思惑重なる Last dance(後編の3)
学園内は比較的静かになり、治療担当の生徒や教師、事務員が駆け回る中、レイはエリーの下に戻った。
エリーならきっと避難キャンプを作り次の対応準備をしてくれていると信じて。
そして、それは予想通り……いや、レイの予想以上となっていた。
周囲に見えるテント群とおびただしい数の治癒班。
そして索敵、警戒する少女達は、ユグドラシルで見た顔ばかり。
学園として一番防衛能力が高い場所はここだと宣言出来る程度には、エリーは仕事を果たしてくれたらしい。
そんなエリーにレイは言わずとも察してくれたお礼と次の行動をどうするか確認に向かう――その途中、誰よりも早くレイの元に駆け寄った少女がいた。
レイはその少女にニコリと微笑みかけた。
「ごきげんようストーム様。お疲れ様です」
ストームは疲れた顔でそっと手を挙げ返事をした。
「ごきげんよう。レイ、悪いニュースと良いニュースがある。どっちから聞きたい?」
「……話が分かりやすい方からでお願いしますわ」
「じゃあ良いニュースからだ。学園内で暴れまわる馬鹿共は皆無事鎮圧した。そんで今のとこ死者は零だ。敵も味方も含めてな」
「それは素晴らしいニュースですわね」
「それで悪い方だが……」
「まあ……予想は付きます。この張り詰めた空気と厳重過ぎる防衛網。そういう事ですね?」
ストームは頷いた。
「ああ。……どうやら、本隊がいるらしい」
ピリピリした空気の中、ストームはそう呟いた。
伏兵で混乱させたところに本隊を突入させる。
使い古されたとさえ言える程の戦法だが、その効果は現在当学園が身をもって理解していた。
「それで、その本隊とやらはどちらに?」
「索敵班が目視した。学園外からこっちに向かって来ている。何かやばい空気を纏いながらな。しかも……目的の場所は俺達がいる、ここらしい」
ストームはそう言いながら地面を指差した。
「ここに……ですか? 校舎や倉庫ではなく、このステージに」
「おう。偵察に行ったラーネイルの情報だと正門とか校舎とかじゃなくて、まっすぐこの場所に向かっている……らしい」
「理由は?」
ストームは首を横に振った。
「では戦力、敵……と呼びたくないですね。彼女達の数は?」
「さっきまでと同じ様な容姿の奴らばっかで、数は千は下らない。二、三千位かそれを越えているそうだ」
「ふむ……後は……先程おっしゃったやばい空気とやらは、一体どの様なものですか?」
「それに関しては俺よりも説明が上手いあっちの二体に聞いてくれ。俺も良くわからん。最後に、接敵までおよそ十数分。早めの準備を頼むわ。お前なら前線だろうとそうでなかろうと頼りになるからな」
「了解しました。……ストーム様はその言葉遣いの方が自然体ですわね。とても魅力的です」
「普段だと酷い形相で睨まれ怒られるけどな」
ストームは疲れた顔で微笑んだ後レイの背中をとんと叩き、学園から離れ前線らしき場所に向かって行った。
「それで……説明に適した二体というのが……」
レイはこちらの方を見ているエリーとアンジェの方に目を向けた。
「そうですね……悪い気持ち、陰気……と呼べば良いでしょうか。暗く悲しく重たい感情が、あり得ない位に渦巻いています」
エリーはそう言葉にした。
「それは、エリーさんの魔力感知で判明した情報ですか?」
「はい。私とアンジェさん、精霊二体揃って同様の意見となりました」
エリーはちらっとアンジェの方を見た。
「ずーんとなって、そんでどんよりーって感じ。傍によるだけでいーってなる」
レイはくすりと微笑んだ。
「何となく察する事が出来るのはアンジェさんの説明が上手だからでしょうね。それで、そのずーんという状態とやらは普通に落ち込んだ時とどう違うのですか?」
「例え世界に絶望し全てを呪っていたとしても、こんな事になりません。むしろ、これは逆ですね」
「逆?」
「落ち込んだからこんな空気が発せられたというわけではなく、その暗く落ち込む様な気が周囲に立ち込めたから暗い気分になると言いますか……。そういう、自分ではなく他者に影響を与える物です」
「ついでに言うと、私達の魔力感知って感情を把握できる程便利じゃないよ。つまり……このずーんってなる奴、感情じゃなくて魔法とか魔力とかそういう類の何か」
エリーの説明の後、アンジェはそう注釈を足した。
