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追放されなかった男~二度目の人生は土下座から始まりました~  作者: あらまき
新天地を生きる二度目の男

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ジト目と目覚めと機械の馬と


 タキナは到着した街で通信を行い救助に成功した事を幼稚園に告げ、次にどう動くべきかを尋ねた。

 そして返ってきた答えは少しの間この街で待機、という事で、タキナとクロス、それに疲れ切って目を覚まさないギタンの三人は喫茶店に入っていた。


 クロスはこの街にある通信施設について酷く驚かされた。

 施設と言っても通信関連の魔法で遠距離通話をするだけの施設なのだが……それでも通信技術の質は人間の頃とは段違いに高い。

 人間の場合は国王か軍に仕える通信手が受け取り連絡をするだけ。


 だが魔物の国ではそこそこの規模以上の街には必ず通信手を複数取り揃えた通信交換設備が用意されている。

 通信の魔法はその用途ごとに、異なる法則に基づいたいくつもの種類が存在している。

 その上、同じ魔法同士でないと連絡が取れないという欠点も存在する。

 更に、通信魔法はほぼ全てが多大な魔力を消費する上にお互いの意思疎通が取れない状況では通信する事が出来ない。


 その様な人間界でのネックとなった部分が全て、複数の魔物を配備した設備を作る事で補っているという事実に、クロスはただただ感心するだけだった。

 ここの街並みも広さはそうでもないのに、人間界での国の首都クラスに活気づいているし、今クロスが飲んでいるオレンジジュースも、全く薄められておらず味が濃くて相当甘い。

 知れば知るほどクロスは、魔物のスペックの高さに驚かされるばかりだった。


 クロスは喫茶店のガラスから外を見つめる。

 二足四足八足、細い太い丸い……。

 多種多様な魔物が歩くこの世界だが人間界と異なると感じたのはその程度であり、大して気にならない。

 そもそも、それ以前に食のグレードが段違いに高いのでクロスは魔物生活を割と気に入っていた。


 再度クロスは外を見る。

 向かい側は理髪店らしいのだが……人間界のと比べて清潔に見える。

 だがそれ以上に、種族が違うのに理髪店とは成り立つのかという疑問が浮かんでくる。


 再度……クロスは……外を見る……。

 もう見る物はないのだが……それでも外を見る。

 何故ならば……そうしないと目が合ってしまうからだ。

 恐ろしく鋭い目をしたタキナと――。


 ジト目ではあるのだがそれよりも更に鋭くした様な鋭い目つき。

 それに加えて動物が獲物をしとめるような独特の雰囲気。

 若い頃悪さをして衛兵に捕まった時の事を思い出す様な、そんなひりつく空気をクロスは肌で感じていた。

 それにも負けず外を見ていたが……それももう限界だった。


 クロスは空になったオレンジジュースを置き、タキナの方を見る。

 その死んでも追及するという様な顔は予想以上に怖い。

 さきほど変身した姿よりも今の方がよほど怖かった。


「あの……タキナさん、いえタキナ様。一体私めは何か貴女様にしてしまったのでしょうか?」

 その言葉に、タキナはにっこりと微笑む。

 鋭い空気だけは残したままで。

「いえいえ何もしておりませんし何もございませんよクロスさん。ただですね……さきほどの、喫茶店に入るまでどこを眺めていたのかをぜひじっくり説明して頂けたらなと思いまして」

