決して軽くない仲間という言葉の重み
「幼稚園である事を良かったと思える時が来るとはなぁ……」
そう呟き、クロスは幼稚園入口で空を見た。
時刻で言えば昼間の二時前位である為、太陽は眩いばかりに輝きを放ちクロスを照らしている。
それは心地良いというよりも、眩しすぎて辛く感じる。
そんな日照りの強さだった。
クロスが幼稚園である事を良しと考えた理由は単純であり、終わりの時間が早いからだ。
現在幼稚園はお昼寝の時間なのだが……精神も肉体も幼くないクロスが寝る必要はない。
つまり、ここでクロスの幼稚園出勤時間は終わりとなり、自由時間とする事が可能という事だ。
今までは寝たふりしつつタキナの手伝い等をしていたが、今日からはクロスはしなければならない事が出来たから早く終われるのは都合が良かった。
それがどれほど苦難にまみれた道であろうと……。
「皆寂しがってましたよ。お昼寝から起きたらクロスさんがいないと知って」
入場門の後ろからタキナが姿を見せ、クロスに向かって寂しそうに呟いた。
「タキナ先生。……はは。もう嫌われなくなったと思って良いかな?」
「もちろん。皆先生としてだけでなく友達としてクロスさんの事を好んでいますよ。……このまま先生になりません? 私と一緒に……」
もじもじとした様子で、勇気を振り絞る様にタキナは言葉にする。
それを聞き、クロスは首を横に振った。
「すいません。やりたい事があるので」
そう言葉にするとタキナは誰が見てもわかる落胆した顔をする。
だが、すぐに切り替え微笑を浮かべた。
「残念です。それで、クロスさんのしたい事って何ですか?」
「……俺ってさ、子供なんですよ。下手すりゃあいつらと同じ位の」
「そうです?」
「ですです。つーかあれですよ。中身がガキな男って結構いますよ」
「ふむふむ。それで、子供なクロスさんは何がしたいんです?」
「何か恰好良い事……かな。実は特に決めてなかったりするんですよ。例えば冒険に出て悪い何かを退治して、沢山の可愛い女の子達にちやほやされて、仲間と共にゲラゲラ笑って酒を飲んで美味い飯食って……。そんな感じかな?」
それは賢者と呼ばれる人間の夢にしては酷く低俗な夢と呼んで良いだろう。
特に具体的な内容はなく、格好つけて浪漫を求めて、ちやほやされたい。
下品で、わがままで、低俗で。
目的意識もなければ崇高さの欠片もない愚かな夢。
だが、その愚かな夢を目指す低俗な存在こそが自分であるとクロスは知っていた。
「ふわっとしてますねー。それに……沢山の女の子より一人の女の子に愛された方が幸せじゃないですか?」
そう言葉にし、クロスの方をちらっと見た。
「かもなぁ。生前そういう縁はなかったし。だけど……やっぱりこう……浪漫がね……」
そうクロスが言うと……タキナは盛大に溜息を吐いてクロスをジト目で睨んだ。
クロスはそっと目を逸らした。
「結構な事じゃないか。何人女を侍らせられる。是非やってみれば良い。それ相応の実力があるのならな」
そう言葉にして出て来たのはメルクリウスだった。
「悪いな。お迎えなんてさせて」
「構わんぞご主人。これは私の目的でもあるからな。ああ、そこの職員よ。もしかしたらご主人は明日休む事になるかもしれぬ」
メルクリウスに話しかけられ、タキナはきょとんとした表情を浮かべた。
「何かイベントですか?」
「似た様な物だ。少々激しいがな……」
そう言葉にした後ドラゴン特有の獰猛かつ恐ろしい笑顔を浮かべ、メルクリウスはクロスと共に魔王城とは異なる方角に歩いていく。
タキナは良くわからず首を傾げ、二人にぱたぱたと手を振った。
「ご主人。はっきり言うがご主人の才能は微妙だ。転生体であるその体は別だが、それ以外の引き継がれた物は前の人間であった時と変わらない。だからこそ、酷だがはっきり言っておこう。ご主人の戦いに関する才能はそこそこ止まりであり、そして伸びしろは全く残されていない」
道中、メルクリウスはそう言葉にする。
それに対してクロスは反論しない。
むしろ、それに思い当たるフシどころか生前それに苦しめられ続けたのだから全面的に同意する事しか出来ない。
「そういうのわかるのか?」
「ああ。これでも龍だからな。見ただけで本人の実力や才能は理解出来る。とは言え、見逃しもあれば実力と才能以外が理由で強い者もいるから絶対ではない。ただ……才能の判断だけなら私は外した事がないぞ」
「そうか……。だろうなぁ。もう少し俺に才能あれば……もっと堂々とあいつらと肩を並べられたもんなぁ」
そう呟き、クロスは遠い目をした。
勇者の仲間。
そう呼ばれる存在だからこそクロスは人一倍、いや何十倍も努力を重ねた。
今思えばそれは完全に無駄な努力でしかなかった。
