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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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運命の始まり(前編)



「エリー」

 玉座に座ったまま、クロスはそうぽつりとそう呟く。

 ただそれだけで、エリーは当たり前の様にその場に姿を現した。

 忠誠を誓っている事を示す様正面で跪き、目線を主より下げ、その姿勢を維持したまま、クロスの次の言葉をエリーは待つ。

 その様子は、どこか……雰囲気に酔っている節があった。


「……ああ。何となくわかって来たけど……エリーもそっち側かぁ……」

「はい?」

「いや、俺が魔王になって喜ぶのは誰かなと思ってて色々考えてたんだ。今真っ黒なのはグリュンだけだったが……エリーも追加だな」

「私は御身の事を……」

 御身呼ばわりにクロスは苦笑いを浮かべた。

「エリー。君の今の役職は?」

「魔王クロス様一の騎士です」

「……忠義の騎士ごっこ、楽しいかい?」

「見ての通り――めっちゃ楽しいですクロスさん」

 真顔で、そう答えるエリー。

 その雰囲気は実に満足そうである。

 こんな楽しそうなエリー初めて見るのではないかと言う位に……。


 クロスとエリーは見つめ合う沈黙に耐えきれず、同時に噴き出した。


「まあ……このままエリーに尋ねてこの良くわかんない状況をさっさと進めても良いんだけど……もう少し様子見しておこう。今日位は俺がハンコ役続けないと他の魔物達も困りそうだし」

「なるほど。クロスさん根が真面目だから上手くやっていけてるんですね。だったらこのまま本当に魔王になりません? 何とかしますし何とかなりますよ?」

「権力に興味がない事はないが……苦手意識の方が強いかな。あとさ、自由がないのは辛い。アウラの様子を見て魔王になりたいとは思わないさ」

「それは私からは何とも言えません。……他に用事がないのでしたらこのまま去りますけど。仕事に来る魔物達の邪魔になっちゃうので」

「んー……戻るならついでにメルクリウス呼んで来てくれない? これでどっちか確定するから」

「わかりました」

 そう言葉にし、エリーはその場を去ろうとして……一度、振り向きクロスをゆっくり見つめた。


「――ところでクロスさん。何かしました?」

「ん? 何かって?」

「いえ……その……体内魔力がずいぶん増えてると言いますか……強くなってる様な……マギウスモードになり続けてるんです? 仕事の効率上げる為に」

「いや……いつも通りだけど……。……この玉座に座ってる効果?」

「とは思えませんが……どうなんでしょう。まあそういう事もありますか。んじゃ、メルクリウス様呼んできますね」

 そう言葉にしてから今度こそ本当にその場を後にし、入れ替わる様メルクリウスが姿を見せた。




 メイド服に身を包む、背の高いその姿。

 銀色の美しい髪、吸い込まれそうな銀色の眼。

 そして、戦場その物であるかのような悍ましい気配。


 その女性、メルクリウスは挑発的な態度のまま、クロスの前に現われた。

「久しぶりだなご主人。息災か?」

「ああ。ありがとう」

「気にするな。それで何か用か?」

「……ふむ。いや、久しぶりに顔を見たいと思ってね」

 そんなクロスの態度を見て、メルクリウスは楽しそうに含み笑いを見せた。

「くふふ……。顔を見たいね。前のご主人ならそのままの意味だっただろうが……。いやなに、随分と様になっているじゃないかご主人。それで、今何を考えてるいるかさっさ白状しろご主人。ふふ、安心しろ。悪い様にはしない」

「あいよ。メルクリウスが『閣下』ではなく『ご主人』と呼ぶという事は俺はまだ魔王様じゃあないって事。そしてメルクリウスが前と全く態度が変わっていないという事は認識が可笑しくなった訳じゃあないという事。まあつまり……俺がここに座っている事が悪戯みたいなもんだと判明したってこった」

