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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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Why did 交差し続ける誰かの企み


 ラーネイルの片翼がもがれ、もう片方も痛々しい姿となった原因。

 それは、ただの事故だった。

 誰が悪かったわけではなく、何の企みや悪意もなく。


 端的に言えば、招待された豪華客船での、突発的な大嵐。

 所謂海難事故である。


 その船の船長は決して海を舐めていた訳でもなく、むしろその船は周りの船に海を舐めるなと言っていた方で、誰よりも準備を欠かさなかった。

 だからこそ、総勢千体の乗客の内、死者はわずか三体だけで済んだ。

 代わりに乗客を庇った三百二十の搭乗員の内百名程が殉職する事となったが。


 そんな荒れ狂う嵐の中、客としてその場にいたラーネイルは他の客を助ける為に空を飛び、船を回り、放りだされた乗客を助け続けた。

 翼が折れ、もげながらも誰かを助ける為にラーネイルは最後の最後まで飛び続けた。

 その姿はまるで聖者や賢者の様であり、多くの乗客がラーネイルの死すら厭わない自己犠牲の姿に心を打たれ尊き少女に祈りを捧げた。


 その助けられたの乗客の一体が、ストームだった。

 ただ、ストームは他の客の様にラーネイルが自己犠牲心に溢れた尊きお方とは考えなかった。


 ストームの眼からは……ラーネイルのその誰かを助ける為傷つきながら飛ぶ姿は、まるで狂気に取りつかれた様にしか見えなかった。


 どちらが正解なのかは……現在ラーネイルがストームとルーンの絆を結んでいる辺り察する事が出来る。

 つまり……そういう事だった。


 ラーネイルには失われた翼以上に、痛々しい翼以上に、大きな変化がこの事故で起きていた。

 ラーネイルはこの事故で、憑りつかれてしまったのだ。


 死と隣り合わせで生き続けるというスリルに。


 死と隣り合わせで空を飛ぶ事はラーネイルにとってどんな娯楽よりも強い快楽を与えてくれた。

 どんな麻薬よりも強い常習性と共に。


 破滅願望がある訳ではない。

 死にたいなんて考えた事もない。

 性格はむしろ穏健な方でありヴァルキュリアになんてなれるのかクラスメイトが心配する位だった。


 その大本は変わってない。

 ただ……スリルジャンキーになってしまっただけ。

 あらゆるリスクを度外視して、死と隣り合わせで飛びたいと願う。

 そんな、知ってはいけない快楽を、知ってしまった。


 だからこそ、彼女はあの時と同じ様な日々を望んでいた。

 あの時の様な激しい衝撃を、己の命を強く感じる瞬間を、翼が朽ちても飛び続けるあの興奮を。

 知ってしまった以上……少女はその誘惑に抵抗出来る訳がなかった。


 そんなスリルジャンキーに、ストームは命を救われた。

 だから何か恩返しがしたかった。

 命の恩を、命で返したかった。

 本音を言うなら、狂気に取りつかれたラーネイルを、ストームは美しいと思ってしまった。

 それはまるで、一目惚れの様だった。


 ラーネイルはストームのその気性、実力……そして、その出会いと名前に運命を感じた。

『あの時の様な暴風雨の中に、私を連れて行ってくれますか?』

 それが、ルーンの誓いを結んだ時の告白の台詞だった。


 ガラが悪く、口調もお嬢様らしくないストーム。

 だがその実力は非常に高く、そして、意外な事に小心者で地に足のついたタイプでリスクを避けるタイプでもある。

 いや、孤児であった頃の飢えに苦しんだ記憶が今も残っているからこそ、リスクを避ける性格になるのは当たり前な話と言っても良いだろう。


 一方……外見は可愛らしく老若男女問わずに好かれるラーネイル。

 生まれ育ち共にお嬢様であらゆる事を器用にこなせる。

 ただし……破滅的とさえ言える程のスリルジャンキーとなってしまったが。

 自分を構成する総てが、破滅に向かう様塗りつぶされてしまった。


 そんな二体は恐ろしい程に相性が良く、そしてお互いの事をパートナー以上に思っている。

 それこそ、夫婦以上に。

 理由は二つ。

 一つは、お互い色々な意味で結婚出来ないと思っている。

 だから生涯共にするだろうという運命を感じていた。

 そしてもう一つは……きっと長生き出来ず、そして死ぬ時は一緒になる。

 そんな確信を、二体は持っていた。


 今は良い。

 スリルを味わう為に模擬戦を利用出来、実戦の必要がない学生時代の今は。

 だが、ヴァルキュリアとなり実戦に出る様になれば……きっと、死ぬ。


 仮の話だが、所属する部隊が敗走し、誰かが殿となる必要があったとしよう。

 ラーネイルはその誘惑に逆らえる自信はなく、ストームはラーネイルを止められる自信がない。


 だから、きっと一緒に死ぬ。


 そう思っているからこそ、二体は強い絆を持っていた。




 試合が始まり、最初に動いたのはストームだった。

 金色の腕輪はガントレットとなり、そしてそのまままっすぐレイの方に突撃してくる。

 その背後で、ラーネイルは宙に浮く。

 羽は片翼でボロボロで、ふらふらと怪しくはあっても、確かに浮遊していた。


「エリー」

 レイはそう言葉にし、そっとエリーの腕についた指輪をなぞる。

 それで、エリーの腕輪は剣に変わった。

 小さめではあるが、両手で持たなければ扱えない様な、そんなブロードソードに。

「あれ? 盾じゃないんです? お姉様狙いですよあれどうみても」

「良いのよ。貴女が得意な武器で本気を出しなさい」

「そんなに強いんです?」

「もう忘れたのですか? 強さで言うなら貴女より強い存在は学園にはいません。ですが……このフィールドでのルールであれば話は変わります。貴女未だにハイロウの操作もおぼつかないでしょうに」