一切努力をしないクロードの一日と二十四時間努力をするクロス。
それで比べても、クロードの方が遥かに成長するからだ。
つまり、何をどうしても差は広がる一方であり、無意味な行為に他ならない。
恥を忍び、迷惑である事がわかっていてもクロスは仲間達から鍛錬を受けた事もある。
だが、それでもクロスという存在は勇者達四人の足元にも及ばず……実力は広がり続ける一方でしかなかった。
才能がないわけではない。
ただ、足りないのだ。
勇者の仲間でいて良い程の才能はクロスにはなかった。
だからこそ、そこまで苦心して自らを鍛えたからこそ伸びしろがない事をクロスは理解していた。
「通常伸びしろが全てなくなるほど鍛える者はおらん。だからご主人がどれほど努力を重ねどれほど苦しんだかがわかる。それでも、悪いが才能は覆らん。そこまで止まりだ。それ以上は別の方向性で鍛えるしかない」
その言葉にクロスは少しだけ驚いた。
「あれ? 才能ないから身の程を知れというのではないのか?」
その言葉にメルクリウスは微笑んだ。
「才能やセンス、実力。それは力の一端にしか過ぎん。強さとはもっと自由である。極論を言えば卑怯であっても勝てばそれが強さだ。そもそもがだ……もし実力や才能が全てなら我らドラゴン種が魔王となり世界を支配している。だろう?」
ふふんと自慢する様な様子のメルクリウスにクロスは首を傾げた。
「いや。俺はドラゴンの事そんな知らないけど……まあ確かにドラゴンという種族は強大だな」
「最強と言っても過言ではない。だからこそ、種族として突出してる我らは強者を求める。才能が劣ろうとも我ら絶対種と対峙し、その上で真向から我らを打ち倒す者。それを我らは求めている。それこそがドラゴンの本能と言っても良いな」
そう言葉にして、メルクリウスは遠くを見つめた。
まだ見ぬ自分を打ち倒す英雄を待つ様に。
「そんな訳でご主人も才能や技術の伸びしろこそないもののまだまだ強くなれるぞ。その壁は分厚いが十分に打ち壊せる。強さに限界はない。そして頑張れば……ご主人の夢であるハーレムに私を加えられるかもしれぬぞ?」
そう言葉にするメルクリウスだがクロスが勝つなどと微塵も思っておらず、クロスもまたメルクリウスに勝てるとは万に一つも思えなかった。
「さて、到着したぞご主人。喜べ。ここがこれからご主人を地獄に叩き落とす場所だ」
メルクリウスはそう言葉にする。
アウラフィール魔王軍第六下位練兵場。
魔王国中央区魔王城近辺に位置する練兵場であり、主に学もコネもない新兵候補が肉体を鍛える際に使われる場所である。
そこに、二人は立っていた。
「……何か静かだな。練兵場ってもっと煩くないか?」
気配こそあるものの武具のぶつかる音も争う声も聞こえずクロスは首を傾げた。
「そりゃそうだ。今日は私が借り切っているからな。ここにはご主人を地獄に落とす為に命じた者しかいないぞ」
そう言葉にして微笑むメルクリウスに、クロスはぞっとする何かを感じる。
たった一人、自分以外全て皆敵。
元人間であるクロスにとってその心理的恐怖は思ったよりも恐ろしかった。
「……とは言え、やるしかないか」
「ご主人。頼むから折れてくれるなよ? 肉体の損傷なら幾らでも治癒出来る。技術や力などは戦えば運が良ければ幾らでも伸びる。だが、心だけは折れたらどうしようもない」
「ああ。わかっている。俺も……死ぬわけにはいかない。夢も未来も……何より……俺はまだ酒を飲んでいない」
そう言葉にし、クロスはぐっと握りこぶしを作り恐怖を振り払った。
「うむ。私も共に酒を飲みたい。と言う訳で面倒な説明ももういらん。まっすぐ行った先にある戦闘場の中央で待て。そしてそこで私が休めというまでとにかく戦い続けろ。良いな?」
クロスはこくりと頷いた。
「武器はどうしたら良い?」
「そこら辺から適当に持っていけ。どれでも良いぞ」
クロスは通路脇にあるロングソードを一本掴み、肩に掛けながら堂々と道を歩いた。
「ふむ。勇気だけは二重丸だな。それ故に……惜しい。もう少し才能があれば……」
そう呟き、メルクリウスは待機している過去の部下達に命令を下しに向かった。
「噂の賢者様ってのはあんたかい。思ったよりも普通だな」
そう言葉にしてクロスの傍に寄って来たのはライトメイルに身を纏った背丈の低い魔物だった。
背丈は子供の様だが決して子供に見えず、また肌の色も緑色に近い。
その外見からその魔物の名前は……。
「ゴブリンか」
「純粋なゴブリンかどうか俺も知らんがな」
「そうなのか?」
「ああ。最近どこもかしこも混血が進んでいるから種族の壁が曖昧になりつつあるのさ。っと、社会勉強の時間じゃないな。構えな」