「なるほどなるほど。それを調べる為だけに私を呼んだというのか」

「悪いね。でも俺にとっては非常に大切な事だったからさ。最悪……俺の脳が可笑しくなった可能性があったから」

「……ま、今回は許してやろう。少し面白い事になっている様だしな。ちなみにだが、私はエリー達と異なりご主人が魔王になるのは反対の立場にいる」

「おや、どうしてだ?」

「私がご主人の気に入っている部分はその性根にある。権力に穢され、住民に侮辱され、その上で弱者として上を見続ける事を貫くその意思こそが、私がご主人の好んでいる部分だ。だからまあ、自由であって欲しいと、弱者のまま上り詰めて欲しいという私の我儘だな」

「……何かこそばゆいな。まあ確かに、魔王なんて柄じゃないのは確かだが」

「今のご主人は中々に様になっているが……それでも、私は認めたくはないな」

「はは。ありがとう」

「一番の理由は魔王なんて忙しい役職の所為で強くなれなくなられたら困るからだがな。私の望みは何時だってそれだけだ」

「……悪いねぇ待たせて」

「別に構わん。待ってないからな」

「じゃ、間に合う様頑張って強くなるさ」

「そうしてくれ。ではなご主人。……強くなっている様で何よりだ」

 腰の剣を見た後そう言い残し、メルクリウスは去っていった。


「……さて。選択肢は二択だが……まあ、順調に考えてこっちだろう。どうせ見ているんだろう。そろそろ出てきてくれ。アラヤユイ」

 黒幕であろう相手の名前をクロスが呼ぶ。

 その声に合わせ、件の相手は姿を現した。


 黒魔術、血の儀式、呪いの刻印。

 そういう物をイメージする様な姿。

 バフォメットらし過ぎるその魔物、ユイ・アラヤは最初から、呼ばれる事を知っていたかの様に真正面、堂々とした態度を取っていた。

「申し訳ないのですが魔王様。私見えてはいないんですよ。この様な物で」

 そう、ユイは笑いながら目の包帯を指差した。

「そうか。悪かった。それで……これがどういう事なのか説明してもらえるか?」

「それとは、一体どれの事でしょうか?」

「どれって……この現状――いや待った。どれという事は他にも何か異常が起きてるのか……アラヤユイ。お前は一体何を把握しているんだ?」


「大した事は知りません。もう全知の瞳は捨てちゃいましたから。ただ……貴方様の予想通り、魔王代行でありながらその実権を握らせる様魔王様に命じたのは私です。正しくはミューちゃんに私がお願いしてという形ですけど」

「だろうな。つまりそれが未来にとって都合が良いという事なんだろ? 記憶の大半は抜け落ちているが……何となく覚えてるよ。魔王国を護る為に何でもする奴だと……どこか困った苦手意識と若干の親近感を兼ねて」

「ちょっと違いますね。私が重視するのは、国ではなくミューちゃんです。次に家族。私はミューちゃんの為になる事なら何でもしますよ? 文字通りなんでも」

「……ちょっとだけあんたに好感を覚えたよ。それで、他に何を知っているんだ?」

「さて、何でしょう。ただまあ……そろそろ本気でクロスさんを魔王にしようと企む裏方さんを止めるのをオススメしますよ。このままだと全てが終わった後でもクロスさん魔王をやらされることになりそうですし。私としてはどうでも良いですけど」