「あはは……そうでした。じゃあ……とりあえずやれるだけやるので援護はお願います」

 そう言葉にし、エリーはストームの方にまっすぐ突っ込んでいった。


 エリーの速攻に対しストームは格闘スタイルに近い形で迎え撃つ。

 ガントレットという装備の構造上、どうしてもその構えは素手と似た様な物になっている。

 そんな事お構いなしに、エリーは突撃しながら前のめりに思いっきり剣を振り抜いた。


 当然すぎる事なのだが、武器は射程が長い方が有利な様になっている。

 素手より剣、剣より槍。

 それはハイロウであっても避けられない事実である。


 近接武器は射程を伸ばす為長物に近づき、射撃武器は威力と命中精度を上げる為射程が縮む。

 限られたフィールドで戦う上のちょっとしたお約束の様な物。


 そのお約束を無視してまでストームがガントレットを使う理由は……もちろん、ある。


 ガギンという金属同士がぶつかる音と同時に、金属同士がぶつかったとは思えない手応えをエリーは感じた。

 本来ならば、ガントレット程度ではその両手で振り抜いた一撃を受けるのは当然弾く事すら難しい。

 だが、弾くどころかストームはエリーの剣を押し返していた。


 その時感じたのは、見えない力場の様な感触。

 硬く反発する空気という表現が一番近いだろう。


 エリーが体勢を戻す前に、ストームは軽いフットワークで一気に接近する。

 さっきまでのどっしりした構えではなく……ステップを細かく繰り返す拳闘スタイル。

 そしてそのままエリーの顔面目掛け、ジャブの嵐を叩きこんだ。




 クラスメイト達はエリーの顔面に拳が当たった瞬間、応援する声を詰まらせあわてて顔を反らす。

 戦う覚悟を持って入学したとしても、彼女達はまだ一年生の少女である。

 残酷な攻撃を見るのに耐性は出来ていない。

 しかも、少女達にとってエリーの顔というのは特別な意味があった。


 女性すら見惚れる程綺麗で、まるで輝いて見える様。

 だからこそ、それが蹂躙される姿というのは、自分が汚される事以上に辛いと思ってしまった。

 だから、眼を反らしてしまった。

 イラ以外は――。


「目を背けないで応援なさい。せっかく連れてきてもらったのだから」

 そう言葉にするイラはじっとその瞬間を、エリーの顔に何度も拳が当たる瞬間をまっすぐ見続け――叫ぶ様に応援していた。

 強く、握りこぶしを作りその手を震わせながら。


 この中で誰よりも情が深いイラにそう言われて、何も言い返せる訳がない。

 クラスメイトは喉を嗄らせる様な必死さを持ちながらイラに続き応援をした。

 広い空間、大量の観客、離れた距離。

 届くかどうかわからなくても、それでも必死に、頑張って欲しいと願いながら、少女達は叫び続けた。


「大丈夫よ。もう少し信じてあげても」

 そんな声が少女達の耳に入り、そしてその声を出した相手を見てぴたっと応援の声を止め顔をひくつかせる。

 そこにいたのは、ユイ。アラヤと呼ばれる女性。

 先代泉守、少女達ですら知っている……いや、少女達でさえ教科書で習う様な存在。

 そして少女達全員に高額な観戦チケットを提供した相手だった。


「あ、アラヤ様!? 一体どうして……」

 フレイヤの言葉にユイはにこりと微笑んだ。

「え? 私もエリーちゃんの応援にだけど。私の娘ちゃんだし。それよりも、そんな応援の仕方したら喉壊しちゃうわ。嗄らせるだけなら良いけど壊すのは駄目よー」

