止める事を推奨してもクロスは聞かなかった。
理由はわからないがクロス自身は続けるつもりでいた。
そうなれば……忠実なメイドであるメルクリウスに出来る事は一つしかない。
打ちのめされ意識を失ったクロスを救命班の待機しているテントに運ぶ。
それしか出来る事がなかった。
そして、いつも通りクロスはヨロイの集う戦場に……いつもと同じ様に足を進める。
既に幾度と意識を失い、短期間で治らない傷を負っており体も心もボロボロとなった。
だがそれでも、クロスの足取りは最初の時と全く変わらない。
メルクリウスはそんなクロスをじっと見つめた。
諦めの混じった気持ちで、何も考えずに。
どうせ無理だ。
そんな気持ちを持ちつつ忠実なメイドとしてメルクリウスは黙って従う。
そして今までと同じく……蹂躙が始まった。
三十機のヨロイは接触するかしないかギリギリの距離を取りながら接近し、三機をワンセットにしてお互いをカバーリングしながらクロスを取り囲む。
訓練開始からわずか数秒で、クロスの逃げ場は消滅した。
そして、そのまま円を狭めて取り囲んで包囲網を作る。
後は単純、今までと同じ様に一機か二機でクロスをぶん殴るか蹴飛ばす。
それだけだ。
綺麗な動作とか特別な行動とか、そんなのは弱者の行動に過ぎない。
ヨロイのスペックであるなら単純な行動で十分過ぎてしまった。
むしろ必要なのはクロスがもし運が良くヨロイの攻撃を回避した後のカバーリングの方であり、そちらは徹底している。
たった一機二機程度の実働班以外の残り全てのヨロイがカバーリングするという事だ。
そんな単独相手に油断の一欠片もない戦力を取りながらいつもの様にヨロイは腕を引き、そのままスラスターによる加速を乗せた拳の一撃をクロスに放った。
爆音と共に衝撃波が放たれる。
クロスは回避する事さえ出来ず、マトモに受け、吹き飛び宙に放り出される。
それはまるでボールの様にひゅーと空を飛び、そしてその背中をヨロイに叩きつけ目を見開く。
メルクリウスはそれを見ていた。
激痛に目を見開き、背中の衝撃で一瞬だが呼吸が止まった主の姿を。
そのままクロスは地面に自由落下し、倒れ込み……咽ながら立ち上がった。
毎回こうなる。
吹き飛ばされて……苦しいのに立ち上がる。
限界になるまで起き上がり続け、そして限界が切れた瞬間ぷつりと糸が切れた様に倒れ込む。
毎回こうである。
だからこそ嬲っている三十人の心にその姿は痛みとして残っている。
だが、それでも彼らは命令に忠実な軍人だった。
事前の作戦通り、手を緩めない。
起き上がったクロスを、ヨロイは当たり前の様に蹴り飛ばした。
「……見てられんな」
幾度となく倒れボロボロとなったクロスを見てメルクリウスはそんな言葉が漏れていた。
強者が好きなのは確かだ。
だが、一方的に誰かを嬲る姿が好きな訳ではない。
少なくともメルクリウスはこの光景に好意的な感情を覚える事はなかった。
「おーおーやってるね」
そう言葉にしたのは下半身が馬となった魔物、セントール。
セントール族のガスターだった。
「ガスターか。どうしたこんな場所に」
「そりゃ。アレを見に来たんだよ」
そう言葉にし、ガスターはクロスを指差した。
それを見てメルクリウスは顔を顰める。
「何の成果もなくただ嬲られるのを見に来るとは悪趣味だな。そんなにボコボコにされるご主人を見たかったのか」
棘の強い言葉を聞いたガスターはとたんに目を丸くし、そして黙り込んだ後……噴き出し笑った。
「あはははは! お前の口からそんな言葉が出るとは思ってなかったぞ!」
何故か楽しそうに笑うガスターにメルクリウスは更に不愉快そうに顔を顰めた。
「……何が楽しいのかご高説願おうか。ガスター殿?」
ピリピリとした空気を発しながらそう言葉にするメルクリウス。
それを見て、ガスターは再度笑った。
「戦闘に関しては誰よりも確かなお前がさ、コレを見逃しているなんてな。そんなにこれを見るのが辛かったんだなと思ったら面白くて笑っちまった。すまん許せ。んで、そんなにクロスが気に入ったのか?」
ニヤニヤした口調でそう尋ねるガスターにメルクリウスは意図が読めず眉を顰めた。
「……ご主人としては及第点。戦士としてはまあまあ。ただ……気持ちの良い男だとは思うぞ」
「恋愛相手としてなら?」
「実力が足りん」
「……ドラゴンが恋愛に望むものはそれだけだもんな……。まあ揶揄うのは止めておくとして……なあ、本当に気づいていないのか?」
「だから何をだ?」
その言葉と同時に、クロスはヨロイの腕に当たり空を舞う。
いつもの光景、何も変わらない光景。
少なくとも、メルクリウスにとっては今日幾度となく見た光景だった。
「……あれさ、何度目だ?」
「何がだ?」
「今回の訓練が始まって」
言われてから、メルクリウスはとんでもない事に気が付いた。
それはどうして違和感を覚えなかったのか不思議な位わかりやすい事だった。
始まりは一度の拳で気絶。
それ以降は二度か三度、多くとも五度程何らかの攻撃を食らえば意識を失っていたクロスだが……今回、吹き飛んだ回数は実に二十を超える。
一度も意識を失う事なく、二十回以上ヨロイの攻撃を食らっていた。
悲しい事に、実力が足りず攻撃を防げている訳ではない。
当然躱す等凌げているという事もない。
全てモロに食らっている。
だが……それでも……今回クロスはまだ意識を手放してもいなかった。
「そんな……馬鹿な……」
メルクリウスの驚いた顔を見て、ガスターは再度楽しそうに笑ってみせた。
ありがとうございました。




