大分馴染んだ幼稚園生活
「私達魔物と言う種族は本当に沢山の種類がいて、そして毎日その種類も増えています。それは混血が進んでいるからです。そうそう。混血ってみんなわかるー?」
タキナの言葉に、クロス含めた幼稚園児達ははーいと声を大にする。
ゆるーい空気流れるお勉強会。
しかし、その内容自体は非常に高度なものであり、人間ならば学者レベルの内容であるとも言えた。
純血と混血。
それによる種族名の混濁化と定義付けの複雑化。
更に新種族と認可する為の条件や新種族の立場等、考える事は非常に多い。
その事すら、幼稚園では必須の内容となっていた。
「だから私達は純粋な意味で何の種族かがわかる人はほとんどいません。私の『テイルフォックス』も一般的なワーフォックスと何が違うのかと言われても私自身困る位には違いがわかりませんし」
そうタキナが言葉にするとエンフが手を上げた。
「はいはい。私の種族であるコウモリ族っていうのも吸血鬼の亜種って聞きましたー」
「うん。さすがエンフちゃん。賢いね。そう。コウモリ族もヴァンパイアから派生して生まれた新しい種族だね」
「えへへー」
エンフはタキナに撫でられ自慢げな態度で喜んだ。
「そんな訳で困ったり悲しんだりする事もありますので相手の種族についてあまり尋ねたりするのは止めましょうねー」
「はーい!」
子供達は素直に返事をした。
人間の世界と比べ、魔物の世界は多様性の幅が広すぎる。
男性や女性が分かれていない種族もあれば苗字がない種族もある。
言葉を話せない種族もいれば言葉を可視化させるような種族もいて、ナチュラルに他種族を見下す者や他種族に奉仕する事が生きがいの種族もいる。
そうなると当然だが、予期せぬトラブルが続出してしまう。
善意が裏目に出るなんて事はザラどころか、善意が善意として通じる事の方が少ないという状況が魔物情勢である。
だからこそ、幼少時よりそう言った内容は詳しく教えこんでいた。
相手の種族やその身体、精神の特性にあまり踏み込まない。
相手の苗字や性別、恋愛事情に関わらない。
それでいて、例え誰かが自分の嫌な事に踏み込んで来ても、すぐに拒絶せず寛容な気持ちを忘れない。
他種族共存形式だからこそのトラブル回避の為に、必修としてそういった道徳の時間が多く取られていた。
とは言え、一番大切な事はそこまで難しい事ではなく、人間であっても魔物であっても変わらない。
相手と仲良くしようとする。
相手の事を尊重する。
そして、悪いと思ったらごめんなさいを言う。
たったそれだけ。
しかし、そのそれだけがどれだけ難しい事かクロスは良く理解していた。
「……下手すりゃ俺よりもこいつらの方が賢いよなぁ……」
ぽつりとクロスが呟くと、ギタンがその固い岩の様な……というか岩そのものの肘で突いてきた。
「クロス。先生のお話はちゃんと聞かないと駄目だよ」
「ああ。そうだな。悪い……じゃなくてごめんね」
そう言葉にし、クロスはタキナの話に耳を傾けた。
「……はい。と言う訳で今日はここまでです。残りの授業は……思ったよりも時間が余りましたし戦闘訓練にしましょうねー」
そうタキナが言葉にすると、クラスの反応は二つに分かれた。
エンフ、イナ、ギタンはがたっと机から立ち上がる程喜び、マモルとアップルはしょんぼりとした表情でつまんなそうにする。
その明暗は見事なまでに性格が表されていた。
「……そうだよなぁ。魔物だもんなぁ。戦闘訓練するよなぁ……」
道徳や一般常識のお勉強ばかりだったところに唐突に出て来た戦闘訓練という時間。
それを聞きクロスは何とも言えない気持ちを覚えた。
こんな子供達に戦って欲しくない。
それがただの自分勝手なエゴとわかっていても、クロスはそう思わずにはいられなかった。
「頑張ったらまたクロス君が紙芝居をしてくれるかもしれませんよー」
そうタキナが言葉にすると、他の子皆がクロスの方に期待の眼差しを向けた。
「……タキナ先生の言う事を皆がちゃんと守ったらな」
「はーい!」
クロスの言葉に子供達は声を揃えて答えた。
「……聞いてないんですけど」
そうクロスがジト目で尋ねると、タキナはてへっと小さく舌を出し笑って誤魔化した。
「でもクロスさんも楽しそうでしたし……駄目です?」
「……美人にそう言われて断れる人はいないですよ。ただ、手伝って下さいね」
「もちろんです」
そう言葉にしタキナは微笑んだ。
「それでークロス君も戦闘訓練参加するのー?」
何故か少しむっとした顔でやたらくっ付きながらそう尋ねるエンフにクロスは首を傾げた。
「え? 一応そのつもりだが……ああそうか。俺が参加するとマズイのか。どうしようかタキナ先生」
その言葉にタキナは曖昧な苦笑いを浮かべた。
「エンフちゃんが尋ねているのはそう言う事ではなく……その怪我で参加するのかという意味だと……」
そう言われてクロスは、現在自分が体中包帯塗れで、頬も青く腫れあがりガーゼを当てた状態である事を今更ながら思い出した。
「ああ。大丈夫。よほどきつい訓練じゃなかったら参加出来ますよ。とは言え、迷惑なら見学してますけど」
そう言って微笑むクロスにタキナは曖昧な苦笑いを浮かべ、子供達は信じられないといった引いた目でクロスを見つめた。
「それで、怪我の理由を尋ねても? 一昨日から迎えに来る様になられたあの怖そうなメイドさんが関係しているのでしょうか?」
子供達が少し離れた場所でポカポカ戦っているのを眺めながら、タキナはそう言葉にした。
「いえ。彼女は本当にただのお迎えです。えと、特異成長期……だっけ。ってわかります?」