「で、でも……エリーさんあんなにお顔を……」

「大丈夫。良く見て」

「ですが……怖くて……」

「マイドーターエリーちゃんの様子を見てみなさいよ。血の一滴でも流れてる?」

 ユイの言葉を聞き、クラスメイトはしっかりと、殴られ続ける顔にしっかり目を向ける。

 ごん、ごんと何度もサンドバッグの様に殴られ続けるエリー。

 一方的な虐殺にさえ見える。

 だが、その顔には傷が一つたりとも出来ていなかった。


「……本当だ……どうして……。いえその前に、アラヤ様はどうしてその事が……」

 遠くとかそういう事ではなく、ユイは目に包帯を巻き一切見えていない。

 なのにどうしてそれがわかったのかフレイヤには不思議だった。

「音と衝撃、流れる魔力、風の流れ等々かしらね」

「音はともかくこの距離でそれ以外の情報を……」

「出来る様になったら案外簡単な事よ」

「やっぱり、泉守となる方は違うのですね……」

「私は戦闘も出来るタイプだったからねー。それよりほら、ちゃんと応援しましょう。エリーちゃーん! 頑張れー」

 楽しそうに旗を振りながらそう叫ぶユイ。

 その姿にはカリスマとか偉大さとかそういった物は一切感じられず、とても先代泉守であったように見えない。

 頭の上からつま先まで全てが、親馬鹿要素で構成されていた。




 ストームがハイロウをわざわざ籠手の形状にした理由は腕の魔力を通しやすくする為である。

 ハイロウは武器に変換出来る様になって初心者。

 エリーのクラスメイト達一年が大体これに当てはまる。


 魔力を使用する武器に変換出来て初めて中級者と呼べる。

 アンジェやビフレストの先に到達していない位の闘士が大体これに入る。


 ではその先、上級者とはどうなのかと言えば……上級者は武器ではなく、ハイロウを魔法の発動体に変換させる。

 つまり、ストームが使っているのはガントレットではなく、ガントレットの形状をしただけの魔法の補助装置。

 通常の魔法使いにおける杖やオーブの機能に近づけた様な使い方である。


 上級者からは自ら作り上げた発動媒体で幾つの魔法技能を使えるかが重要となってくる。

 最低でも五、出来たら十。

 大体それ位がビフレストの先の闘士が使う魔法の種類。

 そんな中ストームはこのガントレットで二十の魔法を使える。

 攻撃五、防御十、相方のサポートと移動に五種類。


 現在の攻撃もただ殴っているだけでなく、魔力でブーストをかけてダメージを底上げしてからの乱打。

 並の闘士なら死んでもおかしくない位の全力である。

 だからこそ、信じられなかった。 


 全く傷ついていないという事実が。


 ハイロウを武器変化させる事が出来ないエリーはハイロウの扱いに関しては初心者ですらない。

 言葉にするなら落ちこぼれという表現が適切だろう。

 故に当然魔法を扱う事なんて出来る訳がなく、それ以前にただの魔力を防御に回す事さえ不可能だ。


 なのに、今エリーはどうだ。

 魔力のシールドもなく、魔力を体に流している訳でもなく、そして明らかに手応えがあるにもかかわらず、ダメージは極微小の最小限。

 その殴られ続ける顔は綺麗なままで、デコピンよりも低いダメージしか通っていない様にさえ見える。

 それはストームにとって、いやここで戦う闘士にとってあり得ない事だった。


 彼らはハイロウによる魔法使用を戦略の中心としている。

 だからこそ、純粋な体術のみで顔面を殴られるダメージを軽減するなんて芸当が存在する事すら想像していない。