「そりゃ困る」

「そのついでに、エリーちゃんに少し体の事調べてもらったら良いと思いますよ。……全てがはじまるまでに。その時は、もうそれほどありませんから」

 そんな曖昧かつ思わせぶりな言葉だけを言い残し、ユイはクロスから距離を取り部屋の隅に移動した。


「……はぁ。とりあえず……怒らないから隠れてる奴出て来い」

 そんなクロスの言葉を聞き、グリュン、アウラ、エリー、ガスターを筆頭にシェフやらメイドやら兵士やらと百体単位でその場に現われる。

 少々以上に予想外の数にクロスは小さく苦笑いを浮かべながら溜息を吐いた。




 まあ……実際の所、アウラやグリュンの行動に深い意味や理由はない。

 ユイからミューへの指令が伝わり、その指令をアウラが実行しただけ。


 一時的にクロスを魔王にするという命令を。

 それを、グリュンとアウラが共謀して少しふざけて実行しただけ。

 ただそれだけの事だった。


 予想外だったのは、およそ二点。

 簡単な仕事だけとは言え、思ったよりもクロスが魔王の仕事を上手くやってしまった事。

 次いでの一点は、元々居た勢力の思惑に、見事にマッチしてしまったという事。

 所謂、アウラフィール陣営魔王クロス派閥に。


 そんな訳で、一時的な処置でしかない魔王クロスが、このまま爆誕する可能性が生まれてしまっていた。

 ちなみにだが……アウラフィール陣営魔王派閥の最大勢力はエリーであり、そして陣営にはメイドやシェフなど、お世話を好む魔物が多かった。

 そして今日のクロスの態度により、下っ端内政官達の心を射止め、そのクロス魔王希望勢力は一気に拡大されてしまった。


 まあ……下っ端含めて全員おふざけだとわかった上でそうしているのだが……。

 本当にクロスが魔王になるなんて思っている者は極少数である。


 だが……クロスが魔王となる事を嫌がる存在もまたごく少数である事もまた、確かな事実だった。


「……んで、アウラ」

 クロスの呼び声を聞き、アウラ――いや、ラフィーはきゃぴっとふざけたポーズを取った。

「え? 私は可愛いさすらいの魔法使いラフィーちゃんで……」

「今度からそう呼ぶが構わないかな?」

「すぐ着替えて来ます」

 そそくさとその場を後にし、二、三分程で髪が長くローブ姿の、いつもアウラの姿で再度入場して来た。


「んでアウラ」

 リテイクするクロスに、しゅーんとした態度でアウラは返事をした。

「はい……」

「ガチで、魔王を譲りたいって思ってる?」

「え?」

「これが逆らえないアラヤユイの命令だってわかってるし、半分冗談なのもわかってるよ。だから聞きたいのはそこだけ。アウラは本気で、魔王を辞めたいって思ってる?」

 酷く真剣な様子のクロスの声。

 少しだけ、いつもと違う様子で、そして少しだけいつもよりもどこか力強い態度で……。


 それはまるで、嫌ならやってやると言わんばかりの態度。

 クロスらしくもあるが、クロスらしくないとも言える様な……そんな雰囲気を帯びていた。


「いえ。クロスさんがどうしてもという訳でなければ譲るつもりはありません。あくまで今だけの代理ですね」

 そう、アウラは言葉にしクロスに威嚇する様微笑む。

 より正しく言えば……クロスに気圧され、つい本音を漏らし威嚇していた。

 アウラがクロスに攻撃的になる、初めての瞬間。

 それでも、クロスは微笑んでいた。

「なら良かった。少しだけ、席を借りるね」

 優しく……まるで子供に話しかける様な穏やかな顔で、クロスはそう言葉にした。

「え? あ、はい……」

 その直後、クロスはユイの方を睨む様に見つめた。


「んで、事情説明頼めるかな? イディスの元泉守様?」

