少女達には持ち得ないもの(中編)
「あの……レイ様。流石にこれはどうかと……」
イラは不安そうな表情でそう言葉にする。
イラだけではない。
十体程の少女は皆同様不安と困惑を隠しきれない表情でレイの方を見つめる。
その反面、レイは優雅にカップを傾け、紅茶を楽しんでいた。
シートなんて無粋な物を、レイは使っていない。
別に上品ぶりたい訳ではないが、雰囲気や場の空気という物を重んじる事の大切さを、レイは知っているだけ。
だから、可憐な少女達に合わせここまでの準備をした。
少女達とのお茶会を無粋な物にしない為に。
どこから取り出したのか真っ白いお洒落な椅子と丸テーブル。
それも、十体位の少女全員分という結構な規模での。
それはまるでガーデンでのお茶会の様な、そんな空気となっていた。
それを、当たり前であるかのように嗜むレイの姿は、酷く様になっている。
自然の中であっても――いや自然という最上級の贅沢さをかき集めた場だからこそ、レイは持ち前の儚さが醸し出され、同時にその見惚れる様な整った顔立ちは、女性であっても胸に棘が刺さった様な痛みを覚える程、美しい。
それより何より、レイは堂々としきっていた。
あり得ない程に。
少女達全員不安そうな表情で紅茶を楽しむ余裕なんてない。
ここにいる少女達は全員、ヒルドクラスの問題児と言われた者達、突撃部隊として使われる予定だった。
そんな者達。
そんな我儘フリーダムを地で行く少女達であっても……この状況は、流石に不安を覚えた。
「あら? 何か問題が? 私とお茶会をしたいと言っていませんでしたか?」
はて? とすっとぼけた様でもなく、本気でそう言葉にするレイ。
「いやそりゃあ嬉しいですけど……今は流石に……」
イラは言葉に詰まりながらそう反論する。
そう、お茶会をする事に不満がある訳ではない。
この場所、この時間にお茶会をする事がおかしいだけで。
レイが十体の問題児を抱えてのお茶会が開かれたのは、対抗戦が開始されたと同時だった。
「あの、レイ様。本当に私達は何もしなくても宜しいのですか?」
少女の一体がイラの代わりにはっきりと話題に切り込む。
そりゃあそうだ。
クラス対抗戦開幕と同時にお茶会に招待され、何もしていないのだから不安にならない訳がない。
それも、今回の戦闘ははっきり言って何が起きるかわからない。
大怪我をする者が出てもおかしくないだろう。
少女達が幾ら自由だからと言って授業を完全にボイコットする事に抵抗がない訳がない。
また、今尚戦っている残されたクラスメイトの事を心配しない訳がなかった。
だが……。
「良いのよ別に。まあ、私達の方に来たら迎え撃たないといけないけど……それは私が何とかするわ」
そう言葉にし、レイはカップを傾けた。
「……雰囲気は良いですけど、紅茶はそこまで美味しくないわね。ごめんなさい。もう少しこの茶葉の淹れ方研究しておくわね」
そうレイが言葉にするが、少女達にはわからない。
半数はどこが美味しくないのかすらわからない程の美味を感じ、もう半数は緊張で味自体わからなくなっていた。
「……レイ様。せめて目的を教えて貰えません? 不意打ちの為? それとも陽動? もしかして兵力の温存?」
「あら。兵力の温存という概念は知っているのね」
「はい。常に全力を出すと本当に大変な時全力が出せない……で合ってますよね?」
「ええ、そうよ。まあ今回の場合は関係ないですけど」
「ですよね。温存出来る余裕がある様に思えませんし」
相手は学年秀才組と、勝ち負け気にせず突っ込んで来る問題児クラス。
どう転ぶかもわからないというのは勝敗だけの話ではない。
怪我の危険も高く、最悪死ぬ事さえあるだろう。
問題児クラスというのは、そういう集団である。
だからこそ、イラ達はここで紅茶を飲む事に困惑と抵抗を覚えていた。
「それでレイ様。どういった戦略的理由で私達はここでお茶会をしているのでしょうか?」
イラの質問に、レイはゆっくりとカップを置き、柔らかい笑みを浮かべながら微笑み、答えた。
「そんな物ないわ。ただハンデの為よ。お茶会の理由は……私が皆様とお茶会をしたかったからですかね。妹が忙しくて暇なのよ」
