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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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学園カプリチオ・フィナーレ(後編)


 今回クロス達を巻き込んだこの騒動は複数の毛玉が絡み合ったかの様に複雑な事になっているが、本来もっと単純な物だった。


 最初の原因は、泉守ミューの未来予知。

 ミューの瞳はアウラフィール魔王国滅亡の危機を視て、そしてそれを調べる事となった。

 本来のイディスの役割をこなす為に。

 その滅亡において重要なキーとなるが、クロス・ネクロニアだった。


 ただし、クロスが重要となるのは両方の意味で。

 魔物の世界を護るという意味でも、滅ぶという意味でも、クロスが事態に強くかかわって来る。

 クロスが魔王国の未来を決めると言っても決して過言ではなかった。


 故に、ミューは調べる必要があった。

 クロスがこの国において、この世界において必要な存在かどうか。

 人間の世界よりも、この世界を護る事を重視してくれるかどうかを。


 それを調べるのがこの騒動の大本だったはずなのだが……既にこの騒動は、ミューの手をあらゆる意味で離れている。

 ミューの騒動を利用した存在の所為で。

 しかも厄介な事に……今回の騒動を利用する為に騒動をかき回したその存在は、一体だけではなく、二体。

 それぞれが別の思惑で好き放題騒動を捻じ曲げた。


 片方の名前はユイ・アラヤ。

 先代泉守である。

 ユイはミューの予知を利用し、ミューの予知の外に事態を持っていく為、クロスという存在を消しレイアという架空の存在を作り上げた。

 その所為でミューの予知の未来とは大きなずれが生じている。

 と言っても、ユイはまだマシな方である。

 騒動の終着点をいじっていないのだから。

 クロスにも語っていない別の目的があり、その目的の為クロスを利用はしたが、このアシューニヤ女学園でのこの騒動を企画した訳でもなければ、こんな戦争紛いの事態を引き起こしたかった訳でもない。


 そちらは、別。

 もう一体……この騒動を利用し己の理想を遂げようとした存在がいた。

 その名前は、ロキ。


 今回の騒動で黒幕は誰かと語れば、間違いなく彼女となる。


 レイアの事はロキは無関係だが……それ以外は全て、ロキの思う様に、この事態は進んでいた。


『ああ……やはりあのお方だ! 誰も死んでいない! 実行犯の馬鹿なガキも幸運な事に被害者として扱い、殺さなかった! そう、それでこそ賢者、それでこそ真の勇者! 我々魔物を導くべき……真の指導者様!』

