ヨロイ(前編)
前衛、トロルやオーガ等多少鈍重ながらも破壊力を重視した編成。
武装も身体能力に合わせた巨大な鉄塊の様な大剣や一メートルを超えるヘッドを持つハンマー等とにかく大型で殲滅力に特化した兵装となる。
後衛、獣人やゴブリン等器用さの高い集団での弓や弩、魔法銃での集中砲火。
ピンポイント狙撃である上に類まれなる練度による高い精度を誇る連携の為誤射の心配は一切ない。
中衛、リッチやデーモン等魔力に優れた集団による魔法部隊。
武具の耐久力と防御力の向上による前衛支援と風速、方角の一定化による後衛支援に加えてターゲットの行動阻害。
そしてチャンスを見れば大技でのターゲット撃破を狙う。
三部隊合わせて四十九人。
それに加えて、小隊最大戦力である切り札、エースの投入。
これが魔王軍による五十人小隊の基本形となる。
今回のエースは身体能力に優れ多くの魔力を保有し、機動力、破壊力共に優秀なだけでなく、とんでもない再生能力を持つという反則クラスの種族タレントを持つ、魔物の中でも特に歴史が長いヴァンパイアが投入されていた。
その五十人は一切手を抜かず、完全に軍としての動きを駆使してたった一人に攻撃を加えている。
だが、それでもそのたった一人のターゲットを沈黙させられずにいた。
メルクリウスは信じられないものを見ている気分だった。
五十人一まとめの完全小隊を相手にしている事。
それも凄いには凄いのだが……それ以上に凄いのはクロスの実力の乏しさにあった。
その五十人の内たった一人と比べても、悲しい事にクロスは劣っている。
技術が、センスが、才能が、全てが劣っていた。
にも関わらず……クロスは勝っている。
全員が格上五十人での戦闘にもかかわらず負ける兆しはなく、それどころか圧倒すらしていた。
だからこそ、メルクリウスは信じられなかった。
確かに、才能やセンスだけが強者の道ではなく全てがなくとも絶対的に強い存在もいる。
だが、そんな強者というのはそれはそれでオンリーワンな存在である事を意味する。
例えば、他者を憎み呪う強い気持ちを持った復讐者。
例えば、世界の理不尽に絶対負けない正しい意味での英雄。
例えば、戦場の空気を完全に理解し仕掛けるタイミングを絶対に逃さない者。
例えば、自分の命すら気軽にベットし続け勝ち続けられる賭け狂い。
そんな異常者達であるなら才能や実力にかかわらず強者となる可能性も見えてくる。
だが、クロスはそれらとは絶対に違う。
徹頭徹尾凡骨で、非才の身で、そしてその精神性もとにかく普通である。
間違いなく、何一つ特別なものを……少なくとも戦闘にかかわる何かは持っていない。
だからこそ、この結果は本来あり得ない。
時間こそかかったがクロスは五十人全員をあっさりと打ち倒し、涼しい顔でメルクリウスの方を見た。
「んで、次はどうしたら良い?」
メルクリウスは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「すまん。ご主人を過小評価しすぎていた。……余裕だったな。鍛錬にすらなっていない」
「悪いがこの位なら右腕一本でも何とかなる」
「……人間にとってヴァンパイアは、しかも小隊エースクラスの戦力は脅威のはずなのだがな」
「ま、凡人でも鍛えればこの位は出来るという事さ」
そう言葉にし、クロスは剣を肩に担ぐ。
「すまんが今日はここまでだ。明日にはより強大な相手を、苦難を用意する。今日は悪いがゆっくり休んでくれ」
「あいよ。……悪いな。俺が弱くて」
そう言葉にし、クロスはその場を後にした。
「気づいていたのか……それとも偶然か……」
メルクリウスはぽつりと呟いた。