「……なるほど。納得しました」
「納得、ですか?」
「ええ。あんな普通の子がこの学園に侵入し暴れるなんて出来る訳ないと思っていましたから。大規模の洗脳……いえ、自我は見えてますから思想誘導と呼ぶ方が近いでしょう」
そう、レイは現状を推測した。
この学園や周囲の学園に恨みを持つ子達を集め、その子達の感情を操作し操り人形にする。
見る限り皆自我が曖昧で、まるで発狂している様で、そして行動に一切躊躇がない。
普通、ただの少女が武器を持っても、まともに振るう事など出来る訳がない。
それは武器を扱うという意味だけではない。
他者を害する覚悟を持つ事、他者を殺す覚悟を持つという事は、意外と難しい。
例え恨みつらみがあったとしても、直接手を汚す事を決意する事はそう簡単な事ではない。
だが、襲って来た少女達は皆躊躇や躊躇いなどなく、殺意なき害意で容易く刃を振るっていた。
たぶんだが、夢の中にいる位のつもりなのだろう。
「……まあ、一個だけ良い事はありました」
「お姉様。その良い事とは?」
「――いえ、何でもありません」
そう言葉にし、レイはにこりと微笑んだ。
言える訳がない。
このやり口はユイ・アラヤの物ではない。
だから、母親を殺さずに済みそうな事が良かった事などと、エリーにだけは、レイは言えなかった。
アシューニヤ女学園の外に出て、その本隊と称される相手をレイは目にする。
それを見て、エリーやアンジェが言っていたおかしな空気の本当の意味が理解出来た。
陰鬱とした気とかずーんとかそういうニュアンスを使っていたが……実際目の当たりにしたらそれも良くわかる。
数千という少女達全員からそんなニュアンスを直感的に覚える黒い靄の様な物があふれ出ていた。
イメージとか印象とかオーラとかではなく、物理的に目視出来る類の物として。
そしてその靄は少女達の上空に集まり、どんよりとして今にも振り出しそうな雨雲の様になっている。
雨雲と異なり少女達全員を取り囲む位の大きさで、高さ五メートル位の位置に漂っているが。
「それで、エリーさん。本当に良かったんですか?」
そう、指揮官であったはずのエリーにレイは尋ねる。
「何がです?」
「前線に出た事です。他に指揮取れる様な方いますか?」
「いませんねぇ」
「貴女はあちらに居た方が間違いなく、少女達の動き良くなるでしょう」
「でしょうねぇ」
「それでも、前に出るつもりです?」
「逆に聞きますがお姉様、私が指揮官となって少女達を指揮するのと、お姉様と二体だけで前線で戦うの、どっちの方が被害減らせます?」
「そう言われると……何も言えないわね」
レイは苦笑して言葉を飲み込んだ。
エリーは指揮官として非常に優れている。
だがそれでも、扱うのがアシューニヤ女学園の少女達である以上、どうしても限界が出る。
少女達の能力を十倍に発揮する自信があるが、その十倍より圧倒的に、自分で戦う方が優秀だとエリーは知っている。
特に、魔力を使用して戦えるのなら。
その上で、隣にレイがいるのだ。
自分と最も相性の良い存在がいるのだ。
その方が、絶対強い。
そうに決まっている。
そう、エリーは思っていた。
「それで、作戦はどうするのですかエリーさん」
「作戦も何も……ドーンとぶつかるしか……」
「えぇ……。エリーさん仮にも元軍の隊長さんでしょう」
「そうは言いましてもお姉様と一緒にぶん殴って戦力削るしか今出来る事はありません。……あの陰気が何なのかすらまだわかっていませんし」
「……臨機応変に行くしかないという事ですね」
「残念ながらあれの正体がわかるまでは作戦らしいものは……。後、単純に数が多すぎて」
「わかりました。とりあえず……行きましょうか」
レイの呟きにエリーは頷き、二体は数千という軍勢の方にゆっくりと歩いて行った。
周囲に味方の影はない。
ここが最も敵の密集する場所で、そしてここが最も危険な場所。
学園と敵までの直線距離、要するに前線。
だからこそ、ストーム含め最前線で戦う少女達すらもここを避けるよう配置させた。
はっきり言って、二体だけの方が戦いやすい。
というよりも、レイとエリーは二体だけで十分何とかなるとエリーは考えた。
そして、レイ、エリーと数千の少女達の距離が数メートルまで縮まり、戦闘が始まった。
それは、圧倒的と呼ぶ他なかった。