 ロキは遠視にてその光景を、唐突に現われ一瞬で事態を収めてみせたクロスを見ながら息を荒げる。

 頬を紅潮させ、不気味な笑みを浮かべ、涎を流し……足をガクガクさせ……その様子は、もはや発情と言っても良い。

 それほどに、彼女は興奮していた。


 ロキの、理想がそこにあった。


 どうして人間如きに神が付き、魔物に神はいないのか。

 それは、魔物はその人間如きよりも下だから。

 考えが異なっており、人間の方が魔物よりも高尚な存在なのだ。

 だからこそ、人間の中でも本当に高潔な存在に、あらゆる選択を間違えない存在に、魔物を導いてもらわなければならない。


 あの虹の賢者、真の勇者クロスの様なお方に。


 そう、ロキは妄信していた。

 実際クロスは間違いだらけであり上に立つ器でもなければ才能もなく……また、魔物と人間を優劣で分けるなら、魔物が優で人間が劣となる。

 だが、そんな物ロキは見ない。


 自分の信じたい物しか見えないからこそ、妄信と呼ぶ。

 ロキはクロスを、神と同等の存在であると決めつけていた。


 だからこその、コレ。

 クロスを神へと祭り上げる為の下準備、その道筋を自ら作る事。


 この計画を企画し、実行している時は……何と甘美な時間であっただろうか。

 そして、それももう最終段階。

 あと一つ……後たった一つの条件を満たしさえすれば……すべての歯車が回りだし、世界は一つとなる。


 欺瞞の王を廃し、元老機関なんていう足の引っ張り合い共を蹴落とし、真の魔王が、クロスという名の王が生まれる。

 ピュアブラッドに支えられ、欺瞞の魔王の土台を全て受け継いだ、決して間違えない、賢者の名を持つ王、勇者であり魔王であるという存在が。


 その時まで……ロキの望みが叶うその瞬間まで……後、一手。

 その一手を整える為、一世一代、最期の舞台を、ロキは開幕した。





 黒い球体は巨大な靄となり、空中を移動する。

 そしてその靄はそのまま、一体の女性の下に移動し吸い込まれる様にして消えていった――。


 唐突に現われたその女性は足音を響かせ、徐々に近づいて来る。

 紫色のボリュームある髪が特徴的な、黒いドレスの美女。


 妖艶でかつ成熟した大人の色香漂うそれは、クロスにとって見事な程好みの外見であると言える。

 ただし、それを全て台無しにする程、歪でかつ邪悪な気配を纏っているが。


「うわ」

 エリーはぽつりとそう呟いた。

「どうしたエリー。知ってるのか?」

「いえ、知りません。ただ……」

「ただ?」

「あの方、さっきの外宇宙的良くわからない靄全部体内に受け入れ吸収してるのに、けろっとしてます。普通なら良くて発狂最悪壊れるのに」

「……うわ」

 その意味に気づいた時、クロスもエリーと同じような声が出た。


 要するに……はなから壊れている。

 あの靄程度ではどうにもならない位、最初から。


「ごきげんよう。でしたっけ挨拶は。それとアラヤユイ。貴女はこれからどう動くの? もし余計な事を言う様なら――」

 ギラリと瞳を輝かせ殺意を顕わにするその女性に、ユイはそっと首を横に振った。


「いえ。残念な事に……私は部外者ですから。ですので、ご安心を、ロキ様」

「そう。役者でないのならそれで良いわ。貴女の様な優秀な方を殺すのは忍びなかったので」

 そう言って、ロキは殺意を隠し再びクロスの方を見つめた。


「ロキ、というのか。あんた……一体どうしてこんな事をしたんだ?」

 クロスの言葉に一瞬だけ目を輝かせた後、ロキはニヤリとした笑みを浮かべた。

「どうしてとは?」

「大勢の学生が怪我をした。悲鳴が響いた。まるで戦場の様になった。ただの学生が、少女が……こんな物を見た。見る必要のない苦しみを経験した。どうしてこんな事をした? 何が理由だ?」

「理由……ですか。そうですねぇ……私はただ、あの子達に協力しただけですわ。自分が不幸になったのにキラキラ輝く学園生活を送る皆が羨ましいっていう、その悲しい願いをね」

「だったら! だったらその子達を楽しませれば良いだろうが! 望みを叶えるのならそっちの方が皆が幸せになる!」

「あら。それはそうね。でも……それでは私が面白くありませんもの。本当、楽しかったですわ。自分の憎しみや妬みでドンドン醜くなり、自暴自棄になっていくあの愚かな子達を見た時は。足を引っ張ったって自分が醜くなるだけですのにねぇ」