クロスが一人で戦う姿、自分よりも強い相手に一歩も引かず戦うその姿を見て、確かにメルクリウスは心が躍った……いや、震えた。
ドラゴンである者があれを見てときめかない訳がない。
弱者が自分を打ち倒す姿を夢見るドラゴンにとってその光景は正しく理想であった。
だが、それでもメルクリウスが戦う訳にはいかなかった。
参加したいという気持ちを涙を飲んで堪える程に辛くても。
確かにクロスは十分強者と呼んで良いだろう。
メルクリウスの目から見ても理不尽と感じる程に強く、許されるなら軍にスカウトしたいとすら思う。
だが……それでも、ドラゴンという最上位の理不尽と戦うには、最上位種族と戦うにはその肉体はまだ脆弱過ぎた。
ネクロニア本来の能力を最大限に発揮し、更にメルクリウスが最大限手加減をしたとても……クロスという存在は欠片すら残らず消し飛んでしまう。
技術や知恵、知識、工夫。
そういった弱者の努力を全て蔑ろにする程には、ドラゴンという存在は不条理であった。
だからこそ、メルクリウスは惜しいという気持ちがずっと湧き続けていた。
「ふむふむ……やはりそうなったか」
メルクリウスの用意した資料を読み説明を受け、グリュールは楽しそうに笑った。
「ハーヴェスターはこうなるとお思いでしたか?」
「うむ。というよりもだ、私は君達よりも勇者達について多くの情報を持っておる。故に、私はクロス殿を一欠片たりとも侮らん。その気になれば私どころか娘にすら……現魔王にすら牙が届くとすら思っておるよ」
「……そんな馬鹿な。確かに想像よりは優れていたが私の足元にも及ばない。そんな者がハーヴェスターや閣下になどとても――」
「そう、先代魔王も思っておったよ」
そう言ってグリュールが微笑むとメルクリウスは何も言えなくなった。
「侵略派閥最過激派。人間という弱小種族など奴隷として飼い殺せという国是を打ち立てた歴代最強の魔王。それが先代であった。もちろん、我が娘すらその足元にも届かん位に強かったぞ。その魔王に従う侵略派閥もまた驚異的な戦力を保持しておった。絶対に負けない。誰もがそう思っておった。それで、それは何人に潰された?」
「……たった五人です」
「そう。たったの五人だ。確かにその中でクロス殿は一番弱かった。だが、それでも彼もまた勇者であった。一番弱い化物であっても化物に変わりはない。侮ることなどするわけがないであろう」
グリュールはワインをくるくると回しながら心から楽しそうにそう言葉にする。
その様子は、まるでクロスを敵として考えている様なフシさえあった。
「ハーヴェスター。もしかしてご主人を排除する方向で考えていますか?」
その言葉にグリュールは……あくまで楽しそうに意地悪な笑みを浮かべてみせた。
「さて。もしそうならどうする?」
「一応ではあるが我がご主人である。この身命程度では足りぬだろうが抗わせて頂きたい」
その期待通りの応えを聞き、グリュールは頬を緩めた。
「くっく……。それじゃ。それじゃよ。だからクロス殿は恐ろしいんじゃ……。安心せよ。私はクロス殿をどうにかしようなどと思った事はない。むしろ私は友とさえ思っておるよ。あの様に素直でまっすぐな若者はなかなかに珍しい。正直ラフィールの婿になって欲しいとすら思う」
その言葉にメルクリウスは逆に驚いた。
現魔王の父であるグリュールはハーヴェスターという二つ名以外にも親馬鹿の愛妻家という事で有名だからだ。
そんな彼が婿にしても良いなんて言うなどと思ってすらいなかった。
「……そこまでご主人を買っていらっしゃるのですね。ただ……あれは素直というよりは女好きの酒好きで幼稚なだけと思うが……」