 クロスは滝の様な汗を流しながら外を見た。

「あー。良い天気だなー」

 そう呟くクロスの頭をタキナは掴み、むりやり自分の方に向けた。

「そうですねクロスさん。良いお天気ですね。絶好のお外日和ですねー。それで、先程はどこを眺めていたのでしょうか?」

 クロスは滝汗のままにこやかに微笑み、無言を貫いた。

「目が泳いでいますよ。そんなに色鮮やかなネオン輝く建物が珍しかったんですかー?」

 あくまで微笑みながら。

 だが、悪魔の様な微笑みでタキナは語り掛ける。

 クロスは何も言わない――いや、何も言えない。


 ピンクを基調とした妖艶な色合いの看板にその下にいる露出が多めの服を着た女性。

 誰がどう見ても一目でわかる娼館を見て心が揺れ動かされたクロスは何も語る事が出来なかった。


「……はぁ。全く。……クロスさんって何だか思った以上に普通の方なんですね」

 そう言葉にしてタキナは追及を止め、元の柔らかい空気を纏う。

 それを見てクロスは安堵の息を漏らし微笑んだ。


「ああ。俺は何時でも普通だよ。普通じゃないのは何時だって俺の周りだった」

「の割にはとても頼りになって……とてもカッコよかったですし」

 何時ものハキハキしゃべるタキナの声と違い、擦れた様な小さな声でうまく聞き取れず、クロスは首を傾げた。

「何だって?」

「何でもないですよ」

「そか。んで、この後どうなるんだ? ここに一泊か?」

 少しだけワクワクした様子のクロスの意図を察知し、タキナはジト目で見つめる。

 クロスは口笛を吹いて誤魔化した。


「はぁ。いえ。クロスさんは色々込み入った事情が……まあぶっちゃけますと魔王城に住む来賓ですからすぐに迎えが来ます。私とギタン君はその後馬車でゆっくり帰りますね」

「どうして三人でなく俺だけ特別扱いなんだ? 元の種族の所為か?」

 街中である為人間である事を隠し、そうクロスは尋ねた。

「いえいえ。魔王城の来賓客で、しかも一文無しじゃないですか。来賓客が困るという事はその城の主、つまり魔王様の恥となります。だから可及的速やかにクロスさんは迎えが来ますね。今なら夕飯に全然間に合いますし」