 だから、それはあってはならない光景だった。

 全力で殴り続けているのに、抵抗さえ出来ない程のラッシュを重ねているのに、ハイロウを使わずほぼ無傷のままなんてのは。


「……うーん。確かに油断出来ません。受け続けても別に負けはしないのですが……ハイロウを使って決定打を出すのが難しい……良いラッシュです」

 殴られながら、平然とそんな言葉を放つエリー。

 顔面狙いが駄目なのかと考え、ボディに狙いをシフトしアッパー気味に攻撃を放つ。

 それを、エリーは見逃さなかった。


 勢いを殺さない様エリーはストームの左腕を掴み、そのまま攻撃の流れを変えて行く。

 関節を曲げ、そのまま狙いはストームの右肩。

 ストーム自身の拳で、その肩を――。


「あっぶな!」

 ストームは叫びながら右肩に当る直前で、左腕のガントレットを消す。

 ごん! と、強い衝撃がストームの右肩に流れる。

 だが、ハイロウを経由していない攻撃の為ストームの右肩が壊れる事はなかった。

 若干の痺れは残ったが、無傷と言って差し支えない程度だろう。

 だが、もし一瞬でもその判断が遅れたら、最低でも右肩の骨はいかれていただろう。


「……ふむ。自分のハイロウでもダメージは与えられると。それは良い事がわかりました」

 真顔でそう言葉にしながら、エリーは薙ぎ払う様剣を振った。

 それをバックステップで躱すストーム。

 いや、躱したというよりは、バックステップを誘導させられて距離を稼がれたと言った方が正しいだろうとストームは考えた。


「まったく常識外な存在だなあんた」

 ストームの言葉にエリーは微笑んだ。

「私から見たらこの学園のこの設備とかハイロウの方が常識外なんですけどね……っと」

 エリーは剣を振るい遠くから飛んで来た魔力の弾を打ち消した。


「ごめんなさいエリーさん。止めきれませんでした」

 ハンドガンで後方で複数の魔力弾を放つラーネイルの弾丸を相殺しながらレイはそう言葉にした。

「いえいえ大丈夫ですよ。お姉様の方は大丈夫です?」

「私は大丈夫ですが相手の動きを止めきれません。二対一になる可能性もありますので気を付けてください」

「わかりました。お姉様も無理しないで下さいね」

 そう言葉にし、エリーはラーネイルの方に目を向けながらストームの切り崩し方を考えた。




 初心者は武器変換。

 中級者は魔力使用武器。

 上級者は魔法の発動体。

 ではその上はどうなるのかと言えば……ラーネイルがそれにあたる。


 現在ラーネイルは空中に浮遊しながら魔力を弾丸として射出している。

 だが、ラーネイルは銃の類を一切所持していない。

 ラーネイルの背後からまるで勝手に弾丸が生じ、曲線を描きながらレイとエリーに襲い掛かっていた。


 歪曲した軌道に加え時折直角に変化する弾丸。

 そんな変則軌道。

 それは魔法銃の弾丸というよりは、もはや一つの魔法と呼んだ方が正しい。

 そんなラーネイルの腕にはハイロウが元の形状、腕輪のまま付き輝いていた。


 ハイロウを極めた場合、武器の形状である必要がなくなる。

 つまり、腕輪に魔力を流すだけで魔法を行使出来る様になるという事だ。


 ハイロウ一つ挟む為完全に思い通りとはいかないが、それでも、複数の魔法を簡易術式で同時に発動させる事位は可能であり、魔法が使えない者でもハイロウによる独自コードで魔法を扱う事も出来る。

