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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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思惑重なる Last dance(後編の2)


 もはや何の式典なのかわからない開幕式が開かれる。

 いや、これは開幕式とさえ呼べないだろう。

 一応エリーとレイのお別れパーティーなのだが……その痕跡は微塵も残されていない。


 野外のステージ。

 そこにいるのは音楽に携わる者だけ。

 アンジェとイラを含む少女達数名だけで、エリー達当事者はもちろん学園長等お偉いさんはおらず挨拶さえない。

 それはもはや開幕式と呼ぶよりもただのコンサートだ。


「みんなー。今日は可愛い私の為に集まってくれてありがとー!」

 そう、大きな声でステージからアンジェは叫んだ。


 広い広い野外の会場に、一体どの位いるのかわからない位少女達が集まりわいわいと楽しそうにする。


 普通なら、アンジェの声も楽器の音も、到底届かせ切る事が出来ない位、この野外ステージは広い。

 だが、アンジェを中心した楽団には音量拡張の魔法が掛けられていた。

 魔法を使う事が禁忌であるこのイディスで、わざわざその為だけに許可を求め、そして先代泉守はその権限を使い許可を出した。


 異常な程面倒な書類を山ほど用意し、その上で多くの魔法的刻印を刻み、未来予知への影響を軽減する。

 そこまでして用意したのが、ただの演奏。


 このパーティーに参加している他学園の少女達は、間違いなくこの舞台の上で叫ぶ金髪の少女が主役だと思うだろう。


 そしてついに……その音が、届けられる。

 ステージだけでなく、学園中に。


 シンバルの様な音と交互に響く打楽器の衝撃。

 そして流れるアップテンポで駆け抜ける様なピアノの音色。

 それに合わせ複数の弦楽器がピアノの音を補調していく。


 その演奏は、はっきり言えば低俗だった。

 少女達が普段聞く、目を閉じて聞きたくなる様な優しく美しい音楽とは明らかに異なっており、激しくけたたましい曲調。

 お嬢様らしからず、通常の学生生活でそんな音を奏でたら確実に教師より説教を喰らう。


 だけど、その音は、自然と縦揺れしたくなる様な、一緒に歌いたくなる様な、そんな音楽だった。


 その音に合わせ、アンジェとイラは歌いだした。


「あはは。本当凄いですねアンジェさん。可愛い自分に似合うからって理由でこの学園でアレをやるなんて……」

 エリーは楽しそうに笑いながらそうレイに話しかける。

 だが、レイからは反応がなかった。

「……お姉様? どうかしました?」

「いえ、初めて……聞きました。こういう音楽……」

「え? そうなんですか? ……あ、そっか。お姉様ユイ様の娘だから高貴な感じでしたもんね。こういう音楽はあれです。伝統に反しているんでお偉いさん受けが悪いんのでこういった高貴とか気品とかいう場所ではやりません。所謂庶民派という奴です」