「――もう良い。エリー、行くぞ」

 そうクロスは言葉にし、先程と違う瞳をロキに向ける。

 その瞳は、殺意を込めた瞳。


 殺さないといけない邪悪だと判断した決断の眼。

 そして、ロキの望んだ目。

 全て、全て全て……ロキの企み通りに、事が運んでいた。




 ロキの体全身から黒い靄が生み出され、そしてそれは腕の形を取る。

 さきほどのヨロイよりもなお邪悪な雰囲気を醸し出し、尚大きな剛腕。

 空中に浮かぶ、巨大な腕だけの塊。

 それが、驚く程の速度で襲い掛かって来る。


 ストレートパンチを放つ様な動作のそれを、クロスとエリーはそれを左右に避け、躱す。

 まっすぐ伸びきった腕はそのままクロスを巻き込まんと横薙ぎに動き、クロスはジャンプして腕を足場にして蹴りロキに接近した。


 巨腕は一瞬で靄に戻り、そして数百という剣に変わって背面からクロスに襲い掛かる。

 一本一本がこの世ならざる邪悪の気配に満ちており、それはもはや浸食する毒に等しい。

 そんな刃が襲ってきているのに、クロスは振り向きもせずまっすぐロキに突き進む。


 避ける必要などクロスにはない。

 命じる必要さえない。

 何故なら、盾とはそういう物だから。


 クロスに襲い掛かる無数の剣に向かい、エリーは盾を構え突撃しそのまま槍を振るい、全てを払いのける。

 絶対の防衛者、そしてこれこそが、クロスとエリーの本来の関係。


 常にクロスを守り続ける。

 それこそが、エリーの誇りだった。


「クロスさんすいません、ぶっちゃけ次この数は無理です!」

 エリーは黄金の槍と盾が黒く変色するほど汚染されたのを確認し、ハイロウを解除する。

 エリーはハイロウを武器化する事はまだ出来ず、そして男性であるクロスはハイロウを操作出来ない。

 つまり、エリーは無手で戦う必要があった。


「わかった。無理するな!」

 クロスはそう答えロキに接敵する。

 ロキはそれを待っていたかのように、にこりと優しく微笑んだ。

「ダンスのお相手をお願いしますわ」

 歓喜の笑みに包まれながらのロキの言葉にクロスは舌打ちをした。

「俺の一番苦手なタイプだなあんた」

「おや、どういう部分がでしょうか?」

「策略とか暗躍とか、そういうのが大好きな所がだよ」

「それなら私だけでなくあちらのアラヤユイやアウラフィールも、同様では?」

「あっちのアレは苦手だがアウラは別に。あれは手段こそそうだが根の部分はわかりやすいからな」

「アウラフィールを分かりやすいと称するのなんて……貴方位ですよ賢者クロス様」

「その呼び名止めろ。それと……ダンスは良いのか?」

「ああ、そうでしたわね。つい……では一曲、お相手願いますわ」

 ロキはその言葉と同時に黒い靄を剣に変え、構えた。


 ロキの剣を振るその動作は、限りなく軽い。

 剣に重さを感じてないというよりも、黒い靄である為重量自体意味をなしていないのだろう。

 だがその挙動、動作とは裏腹に、剣は金属の重みがあり、重量を軸にして正しく振り抜かれている。


 振ると軽いのに、当たると重い。

 そんな、あり得ない良いとこどり。

 技巧派剣士の理想とも言える剣だった。


 それをロキは、言葉通り踊る様に振るう。

 ステップを舞い、回転し、なめらかで流れる様な動きを見せ……。

 その動きは美しく、それでいて効率的。

 確かに、ダンスを踊っているという言葉は間違いではない様だ。


 だが、それだけ。

 厄介な剣に技巧派の剣士。

 その程度、クロスは今まで数千と相手にしてきた。

 その程度では、クロスは苦戦さえしない。


 むしろ黒い靄の万能性を利用して攻撃された方がよほど厄介な位。


 クロスは軽々とその剣を避け、弾き、受け流す。

 まるで相手にされていない児戯の様に。


「と言っても……こっちもなぁ……」

 そう呟き、クロスは己の相棒の短剣を、『アタラクシア・ 』を見た。


 ひょいと、軽い軌道で振るい、クロスは刀身を鞭の様に伸ばし攻撃する。

 当たれば殺してしまうだろうという挙動の、首を狙った攻撃。

 だが、その攻撃は黒い靄に阻まれ弾かれた。


「私の柔肌を汚すには少々力不足過ぎますわね。どうぞ直接、牙をお立てください」

 ロキは己の首を見せつけ、妖艶に微笑んだ。


 本当……中身以外は好みドンピシャすぎてやべぇわ。


 そんな馬鹿な事を考えながら、クロスは現在の問題点を考察する。


 現在の問題点は、二つ。

 一つは武器、相棒の射程。