 とは言え、ラーネイルの場合はそれだけでなく、更に別格。


 弾丸を生成する魔法。

 生成した弾丸を射出する魔法。

 生成した弾丸に変化を与える魔法。

 翼を補助し飛行能力を補う魔法。

 空中での姿勢制御を行う魔法。


 現段階でもラーネイルは同時に五つの魔法を、同時ではなくそれぞれ完全制御して個別に使用している。

 それも考えながらではなくほとんど本能の領域で。


 そんな芸当はハイロウ関係なく普通の魔法使いでさえ困難であり、精霊であるエリーや魔法使いとしての極地にいるアウラフィール位でないと出来ない様な芸当と言えるだろう。


 そんな事が出来る程、ラーネイルは焦がれていた。

 死と隣り合わせのまま空を飛び続けた、あの惨劇の様な時間を。


 死を乗り越える程壁を越えられ、強くなる。

 そういう意味でなら、ラーネイルは無限の旅を経たエリーに匹敵する回数の壁を乗り越えたと言っても良いだろう。




 bang bang bang。


 ラーネイルから絶え間なく射出され続ける弾丸。

 それを撃ち落とすレイだが、どうしても手数が足りず撃ち漏らしが出てしまっている。

 とは言え、それでも十分凄いと言える。

 三倍以上の数で放たれている魔力弾をハンドガン一本だけで、偶の撃ち漏らし程度で済んでいるのだからこちらもまた極まった技量を持っていると言える。


 その様子を、ラーネイルは冷静に観察し、分析し、レイの強みはその正確無比な命中精度にあると理解した。

 ファストドロウ? 目にも止まらぬ早打ち?

 違う、そうではない。


 あり得ない程の速度の早打ちを針の穴を通す様な精度で放つからこその脅威なのだ。

 それが今までレイが銃一本でやって来た理由。


 早い話、この姉妹は似ているのだ。

 エリー程酷くないが、レイ自身もハイロウの扱いが得意という訳ではなく、初心者の域から出ていない。

 ただ、物理的な技量のみでここまで登って来た。

 ハンドガンしか使わず、しかも二丁拳銃にすらしないのはそれが理由。

 魔力が少ないというのもあるだろうが、二丁拳銃さえ出来ないのだろう。


 そこまで考え、ラーネイルは事前に自分達が考えた作戦が有効であると考えた。

 契約者同士の決闘のセオリーは倒しやすい方を先に倒す事。


 そしてこの場合、純粋な身体能力が極まったエリーよりも、欠点の多いレイの方がやりやすい。

 そう、ラーネイルはストームと事前に話し合っていた。


 ちらっと、眼で合図を送るラーネイル。

 それを確認したストームは小さくラーネイル以外にはわからない様頷いて答えた。


 bang bang bang。


 弾丸は隙間なく撃ち放たれ、相殺だけで手一杯のレイの行動を阻害する。

 それがレイの限界。

 より正しく言えば、ハイロウを武器にする事を主体で戦う闘士の限界。

 短期間で駆け上って来た弊害とも言えるだろう。


 エリーとレイのコンビネーションは完成していた。

 完成しきっていた。

 他多くの契約者が嫉妬を覚える位に。

 当然、ストームとラーネイルも妬んだ。

 どうして世界にたった二体しかいない自分達よりも……共に死ぬと誓いあった自分達よりも深く繋がれるのかと。


 逆に言えば、そこまでの完成度を誇っているコンビネーションだからこそ、切り崩せば……。


 bang bang……bomb。


 弾丸の一発が、突如爆発し周囲に煙幕を放った。

「これはっ!?」

 慌てその煙の方に目を向けるエリー。

 その直後――閃光が襲い掛かった。


 煙幕弾の直後、混乱真っただ中で襲い掛かる、閃光弾(フラッシュバン)