「ええもちろん。それがどうかしました?」
「俺その特異成長ってのが終わってないので」
その言葉にタキナは少し驚いて見せた後、一人納得する様頷いた。
「そう言えばその肉体自体は生まれてすぐでしたもんね。それで特異成長期がどうかしたんです?」
「出来るだけ早く終わらしたいんですよ」
「はぁ。別に待てば自然と終わるものですがそれじゃあ――」
「駄目なんです」
そう言葉にし、クロスは真剣な瞳で遠くを見つめる。
その瞳と決意の深さを見て、タキナは言葉を失った。
きっと何か深い事情があるのだろう。
そうタキナは考えた。
「……だから無理な訓練をしているのですね」
「無理かどうかはわかりません。ただ……きつくはありますがね」
それがどの様な内容までかは知らないが、何度も死ぬ様な思いをするのだと言う事位は知っているタキナは悲しそうな顔でクロスを見つめた。
「どんな訓練をしているのか尋ねても?」
「昨日はヨロイを相手にしました。ボコボコにされました」
「はぁ。鎧……。ヨロイ!? もしかして魔導アーマーですか!?」
「ええまあ」
「それ普通個人で相手にするもんじゃないでしょう。どうしてそんな訓練を……」
「それ位じゃなきゃ俺の相手にならない……ってのは自惚れかもしれませんね。ただ、メルクリウスは、俺のメイドはそう考えたようです」
「……クロスさんは本当に強いんですね」
「いえいえ。俺なんてまだまだ。それにタキナさんも十分――ああいや、すいません」
クロスは言葉を遮り申し訳なさそうに頭を下げた。
確かにタキナの強さは尋常ではなかった。
だが、それはあのタキナが忌み嫌う黒い異形の姿の話だ。
それを持ち出すのはあまりにデリカシーに欠けると、言ってしまった後にクロスは気が付いた。
「……いえ。それもですけど、その……心の話です。私は訓練すら怖がってまともに出来ませんでした。……本当は、軍に属したかったんですけどね」
「……理由を尋ねても?」
「私がお姉ちゃんだからです。うちの家は代々軍属となり国に貢献してきました。だから習わしとして子供が生まれたら最低一人は軍に行くんです。でも……私には向いてなくて妹が向いてて……。それで妹は軍属に……。私は……駄目なお姉ちゃんでした」
そう言って笑うタキナの顔は、泣いている時以上に悲しそうだった。
「……何て言うか……皆色んな物背負っていて。俺だけ何もなくて申し訳ないな本当……」
そう言葉にするクロスを見て、タキナは信じらないと言った顔をクロスに向けた。
「……本気で……言ってます?」
「へ?」
何を言っているのかわからない様子で首を傾げるクロスは間違いなく、本気でそう言葉にしていた。
それがわかるとタキナは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
妹に迷惑をかけた事に罪悪感を覚える事など、クロスの事情に比べれば何でもない位だ。
それ位不幸が重なっているのにそれを不幸とすら思わない。
だからこそ、タキナにはクロスが眩しくて仕方がなかった。
真っすぐで、素直で、眩しくて……それはまるで自分の教え子の様だった。
「って、教え子でしたね」
「ん? 何か言いました?」
「いえ。……ああそうそう。良ければですけどクロスさんが早く特異成長を終わらせたい事情を教えて貰えません? もしかしたら私にも何か手伝える事があるかもしれませんし」
この前ギタンを助けた時のお礼も兼ねて、ついでに少しだけ自分の印象を良くする為、タキナはそう言葉にする。
その言葉を聞き、クロスは非常に申し訳なさそうに俯いた。
「……すまん。その……本当に大した理由じゃなくて……」
「大した理由もないのにそんな怪我してまで頑張る訳ないじゃないですか。頼りにならないかもしれませんけど……話して下さい。私もクロスさんの力になりたいんです」
明らかに何か勘違いし決意した様子のタキナ。
それを見て、クロスは……囁く様にして答えた。
「……酒が……早く飲みたいから……」
「…………はい?」
「……おしゃけ……飲みたいんです……」
「ああ。大人……。え? …………冗談……ですよね?」
クロスはそっと顔を逸らした。
タキナは茫然とした顔のまま、クロスを見続ける。
クロスは逃げる様に子供達の方に混ざりに行った。
その様子をしばらく見つめた後、タキナはくすりと微笑んだ。
自分がどうしても我慢出来ない事を、クロスは酒が飲みたいなんて理由で容易く行っている。
それがタキナになかったもの、きっと心が強いという事なのだろう。
そう思うと笑う事しか出来なかった。
向き不向きという話なのだろう。
ようやく、タキナは軍に入れなかったという未練と後悔を諦める事が出来そうだった。
「だけどそれはそれとしてクロスさん。戦闘訓練を遊びの時間にするの止めて下さい!」
どこから引っ張って来たのかボールを取り出し、ドッジボールを始めたクロスにタキナはそう叱った。
「これも訓練訓練! 先生も一緒にしたいってこいつらも言ってるぞ」
クロスがそう言葉にすると、図ったかのようなタイミングで「せーんせー。あーそーぼー」と子供達の合唱。
これをタキナに断る事は出来ないという事を知った上での卑怯な行動にタキナは溜息を吐き、クロスの反対側のコートに入る。
……確かに、クロスはこの中なら実戦経験の数が桁違いで、文句なしで一番強いだろう。
だが、それはそれとして肉体の使い方と魔物としての経験の差が大きく、とりあえずという感覚でタキナどころか他の子供達からもボコボコになるまでボールをぶつけられた。
ありがとうございました。