「はーい。と言っても、たぶんわからないと思うわよ?」

「わからない?」

「バランスが偏る事を未然に防ぐ為の一時的な対処でーす! って言っても意味がわからないでしょ?」

「……説明する気がないと……いや、未来に影響を及ぼすから説明出来ない。だから煙に巻いたのはわかったよ」

「うん。そこでさらさらっとその言葉が出る辺りで、色々とクロスさん自分が変わってるんだけど気付いてる?」

「――はい?」

「というかこの状況にクロスさん以外の方が驚いてると思うよ?」

 ユイはそう言葉にし、アウラやグリュン、メルクリウス達の方に目を向けた。


 一つ、クロスが真面目でかつそこそこ頭の良い行動を取り続けている。

 一つ、急に魔王の仕事を押し付けられても何とかなる程度に聡くなっている。

 一つ、カリスマの様な他者を引き付ける魅力……は、元からあったが、それが明らかにされている。

 そして最後……特に何もしていないのに、一目でわかる程強くなっている。


 要するに、魔王の座に就いた事以上の問題が、クロスの中で起きているという事だった。


「……エリー。俺の魔力が何か増えたって言ってたね。調べてくれない?」

「あ、はい」

 そう言葉にし、エリーは玉座に座り続けるクロスの方に近寄り、そっとその胸に手を当て目を閉じる。

 そこで、エリーは感じた素直な感想を……つい口に出していた。

「うっわ。クロスさん牛みたいになってる」

 それは、誰にとっても予想外な言葉だった。

「え? 牛? 何俺この角牛の角なの? 白黒になるの俺? 白黒つけられないの?」

「ああいえ、そうではないです。牛というのはあくまで例えでして……その……牛の胃袋って四つあるんですよ」

「はぁ。そうなのか……」

「んでですね……クロスさん。今クロスさんの体の中にある魔力の種類が、四つあります」

「はぁ……。それって、普通の事?」

 エリーは首を横に振った。

「いえ。普通は一つです。……クロスさんの場合は二つあってもおかしくはないんですよ。魂と肉体が同一化してませんので」

「今まではどうだったの?」

「今まではちゃんと一つでしたけど……何となく混ざり合った感じでしたので良くわかりませんでした」

「んじゃ今は?」

「完全に分離して、明らかに異なった四つの魔力が体の中にありますね」

「……どうしたら良いの?」

「え? ……さあ?」

 そう、エリーは答える事しか出来なかった。

 魔力を感じは出来るが、それ以上の事は何もわからない。

 魔力を複数種類持つ魔物がいる事は知っているが、唐突に魔力が複数になる事象なんて聞いた事さえなかった。


「……アラヤユイ。俺どしたら良いの?」

「さあ? 私にもわかりませんねぇ。ただ……せっかく魔力があるのなら使ってみたら良いんじゃないです? 例えば……四つの中で一番大きい奴とかを」

 思わせぶりなのか適当なのか、ユイはそんな言葉を口にし微笑んだ。

「はぁ……」

 ちゃんと答えようとしないユイに気だるげな反応をし、クロスはとりあえず魔力を巡回させ、いつもの魔法使い状態に移行する。

 移行するのだが……何か、おかしい。

 いつもより強いどころか、いつもより遥かに弱い魔力しか体に流れなかった。


「……何か……魔力全然体に流れないんだけど……」

 そう、クロスは呟く。

 巡回する魔力量は、前までの半分程度に過ぎなかった。


「そりゃあ……四つも魔力があれば制御が難しいですよねぇ。しかも四つの内の一つしか使えてませんし。かと言っていきなり同時に複数の魔力を使うってのは難しいと思いますし……とりあえず、別の魔力を使用する感じで意識してみたら良いんじゃないですかね? 良くわかりませんけど」