 避けられる訳がなかった。


 真っ白な世界。

 キーンと、耳鳴りが響き前後不覚に陥る。

 それの正体にエリーは気づき、その場を離れ攻撃に備える。

 だが、襲い掛かる様子はない。

 それどころかストームの気配もない。

 そこで、エリーは相手の目的を理解した。


「お姉様!」

 そう、レイがいる方に顔を向け叫ぶ。

 エリーには見えていない。

 だが、ストームとラーネイルが同時に襲い掛かっている事位は理解出来た。


「あんたの敗因は二つ。ハイロウ操作の技量不足とお得意の射撃に頼りすぎな事だ!」

 ストームはそう叫び、ガントレットをレイに振り抜く。

 全力渾身のストレート。

 更に反対からは光の槍を持つラーネイルの空中からの奇襲。


 誰が見ても、完璧なタイミングの奇襲だった。

 フィールドの外から、それは良く見えた。

 ストームとラーネイルの本当の切り札が。

 二対は、煙幕が張られた中、ほぼ同時のタイミングで瞬間移動をしていた。

 そう見えるとか技術とかではなく、純粋な魔力による短距離テレポートを。


 瞬間移動の奇襲なんて読める訳もなく、そして防げる訳もない。


 観客席は静寂に包まれた。

 一瞬過ぎて何が起きているか理解出来ない者達。

 ある程度理解出来、これで決まるという緊張感を持つ者達。


 それと、自分達の憧れであるレイが倒されるという絶望を受けるヒルドクラスの少女達。


 大歓声が轟いていたとは思えない程静まり返っていたからこそ、その声は、どこまでも響き渡った。


「――私、射撃が得意と言葉にした事なんてないはずですが?」

 そう、レイは呟いた――。


 ラーネイルは、死の傍で踊り続けたいという願いを持っている。

 だからこそ、真っ先に()()に気づいた。

 あの時の、快楽に溺れ続けたあの瞬間よりもなお強い……濃厚な死の気配に。


 ラーネイルは槍での攻撃を即座に止め、自分の片割れを、ストームに覆いかぶさり庇う。

 それがラーネイルがフィールドを追い出される前の最後の記憶だった。


 ラーネイルは全身のダメージに疲労と死に触れた恐怖……緊張と興奮から、ぱたりとその場に倒れた。




「……は? 一体……何が……」

 尻もちをついたままの恰好となるストームは茫然とした様子でそう呟き、そして慌てて立ち上がる。


 最後に見たのはラーネイルが覆いかぶさってきたその姿。

 そして今の自分は……半分死に体。

 あの日以来義手である片腕は綺麗に消し飛び、背中以外どこもかしこも傷だらけ。

 ガントレットも当然片方のみ。


 そして正面にいるのは細身の剣を持ったレイの姿。

 つまり、そういう事だった。


「……ブラフかよ」

「いいえ。ただ、私のエリーさんが優秀過ぎて使うタイミングがなかっただけです。誤解を解いておきますが、私自身は近接の方が得意です。ただエリーさんに合わせていただけで」

「それ位見りゃわかるよ。……ただまぁ、死に損なったからにゃせめて全力で足掻くとするさ。勝てないにしてもせめて一矢位は報いにゃ庇ってくれたあいつに悪い」

「そうですか。それは申し訳ありません。その決意を叶えてあげられず」

「あ?」

「これはただの妹自慢なのですが、私のエリーさんは優秀でして……」

 そんなレイの馬鹿馬鹿しい言葉と同時に、ストームは腹に違和感を覚えその直後、フィールドを叩きだされる。


 最後に見たのは、光の矢が自分の腹を貫通する姿だった。




「お疲れ様。思ったよりも早かったね」

 隣で倒れ動けなくなっているラーネイルからのそんな言葉に、ストームは苦笑いを浮かべた。

「ありゃ無理だ。レイにゃ何されたかすらわからんかったわ。そっちは」

「見る事すら放棄しちゃった。あ、だけど最後エリーさんがストームに何をしたかは見ましたよ。レイさんからハイロウで作った弓を受け取り、魔力で矢を作ってストームに射ってました」