「そう……なのですね」

「……気に入りました?」

 レイの表情を見て、エリーは微笑みながらそう尋ねる。


 きょとんとしたかと思えば、眼をキラキラと輝かせ演奏をする少女達を見つめるレイ。

 らしくないと言えばらしくないのだが……それでも、その顔の輝きに偽りはなかった。


「ええ。いつもの演奏よりよほど。……私もやってみたいなと、思う位には」

「やっちゃえばいいじゃないですか。お姉様なら何をしても人気出ますよ」

「――そう、ね。それも良いかもしれないわね。出来たら一緒に……」

「お姉様?」

「――いえ、何でもないわ」

 そう言葉にするレイの顔は、諦めと言ってしまったという後悔が滲み出ていた。

「……何と言えば良いかわかりませんが……お姉様……何か若返ったというか……幼くなってますね。ボロが出るってこれです?」

「いえ、純粋に幼くなっているんでしょう。魂に引きずられて」

「はい?」

 レイははっとした顔をした後、顔を顰め首を横に振った。

「どうかしてるわね私。忘れて頂戴」

 そう言葉にし、レイは演奏に集中する。

 声や音だけではなく、その演奏形態そのものが、レイにとって新鮮で、そして心が引かれるものだった。


 カッコいいと、羨ましいと、思ってしまった。


 最初の曲は、アップテンポでのピアノメイン曲。

 ボーカルアンジェメインで、可愛いを追求した音。

 いかにもアンジェらしい曲だった。


 続いての曲はイラをメインに据えた、激しく情熱的な曲。

 まるでぶつかる様に踊るみたいな……そんな曲。


 そして三曲目、明るく楽しげな曲が流れている時、それが起きる。

 悲鳴と叫び声、そして、おなじみでさえある、争いあう気配。

 それを感じ、レイは小さく溜息を吐いた。


「本当……外れて欲しかったわ。こんな予想……」

 そう呟くレイの声は、どこまでも寂しそうだった。




 お嬢様達の贅沢の限りを尽くした学園生活。

 それは、間違いなく恵まれた環境だ。


 それもちょっとやそっとではなく、極限という次元で。

 そう、少女達は恵まれている。

 大多数が金持ちの親で、才能があって。

 例えそうでもない少女達であっても、その学園に入っているという事は何か恵まれた物を持っているという事であり……。


 そんな贅沢を当たり前の様に謳歌する少女達は、間違いなく光である。

 己が光である事に、なんの疑いもない、そんな輝かんばかりの光。

 輝く事が当たり前。

 輝かない事を考えた事さえないだろう。


 だからこそ、鼻に付く。

 光となれなかった少女達からしてみたら、光の中にいる少女達が妬ましくてしょうがなかった。


 今集まっている九つの学園、その全てが恵まれていて……その中でもこのアシューニヤ女学園は特別。

 ここに入る事を目標とし、憧れた少女は少なくない。

 この学園に足を踏み入れようとし、それが叶わなかった者は、決して少なくないのだ。


 少女という年齢を超え女性となってもその憧れはくすぶり続ける。


 彼女達は正しく闇だった。

 光が存在する所為で(病み)となってしまった。

 光を求め、光になれず、光から逃げ心が燻り続ける。


 決して、彼女達は邪悪ではない。

 邪悪ではなかった。

 心に闇を生み、後悔と嫉妬に塗れていただけであり、根は善良な少女だった。

 学園生活を謳歌せんと考え憧れを持ち、その憧れが絶望に変わっただけの、ごく普通の少女であった。


 そうであったのを、穢した者がいる。

 ただ、それだけの話である。


『さあ……貴方様はどちらにいらっしゃるでしょうか。私のメシア、真の勇者クロス様……。これは貴方の為に用意した私からの捧げもの……正しき道でございます。どうかこの道を伝い、正しき解を持ち、そして私の元に辿り着いて下さいまし……ふふ……ふふふ……』