「あ、ああ……」
クロスが両手で剣を握るのを見ると、ゴブリンは微笑み頷いてから……地を蹴った。
「俺達は元々力はないが器用でな、すばしっこい。だからこそ正しく鍛えれば人間よりも遥かに格上の種族なのさ。大半が才能を溝に捨てる馬鹿野郎でもあるが」
そう言葉にするゴブリンの姿は……クロスの目から見て何体にも分裂している様に見えるほど速かった。
高速で動き過ぎて目がついていかない上に、わざと速度に落差を付けて虚像を何体もクロスに見せている。
それは軍に所属する魔物だからこその鍛え磨かれた力、才能に奢らない実力者の動きだった。
メルクリウスが最初のクロスの相手として選んだゴブリン。
それはクロスの才能や実力を加味し、四、五十に一度位勝てる可能性がある位の実力を持った相手という基準で選ばれた。
この相手に五分かそれ以上まで持っていく事。
それがクロスの最初の修行内容だった。
「とりあえず……痛い目を見て覚えてくれや」
ゴブリンはクロスの周りをぐるぐると回りながらそう言葉にし、そして背後から奇襲の一撃を放った。
クロスは追いつけない。
そりゃあそうだ。
肉体を完全に使いこなせない今のクロスの能力は人間の頃そのまま。
そのクロスがゴブリンの姿を見る事も、ましてや攻撃を避ける事など出来る訳がない。
種族の、才能の壁というものである。
だが……皆が忘れていた。
メルクリウスすら、クロスが一体何者だったのかを考えてすらいなかった。
ゴブリンはクロスの右手の平に穴を開ける様、曲剣で突きを放つ。
自らの速度を乗せた絶対なる一撃。
だが……その一撃によりクロスが負傷する事はなく、それどころかその刃は手の平寸前で止まっていた。
剣の刃先には……クロスの親指と人差し指で曲剣がつままれ動きが封じられていた。
「な、なに!?」
格下の実力者と聞いていたゴブリンはその行動にあっけに取られ動きを止めた。
確かに、クロスの目には自分は映っていなかった。
それはゴブリンも確認していた。
だがその目にも止まらぬ動きからの背後の奇襲に、クロスは完璧なまでに対処出来ていた。
そして……ゴブリンの持つショートソードに罅が走る。
ピシピシとクロスの指の位置から刃に歪が生まれ……そして、ショートソードはガラスの様に軽く砕け散る。
それにゴブリンが驚く事はない。
もう、その段階でゴブリンはクロスの拳により意識を刈り取られていた。
「……次!」
握りこぶしを作り、左手でロングソードを構えクロスはそう叫ぶ。
それを見て……予想外な事態であるにもかかわらずメルクリウスはにぃっと笑みを浮かべた。
クロスはまごう事なき凡夫である。
乏しい才能は全て開花しきり、伸びしろなどもうミリも残っていない。
メインの剣技もそこそこで、それ以外の才能も並程度。
つまり、弱いのだ。
そんな事はクロス自身がずっと昔から、冒険に出た最初の時から、人外の実力者を目の当たりにしてたのだから理解していない訳がない。
だからこそ、クロスという存在もまた魔物達にとって不条理の塊である。
この場にいる皆がクロスを忘れていた。
クロス・ヴィッシュは確かに、勇者の仲間であったと。
才能などない。
伸びしろなど冒険の序盤に伸びきりなくなった。
どれほど鍛えても差は広がる一方で、足手まといでしかない。
その状態でも、クロスは魔王城に辿り着いた唯一の勇者の仲間の一人である。
強者蔓延る世界で、助けられながらも生き延び続け、そして戦い続けた。
勇者達全員に祝福され、指導を受け、鍛えられた。
遥かな強敵である魔物と戦い続けた。
成長なしで、生き延び続けた。
周りが化物しかいない中で、クロスは見知らぬ誰かを守る為に戦い、そして勝利し続けて来たのだ。
だからこそ、魔物達は恐れた。
これこそが人間の極地。
これこそが凡人の到達点。
魔物にとっての殺戮者。
クロスという存在は、紛れもなく勇者の仲間であった。
「……想定外だったな。お前ら。全員で行け」
後ろに待機する魔物達にメルクリスはご機嫌な笑みを浮かべそう命じた。
「へ? たかが生まれたての魔物一匹に、我ら十二人で行くんですかい?」
オーガの言葉にメルクリウスは不機嫌な表情となった。
「お前らさっきのを見てないのか?」
「え、ええ。まあ元人間にしちゃ力が強いなと思いましたけど……」
「……戦争に参加していない弊害が出たか。まあ良い。全員で殺すつもりで行け。これは命令だ」
メルクリウスの鋭い声に全員が背筋を伸ばして敬礼で返し、十二人全員が慌ててクロスの元に走った。
「ま、どうせ足りないと思うがな」
そう言葉にし、メルクリウスは近場にいる他の魔物に声を掛ける為その場を離れた。
ありがとうございました。