「……は、はい?」
その言葉の意味は、誰独り理解出来なかった。
出来る訳がなかった。
一体どこに、この状況でハンデを付ける理由があるのだろうか。
いや、例えハンデを付けるとしても、レイ独りいないだけでそれは十分過ぎる。
問題児クラスは当然として、優等生クラスのスルーズも決して油断出来る相手ではない。
むしろ元のスルトクラスよりもどちらもスペックは高い。
それなのに、まさかのレイに加えてクラスメイト十枚落とし。
しかも爆発力の高いヒルドクラスのイラを含むやんちゃ側な少女ばかり。
それでは、爆発力も総合力もどちらにも勝てない。
それ以上に、数の差で圧倒的に不利となってしまっている。
一体レイが何を考えてそんな事を言ったのか、幾ら考えても少女達にはわからなかった。
「レイ様。一体何をおっしゃっているのです? たしかに私達ヒルドクラスは優秀ですが……他クラスも侮って良い程の相手では……」
「ええ。わかっているわ」
「それならどうして……。数というのは力であると、レイ様が知らない訳が……」
レイは紅茶を飲み、我関せずといった表情で、ぽつりと呟いた。
「そうね。数というのは力よ。二十と三十では大きな差があるでしょうね。でも……その位あの子なら余裕よ。むしろこの程度ではハンデにもならないかもしれないわね」
「……はい?」
「……イラさん。本当に、わからないの?」
「何がですの?」
レイは少し困った顔で微笑んだ。
「イラさん。貴女は私の事は何故か丁寧に調べて下さるのにエリーさんの事は何も調べなかったのね。どうして私何かを気にしたのか、少し気になるわ」
「一体何をおっしゃって……」
「何でもないわ。私達は私達でお茶を楽しみましょう。ピクニック気分で」
そう言われても、少女達は今この瞬間戦っているであろう二十体程度のクラスメイトの事を考えると、そんな楽しむ様な気分には成れなかった。
ただし、良くも悪くもここにいる少女達はやんちゃで、そして好奇心旺盛な年頃の少女達。
十分程も時間があれば、心配していた事などあっさり忘れお姉様披露のお茶会を時間一杯まで楽しんだ。
クラス別対抗戦開始から三十分。
斥候役のリーダーをするフレイヤは、今回の動きが自分が指揮官をしていた時とは大きく異なっていると理解する。
三十分。
たったそれだけの時間で、斥候役全員がへろへろになっている。
今までの対抗戦と比べ、斥候役の数は多く、また一切無理な行動もしていない。
戦闘らしい戦闘はしておらず、有利な条件で敵影発見しても即座に撤退を繰り返している位。
にもかかわらず、斥候役全員の疲労の色が見えていた。
単純に、活動回数が極端なまでに多かった。
「……戻りました」
本隊に合流し、フレイヤは指揮官であるエリーにそう告げ偵察内容を報告をする。
その報告をエリーの秘書役である少女が纏め、エリーに見せる。
それを繰り返した結果、エリーの手元にはその情報が書かれた大量の紙が握られていた。
「あの……これで本当に良いんですか?」
フレイヤの言葉にエリーは紙に向けていた目をフレイヤの方に向けた。
「斥候役として何か気になる事があれば是非教えてください」
「いえ。三十分も経ったのに未だまともな交戦はなくただ避け続けるだけ。ただ逃げるだけで私達には疲労ばかり溜まっている。これで本当に勝てるのかと……」
ただでさえ何故かわからないがレイがクラスの三分の一を連れて行った状況で、既に全体の半数が疲労困憊。
まともに戦闘すらしていないのに。
正直、フレイヤにはここから勝てるビジョンが全く見えなかった。
「負傷者がいなければ構いません。大丈夫です」
そう、エリーは言い切った。
確かに、開始してから未だに誰も落ちていない。
それは事実だ。
だが、ただそれだけ。
それなら多少落ちても相手を何体か落としておいた方が後半有利に動ける。
そう、フレイヤなら考えた。
「でももう私達の限界も近いですよ? 正直今戦闘をしても役に立てるかは……」
「十分今の段階で役に立っていますので大丈夫ですよ。戦闘は私達本隊が行いますから」