「だからじゃよ。どう着飾っても男なんて幼稚なものなのだ。それを取り繕わずにいるからこそ、クロス殿には好感が持てる」
「叡智の主たるハーヴェスターも幼稚なのですか?」
「幼稚だからハーヴェスターなどと呼ばれるまで農業を営んだ。だからこその結果に過ぎん」
「……失礼ですが、少しだけ納得出来ました。だからこそ……ハーヴェスターのもたらす酒は至高と呼ばれるのですね」
「うむ。何といっても私が飲みたいが故に拘ったからの。好きこそものの何とやらとな」
そう言ってカラカラと乾いた老木の様に笑うグリュールに、メルクリウスは敬意を示し深く頭を下げた。
「それで……どうするつもりか尋ねても?」
グリュールの言葉にメルクリウスは姿勢を正した。
「それはご主人の指導についてでしょうか?」
「うむ。一個小隊で駄目だったが次はどうする? 手が足りぬなら貸すぞ?」
「はい。苦しめなくては意味がないので次は五ステップ程飛ばして『ヨロイ』を使おうかと」
その言葉にグリュールは少しだけ驚き、そして納得し頷いた。
「うむ。まあその位は必要であろうな。それで、幾つ使う?」
「はい。私の方であるだけの十、それで足りないと思うので五つ程貸して頂けたらと」
その言葉にグリュールは黙り込んだ。
「……ハーヴェスター。無理なら断って頂いても一向に構いません。こちらで別の手段を考えますので」
「いや。そうではない。そうではないんだよメルクリウスよ。私の思考はその様な下らないものではない」
さきほどまでの緩やかな空気ではなく、張り詰めた空気と鋭い目つきでグリュールはそう呟く。
あくまで微笑を浮かべながらでも、その顔付き、その雰囲気は歴戦の将そのものだった。
「と、言いますと?」
「足りぬ。まるで足りぬのだ。虹の賢者を鍛えるにはその程度の戦力では意味をなさん。……最新型を三十出そう。それを使うと良い」
「ハーヴェスター。その……最新型な上に三十なんて、現段階であっても大きめの街一つ軽く落とせる程ではないですか。それをご主人一人にというのは少々どころでない程に過剰だと……」
「では、賭けるかね? 私は三十であってもクロス殿なら打ち勝てると思っておる。当然最初は苦しみ幾度と負けるであろう。だが、最後に立っているのは彼である事に、これを」
そう言葉にし、グリュールは赤い液体の入ったビンを出して置いた。
決して市場に出回らない、ハーヴェスターが気に入った者にしか出さないワイン。
少々の酒好き程度のメルクリウスですら、それを見ると涎がこみあげてきそうになる。
それほどに有名で、それほどに希少な物。
ハーヴェスターの名前が轟く理由の三割程がそのワインにあった。
「私はそれに見合う物をベット出来ません」
「何もいらぬよ。どうせ私が勝つ。だが……それでは味気ないとも言える。ふむ……ではより一層クロス殿の力になると誓ってくれ。それで良い」
グリュールの言葉を聞き、メルクリウスは敬礼でその賭けの成立を示してみせた。
翌日の午後、昨日とは異なり何もない荒れ地に連れ出されたクロスは首を傾げた。
「……ここは?」
「野外演習場だ」
そうメルクリウスに答えられ、クロスはあちこちに窪みや焼け跡等がある事に気が付いた。
「つー事は今度は索敵戦とか複合小隊戦、またはゲリラ戦でもするのか?」
「あっさりそういう発想が出る辺りやはりご主人は勇者の仲間なのだな」
その言葉にクロスは露骨な程嬉しそうに笑った。
「いや、お世辞でもそう言われるのはやっぱり嬉しいな」
「……これがお世辞に聞こえるのだから勇者クロードというのは本当に化物だったんだな」
「ああ。俺もそう思う。十キロ位は斬撃飛ばしでスナイプしてたし」