 彼女は独り、陶酔と恍惚の入り交じった顔で長い髪を撫でその時を待ち望んだ。




 ライブを中断させる、絹を裂く様な甲高い少女の悲鳴。

 そこにいたのは短刀を少し伸ばした様な小さな剣を持つ少女。

 ハイロウではない。

 イディスでは基本所持禁止である、普通の武器。

 少女はそれを、あろうことかライブを聞きに来ていた観客の中で抜き放ち振り回した。


「お姉様!?」

「わかってるわ」

 レイは少女達の隙間を縫うように移動し、その凶行の現場に向かう。


「あははははは! 良い気味よ! ちょっと運が良かった位で鼻にかけて……足元になんて目もくれなくて……うっとおしくて腹立たしくて仕方がなかったのよ!?」

 そう叫び、少女は剣を振り回し周囲に炎の魔法を放つ。

 無作為に、だけど正確に、周囲の少女達を攻撃していく少女。


「あはははは――」

 その少女は突如黙り込み、無言のまま地面に倒れ込む。

 その背後にはレイが立っていた。


「……エリーさん。周囲の治療をお願いします。皆さんも! 医療キットをお持ちの方は手伝ってください!」

 レイはそう声を荒げ、一番近くにいる一番被害の酷い少女の傷を見た。


 傷自体は、さほど酷くなかった。

 ただし……戦い慣れた者、レイやエリーにとってはだが……。


 顔に大きな火傷の跡が残り、足に複数の大きな刺突傷が出来出血を起こしている。

 悪意を持っての攻撃にしては、まだマシな方。

 だが、少女は痛みから悲鳴すら上げられず震える事しか出来ていない。


 そんな傷を負った少女達は、少なくとも十体はいた。

 止めるのが、間に合わなかった。


「レイ様! これを!」

 フレイヤが姿を見せ、レイに包帯と消毒、軟膏の入った医療キットと真水を手渡した。

「ありがとうフレイヤさん」

「いえ。それとレイ様、エリーさん。緊急時により教師、クラス委員に従っての行動、それに加えて魔力の使用を許可すると学園長から通達がありました!」

「魔力が使えるのですね。エリーさん!」

 レイの言葉に頷き、エリーは少女達に魔力を流し込み治癒を促した。


「……ここはエリーさんとフレイヤさんに任せますね」

 レイはそう呟き、医療キットをフレイヤに返し立ち上がった。

「レイお姉様はどちらに?」

「フレイヤさんが教えて下さったお陰で確信に変わりましたから」

「確信?」

「そこに倒れている子は、あまりにも弱すぎました。それこそここの生徒の誰にも勝てない位に。その上で学園長の緊急事態宣言。つまり……」

 レイの言葉が正しいと語る様――あちらこちらから、叫び声が響いた。


「エリー! 戻ってくるまでこの辺りをお願いします!」

 レイはハイロウで剣を二本作り、左右一本ずつ持ち校舎等生徒が集まる場所に走っていった。


「フレイヤさん。手伝ってください」

 怪我をする少女達に魔力を流し治癒を促しながらエリーはそう言葉にした。

「はい。何をすれば……」

「私のこれは治すのではなく促すだけ。ただし急げば跡にならない程度には出来ます。なので効果の補助として包帯や消毒、火傷の観察等治療行為をお願いします。それと……こういう緊急時でも動けそうな生徒達を集めてください。ここに避難用拠点を設置します」

「そんな事までするのですか?」

「お姉様はきっとそのつもりです。ですので、これからお姉様が助けた方々がどんどんこっちに集まって来るかと」

「わかりました。少しだけ待って下さい。イラさんとアンジェさんを連れてきますので」

 フレイヤはそう叫び、ステージの方に走っていった。




 レイは学園中を駆け回り、暴徒と化した少女、女性を鎮圧していった。

 誰独り殺さずに。

 というよりも、殺す必要がある程強い相手が一体たりとももいなかった。

 皆、ただの少女や女性でしかなかった。


 レイが鎮圧した少女の数が丁度四十体。

 ストーム等ユグドラシル上位陣全体でおよそ二百体。

 そしてそれ以外の学生達が倒した数が十数体。


 レイが確認しただけでこれだけの数の暴徒が学園に紛れ込んでいた。

 それは、はっきり言って異常である。


 確かに、学祭形式である為多少は警備の質が下がっている。

 だがその程度で不法侵入者がこれだけ入り込めるほどこの学園の警備は甘くない。

 アシューニヤ女学園警備員はユグドラシルの闘士が暴れても鎮圧出来る程度には能力、練度も高く装備も潤沢に揃っている。

 そのはずなのに、大量の侵入を許した。

 しかも、何の力もなく、武器の振り方も知らない少女達の。


 極一般的な生活しかしていないはずの少女達が、武器を隠し持ち魔法を使い暴徒と化す。

 普通の少女なら、良心や善意、不安や罪悪感、恐怖が勝りここまで思い切った行動は取れない。

 レイの眼から見ても少女達は皆、暴徒になり得る訳がないごく普通の少女でしかなかった。


 そんなあり得ない事態だからこそレイは理解していた。

 これを裏で操っている存在がいると。


 そして……その存在の事を母親が理解していると。


「最悪の場合は親殺しですか……はぁ」

 そう呟きながら、レイはまた一体、暴徒と化した少女を気絶させる。

 その行動は作業以外の何者でもなかった。


「皆さん開会式に使う野外会場に向かって下さい。そちらが避難所になっているはずです」

 それだけ言い残し、レイは次の場所に移動する。


 そして粗方回った後……レイはエリーに合流する為開会式用ステージに戻っていった。



ありがとうございました。

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