そう、エリーは言葉にする。
だが、本隊はたった十体。
幾ら契約者組がいるからと言ってそれだけで勝てる訳がない。
数の差というのは、それほどに大きな壁である。
「それよりも、皆さん。ちょっと聞いて下さい。すぐにこの場を移動します! 皆付いて来て下さい」
そう、エリーは資料を見ながら叫ぶ様言葉にした。
「エリーさん。何かあったんですか?」
フレイヤは皆を代表しそう尋ねた。
「スルーズクラスの方にこの場所が捕捉されました。ですので一旦ここから移動し別の場所を拠点とします」
「……どうして、わかるんですか?」
エリーは首を傾げた。
「フレイヤさん含め斥候の方々が情報を持ち帰って下さったからですよ。――スルーズクラスの方って本当に優秀ですね。戦略がこれでもかと丁寧で……まるで教科書の様なセオリー通りの動きをしてきます。次の動きは……こちらから見て左方の陽動部隊の展開でしょうね。なので右方の本隊を気にしつつ左後方に移動していきましょう」
そう、エリーは言葉にする。
そんなエリーに対し、少女達は信じられないというような眼差しを向けた。
部隊がどこにいて、どう動いて、どこで戦って。
たったそれだけで、そんな高度な情報が把握出来るなんて考えた事さえなかった。
だが、逆にエリーはここまで情報が揃えばわからない訳がないとさえ思っていた。
相手の数を事前に知れ、斥候を好きに動かせ地形と相手部隊の動きが見え、それを集め考える時間がある。
それだけ情報があれば……軍時代将だった事もあるエリーが、わからない訳がなかった。
「では、さっそく移動を――」
そう、エリー言葉にした瞬間に、叫び声が響いた。
「き、来ました! ターゲットが現れました!」
そう叫びながら、フレイヤとは別働隊の斥候一体がエリーの元に走って来た。
「どちらですか?」
「フェニヤクラスです。三十体以上いますのでほぼ全員が一斉に移動して……そしてこちらの方に近づいています」
その言葉を聞き、エリーは頷いた。
「予想通りですね。では……予定通り作戦Cを決行します。良いですね」
そう言葉にし、エリーは本隊と共に行動していた少女二体の方に目を向けた。
何もなければ本隊と共に行動をする予備戦力、そして作戦Cが決行されると特別な役目を負う二体の少女。
彼女達は不安そうな顔のまま、こくりと頷いた。
「私達は、そこまで優秀ではありません。クラスの中どころか一年生としてもあまり成績は良くなく……戦力としてもそこまで……」
「ええ。知っています」
何の言い訳もせず、エリーははっきりそう言葉にする。
少女二体が劣っているのは、歴とした事実であり少女達がそれを受け入れているのなら、否定する事など出来る訳がなかった。
「そんな私達ですから、不安はあります。こんな大役を私達が担えるかと……」
「失敗しても終わる訳ではありません。その時は上空に何等かの合図を出して下されば次点の作戦に移れます。……ただ、お二方の働き次第では、それだけで戦況は私達の勝ちに決まる様な重要な作戦ですが」
「……どうして私達が選ばれたのか、聞いても良いでしょうか?」
「単純です。貴方達の足が優れているから。走るのに適しているから。ただそれだけ、能力による選択です」
この少女二体は、短距離が早い訳でも長距離の記録が良い訳でもない。
だから、成績には見えない。
だが、足腰が丈夫であり山道であっても安定して走れ、しかもスタミナが多い。
今回の様な山岳地帯であるなら、普通に成績が良いよりよほど走るのに適していると言えた。
エリーは、少女二体の能力を見込み、それを託した。
その事は、今まで劣等感に苛まれていた少女達にとって、確かな誉れだった。
「わかりました。では……頑張ってきますね。ごきげんよう」
そう言葉にし、その少女二体は、本隊を離れ作戦に移った。
「では、私達はここを退きます。準備をして下さい」
そう言葉にし、エリーは荷物を片しその場を後にする。
フレイヤはそんなエリーに対し、エリーの立てた作戦に対し納得出来ない様な表情を向け続けた。
ありがとうございました。