「不条理の塊だな。ドラゴンである私すらおかしいと思わずにはいられん。ちなみに今回の訓練はこの前と同じく接近での一体多数で数は三十が相手だ」
「この前よりも少ないな。という事は……強い奴らが来るって事か」
生唾をゴクリと飲みクロスはぐっと拳を握り震えを抑えた。
「いや、実力はこの前と同じ位だな」
「あら? それなら俺が圧倒すると思うけど……ああいやうん、わかったわ。うん。アレだからか」
クロスは正面に見えるアレを見てそう呟く。
「ああ。アレだ」
メルクリウスもまた楽しそうにアレを見て、そして指差した。
全長三メートルを超える巨大な黒鉄の塊。
その鎧と呼ぶにはあまりにも大きすぎるそれをクロスは人間の時に幾度となく見て来た。
人間、魔物、両軍で。
剣や斧を全く通さない程の分厚い装甲。
足の裏にある車輪と魔力を利用したスラスターによる不可思議な高速機動。
同時に魔力による障壁も常備した歩く要塞。
人間でも魔物でも、どちらもの国家が切り札として投入している決戦兵器。
それがこの『ヨロイ』である。
ちなみに人間はこれを『軍事用機動装甲』と呼び、魔物はこれを『魔導アーマー』と呼ぶ。
その名の通り人間は軍事に関わる者にしかそれを配っていない為、勇者パーティーであるクロス達は身に着けた事がなかった。
というよりも、それほど強力な兵装であっても勇者達の様な生身が化物な者達にとってはヨロイが足枷にしかならない為支給されなかった。
「……うへぇ。あれ倒すのめんどいんだよなぁ……」
「やはりご主人はあれを倒した事があるのか」
「一対一の時にな。流石にあれがまとまって来た時は逃げながら罠を仕掛ける位しか俺には出来ん」
「十分過ぎると思うがね。ちなみにご主人の仲間達なら複数体のヨロイを見た時はどうするんだ?」
「クロードなら一閃で全機破壊。ソフィアは回復メインだから戦う事はないが全機の攻撃を一身に受けても傷一つ付かない。メディールなら中身だけ皆殺しにしてヨロイを制御し操る。メリーは……何しでかすかすらわからん。巨大な落とし穴を事前に作っておき全員閉じ込めるとかかな」
「うむ。やはり勇者だけ頭がおかしいな。剣で何でも解決できると思っているフシがある様だ」
「俺もクロードはおかしいと思う」
そう言葉にしてからクロスはヨロイの群れの方に歩いていく。
正直勝ち目は見えないのだが……それでも逃げるつもりなどさらさらない。
昨日に引き続き使いやすそうなロングソードを片手にクロスはゆっくりとヨロイに立ち向かって――。
ヒュゴッ。
幾度と聞いたヨロイのブースト音。
それを見て、クロスは剣を両手で持ち……構える。
ヨロイの内一機が突撃してくるのに対してのカウンターの構え。
狙いは足の継ぎ目のどこか。
そこに剣を突き刺せば上手く行けば機能停止、駄目でもヨロイの動きを大きく封じる事が出来る。
そう思い突撃してくるヨロイに狙いを付けて構えるのだが……クロスは剣を握ったまま動けずにいた。
クロスの知るヨロイより圧倒的に早い。
それも理由なのだが……一番の理由はもっとシンプルである。
リングメイル状になった脚部パーツには、突き刺せる程の継ぎ目が見当たらない。
最新機種であるからこそ、ヨロイ討伐のセオリーである継ぎ目狙いが出来ない様な形状となっていた。
だからこそクロスはカウンターの構えのまま固まり、そしてヨロイの一撃を受ける羽目となる。
特に武器らしい武器を持たずのヨロイの拳。
しかし、金属の塊である巨大な腕から放たれる拳はそれだけで強力な武器であり、クロスは踏ん張り耐える事も出来ず、あっさり殴り飛ばされ宙を舞った。
ありがとうございました。