「ああ、あいつもちゃんと遠距離攻撃持ってたのか。にしても弓って……いや音もないから効果的なんだろうけど……」

「それより私は何の連絡もなしに弓を投げるレイさんと弓を受け取り放つエリーさんの連携の方が怖いと思った。あれ即興でしょ?」

「……悔しさすらわいてこねぇ。というかあれだ。俺とラーネイル最初から二体がかりで行ってもたぶんレイに返り討ちにあってただろ。ありゃなんだ一体」

「貴女の妹でしょ」

 ラーネイルの言葉にストームは皮肉めいた笑みを浮かべた。

シット(ああくそ!)。可愛くない妹だこと」


「お褒めに預かり光栄ですわストームお姉様」

 頭上からレイの声。

 その声にストームは苦笑を浮かべた。

「おう。化物みたいと思ってたけど撤回するわ。あんた化物だわ。追いつける気がしねぇわ」

「いつか追いつけますよ。特にそちらのラーネイル様でしたら。ところでストームお姉様。その腕は大丈夫でしょうか?」

 そう言われ、ストームはない方の腕を振って見せる。

 その断面は銀色となっており、赤やら黒やらの断線したコードからぱちぱちと火花が散っていた。

「見ての通り義手だよ」

「機械の義手……ですか。いえ、少々以上に珍しいなと……」

「お母様だよ。おかげで実際の腕以上に便利なんだ。あ、同情はいらねーぞ。その時俺は生涯の相棒を見つけたからな」

 そう言ってストームは微笑んだ。


「なるほど。ではそのお姉様の生涯の相棒であるラーネイル様。失礼かもしれませんが……一つ尋ねても宜しいでしょうか?」

「何かしらレイさん。妹として姉は渡せないとかいう事以外でしたら何でも聞きますよ。いやまあしばらく動けそうにないので聞く以外に出来ませんが」

「……しばらく日常に戻れる位には満足出来ました?」

 その言葉を聞き、ラーネイルははっとした顔となりストームの方を見た。


「話した?」

 ストームはぶんぶんと首を横に振った。

 であるなら、知る訳がないはずだった。

 極力隠している、ラーネイルのこの狂いイカれきった世界観は。


「……本当……一体何なのかしら貴女は」

「ある意味同類で、ある意味相反する存在ですわ。ラーネイル様」

 あの時の殺気、濃厚な死がわざとであるとわかったラーネイルは小さく溜息を吐いた。





 少し離れた場所、フィールドの外では大歓声が轟いていた。

 一瞬の攻防、誰もが終わったと思ったあの瞬間を、一瞬で切り崩したレイ。

 それは観客席から良く見えた。

 一瞬で二体を行動不能にするその剣技。

 まるで踊る様に美しいその様は、多くの少女を虜にした。


 作法の美しさ、バランスの良さ。

 そういうものだけではない。

 あの動きは、まるで極限と言わんばかりのあの立ち振る舞いはそれだけで芸術とさえ呼べる程だった。


「やっぱり……レイ様は素晴らしいですわね」

 ヒルドクラスの少女が確認する様ぽつりと呟いた。

 それに同意しない者はいない。

 陳腐な言葉だが、そんな言葉しか少女達の口からは出てこなかった。


 同じクラスメイトとして心から尊敬し信頼し、そして憧れられる。

 一緒のクラスである事を誇らしいとさえ思える位だ。

 そしてそれはレイにだけではない。

 あの場で戦い、最高学年生、最上位レベルの闘士相手に五分以上で立ち回るエリーもまた同様憧れている。


 それは、ヒルドクラスの総意であると言い切れた。

 だからこそ……。


「そうね。レイアちゃんもエリーちゃんもさすが私のマイドーター。素晴らしいわねぇ。レイアちゃんに至ってはもはやノルニルさえ兼務出来そうな位の先読みだったわ」

 先代泉守ユイのそんな言葉に、フレイヤは嬉しそうにはにかんだ。

「やはりアラヤ様から見てもエリーさん、レイ様は凄いのですか?」

「そりゃもう凄いわよ。現役時代の私でも勝てないんじゃないかしら。というかヴァルキュリアが皆アレくらいだと思われたら本当困る位ね。ヴァルキュリアとしてどころか魔王国としても上位よアレ」

「やっぱりすごいんですね。ヴァルキュリアであったとしても……」

「ええ、凄いわよ。だからこそ……寂しいわねぇ。もうすぐお別れになるなんて……」

 そんなユイの一言に、ヒルドクラス皆の顔から笑顔が失われる。


「え……それは……どういう事ですの?」

 イラの質問に、ユイは答えた。

「エリーさん、短期留学ですから。だからもうすぐお別れよ。後は……貴方達があの子達を優秀だって認めちゃえば、いつでもあの子達はここからいなくなる。そういう約束ですからね」

 そう、ユイは予めそうする予定であったかのように、そしてその結果どうなるかわかっているかのように、その事実を少女達に伝えた。


ありがとうございました。

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