 午後四時過ぎという時間を見ながらタキナはそう呟いた。

「……夕食に間に合わせる為?」

 タキナは頷いた。

「はい。来賓にひもじい思いをさせない為です」

「なるほどねぇ。何か悪いね」

「いえいえ。むしろ生徒側であるのに私達幼稚園側のお手伝いをしていただきありがとうございました! 本当何とお礼を言って良いのか……」

「良いさ。一応だが友達だしな。友達を助ける為にってのは割と悪くなかったよ」

 そう心から本心でクロスは言葉にし、その言葉にタキナは微笑んだ。

「そうですか。それでもありがとうございます。何かお礼を……と思うのですが何が良いですか? 一応生徒の命にかかわる事でしたので幼稚園でもそれなりに考慮しますよ?」

「いや別に良いよ。そんなつもりもないし」

 そう答えると何となく予想していたタキナは苦笑いを浮かべた。


 形式ばったお礼はきっと受け取らないだろう。

 例えそれが大金であっても、クロスはきっと喜ばない。

 薄らとで何となくだが、タキナはクロスという人物がどういう人物なのか少しだけ理解出来た。


「んー。じゃあ……幼稚園でなく私からのお礼でも良いですよ。その……多少……いや、こう……結構な無茶な事でも……」

 そう言葉にし、タキナは恥ずかしそうにクロスを見つめた。


 そう、クロスは仰々しいお礼は好まない。

 逆に言えばそういう個人的なお礼には非常に弱く、また娼館を覗いた事により業腹だが女に興味がある事も理解出来た。

 であるなら、これが効くはず。

 そうタキナは罠を仕掛ける様な気持ちでクロスに問いかけた。


 そんなタキナに……クロスはにこやかに微笑む。

「んじゃ何か美味しい物作ってくれないか? こっちの飯は旨い物が多いからなぁ。魔王城が特別と思ったけどそうでもないみたいだし。いやー楽しみだ」

 邪気のない少年の様な微笑み。

 そんなクロスを見てタキナは苦笑いを浮かべ、小さく溜息を吐き頷いた。

「はい。それでお礼になるかわかりませんが……何か用意しましょう。せっかくですから子供達を集めてパーティーにしても良いですね」

「お! それ良いな」

「ふふ。本当に私達幼稚園の職員みたいな人ですねぇ。ええ。ではそう言う事で」

 タキナはそれはそれで嬉しいなと思い満面の笑みで微笑み頷いた。


 クロスはタキナに気づかれない様そっと安堵の息を漏らした。




 ごそごそと近くの椅子が揺れ動く様子を見て、クロスとタキナは微笑みその席に目を向ける。

 丁度そのタイミングで、椅子の主であるギタンが目を覚ました。

「おはようギタン! 何か食いたい物あるか!? タキナ先生が奢ってくれるぞ!」

「おはよ……。……何でクロスが偉そうに言ってるのさ」

 ふぁーと大きな欠伸を噛みしめながらギタンはそう呟き、その後タキナの方を見てぽつりと呟いた。

「岩が食べたい……」

 それが何かの暗号なのかと考えた後、ギタンの体を見てそのままの意味なのだと理解した。


「……岩って……売ってるのか?」

「はい。ありますよ。ここ鉱物系も豊富ですので。岩石ウォーターと岩クッキーで良いですかね」

 タキナの言葉にギタンが頷き、タキナはふわふわと飛行しながら接客しているウェイトレスに注文を出した。


 ギタンの食事が届いた後、クロスは我慢が出来ず岩クッキーを一口だけ貰った。

 想像以上に岩だった。




 喫茶店を出た後、三人はクロスの迎えを待つ為街の外に移動した。

 クロスの為にわざわざ特別で特急の移動手段による迎えが来る手筈となっている。

 その移動手段が何なのか、イベントと浪漫が大好きなクロスが気にならない訳がない。

 誰が見てもわかるほどクロスはワクワクとした表情で何が起きるのか楽しみにしていた。


「どんな方法で来るのかな? やっぱり空からか?」

 そう呟きクロスは空を見る。

 少しだけ赤みがかかった空だが変わった飛行物が飛んでる様子はなかった。

「もしかしたら地面の下かもしれないよ」

 ゴーレムならではの発想を持つギタンの言葉にクロスは地中を妄想し下を見た。

「そうか。確かにそういう方法もありかー。ああ。すっげー早い馬車ってのもあるか」

「確かにそういうのもありますね。私達もクロスさんの後ですが一般的な馬車よりも早い馬車で帰るつもりです。それでも私達の場合到着は夜になりますが」

「あー。じゃあ食事はどうするんだ?」

「クロスさんを見送った後二人でお弁当を買います」

「……それはそれで一緒に食べたいな」

 クロスの言葉にタキナは苦笑いを浮かべた。

「魔王城で一流の食事を食べるんじゃないですか。何を一体――」

「え!? クロス魔王城にいるの!? 魔王様に会った事ある?」

 ギタンは予想外な事実に驚きそう叫ぶ。

 それを見てクロスは頷いた。


「俺としてはアウラは良く会う人だけど、やっぱ皆にとっては魔王様なんだな」

 尊敬するギタンを見ながらクロスがそう呟くと、ギタンは更に目を丸くした。