 変形させての遠隔攻撃が効かないとなると、その射程も威力も短剣のそれでしかない。

 つまり、ロキの持つ剣の間合いをすり抜けて殺しきるだけの威力の高い攻撃を叩きこまなけばならないという事。

 出来ないなんて言葉を吐く程クロスの経験は薄くないが、それが容易でない事だけは確かな事だった。


 そして、もう一点の問題点……。

 これもまた武器についてなのだが……久しぶりだからか……相棒が暴れまわっている。

 今までほとんど自分の意思を伝えて来ずどうやって対話していこうか悩んでいた武器が、ここに来て叫び続けていた。

『喰わせろ』

 そんな物騒な声を。

 意味がわからないし伝わらないが、そんな意思をクロスの脳内に延々と叩きこんで来る。

 この今の感覚に一番近いのは、軽い二日酔いのそれ。

 つまり、地味にしんどかった。


「随分大人しいですわねぇ。もしやダンスのお相手が私ではご不足でした?」

 しょんぼりした顔でそんな事をロキは言葉にする。

 好みの外見でそういう事をするのを、クロスは本気で辞めて欲しいと思った。

「別に。油断したら殺してやろうと狙っているだけだ」

「あら恐ろしい。食べられちゃいそう」

 楽しそうに、本当に嬉しそうに、それでいてどこか艶っぽく、ロキはそう言葉にした。

 クロスが顔を顰めるのを、楽しんでいるかの様に。


 ダンスステップをこまめに刻み、楽し気に剣を振るロキ。

 そんな動きなのだから、まるで戦意や殺意が見えない。

 それらを完全に消して戦う事が出来ているという風に、クロスは受け取った。


 一定の実力者でかつ曲者と呼ばれる相手、クロスの様な正直な戦法を好むタイプにはあまり馴染みのない技術。

 メリーに一通り教わったクロスも同様の事が出来ない訳ではないのだが……そういった戦法をクロスは好まない。

 クロスにとって剣を振るという事は、自分の理想であるクロードを真似るという行為に等しい。

 そのつもりはなく、既にクロードとは別の剣ではあるのだが、どうしてもその根本、原風景は、あの憧れにある。


 目を閉じるだけで、すぐにその剣がイメージできる位には、脳内に焼き付いていた。

『だから、早く喰いなさいよ! 私が嫉妬で狂う前に!』

 そんな声が、唐突に脳内に叩き込まれた。


 無機質でかつ意味だけを叩きこまれるいつもの声ではなく、それは正しく声。

 どこかあまったるい、少女らしいあどけなさの残る、そんな声……。

「女だったんだな、相棒。……この体になってから女の子との縁増えたなぁ」

 そう呟き、短剣を見る。

 その声を聞く事は聞こえないが、少しだけ、通じ合えた様な気がした。


 色々な縁が手助けしてくれて、短剣との間に絆を結んでくれた。

 そんな風に、クロスは思えた。


「さて……それじゃあ……たらふく喰って貰おうか……ロキ、だったな。卑怯とか言うなよ?」

「貴方様の行う事に卑怯な事など。どうか思う存分、その刃をお振るい下さい」

「ああ。そうする……よっ!」

 クロスは全力で後方に下がり、距離を取った。


「距離を取るというのはこちらが有利になるのですが……どうするつもりでしょうかね!?」

 叫びながら、ロキはさきほどと同様黒い靄を全身から噴き出し、固定化させ巨大な腕を創り出し……そのまま、クロスに襲い掛かった。


 超巨大質量を一点に纏めた、シンプルな攻撃。

 だからこそ、それが強力である事はヨロイという兵器を見ればわかりやすい。


 中距離から一点突破の超火力。

 その拳を、クロスは避けない。


 長い事、体をレイアに預けていたからか、クロスは忘れていた。

 人間ではなく、魔物としての戦い方、この体の長所。

 体に魔力を循環させるという事を。


 クロスは呼吸を整え、心を燃やす。

 芯は熱く、だけど冷静に。

 燃え狂わん程怒り、同時に凍り付くほど冷ややかに。

 その矛盾した状態こそが、魔法を扱うのに最も適した状態。


 魔法を扱う事が出来ないクロスだが、それでも全身に魔力が漲る状態ではメリットが非常に大きい。

 全身強化に治癒力上昇、研ぎ澄まされた集中力と思考。

 ついでに万能感によるメンタル強化。

 魔法が使えないクロスが魔法使いを名乗る事を許されているのも、この状態に入る事が出来るからに他ならない。


 その万能感溢れるこの状態でクロスは襲ってくる巨腕を見つめ――そして……一点。

 支点を定めそこを短剣で突いた。

 極大まで増幅した魔力振動を剣に乗せて。


「ふふ……その程度ではこの落とし子を止める事は叶いませんよ?」