 ユイの何とも言えないふわっとしたアドバイスを聞き、クロスは自分の体にある魔力を必死に探ってみた。


 一つは今無意識で使っている……小さな小さな、情けない位弱い魔力。

 それは、普段クロスが使っている物だからだろう。

 非常に簡単に判別出来る。

 ただし、本当に弱い。


 一つは、そこそこ大きな魔力。

 これは、一つ目の魔力に寄り添う様な形となっている。

 ただし、触れようとしても全く触れられず今はどうやっても使えそうにないが。


 一つは、そこまで大きくないが、やたらと濃い魔力。

 煮詰めたカレー位の濃度がある割に、一つ目よりマシ程度の魔力しか感じない。

 良くわからないが、扱いにくそうな魔力ではあった。


 そして最後の一つは、今までの三つよりも遥かに強大な魔力。

 三つ全て足して倍にしても、尚追いつけない程、その魔力量は多い。

 流石にエリーやアウラと比べたら下がるが、今までのクロスとは明らかに異なる力。

 だからこそ、これが自分の体に起きた異変であると理解出来る。

 こんな力昨日までなかったのだから。


 特に何の修行もせず、何の努力もせずに沸いてきた強い力が、普通な訳ない。

 しかも……二つ目や三つ目と比べて、遥かに扱いやすいのだから。


 イメージで言えば、一つ目の魔力を扱うのを呼吸とするなら、四つ目は水を汲み、飲む位の感覚。

 ひと手間かかるが、感じさえすれば扱う事は容易そうだった。


 クロスはその湧いてきた四つ目の魔力を体に巡回させ、いつもの魔法使いモードを起動してみた。


 体が、燃える様に熱い。

 心臓が脈打つたびに、痛みが走る。

 だが、苦しくも不快でもない。

 ただ……力が、体に漲っていた。

 今までとは比べ物にならない位、強大な力が、当たり前の様に体に巡回していた。

 それは特に矛盾や違和感もなく、びっくりするほど、体に適応していた。


「……あの、クロスさん」

 その力を確認しているクロスに、アウラが恐る恐る話しかけた。

「ん? どうしたアウラ」

「えっとですね……その……明らかに、その力、今までクロスさんの中になかったですよね?」

「ああ。なかったな。……すげぇなこれ」

「その力、心当たりありません?」

「全くない。あったらもっと早く使ってた。なにこれネクロニアの本当の力? それとも二日酔いの効能?」

「どちらでもありませんよ……。本当に、心当たりありません? 今まで、大昔とかに、感じた事ないです?」

「えぇ。いや、本当に心当たりないんだけど……」

「そう……ですか……」

「逆にさ、アウラはこの力に心当たりあるの?」

 アウラは、はっきりと頷いた。

「――はい。私も……お父様も、メルクリウスも、あります。実際にその力を見た事が」

「そうなの? 不味い力だったりする?」

「いえ……そう言う訳でも……。いや、ある意味不味い力とも言えるかもしれません。私達にとっては……」

「私達にとってはって?」

 クロスは首を傾げ、周りの顔色を窺う。


 アウラは困惑して、グリュンは苦虫を噛みしめる様な顔で、メルクリウスは期待に溢れた楽しそうな笑顔で、エリーはわからないらしく首を傾げている。

 三者三様皆異なる態度をしており、これがどういう物なのか、予想する事すらクロスには出来なかった。


「んで、これはどんな力なんだ?」

「はい。規模は違いますがその質や形状は……その魔力波長は……勇者クロードの物に、限りなく近いです」

 ぴしりと、クロスの体が硬直し動かなくなった。


 それは、クロスにとってあまりに予想外の物であり……そして、想像すらしたくなかった出来事。

 自分が憧れた存在、憧れた形。 

 それを手にするなんてのは、考えた事さえ、なかった。

 そりゃあ、違和感も矛盾もある訳がない。


 自分にとっての憧れで、最も強く焼き付いた印象の相手、その力なのだから。


 そんなタイミングで、ユイは微笑み、クロスに近づいた。

「私からの、魔王即位記念のプレゼントだよ。……返品不可の。上手く使っておくれ」

 そう、ユイは言葉にし――パチンと、指を力強く弾き部屋中に音を響かせる。


 その音に合わせ、扉が叩き割るかのように強く開かれ、来場者が姿を見せる。

 長い紫の髪が特徴的な、酷く色気の漂う女性。

 その女性は、高揚しきった様子で玉座の間に押し入り、踊る様な仕草で歩き、両手を広げ、まるで舞台女優であるかのように高らかに叫びだした。


「ああ、我が理想が、念願がここに叶った! さあ皆の者、称えよ! 敬え! 真の勇者があるべき姿に、ついに王へとなられた! ああ……偉大なる魔王、クロス様。この日が来るのを私は一日千秋の想いで待ち続けました。世界に光を与え、世界を正しき方向に舵取って下さる方、未来永劫の世界の支配者。今この時より、正しき道が開かれる! これこそが世界の理、世界の常識! ああ……ああ! どうか、どうか私をその末席に! 魔王クロス様の生み出す未来の礎に、この身を捧げる名誉を!」

 その女性――ロキはクロスの前に平伏し、そのまま頭を垂れる。


 クロスは理解した。

 どれだけ好みの外見であろうとも……一切好意的になれない相手が世界には存在するという事を。

 そして、この面倒な狂信者の相手をこれから自分がしなければならないという事を――。


「――よしなに」

 それが、クロスに出来る精一杯の返事だった。

 その言葉に女性は俯き震え、ビクンビクンと体を震わせているが、クロスは見なかった事にした。


ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ん?魔王の魔力とかではなく……? てかもしかして愛の呪縛の原因ってクロードだけなのか?よく考えたら勇者パーティーで女神に祝福されてるのってクロードだけだもんな 寄り添ってるのが多分今世の魔力で、元々は…
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