「魔王様に呼び捨て……。もしかしてクロスって偉い人なのか?」

「いんや。個人的に交流があるだけだな」

「へー。じゃあ今度幼稚園に魔王様連れて来てよ」

 その言葉にタキナはギタンを叱ろうとする。

 それをクロスは手を出し首を横に振った。

 確かにそれは失礼な言動だろう。

 だが、庶民派を目指すアウラにとってならむしろこれ位の距離感の方がきっと嬉しいはずである。


「一応聞いてみるよ。でも忙しい人だから駄目って言われたらちゃんと諦めろよ?」

「もちろん! なあなあクロス。魔王様ってどんな人? やっぱりすげーの?」

 キラキラと宝石の様な目でそう尋ねるギタンにクロスは微笑み、そしてしっかりと頷いた。

「ああ。ガチですげー人だ。見ている物が違うというか、心の底がとても綺麗というか。とにかくすげー人だぞ」

 心の底からそう思える言葉をクロスは吐き出した。

 嘘はない。

 本当に、アウラの事をクロスは尊敬出来る。

 今度の人生の主とするに相応しい人。

 そう思える程度にはクロスはアウラの事を想っていた。


「やっぱすげーんだ! すげーんだ……」

 ギタンはキラキラした目でそう呟いた。


 タキナは少しだけ寂しそうな顔でクロスをジト目で見つめた。




 三人で適当に雑談を重ねてしばらくした頃、異変が起きた。

 それは小さな音だが、自然界の中では聞けない明らかに異質な音。

 それは蜂が羽ばたく音の様に聞こえるのだが、それよりも尚雄々しく、それでいて力強い。

 そんな音が徐々に近づいてきていた。


 クロスはタキナの方を見るがタキナも良くわからず首を傾げる。

 そしてその姿を誰よりも目の良いタキナが見て……言葉を失った。

 それはタキナの知る乗り物とはあまりに異なっていたからだ。


「なあなあ、どんなのが迎えに来てるんだ?」

「……えっと……クロスさん。機械の乗り物ってわかります?」

「んー? 時々発掘される奴だな。大体足が遅かったり途中で壊れるポンコツだけど高く売れる奴」

「はい。それです。それに近い形状で……鋼で出来た機械の馬の様な乗り物に……メイド服の女性が乗ってこちらに来ています。しかもめっちゃ速いです」

「……はい?」

 そうクロスが呟く時には、その姿はクロスが確認出来る程に近くに来ていた。

 乗り物こそ正体不明で何かわからないが、その女性ならクロスは良く知っていた。

 自分のメイドであるメルクリウスである。




 メルクリウスにとってエンジンの唸り声とは魂の咆哮と呼ぶに相応しい代物だった。


 咆哮にもブレスにも似た衝撃だがそのどれよりも恐ろしくない。

 だが、そのどれよりも自分の胸を高鳴らせる。


 機械の乗り物なんて邪道、自分の力か馬こそ至高と思っていたがそんなポリシーをメルクリウスはこの乗り物に出会った瞬間に捨てた。


 未だ恋や愛などという虚ろで曖昧な経験がないメルクリウスにとって、この乗り物、機械自動二輪(メカニカルバイク)こそが恋であり、そして一目惚れそのものである。

 出会った瞬間全ての金をこいつに突っ込んだ位には、メルクリウスは鋼の機体に入れ込んでいた。


 メルクリウスは三人の目の前で停止し挑発的な……九割方ドヤ顔となって足を下ろす。

 エンジンは咆哮を上げたまま、そのサウンドに寄りそいながらクロスにヘルメットを投げた。

「さあさっさと乗れご主人。特等席だぞ」

 そう言ってメルクリウスは自分の後ろを指差した。


「ちょーかっけー!」

 クロスはワクワクした顔のままヘルメットを被り、メルクリウスの後ろに座った。

「ふむ。今代の御主人はこれの良さがわかるか」

 ドヤ顔百二十パーセントでメルクリウスはそう言葉にした。

「それが何かは知らんがかっけーのだけはわかるぞ」

「今私の中でご主人への忠誠心が倍になったぞ」

「んな大げさな。それで、これで良いか?」

 クロスはヘルメットを指差し尋ねた。

「顎の下で……いや、やってやろう。こうやるんだ」

 そう言ってメルクリウスはクロスの顎の下で紐を結んだ。

「サンキュー! じゃ、タキナさん、ギタン。また明日!」

 そう言葉にするとメルクリウスはスロットルを回し、心臓を叩く様なサウンドと共に地平線の彼方に向かった。


「またねー。……せんせー。どうしたの?」

 ギタンは困った様なタキナの顔を見ながらそう尋ねる。

「うーん……。もう少し高潔だと……いえ、何でもありません。とりあえずお夕飯を買いに行きましょうか」

 そう言葉にし、タキナはギタンの手を握り街に戻った。





ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
もう少し高潔だと どっちだろうか?やっぱメルクリウスの方か? ドラゴンに対する夢が砕けたか……
[一言] 先生まんざらでもなさそうなのでお触りお願いしてみてもらいたかったですね獣の姿で
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