 そう言葉にする通り、巨腕は短剣にぶつかったまま動きを止めはしたものの、不定形に戻り、クロスの短剣を浸食していく。


 うごうごとスライムの様に剣に纏いつき、クロスの腕に向かい進む。

 だが……何時まで経っても、スライムはクロスの腕に到達する事はなかった。


「さてクロス様、あなた様は一体どうやってこの状況を打破しますか?」

「いや……逆に聞くけどさ、良いのか? このまま放置して?」

「はい?」

「悪いがあんたのそれ……俺の相棒が喰っちまってるぞ?」

「は?」

 そう言われ、ようやくロキも気が付く。

 クロスに襲い掛かっているはずの黒い塊は短剣の刃より先に進む事はなく、そして徐々にその体積を減らしていると。


「……な!? ちょっと……こんな物喰らっては……」

「え? そっち? 自分でもその黒いのでもなく俺の短剣の心配するの?」

「あなたは勇者ですよ! こんな物が貴方に敵以外でかかわる事なんて……」

 そう叫び、ロキは速やかに黒い塊を自分の体の中に戻した。

「良くわからん心配ありがとう。だが、その心配はいらんぞ」

 クロスは相棒である短剣に目を向ける。

 刃が黒く輝きこの世ならざる邪悪の気配を放っていた。


 おそらく、このまま相手の武器の特性を使い戦う事も出来るだろう。

 何となくだが、理解出来た。

 要するに、これはそういう武器であると。


 敵の特性、能力を喰らい取り込む。


 それが、『アタラクシア・ 』と呼ばれるこの武器の特性。

 だが、それは所詮特性に過ぎず……この武器の、真価ではない。


「……良くわからんが、喰わせたぞ。これで良いのか?」

 そう話しかけると、脳内に言葉が返って来る。

 さっきの女の子の声ではなく、意味だけ伝わる様な無機質な声。

 その声で、消化して良いかと尋ねられた。


 今まで使っていた液体金属の特性も、今回取り込んだ黒い靄の特性も、全てを消化し使えなくなると。


「はは……。別に良いぞ。相棒だろ。好きにしてくれ」

 その言葉を聞き、短剣は一瞬だけ光り輝く。


 ごっくん。


 そのまま、そんな音が響く。

 強大な何かが、何かを飲み込み食いつくした、そんな音が。


 そしてクロスの頭に知識が流れ込んで来る。

『トレイター』

 それが、この剣の名。

 種族ではなく、本当の個体名。


 誰の物でもない短剣(アタラクシア)は、ようやくクロスだけの剣(トレイター)となった。


 その姿を見て、ロキは高笑いを上げる。

 短剣が光り輝き、その後に現われたその剣の姿、それは……。

「あは……はは……あははははは! そう、そうですよね! 勇者と言えばそうでなければ! そう、正しき者が持つ、断罪の剣! ああ、やはり貴方は間違えない。そう、邪悪を打ち滅ぼす者は、何時だってそうでなくてはならないのですから!」

 そう、その長剣を持つクロスを見て、叫んだ。


 その外見を一言で表せば、聖剣。


 直刃両刃で細身の刀身。

 細工がそこそこ施され、能力的にも魔力的にも外見的にも優れているとされる、本当の意味での宝剣。


 勇者が持つと言われる様、そんな剣。

 力強く、美しく、それでいて繊細。

 実質的だからこそ美しい、王道の剣。


 そんな、外見。

 まあ、王道なのは外見だけなのだが……。


 少しだけ、クロスは理解出来た。

 名前を知った事で、この剣の特性を。


 この剣の特性は『暴食』。

 つまりこの子は、食い意地が張っているという事だ。

「……俺の周りにいるのはこういう子ばっかなのかねぇ」

 少し後ろで援護に回る為見に徹しているエリーをちらっと見て、クロスはそう呟いた。


「クロスさーん。今何か失礼な事考えませんでしたー?」

 変に鋭いエリーの声にクロスは苦笑いを浮かべ、片手を振り否定しておいた。


「さて……それじゃあ、そろそろ終わらせようか」

 そう言葉にし、クロスはロキの方を見つめた。

「ええ。そうですね。是非そうしてください。それでこそ……」

 ロキは、ぶるっと体を歓喜で震わせ、そう呟いた。




 剣を構え、クロスが突撃してくる。 

 無形の落とし子を腕の形に変え突撃させても軽々と避け、霧状にして汚染させようとすればお供のエルダーサインにて防がれ……。

 そしてロキのすぐ傍に来て、クロスは舞踏を踊る。

 ロキに対抗する様に。


 だが、先程の様な状況にはならない。

 そりゃあそうだ。

 先程までクロスは短剣で剣を振るロキと向き合い、その上でクロスの方が有利な位であった。

 