大軍が……ではない。
その大軍の前衛をたった二体で務める、レイとエリーという二体だけの軍勢がである。
他の部隊全てが敵部隊側面、後方面にさっさと回ってしまう位には、圧倒的だった。
銀の鎧を身に纏い、背中に翼を携え戦うエリー。
その美しい姿は、はるか彼方からも目に付いた。
他にも数体、飛行出来る味方軍勢はいるのだが、目立つのはエリーだけ。
銀に輝くそれは、まるで星の様。
その足元には、星が帰るべき場所、レイの姿。
空と地上という異なる戦場での密なる連携。
レイとエリーは武器どころかハイロウすら使わず、敵である少女達を極力無傷で鎮圧していく。
敵である少女達の怪我を気遣いながらも、たった二人だけで敵侵略を防ぎ完全に敵の足を止める二体。
その姿は仲間達から見て何よりも頼もしく、そしてそれ以上に、美しかった。
その動きが、闘い方が、在り方が、存在が。
戦場における二つ華。
それは間違いなく、この世界の希望の星であった。
そんな風に憧れ、希望を向けられる二体だったのだが……当の彼女達二体は別の事を考えていた。
しかも、二体はまるでシンクロしたかのように同じ事を――
……こんなものだったか、この程度だったか。
それが、レイとエリーの、今の感想だった。
間違いなく、彼女達の連携は高レベルにまとまっている。
戦略的なだけでなく、互いを理解しあっているという意味でも、他全ての契約者が嫉妬を覚え焦がれる位に。
だが……。
とにかく、違和感が酷い。
何か、決定的な物が違うという違和感が。
ユグドラシルの戦いやその他模擬戦では、実戦ではなく格下でしかない相手とではそこまで露見しなかった。
だが、相手を傷つけない様にしつつ数千という大軍と戦う実戦ではそれが顕著に表れる。
もっと出来たはず。
もっと強かったはず。
私達は、もっと心を通わせていたはず。
もっと、お互いをわかりあっていたはず。
わからない。
エリーには何が違うのかわからない。
レイには、何が足りていないのかわからない。
だが、その明確な違いが、おかしさが、違和感として二体の心にのしかかっていた。
お互いを思いあっているからこそ苦しみ足掻き藻掻いてはいる二体だが、それでもその成果は正しく出ており、数千という大軍勢の数は恐ろしい程の速度で削れて行く。
上手く連携を取れていないとお互い思ってはいる。
それでも、レイとエリーそれぞれ秒で二、三体位は気絶させ無力化に成功させているのだから十分過ぎた。
しかも危険な前衛を二体だけに任せているのだから側面、後面の戦力もそこそこ充実させられている。
その結果が、完璧な包囲網。
気絶した少女達を確保し、連れ出しながら相手集団の数を減らし包囲網を狭めていき……さっきまで全く見えなかった仲間の少女達の姿が見えてくる。
レイとエリーのおかげだろう。少女達の表情は真剣ながら、どこか希望に溢れていた。
圧倒的有利な状況であった為、襲撃という緊急時であっても少女達の心は強く保てていた。
丁度そんな時……圧倒的有利で終わりが見えだした時……それは起きた。
「お姉様!」
最初に気づいたのは、魔力の流れを視られるエリー。
そしてその直後、レイもそれを目視した。
相手少女達の体に纏っていた黒い靄。
それが急激に強くなったかと思えばそのまま少女達の体から抜けて行き、黒い靄は空に昇り暗雲の様な固まりに集まる。
代わりに少女達は、皆がその場で地に伏せ動かなくなった。
そしてその暗雲は徐々に圧縮されていき、より深い黒へ変わっていく。
その黒が三メートル位の球体状になると……球体は高速で学園の方に移動していった。
「エリー!」
「はい!」
そのまま二体は黒い球体を追いかける。
黒い靄の向かった場所は、最初の場所。
アンジェ達がライブをしたステージのある、野外会場。
二人が野外会場に移動した時には、球体は目的の場所に到達していた。
そこに倒れている、最初に暴れた少女の頭上に。
意識を失い拘束されたままのその少女の頭上に、黒い球体は移動し少女に黒い靄を向け放った。
「こういう表現が正しいかはどうかはわかりませんが……どうやら、あの子がコアだったらしいですね」
ぶちぶち拘束していたローブを千切り、意識があるのかないのかわからないまま立ち上がる少女を見ながら、エリーはそう呟いた。
ありがとうございました。