 それなのに真っ当でかつ強力な剣を持ち戦うクロスに、ロキが何をしても敵う訳がない。


 全力で抵抗し、全力で抗い、全力でクロスを殺しにかかり――その果てに、無惨に殺されるだろう。

 このままでは、そうなってしまう。

 そして、それで良かった。 

 それこそが、ロキの望みだった。


 ロキが導き出したクロスが王となる道のり。

 その道の最後のピースは……自身の死。

 王の足を引っ張る事に長けた面倒なクルスト元老機関、その議員の一体である重役の自分の死によって、全てが解き放たれる。


 ロキが死んだ瞬間、クロスが王となる道が開かれ、そして濁流の様にその流れは進み続ける。

 クロスの評価が上がり、アウラの名声が堕ちる事をきっかけとして。


 アウラは自身の影響力を残す為に、国を国として守る為にクロスを王とせざるを得なくなり、場合によればアウラがクロスの姫となるだろう。

 国を守る為なら何でもするのが、アウラフィールという存在だから。

 ついでに元老機関は自分の死後全て暴露する事により、御取り潰しが確定。


 クロスが王となる障害は、全てなくなる。


 その時は……もうすぐ傍まで来ていた。

 ロキの剣が、綺麗に折られる。

 剣の打ち合いで一方的に相手の剣をへし折るなんてのはよほどの力量差がなければ難しいのだが、そのよほどの力量差が発生している。

 クロスが剣を持つという事は、そういう事だった。

 そして、ロキが落とし子を使い次の剣を作る、時間はもうない。


 既にクロスの剣はロキの首を狩り落とす軌道を描いており、あらゆる防衛手段も無意味。

 落とし子の防御すら、それは容易く貫くだろう。


 そして、クロスが手加減をするという可能性もない。

 その為だけに、多くの少女を巻き込み怪我をさせた。

 己という邪悪を演出した。

 その邪悪を殺す事に、手加減や遠慮なんてしてもらったら困る。

 自分を邪悪として屠ってもらわねば、意味がない。


 クロスが王となる最初の一歩を、自分の命で輝かせる。

 ここ数か月、ロキはその事だけを願い生きて来た。

 今この瞬間、殺される為だけに、ここまで進んで来た。


 殺したいと願う、クロス。

 殺されたいと願う、ロキ。

 両者の願いは、見事に一致してしまっていた。


 そしてクロスの剣はロキの首を――。




 明らかに、その剣には殺意が籠っていた。

 手加減でも油断でもなく、本気で、殺すつもりで放たれていた。

 だから、首と胴が切断されるはず――。


 だが……ロキの首は未だ元の位置にあった。


 きょとんとする、ロキ。

 ロキだけじゃない。

 クロスもまた、そんなロキと同じ様な顔だった。


 生き延びてしまった。

 失敗した。

 それに気づいた時、ロキは激昂した。

「何故! 何故私を生かしたのですか!? この、全ての企みは私の手による物。多くの少女を苦しめ、そして今死者が出てもおかしくない程の怪我をさせた。私の我欲の為に! その私を、何故斬らない!」

 クロスは頬をぽりぽりと掻き困った顔をする。


 クロスも、殺すつもりだった。

 ロキの言う通りあらゆる意味で生かしてはならない相手だと理解しているからこそ、クロスは殺意に身を委ねた。

 殺すべきタイミングで情けを掛ける程、クロスの勇者時代は温い物ではなかった。


 だけど……殺せなかった。


「……腕を、引かれたんだ」

 そう、クロスは呟く。


 それは、きっとただの幻覚だった。

 だが、視えてしまったのだ。


 レイアが、必死にクロスの腕を引っ張るその姿を。


「……は? それは……」

 茫然とするロキを見て、クロスは少し、納得した様な顔になった。

「……あー。そうか……俺、あいつに助けられたのか」

 そう言葉にし、クロスはいつの間にか腰に携えられていた鞘に、己の相棒を収めた。



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[一言] アタラクシアちゃんの本名がまさか公子の持つ月色の剣とはびっくりw
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